魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

間話 努力

「おい如月―、まだ終わらねーのか?」
「あ、すみません…」

 黒川を避けようとした覚悟も虚しく、如月が黒川と会話する数は少なくなかった。
 
 当然である。
 仕事においてコミュニケーションは必ず必要であり、それが指導する立場とされる立場であれば一層だ。

 だが、如月が不安は杞憂であった。
 というのも、黒川の態度が理由である。

「まぁいーわ。店長から発注のやり方の説明があるからバックヤード行ってきなー」
「はい、あ、ここ片付けてから…」
「あー、いーよ、俺がやっとくから店長待たせるな。はよ行け」

 先輩社員としての優しさはあるのだろう。
 だが、女性に対して、という観点から見ればあまりにぞんざいな扱いである。
 
 それが仕事中は勿論、出勤前後の時間でも変わらぬ態度でいる黒川に、他の新入社員も変な勘違いをしようもない。
 と言うのも、他の新入社員にも全く同じ対応なのだ。

「はい、すみません」
「おー」

 おかげで色恋沙汰での勘違いや勘繰りによる陰口や嫌がらせはなかった。
 とは言え如月が不器用であり物覚えも良くないので、他の新入社員よりも仕事には苦戦しており、単純にそれが悩みではあったが。

 だが、それは自分の問題である。
 余計な心配や気疲れもしなくて良いこの環境は、如月としては嫌ではなかった。

「すみません、遅れました」
「あいよ。んじゃ始めるぞ」

 店長は女性だった事も幸いした。
 如月から見てサバサバした格好いい女性、といった店長。
 仕事の不出来も今は当然だと言って指導してくれるし、如月を厳しかったり優しかったりといった特別扱いはしない。
 
 新入社員も如月の仕事の不出来に対しての陰口はあれど、最初のような容姿を理由にしたそれは無くなっていた。

 だからだろう。如月はその心配を忘れてしまっていたのだ。



 ある日、退勤して店を後にする如月や新入社員達。

(あ、メモ忘れちゃった…)

 だが新入社員と別れた後に忘れ物を思い出した如月は慌てて店へと引き返した。
 店の鍵は店長と黒川しか持っていない為、急がないと入れなくなると走って戻ったのだが、バタバタと走る音に気付いて振り返った新入社員達は如月の後ろ姿を見つめていた。

「はぁ、はぁ…良かったぁ」

 店へと戻った如月は、バックヤードから漏れる電灯の光に安堵した。
 乱れる呼吸を落ち着けつつ扉を開けると、机に書類を広げて睨めっこをしている黒川が居た。

「ん?どーした、忘れ物か?」
「あ、はい。メモを…」
「あー、明日はレポート提出だったもんな。それ忘れちゃやばいわなー」

 如月に気付いた黒川がペンを置いて視線をよこす。
 如月は忘れていたメモを探しながら答えていると、目的の物を見つけた。

「あった…」
「良かったな。んじゃ気をつけて帰れよー」

 安心する如月に黒川は声を掛けつつ視線を書類に戻す。
 新入社員指導の際に見せる気怠気な笑顔とは違い、真剣な表情で書類を睨む黒川。

(……先輩、こうして見ると顔怖いな…)

 もし指導の時にこの顔だったらあんなに気さくには話しかけれなかったろうな、と思いつつ、それを想像すると可笑しくなって笑ってしまう。

「ふふっ…」
「ん?なんかおもろい事でもあったんか?……お前もしかして、メモに下らん事ばっか書いてるんじゃねーだろーな」
「え、いや違いますよっ!」
「ほんとかー?まぁいいけど」

 ジロリと書類に向ける時の視線のまま如月を見る黒川にビクっとする。
 黒川が書類に視線を戻すと、それにつられるように如月もその書類に視線を向けた。

「…あれ?これって店長用の書類じゃ…」
「ん?あぁ。そろそろ覚えときたくてなー」

 店長が机に座って事務仕事をしている時に見かける書類を見て、思わず口を開いてしまった如月に、黒川は目線を向ける事なく返す。

「すごいですね。仕事が出来る人は違いますね」
「ん?あー…」

 お世辞でもなく本心から出た言葉。

 だが、その言葉に黒川は喜ぶでもなく何かを考えるように数秒黙り込む。
 そして、言うべきが迷うようにキレの悪い口調で話し始めた。

「あー、えっとな。俺は仕事出来る方じゃない。同期よりもかなり遅れてたから、優秀な店長の元でって事でこの店に配属されたんだ」
「え?…意外です…」

 実際、店長からも黒川は頼りになるという言葉を聞いていた。
 如月から見ても仕事を淡々と捌いていく黒川は仕事が出来ないようには見えない。

「店長のおかげでマシにはなったけどなー。んで、やっとヒラ社員の仕事は出来るようになったから、先に店長の仕事を勉強しとこーと思ったんよ。同時にスタートしたら同期とかに勝てんしな。まぁ…フライングだよ」

 内緒な、と笑う黒川に如月は言葉を失う。
 そして、自分はここまで努力出来ていたか、と脳裏に過ぎる言葉に、しかし頷く事はどう足掻いても出来る訳がなく。

「……はい、内緒にしてますね」
「おー頼むわ。んじゃ良い加減帰れよ、明日もあるしな」
「はい、お先に失礼します」

 帰路につく如月。
 結局、バックヤードの灯りは終電ギリギリまで消える事はなかった。



 それから如月は今まで以上に努力をした。
 その甲斐あって、徐々にではあるが他の新入社員に追いつき、そして追い越さんと実力をつけていった。

「んじゃそろそろ仮配属も終わるからテストするからね。あと、今日中に希望部署を私まで言いに来る事」

 そんなある日、店長から新入社員達に通達があった。
 机に座る如月と新入社員達に、店長が用事を渡していく。

「んじゃ30分したら戻るから、それまでやってて」

 そう言って売場へと出て行く店長を見送り、3人はテスト用紙にペンを滑らせる。
 
「ねぇ、希望部署とかどうする?」
「私、ここの店がいいなぁ。黒川さんとまだ働きたいよぉ」
「だよねぇ〜、私もそうしよ〜」

 そのテスト中、店長も黒川も居ない事で口が軽くなった2人が話し始める。
 
「如月さんは広報部とかでいんじゃなぁい?顔が良ければそれだけで有利じゃん?」
「あはは……考えてみる」
「あ、同期から聞いたんだけどB店の店長が如月さんの事お気に入りって言ってたらしいよ?そこにしたらぁ?」
「はぁ……」

 最近無くなっていた顔絡みの話に、如月は曖昧に返す。
 内心溜息をつきつつも、言い返した所で悪化しかしない事を過去の経験から知っていたからだ。

「よし、出来たか?」

 きっちり30分経って店長が戻ってきた。
 テスト用紙を回収し、その場で素早く採点をしてから3人に向かってテスト用紙を広げる。

「こんな所か。…如月、よく頑張ったな」
「……え…」
「うそ…」

 驚く新入社員達と、目を丸くする如月。その視線の先のテスト用紙に書かれた点数は、如月のものが最も高かった。
 
「最初は遅れてたが、頑張って巻き返したな。もちろん、2人も良く頑張った。あ、如月、なんならお前この店に残ってもいいぞ?」
「ちょっ、有り得ない…」
「て、店長!」
「ん?どうした?」

 冗談を言うように笑いながら言う店長の言葉をどう捉えたのか、新入社員の1人が慌てたように立ち上がる。

「如月さんは黒川さんに色目を使って点数を取ったんです!だからこの店に残すのは良くないと思います!」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品