魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
28 勇者の権限
そこに響くのはわざとらしく大きな咳払い。
「ごほんっ!殿下、ここに来たご用件をどうぞ?」
それは話の進まない状況に見かねたティアだった。
カインもそれに気を取り直して佇まいを正す。
「そ、そうだな……おいロイド。お前スメラギと揉めただろう?」
「いや、喧嘩売られただけなんだけど」
「それを揉めたと言うんだ!まったく、ティアから忠告を受けたばかりだろうに」
溜息をこぼすカインに、クレアがおずおずと口を開く。
「あの、殿下…あれは、コウさんがエミリーさんに好意を抱いたから、その嫉妬でそうなったようでして…」
「「え?」」
クレアの言葉にロイドとエミリーがクレアに顔を向けて驚く。
それを聞いたカインは一瞬だけ目を丸くすると、エミリーに視線を向ける。
「……エミリー・ウィンディアだな。……はぁ、さすがウィンディアと言ったところか。フィンクもだが、兄弟全員何かしら騒ぎを起こすようだな…」
「待て、俺はそんな事ないわい。てか兄さんと括るな!」
「……あれ?私は被害者ではないかしら…?」
呆れたように、または諦めたように言葉を溢すカインに、ロイドは反論し、エミリーは項垂れた。
しかしカインは気にした様子もなく言葉を続ける。
「まぁいい。ロイド、勇者に与えられる権限は知っているか?」
「え、知らん。そんなもんもあるんか」
「……だろうな。いいか、聞け」
溜息混じりのカインに、ロイドは頷く。
「まずは人権。これはエイルリア王国民は全ての者が持つものだが、それを与える」
カインは手を見せるように広げた指の内、親指を折って言う。
「次に、王城の使用許可。これは保護目的であり、この世界に来て住居を持たない勇者への配慮でもある」
人差し指を畳むカインに、指をふんふんと頷くロイド。
「そして今回の問題でもある、戦闘訓練に対する優遇だ」
中指を折るカインに、ふーんと相槌を打つロイド。
「これは勇者が王国の剣として力を振るう為の投資といった所だ。勇者が望む環境を出来る限り用意するというものだ」
「あー、なるほどな。んじゃ今後もあるわけか……」
それに納得したように頷くロイド。
後ろで首を傾げるグランやラピスに、相変わらず理解が早いです…と苦笑いのクレア。
「めんどくさい…」
「つまり、私やロイドが勇者に付き合わなければならない可能性があると?」
「そうなる可能性は高いな」
ぼやくロイドと同じ理解をしていたエミリーが確認をとると、カインは頷く。
戦闘訓練として望む環境の用意。
つまり学園に来た事も勇者の希望であり、そこで目をつけられたロイドも環境――対戦相手の用意という形で縛られる可能性があるというのだ。
「まぁ、あとは手柄に見合った地位と報酬の用意ってところだ。まだスメラギは何も成してはおらんから位としては平民と同じだがな」
薬指を折り、そのまま手を下ろすカインにロイドは溜息をつく。
そんなんに付き合ってる暇はない、とまで切羽詰まった状況ではないが、期限も分からず拘束されるのは正直たまったものではない。
「いや、無理。やだ」
「すまないが……もしスメラギが希望すれば王国としてはそれは優先すべき事だ。そうなれば、お前の意見を聞く事は難しい」
ロイドの子供じみた拒否にカインは首を振る。
そしてエミリーへと目線を向けた言い辛そうにだが口をゆっくりと開く。
「……エミリー・ウィンディア。もしスメラギが本当に貴女に惚れた場合、その方法で君も声が掛かるかも知れない」
「………」
エミリーは察していたのか聞き返しもせずに押し黙る。
が、その内心は苦虫を噛み潰したような表情から見て取れた。
その様子にカインは目を伏せる。
「すまないな。それが戦闘訓練に繋がらないと判断出来れば止める事も可能なのだが…」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
だが、上手く穴を突くように、またはそうかこつけてエミリーとの関係を深めようと画策してもおかしくない。
そんなカインの言葉の続きを読み取った上で、エミリーは笑顔を浮かべてカインへと頭を下げる。
貴族の令嬢を絵に描いたような佇まいに、しかしカインは関心よりも申し訳なさが勝ったようだ。
「すまない」
誰にも聞こえないような小声の呟き。気まずい雰囲気が漂った。
「……よし、分かった」
「……?」
そんな中、しばらく考えるように目を瞑って黙っていたロイドが口を開く。
そんな彼に目線が集まる中、ロイドはゆっくりと目を開いた。
「そこはどーにか避けるようにしてみるわ。多分大丈夫だろ」
「……そうか。俺は中立だが、お前に非がない行動であればフォローくらいはしよう」
「ありがとな」
いつものどこか気怠気な瞳の中に、ほのかに眼光を放っていた。
カインの言葉に微笑んではいるものの、その光は衰えない。
「……ロイドあんた、無茶しちゃダメよ?」
「大丈夫だって」
エミリーの心配そうな目線に笑って返しつつ、ロイドはクレアを見やる。
「『自分の考え方が正しいと思ってやらかす』んだよな?」
「え、はい。多分ですけど」
割と適当にノリで言っちゃってたクレアは曖昧に頷くも、ロイドは満足そうに頷いている。
その様子を見たグランが笑う。
「ははっ!またなんかやらかす気だなロイド!手伝える事があれば言えよ!手ぇ貸すからよ!」
「いや俺やらかした事なんかねーだろーが!」
けらけら笑う2人に、ティアは肩をすくめながら小さく笑う。
「ふふ、君達は仲が良いんだな。まぁ程々にやるように」
「「はーい」」
子供のように手を挙げて返す2人に、ティアはもう一度笑ってから言葉を続ける。
「次の実践訓練なんだが、予定としてはスァース大森林での訓練となっている。そこでは四等級以上は自由行動だ。素早く逃げる事を勧めるよ」
「そーなんですね。分かりました」
「なるほどな!よしロイド、勝負しようぜ!」
「はっ、勝てるとでも?」
「はぁ?昔と一緒と思うなよ?」
笑みを浮かべて睨み合うロイドとグランに、女性陣は溜息をこぼす。
が、こんな会話をしている内に変な空気も重たい雰囲気も消えていた。
それに気付いていたカインはふっと笑みを溢して口を開く。
「……おい、ロイドとグラン。俺も混ぜろ」
「おっ、ノリの良い王子様だな!」
「ちょっ、グランくん!」
「いやー王子様のプライドを傷つけちゃうかもなー、いいのかなー」
「……絶対勝ってやる」
煽るロイドに青筋を浮かべるカイン。
さらっと敬語を抜いたグランにラピスが慌てて止めようとするが、それをカインが止める。
「ラピス、構わん。それにグランはディンバーの者だ。俺に礼儀を見せる必要はない」
「……いやぁ、良い王子様だな。尊敬するぜ」
その言葉にグランはにっと笑ってすっと頭を下げる。
それでも口調を変えなかったのは、グランの一生徒であると言う言葉を尊重したが故だ。
それからしばし騒いでいたが、鐘の音が鳴ったので解散した面々。
それから翌日以降は各自の講義に出つつ校内を探索して回ったが、特に手掛かりを得る事は出来なかった。
そしてあっと言う間に1週間が経ち、実践戦闘の講義の日を迎える事となる。
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