魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
31 レオン
レオン。
エイルリア王国において、昔話や伝承に言い伝えられる『死神』と呼ばれる存在、その人である。
ディンバー帝国でもその存在は知れ渡っており、『国斬り』という伝説として畏怖されている。
エイルリア王国が誕生する以前より生まれたが、壮絶な戦いと偶然が重なり合い不死となった彼は、その若々しい姿とは裏腹に数えるのも億劫な時間を生きている。
そして、その多くをこの大陸――シーズニア大陸においても最も危険と云われるフェブル山脈で暮らしていたが、現在はウィンディア領で過ごしてロイドの師事をするに至った。
「なんでここにいんだよ!」
「お前が学園なんてとこで怠けて腕が落ちてる頃だと思って見に来た。案の定だったな」
そんな存在とまさかこんな場所で出会すとは思いもしないロイドは驚きも露わに叫ぶが、レオンは相変わらず淡々とした口調である。
おまけに呆れたように溜息までつかれ、ロイドはこめかみに青筋を浮かべる。
「てんめっ、このっ、殺されるかと思ったわ!」
「ここまで手加減しておいて死ぬようならお前が悪い」
ロイドの苦言にレオンは取り付く島もない。
はぁーとそっぽを向いて白けた様子を見せるレオンに、ロイドは怒りに震えつつも言っても無駄だと必死に飲み込む。
そして、四つん這いのように倒れ込んでいた体勢から腰を落としてレオンと向かい合うように座った。
「……で、何しに来たんだよ」
「さっき言ったろうが。なんだ?頭まで弱くなったのか?」
「……」
やれやれといった感じに肩をすくめるレオンにロイドは湧き上がる怒りを必死に抑える。
殴りたい。いや、きっと殴れないんだろうが、むしろ返り討ちにされるんだろうが、やっぱ殴りたい。と葛藤するロイドは、しかしなんとか怒りを飲み込む。
「まさか本当にそれだけの為に来たん?」
「……そうだ。とは言え、ここまで進歩がないとはな」
レオンの冷ややかな視線にロイドは押し黙る。
レオンが言っている内容が空間魔術を指している事はロイドにも分かった。そして、それがここに来て一切の向上がない事も。
「……それについちゃ俺が悪い。空間魔術の訓練は正直まともに出来てない」
「だろうな。さっきのはなんだ?無駄に神力を込めて無駄遣いするわ、その癖制御が甘いから威力も速度も遅い」
「……」
レオンの言葉にロイドは青筋を浮かべつつも押し黙る。
腹立たしいが、反論は出来ない。言っている内容は全て的確で、完全にその通りでしかないからだ。
「どうせ余計な被害を気にしてとか言って訓練を避けてきたんだろう。甘えるな、クソガキ」
「あーもうそうだよ!すいませんでした!今日からやります!だから黙れクソじじい!」
ヤケクソに叫ぶロイドに、しかしレオンは頷く。
「それでいい。下手が下手を言い訳して下手をそのままにしていては目も当てられんからな」
「く……下手下手言いすぎだろ……まぁ、はい…」
あっさりと頷かれ、ロイドは渋々俯く。
口は悪いしやり方よりも実践だと死地に放り込んだりする男ではあるが、なんだかんだでちゃんと師匠をやってるレオンなのだ。
結局、こういう時は最後にロイドが負けるのである。
ちなみに、ロイドはじじいと言っているが、それは逆立ちしても勝てないレオンへ生きた年月に対してのせめてもの悪態である。見た目はむしろ整った青年と言えるだろう。
「はぁ……どうりで魔物1匹いねーはずだよ」
「あぁ、ここの魔物は弱いからな。これだけ魔力を抑えても近寄りすらせん」
「そりゃそーだろ」
魔物はある程度の知能と、何より人間よりも優れた本能で生きている。
であれば、本能でも知能でも危険と分かる化け物が現れれば、脱兎の如く逃げるのは火を見るよりも明らかだ。
「あー、そーいや勝負してたんだった……」
「ふん、俺に一撃入れたんだ。下らん勝負より価値のある事だろう」
「お?」
珍しく褒めるレオンにロイドは目を丸くする。
するとレオンはそっぽを向いて一言。
