魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

61 ロイド対エミリー 2

 白金の瞳を鋭く煌めかせたロイドがさっとエミリーに手を掲げて口を開く。

「空間まじゅーー」
「ーー『蒼炎』っ!」

 だが、それよりも早くエミリーが蒼き炎をロイドへと放った。
 
「くっ!」

 ロイドは慌ててバックステップで回避。
 しかしそれでも追いかけるように迫る蒼炎に、ロイドは素早く風魔術を発動させる。

 淡い白金の光を伴う風に乗るようにして、大きく距離をとるロイド。
 エミリーは距離をとったロイドに対して素早く戦法を切り替え、炎の塊をぶつけるのではなく大技ではなく、無数の炎の塊を射出する範囲攻撃の方法をとる。

「『蒼炎・火球』!」

 初級火魔法である『火球』。
 だが、風と炎の複合魔法である『蒼炎』のそれは、速度が桁違いだ。

 風によって加速された『火球』は、当然蒼い炎によって火力も比較にならない。
 一撃一撃が必殺に近い威力のそれを、エミリーは無数にロイドへと放つ。

「ちっ」

 ロイドはそれを『神力』によって強化された風魔術を使った高速移動で回避していく。
 しかし凄まじい速度を誇る『火球』を全て回避するのは困難だ。そうなれば白金の風をもって迎撃する他ない。

「うわっちぃ!」

 だが、その風をもってしても『蒼炎』の破壊力を受け流す事は困難だった。
 余波だけで皮膚を焼く熱量に、ロイドが叫ぶ。

「ふふっ、”そっこー”で決着をつけてくれるんじゃなかったの?」
「うるせっ!それよか命令される覚悟でもしとくんだな!」
「はいはい、言ってなさい!」
「だいたいなんでもとか普通令嬢が乗っかるか?!いつかエロい事されても知らねーぞ!」
「あっ、あんた変な本の読みすぎよ!大体あんたにそんな度胸無いでしょ!」

 下らない言い合いをしつつも「確かにしねーけど」と内心頷いてしまった事で勝手に言い負けるロイド。
 それでもやり場のない苛立ちがこめかみに青筋として現れつつも、反撃すら出来ずに防戦一方となる。

 ちなみに、このまま持久戦に持ち込む。というのは不可能だ。
  エミリーの『蒼炎』は長時間展開出来るものではない。魔力の消費も、操作における負担も大きい魔法だからだ。 本来、複合魔法自体が威力もそうだが負担も足し算ではなく掛け算に近いものなのだ。

 それを涼しい顔で行使するフィンクが異常なのである。
 だが、それ以上に燃費が悪いのが『神力』であり、『空間魔術』である。

 もっとも、これはロイドの実力不足も一因ではある。
 確かに燃費の激しい力ではあるが、それを上手く運用すれば多少効率的に扱えるものではあるがーー今のロイドは『蒼炎』よりも消費が激しいのが現状だ。

 また、最初の発動時点で先手をとれなかったのは痛手だった。
 『空間魔術』はタメが大きい。先手で発動出来ずに後手に回った時点で、エミリー相手で考えればグラン同様に発動は諦めて然るべきである。

 だが、『空間魔術』を抜きに蒼炎を下すのは不可能だ。
 『神力』で底上げした風でも相手にならない程の高密度なエネルギーを有する『蒼炎』には、『空間魔術』以外にロイドに対抗策はない。

 それが分かっているからこその超短期決戦宣告だった。
 だが、だからと言ってこの状況を打開する術が無いかと言うとーー実はあったりする。

「くっ…!くぅ…!ぐぅう…!」
「……なんだロイドのやつ、えらい葛藤してないか?」

 皮膚を灼かれ、服も焦がしながらもどうにか回避を続けるロイドは、まるで苦虫を噛み潰しすらせずに流し込まれて呑み込むかのように唸る。
 それを遠目に見たグランが首を傾げるが、必死に回避すべきこの状況での葛藤。意味が分からないのは仕方ないだろう。

「やるしか……やるしか、ないのか」

 どうやら苦渋の選択をしたらしいロイドは、嫌そうに手を翳す。
 それを見たエミリーが鼻で笑う。

「ふんっ、あんたのトロい魔術なんて使わせるはずないでしょ?!」

 そう言って『蒼炎・火球』を放つエミリー。
 風の要素により高速で放たれるそれを、しかしロイドは回避する素振りを見せない。

「ってちょっ!?避けなさいよ!」

 当たれば怪我では済まない攻撃に逆に慌てたエミリーが叫ぶが、その声に被せるようにしてロイドが口を開く。

「空間魔術『断界』ぃっ!」

 その言葉に伴うように、蒼い炎が虚空で弾かれるようにして消えた。

「え……?!」
「なっ!」

 これに驚いたのはエミリーとグランだ。
 それはそうだろう、あれだけ2人が警戒して、先手を取る事で封殺した『空間魔術』。
 それが今まさに行使されたのだから。

「な、なんで……?!」

 さすがに動揺を隠しきれずに呟くエミリー。
 らしくもない隙を見せるエミリーに、しかしロイドは追撃はしなかった。

 まるで何かを堪えるように、または必死に受け入れるかのよう右手を翳したままにぐっと黙り込むロイド。

「……はぁ、クレアはすげーよ…」
「……え?私?」

 呟かれたような言葉は、しかし驚きに固まるエミリーによって爆音が鳴り止み、ステージから漏れる程度には響いた。
 そしてステージの脇に控えるクレアに届き、目を丸くしつつと照れたのか頬を少し赤らめる。

