魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

57 ロイド対グラン 2

「地力を試される?」
「ん?あぁ……」

 カインは2人の戦いから目を離してフィンクへと視線を移した。
 それに目線は合わせず、フィンクは前方に視線を向けたまま答える。

「と言っても、単に切り札が使えないって話だけどね」
「切り札……というと、空間魔術か?」
「うん。あとは、それの鍵でもあり全体的なブーストにもなる『神力』もね」

 眉をひそめて問いかけるカインに、フィンクは頷く。
 そのフィンクの視線の先、ロイドは苛立ちを感じている様子の表情を浮かべていた。

(くそっ、タメの時間が作れん!)

 ロイドは絶え間なく襲いかかる土や岩を風を駆使して切り抜けつつ、内心で吐き捨てた。

 ロイドはディンバー帝国での戦いから入学にかけての期間で『神力』と『空間魔術』を扱うに至った。

 まだ未熟な為、発動までに時間がかかるものの、対魔法師においては相手が詠唱をする間に発動する事が出来た。
 そして、その汎用性と威力をもって不利な状況を切り抜ける事を可能としてきた。

 だが今回は、

「はっはぁ!ロイド!空間魔術を使ってもいいんだぜ?!」

 魔術師であるグランには、その詠唱をするといった「タメ」が無い。
 つまり、『神力』も『空間魔術』も発動する余裕が無いのだ。

「ちっ…」

 さらに言えば、質量として圧倒的に軽い風と、物体として安定しており質量もある地ではどうしても撃ち合いにおいて不利になる。
 だからといって得意のスピード重視の戦法で、土や岩を掻い潜って一撃を叩き込むのも正直厳しかった。

「ふっ!」

 鋭い呼気とともに放たれた無数の風の弾丸。
 それらは微かに蛇行しながらグランへと迫り、いくつかはロイドへと向かう岩を穿ち、そして残った風がグランを貫かんと突き進む。

「っとぉ……やっぱ速えな!」

 だが、その風の弾丸はグランの体の周りに蠢く土の壁に防がれた。
 グランはロイドを褒めるような口調だが、特に慌てた様子もなく、余裕すら感じられる態度である。

 そう、いかに速い動きで翻弄したり隙を突こうにも、この防壁がある。
 対人戦において、威力よりも速さが重要視されると以前述べたが、それは魔物などに比べて人は耐久力に乏しい為である。
  だが、その耐久力を魔術によって補われてしまえば、速度だけで威力が伴わない攻撃は無効化されてしまうのだ。

「ったく、厄介なもん覚えてからに……」
「へへっ、それはロイドのおかげだけどな!感謝してるぜ!」

 ディンバー帝国で行動を共にした時に、ロイドがグランの魔法が自分の魔術と似ていると感じ、それを伝えた事で自覚に至ったグラン。
 以降、彼なりに修練を積み、こうして使いこなすに至っていた。

「そりゃ良かった、よっと!」

 ロイドは空中を舞うようにグランの攻撃を回避し、また回避しきれない攻撃は撃ち落としていたが、段々とグランがロイドの動きを捉え始めたのか、回避に余裕が無くなってきた。
 風で撃ち合う場面も増えているが、風を圧縮する事で質量を高めているものの、単純な押し合いになると不利になるのは明らか。

「くそ……やめだやめ!」

 その状況に業を煮やしたロイドが苛立ちを吐き捨てるように叫ぶ。
 何を辞めるのか?というグランの問いよりも早く、ロイドの動きが変わった。

「おらぁあ!」

 迫る岩や土を、手に持つ短剣で打ち払い始めたのだ。
 
「……?」

 それを疑問に思いつつも、グランは手を緩める事はしない。変わらぬ弾幕をもってロイドを追い詰めんと攻める。

「どうしたのかなぁ、ロイドくん?」
「ヤケになったのかしら?」

 それを見ていたラピスが心配そうにロイドを見やり、エミリーは苦笑い気味に呟く。
 だが、その横にいるクレアはじっと観察するように目を細めていた。

「どうしたロイド!空間魔術でも使うんか!?」
「んなもんいらねぇよばーか!」

 グランの言葉にどこか精神年齢が退行したような言葉を返しつつ、ロイドは短剣を振るう。

 回避は変わらず行いつつも、躱しきれない攻撃を短剣で切り抜ける。風魔術を飛行以外に使わず、それでいて実は先程までより精神を深く集中させていた。

(うまくいくかね……?)