「まぁ、せこい一撃だがな。せめてかすり傷のひとつくらいつけて欲しいもんだ」
「うるせぇなじじい!いつか八等分くらいに切り刻んでやるわい!」
挑発に物騒な買い文句で返すロイド。ちなみにレオンは不死と身体魔術の駆使し、体が切り離されたくらいならすぐにくっつくのだが。
「まぁいい。用事は済んだし俺は帰る」
「帰れ帰れ!」
ぎゃいぎゃい騒ぐロイドに、レオンは構わず立ち去ろうとして、思い出したように振り返る。
「そう言えば、最近魔国の方が騒がしくなってる。一応気をつけておけ」
「あ?魔国が…?」
「あぁ。まぁ理由も目的も知らんから、気にするだけ無駄骨かも知れんがな」
「ふーん…」
ロイドは適当に相槌を打つ。
すると、レオンは今度こそ歩き出した。
「じゃーなー」
「おう」
ロイドの言葉に振り返らずに返事をするレオンは、すぐに木々に消え入るようにその姿が見えなくなっていく。
それをなんとなく見送っていたが、講義の途中である事を思い出す。
「あ、やべ」
ロイドは今からでも、と森を戻りながら魔物を探そうと走り出す。
が、レオンの影響か気配ひとつなく、神力も魔力も限界に近いロイドは重たい身体を必死に動かすのが精一杯だった。
結局、合図である火魔法による爆音が空高くから聞こえるまで、ロイドは魔物1匹にも出会う事はなかった。
「お?ロイド、まさかボウズかよ!」
「釣りみたいに言うな」
集合場所についたロイドを迎えたのはグランだ。
無数の魔物の討伐証明の部位――ゴブリンでいう角などだーーを持ってロイドを待ち受けていた。
「ま、しょうがないだろ!レオンさん来てたもんな!」
「あ、やっぱ気付いた?」
だが、グランは馬鹿にするでも煽るでもなく笑った。
ロイドはまぁあれだけ暴れれば分かるやつは分かるか、と納得したように言う。
「そりゃあな。あんなえげつない魔力、レオンさん以外ありえねぇだろ!」
「おい、大丈夫か?!」
笑うグランに被せるように焦ったように声を掛けてきたのは、遅れて帰ってきたカインである。
「ん?何がよ?」
「森の奥で凄まじい魔力の持ち主と戦ったろう?!もう1人の魔力の感じがあの時のロイドと同じ気配だったぞ!」
「あー…大丈夫大丈夫。見逃してもらえた」
カインの言う『あの時』とはロイドと手合わせした際に見せた神力を纏った時の事だろう。
神力を用いてレオンと戦った事で感知したようだ。
「良かった…すまない。何やら異常な程の魔物と遭遇して向かえなかった」
「おいおい、こーたいしサマ、危ないとこに行くなよー?」
「待てなんだその雑な呼び方は」
ふざけた口調ながら、ロイドは本気で言っていた。
もしレオンが本当に敵だったとして、カインが来た所で一緒に殺されてお終いである。
時期国王であり皇太子のカインが死ぬのはエイルリア王国の損失だ。
「そうだぜ!あんなんに誰が挑んでも殺されるんだから、カインは絶対逃げないとダメだろ!」
「そーだそーだ!来てもこっちが困るわい!大人しく逃げろやこーたいし!」
「あぁもうやかましいわ!分かっておるが、この国の民を捨て置けるか!」
「この国の民としてはカインに死なれる方が困るんですー!!」
「そーですー!皇太子を巻き込んで死ぬ方の気持ちにもなって欲しいんですけどー!」
「ぐっ!何だこいつらうるさっ!いやそうかも知れんが…いやうるさいな!」
「そうですよ、カイン皇太子」
ぎやーぎゃーと騒がしく話すロイド達に、さらりと混じるクレア。
見ると、後ろにエミリーとラピスも居た。
「大切な御身です。どうか無茶はされないよう…」
「ぐ……わ、分かった…」
クレアがお淑やかに諭すと、カインは大人しく頷いた。
それを見たエミリーとラピスがニヤリと笑う。
このお淑やかな感じも含めて彼女達の差し金か、とロイドとグランは無言で察した。
「いやぁ、女にゃ勝てんな」
「女ってこえぇな。ま、とりあえず帰るかー」
「そーだな」
そして、レオンの魔力に気付いた為慌てていた様子のガイアスにカインが説明しつつ、ウィーン学園に戻るのであった。
