魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
41 冷血と強き女
それを音もなくキャッチしたニューマンにブロズは口を開く。
「ニューマン、何と?」
「はい。『ラピス・ジュエラは預かった。返して欲しくば指定の場所に来い』と。地図も描かれております」
「なるほど……」
こてこての文章に、しかしブロズは真剣な表情で黙考する事数秒。
「ニューマンはクレアを探してくれないか。グランは済まないが僕と職員室へ。あと……」
「何でしょうか?」
「あぁ。クレアが動けるようなら職員室に。でなければ保健室へ。どちらかに送り届けたら、そのまま先程手紙を持ってきた男子生徒を探してくれ」
「承知しました」
ニューマンは深く頭を下げると、すっと音もなくその場を後にする。
こんな時でも音を立てて走らない上に移動速度は速いあたりはさすがといったところか。
「いくぞブロズ!」
「あぁ。急ごう」
グランに頷き、ブロズも駆け出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「もう見えねぇんだけどあいつ!」
「あいつ、身体強化と風魔術も使ってます!スピードだけなら兄……フィンクよりも速いんで追いつくのは厳しいかと!」
カインとエミリーは身体強化を施して学園を飛び出して街を突っ切っていた。
それを見た王都民達がなんだなんだと目を向けるが、それに構う事なく2人はスピードを上げていく。
「指定の場所はスラム街だ!気をつけろ!」
「かしこまりました!」
皇太子でありながらよくこっそりと街に抜け出すカインは地理にも詳しい。
エミリーはほとんど地理が分からないので、いつの間にかカインが先導するような形になっていた。
「見えた!あの建物だ!」
「『火球』!」
「っおぉい?!」
そして指定の場所が見えるや否や、即座に魔力を練り上げて火魔法を放つエミリー。
その迷いの無さに目を剥くカインだが、火球はカインに構う事なく建物の壁を破壊する。
「ラピス!ロイド!……っ!」
「ったく無茶な……おいロイド!お前の姉はどうなってるん……!」
そしてその開けた穴から飛び込むエミリーとカインは、建物内の景色に言葉を失った。
壁や床に飛び散る血。
床に横たわる男達は、ざっと見回しただけでも二十はいるだろうか。
その殆どが意識を失っているのか、それとも死んでいるのか分からない程の重傷を負っており、ピクリとも動かない。
残る数人程は呻いて体を痙攣させていたり、痛みを堪えるように体を震わせておりーーどちらにせよ立ち上がる力さえ無いように見える。
王都の一角とは思えない地獄絵図のような光景が、そこにはあった。
「……ロイド、お前…」
「え、エミリーさん!殿下!」
「っ!ラピス?!」
その惨状にさすがの2人ですら言葉を失っていると、開けた穴から差し込む光の脇、かろうじて影になっている場所からラピスの声が聞こえる。
エミリーはハッとなって火魔法を発動、明かり代わりにすると、声の方を見やる。
「大丈夫?!」
「はい!そ、それよりロイドくんをっ!」
「えっ?!」
ラピスは手足を縛られてはいるが、見たところ怪我もないように見えた。
だが、その表情は今にも泣きそうなもので、その口から出た名前にエミリーは思わず振り返る。
「ゆ、許してください…」
「………」
エミリーの火によって妖しく照らされたそこには、血塗れの状態で涙に頬を濡らして謝る男――ルースド。
そして、こちらからは背を向ける形で表情が見えないロイドがいた。
「っごはっ!」
「おいロイド、落ち着け!」
謝るルースドに無言で蹴りを入れるロイド。
ルースドが血を吐きながら吹き飛ばされるのを見て、カインが静止の声を上げる。
そして、その声に反応するようにロイドはくるりとこちらに顔だけを向けた。
「……!」
その表情を見たカインは背筋に冷たい悪寒が走った。
普段見せるどこか気怠げな表情はそこになく、へらりと笑う柔らかい碧の眼も欠片も片鱗はない。
まるで吸い込まれるような暗い瞳に、人形のような表情の抜け落ちた顔。
本当にこれがロイドなのか?そう思ってしまう程に印象がかけ離れていた。
「………はぁ〜、あんたね…」
だが、その様子にエミリーは動じる事なく深い溜息をつく。
そして再びラピスに目を向けると、ラピスもどこか怯えたような表情を浮かべていた。
「………」
エミリーは更に目を凝らすと、ラピスの制服に靴裏の形に汚れがいくつか付いている。
恐らく服の下はアザや打撲跡があるのだろうと思わせるそれに、エミリーは納得したように再びロイドを見据えた。
(多分……ラピスが人質にされたんでしょうね。その過程かそれ以前に攻撃されたラピスにキレた、と…)
エミリーは大枠の流れを予想する。
そしてそれはほとんど正解と言えた。正確に言えば、ロイドが現れた時にはラピスが攻撃されており、その瞬間から暴れ始めたのだが。
「ラピス、ごめんね。少し待ってて」
そう言って立ち上がるエミリーに、『火球』によって空いた穴から声がかかる。
「先輩っ?!」
「あら、クレア」
声に反応して振り返ると、そこには息を切らせたクレア。
そして周りの状態を見てから、キッとロイドを見据える。
「先輩ったら全く…」
「ほんとよね」
はぁ、と溜息をつきながらクレアとエミリーはロイドの方に歩いていく。
その様子を驚いたような、心配したような表情で見るカイン。
今のロイドに近付くのは危険だ、とカインの積み重ねられた戦闘経験から警鐘が大音量で警告していた。
カインが「待て」と声をかけるようとするも、それはわずかに遅く。
不味い、と目を瞠り手を伸ばす。その視線の先で、
「やりすぎです!」
「いい加減にしなさい!」
「うごぉぅっ!」
「……は?」
クレアとエミリーの拳がロイドの後頭部にダブルヒットした。
思わず呆然とするカインに、思わずといったように頭を押さえて蹲るロイド。
しゃがみ込み、小さく「ぅぉぉ…」と唸る声が静かな建物にそれはよく響いた。
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