「……俺と同じ境遇で、惜しげもなく詠唱なんか出来るなんて!」
「そこですか?!てゆーかそう言われると恥ずかしくなってくるからやめてくださいっ!」

 歯を食いしばるように唸るロイドに、クレアは先程までとは違う意味で頬を赤くして叫ぶ。

 そもそも、魔法とは魔術の一部を切り取った技法ではないかと予想されている。
 そしてその切り取った動きに名前をつけて、それを呼び起こす過程を詠唱として羅列し、それを唱える事で決められた現状を引き起こすという技法だ。

 では魔術はというと、詠唱は必要ない。イメージと魔力の操作のみで行使が可能であり、いわば超能力に近いイメージと言えるだろう。
 
 だが、例えば空手の正拳突き。
 ひとくくりに殴る、という動きに名前をつけたもので、それによりイメージを固め、そしてそれを繰り返し体に叩き込む事でただ殴るよりも洗練され、達人ともなれば反射神経だけで行うに至る事さえある。

 これを魔術に置き換えると、つまりは必要がなくても名付ける事でイメージがしやすくなるのだ。
 魔法の半自動で発動される過程ほどではないまでも、イメージに必要な負荷や時間を軽減する事に繋がる。

 だが、ロイドはこれまで詠唱は当然、魔法名を人前で口にする事さえ無かった。
 ある種意固地になる程に避けてきた方法は、前世の記憶云々以上にいわゆる『ここまで来て詠唱するなんて負けた感』を感じる要因となり、それが相まってより恥ずかしさを感じているようだ。

 ちなみに、これを推奨したのはアリアである。
 ウィンディアでの訓練の際に、レオンを通じてアリアからアドバイスをもらったのだ。
 と言ってもすでにアリアによって彼女なりにイメージしやすい魔術名が決められていたので、それを教わるという形にはなっていたが。

「だ、だったら押し込むまでよ!」

 クレアに飛び火した羞恥、その叫びで我にかえったエミリーはさらに魔力を注ぎ込んで『蒼炎』を放つ。
 消費魔力を考えれば正直致命的な勢いだが、『空間魔術』をまともに使われる訳にはいかないという判断からだ。

「『瑠璃茉莉』!」

 現状、エミリーでは『蒼炎』における魔法は通常の火魔法に即した行使がほとんどだ。
 そんな中、数少ない『蒼炎』専用の魔法。

 蒼い炎がまるで花が咲くように小爆発を繰り返し、相手を包囲して爆発、焼き尽くすという魔法である。
 エミリーの手元から放たれた青い小爆発は、まるで油を燃やしたかのように急激に広まり、前方の広範囲を連続した連鎖小爆発で埋め尽くすという割とえげつない魔法。

 小爆発と言えども『蒼炎』のそれ。威力は計り知れない。
 
 王家秘伝の『火桜』より範囲と遊撃性が失われる代わりに、速度に秀でた魔法とも言える。

「『神隠し』!」

 だが、それさえも上回る汎用性と威力を有するのが『空間魔術』だった。

「う、うそ……」

 まるで蒼い花弁を思わせる爆発が幻だったかのように消え去る。
 空間魔術『神隠し』。一定の空間を一時的に切り離してしまう魔術により、『瑠璃茉莉』ごと隔離したのだ。
 
 衝撃的な光景だが、しかしそう何度も呆気にとられるエミリーではない。 手元に微かに残った『蒼炎』を使って、だったらと戦法を切り替える。

「ふっ!」

 短い呼気とともに残る『蒼炎』を足元で指向性を持たせて爆発させて、ロイドへと突撃を図る。
 『突風』を使い、舞いと称される移動方よりも直線的で応用がしにくい代わりに、直線での移動速度は向上する移動方。
 それを『蒼炎』で行えばその速度は爆発的な飛躍を遂げる。

 もはやエミリーに次の『蒼炎』を生み出す魔力は残っていない。
 つまり、これが最後の勝負。

「『斬空』!」

 だが、それを発動するには至らなかった。
 空間魔術『斬空』。空間をズラす事で、ほぼ何でも斬れちゃう凶悪な魔術。

 それをエミリーの足元、『蒼炎』そのものを斬る形で発動。

「っ?!」

 得られるはずだった推進力を失ってつんのめるエミリーに、ロイドは白金の風を用いた高速移動で距離をつめて、

「はい俺の勝ちぃ!!」

 こける前に受け止めつつ、勢いを殺すためにエミリーの体を軸にして地面を滑りながら短剣を首に添える。
 結果として人質をとる小悪党のような姿となったロイドだがーー色々あってハイになった彼は気付いてないようだった。

「……まいったわ」
「しゃおらぁあ!」

 降参を告げるエミリーに、まるで何かの感情を押し殺すように、誤魔化すように叫ぶロイド。
 恥を忘れたいが為の言動なのだろうが、しかし結果として見ててより恥ずかしい感じになってたりする。

 そして、校庭には今までとは違う沈黙が訪れた。
 それは、ロイドの言動によって居た堪れなくなったが故、ではない。いや、クレアはそうなのだが。

 これは、かの『恥さらし』がーー学園最強を手に入れた事に対して、そしてその垣間見せた実力に心底驚いた為であった。


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