エイルリア王国において、昔話や伝承に言い伝えられる『死神』と呼ばれる存在、その人である。
ディンバー帝国でもその存在は知れ渡っており、『国斬り』という伝説として畏怖されている。
エイルリア王国が誕生する以前より生まれたが、壮絶な戦いと偶然が重なり合い不死となった彼は、その若々しい姿とは裏腹に数えるのも億劫な時間を生きている。
そして、その多くをこの大陸――シーズニア大陸においても最も危険と云われるフェブル山脈で暮らしていたが、現在はウィンディア領で過ごしてロイドの師事をするに至った。
「なんでここにいんだよ!」
「お前が学園なんてとこで怠けて腕が落ちてる頃だと思って見に来た。案の定だったな」
そんな存在とまさかこんな場所で出会すとは思いもしないロイドは驚きも露わに叫ぶが、レオンは相変わらず淡々とした口調である。
おまけに呆れたように溜息までつかれ、ロイドはこめかみに青筋を浮かべる。
「てんめっ、このっ、殺されるかと思ったわ!」
「ここまで手加減しておいて死ぬようならお前が悪い」
ロイドの苦言にレオンは取り付く島もない。
はぁーとそっぽを向いて白けた様子を見せるレオンに、ロイドは怒りに震えつつも言っても無駄だと必死に飲み込む。
そして、四つん這いのように倒れ込んでいた体勢から腰を落としてレオンと向かい合うように座った。
「……で、何しに来たんだよ」
「さっき言ったろうが。なんだ?頭まで弱くなったのか?」
「……」
やれやれといった感じに肩をすくめるレオンにロイドは湧き上がる怒りを必死に抑える。
殴りたい。いや、きっと殴れないんだろうが、むしろ返り討ちにされるんだろうが、やっぱ殴りたい。と葛藤するロイドは、しかしなんとか怒りを飲み込む。
「まさか本当にそれだけの為に来たん?」
「……そうだ。とは言え、ここまで進歩がないとはな」
レオンの冷ややかな視線にロイドは押し黙る。
レオンが言っている内容が空間魔術を指している事はロイドにも分かった。そして、それがここに来て一切の向上がない事も。
「……それについちゃ俺が悪い。空間魔術の訓練は正直まともに出来てない」
「だろうな。さっきのはなんだ?無駄に神力を込めて無駄遣いするわ、その癖制御が甘いから威力も速度も遅い」
「……」
レオンの言葉にロイドは青筋を浮かべつつも押し黙る。
腹立たしいが、反論は出来ない。言っている内容は全て的確で、完全にその通りでしかないからだ。
「どうせ余計な被害を気にしてとか言って訓練を避けてきたんだろう。甘えるな、クソガキ」
「あーもうそうだよ!すいませんでした!今日からやります!だから黙れクソじじい!」
ヤケクソに叫ぶロイドに、しかしレオンは頷く。
「それでいい。下手が下手を言い訳して下手をそのままにしていては目も当てられんからな」
「く……下手下手言いすぎだろ……まぁ、はい…」
あっさりと頷かれ、ロイドは渋々俯く。
口は悪いしやり方よりも実践だと死地に放り込んだりする男ではあるが、なんだかんだでちゃんと師匠をやってるレオンなのだ。
結局、こういう時は最後にロイドが負けるのである。
ちなみに、ロイドはじじいと言っているが、それは逆立ちしても勝てないレオンへ生きた年月に対してのせめてもの悪態である。見た目はむしろ整った青年と言えるだろう。
「はぁ……どうりで魔物1匹いねーはずだよ」
「あぁ、ここの魔物は弱いからな。これだけ魔力を抑えても近寄りすらせん」
「そりゃそーだろ」
魔物はある程度の知能と、何より人間よりも優れた本能で生きている。
であれば、本能でも知能でも危険と分かる化け物が現れれば、脱兎の如く逃げるのは火を見るよりも明らかだ。
「あー、そーいや勝負してたんだった……」
「ふん、俺に一撃入れたんだ。下らん勝負より価値のある事だろう」
「お?」
珍しく褒めるレオンにロイドは目を丸くする。
するとレオンはそっぽを向いて一言。
「まぁ、せこい一撃だがな。せめてかすり傷のひとつくらいつけて欲しいもんだ」