 内心の疑問や脳にかかる負荷を歯を食いしばってやりすごす。
 そしてやはりと言うべきか、短剣では対応しきれない攻撃を少しずつだが確実に被弾していった。

「ぐっ!」

 顔面を捉えんとする岩を顔を逸らす事で躱そうとするも、頬を浅く抉られる。
 大きな岩に紛れた拳大の石を回避しきれず、腹部にそれをめり込ませる。
 短剣で払いきれない土の塊を脚で蹴り払おうとするも、その脚を捕われて強く締め付けられる。
 
 試合開始から激しくも拮抗していた戦況は、この数分で一気にグランへと傾いていた。
 すでにロイドは土や血に汚れており、綺麗な箇所を見つける方が困難な程である。

「悪いけど、このまま決めるぜ!」

 だが、グランはロイドがただされるがままな人間ではないと理解していた。
 そして、方法は分からないまでも何かしようとしている事も。

 だからこそ、このまま一気に勝負をつけようと攻勢を強める。
 どんな手段であろうと、使われる前に倒せば良い、と防御も最低限にして攻撃に力を注いでいた。
 それにより、もはやロイドの視界を覆い尽くす程に至る膨大な岩や土。
 まるで大地そのものが襲いかかってくるようにさえ見える光景を前に、ロイドはカッと目を見開く。

「準備!かんっりょお!!」

 そう叫びつつ、ロイドは素早く短剣を納刀して両手を天に掲げる。
 手を使って魔術の動きをイメージしやすくする事でコントロールを向上させる初歩的方法だが、ここ最近は使うまでもなくなった手法。
  それをわざわざ使う理由としてはもちろん、それ程までにコントロールの困難な魔術を行使するからである。

「なっ…?!」

 その手を振り下ろした直後、一瞬音が消えたような錯覚を覚えた。

 次の瞬間、大地の奔流とさえ言えるだろう攻撃が弾け飛ぶ。

 校庭には凄まじい衝撃が届き、その圧力で椅子から転げる者さえ少なくない。

「やっぱり…!」

 そんな中、衝撃に顔を腕で隠すようにしながらもその衝突に視線を向けるクレアが呟く。

 それは、以前クレア自身も協力して発動した現象。
 高高度から冷えた事で重くなった空気が大地へと振り下ろされる風の鉄槌。

「ダウンバーストじゃこらぁあ!」

 何やらヤケッパチに叫ぶロイド。
 よほどこの攻撃を放つまでにフラストレーションが溜まっていたのだろう。

「うぉおっ?!」

 その風の鉄槌は大地の奔流を押し潰していく。
 爆発的に大地へとかかる負荷に負けんと魔力を込めるグランを嘲笑うかのように、僅かな拮抗の後に、風の鉄槌は大地を吹き飛ばした。

「ぐあぁあっ!!」

 直後に訪れる尋常じゃない圧力。
 肺の空気を全て押し出され、それが絶叫に変わる。
 全身を押し潰されるような圧力が襲い、身動きはおろか体が砕けそうな負荷にグランの意識が急速に遠のいていく。

 死すら見える状況。しかし、意識が切り離されるよりも早く、その圧力が嘘のように霧散した。

「はぁっ、はぁ…」

 そして、代わりに聞こえてくるのは激しく息切れしたような呼吸音。
 痛む体を鞭打って首を動かして音の方に視線を向けると、そこには短剣をこちらに向けてあぐらをかいて座るロイドが居た。

「俺の、勝ちな…」

 土と血を汗で滲ませ、無理をした反動かいつもより更に気怠げな表情のロイドが、しかし悪ガキのようにニヤリと笑っている。
 それを見たグランは、なんとなく可笑しくなり、力無く笑いながらも口を開いた。

「ははっ…、おう、参った」

 こうして、地を統べる魔術師は天を支配する魔術師に敗北したのであった。

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