魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

48 緊急開催

 ウィーン学園の広大な校庭。
 今そこには、学園のほとんどの生徒や教師が集まっていた。

 がやがやと騒がしくも盛り上がりを感じさせる雰囲気は祭りのそれを彷彿とさせる。
 実際、生徒達の大半は祭りの気分に近いものだ。

「はははっ、なんだかすごい規模になっちゃったね」
「笑い事じゃねぇよ。なんだこれ……」

 それらの中心。校庭の真ん中に立つフィンクが朗らかに笑うが、その横に立つロイドは対照的にげんなりとした様子。
 ちなみに周りにはエミリーやクレアをはじめとしたいつものメンバーが集まっており、大体がロイドと同じような表情を浮かべていた。

 そんな中、開き直ったような表情で拡声魔法具を使って案内をしているのは生徒会長であるティアだ。
 よく見ると青筋を浮かべているが、それでも優秀な彼女はてきぱきと無秩序に集まった生徒達に指示を出して並ばせている。

 ではこれから何が起きているか、と言うと、

「なんで護衛がトーナメント開催者になるんだよ…」

 こういう事だった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「フェレスが魔国へと渡った……?」
「はい。調査によると、フェレスと思われる人物が魔国へ向かう姿を見たという情報が入りました」

 ラピスが拐われた日。 学園の警備を即日で強化し、加えて魔力探知に優れたフィンクが入念に調べ回った。
 
 その上で学園内に脅威はないと判断されたことで、さしあたり肩の力を抜いた面々。 それからブロズの迎えが来るまで保健室に集まって色々と話していた。

「じゃあ、また遊びに来るよ」
「おー、楽しみにしとくわ。元気でな」
「ロイドこそね」

 そんな軽い会話を最後に、ブロズは帝国へと戻った。
 また、ラピスがグランやフィンクによって落ち着きを見せ、フィンクの暴走をティアが懸命に阻止するという光景が見られる中で、普段の日常が帰ってきた二日後。
  カインに王国騎士からの先程の報告が入ってきたのだ。

「魔国……って事はフェブル山脈に向かったって事でしょうか?」
「そのようだ」
「じゃあもう解決したようなもんじゃねぇか」

 首を傾げるラピスにカインが頷くと、グランが体を椅子に預けながら言う。
 お気楽な発言に聞こえなくもないが、実際これにはロイドも同感だった。

 魔鏡と呼ぶに相応しい土地、フェブル山脈。
 強大な魔物が跋扈し、時には人類最高峰の戦力である『剣神』と負けずとも劣らぬ力を持つ竜なども出現するような土地だ。
 そこを単身で渡ろうとなると、『最強』と評されるルーガスや『死神』レオンといったレベルが要求される。

 つまり、間違ってもロイドに下されたジルバよりも更に劣るとされるフェレスが単身で向かって良い土地ではないのである。

 グランとロイドの考えは他の者も同様らしく、同意するように頷く。

「……でも、ちょっと怪しいんだよね」
「どういうことかしら?」

 そんな中、フィンクだけは頷く事はなかった。
 考えるように顎に手をやりながら呟くフィンクに、エミリーが尋ねる。

「いや、フェレスという男は僕も探したし、ロイドにも手伝ってもらったんだ。なのに、それでも姿はおろか痕跡すら見つからなかったんだよ」
「だからすでにここには居なくて、王都を出てたんじゃねーの?」

 フィンクの言葉にロイドが首を傾げる。
 ちなみに、ここ数日の間に時間を見つけてはフィンクに連れられてロイドも探索していたのだ。風の魔術による探索能力は現存する魔法等の中でも群を抜いている。

 それでも見つからなかったのは、つまりロイドの言う通りかと思われたのだが、

「いや、ロイドか見つけられなかったのはそういう可能性も無くはないけど……その痕跡すらなく目撃情報も少ない……いや、無いに等しい。ーーこれはいくらなんでも異常だよ」

 フィンクはロイドとは違う方向で調査していた。
 目撃情報や宿泊、飲食店等の痕跡などを主に調べていたのだが、これといった成果が無かった。いや、無さすぎたのだ。

「しかも隠密の出自でもない騎士だよ?」
「まぁ……そう、だな」

 フィンクの説明にロイドも言われて納得する。
 確かに騎士としての経験からではあまりに気配を消すのが上手すぎるのだ。優秀な王都の包囲網に加え、フィンクとロイドの探索からも逃れるとなると、あまりに不自然な程に。

「……スキル、か?」
「多分ね」

 それを聞いていたカインが呟くと、フィンクが頷く。
 ここまでの話を聞いていた面々も、それならば辻褄が合うと頷いた。

「なるほど……という事はフェレスが魔国に渡るのも、そのスキル次第では不可能ではないというですね」
「憶測の範囲でしかないけどね」

 納得したように口にするクレアに、フィンクは少し言葉を濁しながらも確信があるように頷いた。
 そうなると次に浮かぶ疑問は、

「そもそもなんで魔国に?」
「さぁね。魔国については僕もよく知らないからね」
「まぁろくでもない事にはなりそーだわなー」

 首を振るウィンディア兄弟。他のメンバーも予想はつかないまでも、嫌な予感がするのは同じであった。
 
「とは言え不確定な情報を解明する目処もなく延々と考えるなんて時間と労力の無駄だよ。それより不測の事態に備えながら、情報を集める方が有意義だと思うよ」
「……そうだな。そもそも、そんだけ足取りを掴めないなら、本当に魔国に向かったかも分からん訳だしな」

 フィンクの言葉にカインも頷くと、報告しに来た騎士にも同じように伝えて下がらせた。

「さて、備えるとなると……ふふ、実力をつけるのもその範囲内じゃないかな?」

 それを見届けて唐突に口を開くフィンクは、にっこりと笑う。
 その笑顔に言いようもない不安を覚えたロイドとエミリーだった。
 が、その人々を魅了するかのような素晴らしい笑顔の裏に気付くには至らない面々が頷いてしまう。

「確かにそうだな。ラピスの事もあるし、学園でも注意喚起と強化の促進をした方が良いかも知れん」
「あ、ちょい待ーー」
「そうだよね?だったら僕に考えがあるよ?」
「……考え?」

 カインの言葉を静止しようとするロイドを振り切って口を開くフィンク。
 その様子にここにきてやっと一抹の不安を覚えたカインだったが、一度同意をしてしまった事を良い事にフィンクは話を進めていく。

「任せてよ。間違いなく良い刺激になるだろうね」
「ちょっ……」
「まっ……!」

 止めようと飛びつくロイドとエミリーをするりと回避し、フィンクは部屋を後にする。
 その様子にカインは自分の発言が無用心だった事を実感し始めた。

「おっ、おい!待てフィンク!……っていない?!くそ、逃すか!」
「え、なに?どうしたの?」

 慌てて飛び出していくカインや、すでに飛び出していったロイドとエミリーを見送り、首を傾げるラピス。
 そんな中、クレアが苦笑いを浮かべる。

「まぁ、きっと騒がしくなりますよ。あの人達ですし」

 具体的さも根拠もない予想に、しかしグランは大いに頷く。

 そしてそれを裏付けるかのように、数分後、学園内に設置された魔法具によって声を学園中に響かせる事が出来る魔法具の置かれた教室――通称放送室から、フィンクの声が響き渡ったのだった。


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