「うるせぇなじじい!いつか八等分くらいに切り刻んでやるわい!」
挑発に物騒な買い文句で返すロイド。ちなみにレオンは不死と身体魔術の駆使し、体が切り離されたくらいならすぐにくっつくのだが。
「まぁいい。用事は済んだし俺は帰る」
「帰れ帰れ!」
ぎゃいぎゃい騒ぐロイドに、レオンは構わず立ち去ろうとして、思い出したように振り返る。
「そう言えば、最近魔国の方が騒がしくなってる。一応気をつけておけ」
「あ?魔国が…?」
「あぁ。まぁ理由も目的も知らんから、気にするだけ無駄骨かも知れんがな」
「ふーん…」
ロイドは適当に相槌を打つ。
すると、レオンは今度こそ歩き出した。
「じゃーなー」
「おう」
ロイドの言葉に振り返らずに返事をするレオンは、すぐに木々に消え入るようにその姿が見えなくなっていく。
それをなんとなく見送っていたが、講義の途中である事を思い出す。
「あ、やべ」
ロイドは今からでも、と森を戻りながら魔物を探そうと走り出す。
が、レオンの影響か気配ひとつなく、神力も魔力も限界に近いロイドは重たい身体を必死に動かすのが精一杯だった。
結局、合図である火魔法による爆音が空高くから聞こえるまで、ロイドは魔物1匹にも出会う事はなかった。
「お?ロイド、まさかボウズかよ!」
「釣りみたいに言うな」
集合場所についたロイドを迎えたのはグランだ。
無数の魔物の討伐証明の部位――ゴブリンでいう角などだーーを持ってロイドを待ち受けていた。
「ま、しょうがないだろ!レオンさん来てたもんな!」
「あ、やっぱ気付いた?」
だが、グランは馬鹿にするでも煽るでもなく笑った。
ロイドはまぁあれだけ暴れれば分かるやつは分かるか、と納得したように言う。
「そりゃあな。あんなえげつない魔力、レオンさん以外ありえねぇだろ!」
「おい、大丈夫か?!」
笑うグランに被せるように焦ったように声を掛けてきたのは、遅れて帰ってきたカインである。
「ん?何がよ?」
「森の奥で凄まじい魔力の持ち主と戦ったろう?!もう1人の魔力の感じがあの時のロイドと同じ気配だったぞ!」
「あー…大丈夫大丈夫。見逃してもらえた」
カインの言う『あの時』とはロイドと手合わせした際に見せた神力を纏った時の事だろう。
神力を用いてレオンと戦った事で感知したようだ。
「良かった…すまない。何やら異常な程の魔物と遭遇して向かえなかった」
「おいおい、こーたいしサマ、危ないとこに行くなよー?」
「待てなんだその雑な呼び方は」
ふざけた口調ながら、ロイドは本気で言っていた。
もしレオンが本当に敵だったとして、カインが来た所で一緒に殺されてお終いである。
時期国王であり皇太子のカインが死ぬのはエイルリア王国の損失だ。
「そうだぜ!あんなんに誰が挑んでも殺されるんだから、カインは絶対逃げないとダメだろ!」
「そーだそーだ!来てもこっちが困るわい!大人しく逃げろやこーたいし!」
「あぁもうやかましいわ!分かっておるが、この国の民を捨て置けるか!」
「この国の民としてはカインに死なれる方が困るんですー!!」
「そーですー!皇太子を巻き込んで死ぬ方の気持ちにもなって欲しいんですけどー!」
「ぐっ!何だこいつらうるさっ!いやそうかも知れんが…いやうるさいな!」
「そうですよ、カイン皇太子」
ぎやーぎゃーと騒がしく話すロイド達に、さらりと混じるクレア。
見ると、後ろにエミリーとラピスも居た。
「大切な御身です。どうか無茶はされないよう…」
「ぐ……わ、分かった…」
クレアがお淑やかに諭すと、カインは大人しく頷いた。
それを見たエミリーとラピスがニヤリと笑う。
このお淑やかな感じも含めて彼女達の差し金か、とロイドとグランは無言で察した。
「いやぁ、女にゃ勝てんな」
「女ってこえぇな。ま、とりあえず帰るかー」
「そーだな」
そして、レオンの魔力に気付いた為慌てていた様子のガイアスにカインが説明しつつ、ウィーン学園に戻るのであった。
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