魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

16 カイン

 四等級試験。
 かのウィーン学園の昇格試験だと楽しみにしていた紅い髪が目立つ『彼』は、しかしゴブリンの討伐という試験内容に正直落胆していた。

 解散を告げられてから彼はさっさと終わらせてしまおうと考え、真っ先に森へとへと向かい、そして一番乗りで到着。
 森へ入って進むと、トレントやウルフといった魔物にも会敵するもそれを余裕をもって仕留め、さらにそれに混じって現れたゴブリンも5体程討伐し、角を無理やり引っこ抜いて確保していた。

 すでに帰るだけで合格となった彼は、しかし昔聞いた話を思い出す。

(そう言えば昔聞いた事があるな)

 『森の番人』と呼ばれる魔物、グリフォンがここスァース大森林の最奥にて住むという話だ。
 強力な力を持つも、襲われたりテリトリーを荒らさない限りは襲ってこない魔物で、森付近の村の中には守り神だと崇める地域すらあるという。

(どうせ帰っても暇だしな…)

 入学前には日々奔走していた彼にとって、この学園生活は退屈だった。
 帰っても退屈なだけだと思った彼はせっかく来たのだからと『森の番人』を一目見よう、と森の最奥へと歩き出した。

 その際にも立ち塞がる魔物達を一掃しつつ進んでいくと、向かっている方向から鳴り響く甲高い雄叫び。

「!?」

 その声に彼は驚きつつも駆け出した。
 聞いた話ではかの魔物には手を出すなと冒険者達の間では暗黙の了解として通っているという。
 そして今は四等級試験の最中。であれば、生徒が襲われている可能性は高いと考えたのだ。

 とは言え、森には自分が一番に辿り着いたはずなのに誰が、と内心吐き捨てつつ向うと、そこには冒険者数人を蹴散らしている『森の番人』グリフォンと、腰が抜けているのか座ったまま動こうとしない生徒――ルースドが居た。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「どーゆー状況だよこれ?!」
「俺だって聞きてぇよ!」

 冒険者達に意識が向いている内にルースドを拾って駆け出した赤髪の生徒は、それを見た冒険者達が着いてきたりしつつグリフォンから逃げていた。
 そして現在、途中でたまたま合流――というより巻き込まれたロイドと併走していた。

「とりあえずこいつを黙らせる!おいお前、こいつ持っとけ!」

 赤髪の生徒からすればグリフォン自体は然程脅威とは感じてはいなかった。が、抱えていたルースドの存在が足枷となっており応戦は避けていた。
 冒険者も信頼するのは難しい。いざとなれば囮にして自分の命を優先させるのではないか、そもそも協力関係にあるのか分かったものではないと判断した為だ。

 しかしロイドはーーロイド自身は知らないが制服で判断したのだがーー同じウィーン学園の生徒だ。まだ信頼出来るだろうし、何かあればすぐに調べがつく。
 そう思って彼は返事も待たずにルースドをロイドへと放り投げる。

「え、やだよ、めんどくせえ」

 しかしロイドはひょいと放り投げられたルースドを回避。

「うぇええ?!」

 放り投げると同時に足を止めてグリフォンへと向かい合う彼は思わず叫ぶ。
 つい二度見してしまった先には地面を顔面からスライドしていくルースドが。

「お、お前っ、なんて酷いやつなんだ!」
「いやいや、急に放り投げる方がどうかと思うわー。人をモノ扱いとかないわー」
「お前が受け取りゃいい話だろうが!」

 やれやれといった感じのロイドに彼は青筋を浮かべて怒鳴る。が、これ以上口論している時間はないようで。

「クォオオオオン!!」
「ちっ!」
「い、今だ逃げろおっ」

 追いついたグリフォンの巨大な前脚が振り下ろされる。
 それを回避しつつ、赤髪の彼は舌打ちして魔力を練り上げていく。

 ちなみにその隙に冒険者達は我こそはと必死に逃げていった。
 彼はさすがに情けなさを覚えつつも、顔はきちんと覚えている為、彼らの処遇は後回しと判断して何も言わなかった。

「いいからお前もそいつを持って離れとけ!ちょっとこいつ追っ払うからよ!」
「そんな必要なくね?」
「あぁ?!」

 最終通達のつもりが聞き返され、思わず目を向ける彼。
 その視線の先には、自分と同じく魔力を練り上げているロイドの姿。

「俺が追い返しゃいーだろ。だからお前がもっかいこいつ持って離れなさいな」

 ロイドから見てもこのグリフォンはかなり強い方に感じた。
 それこそ魔鏡と呼ばれるフェブル山脈でも滅多にお目にかかれない程のプレッシャーを感じる。

 であれば赤髪の彼が何者かは知らないが、自分が相手にした方が話が早いと考えたのだ。

「こいつ結構強そーだし、俺がやる」
「ふざけんな!こいつは俺がやる!危ないから下がってろ!」
「いやいや、お前こそ危ないから早く逃げろって」

 またも口論が始まる2人にグリフォンは無言で前脚を振り下ろす。
 
 それを2人は回避しながら、カウンターの要領で振り下ろされた前脚へと攻撃に移る。
 ロイドは二本の短剣を同時に叩き込み、彼は火魔法を撃ち込む。

「おっ?!」
「おー」

 だが、その攻撃は頑丈そうな体毛によって防がれてしまう。
 予想を大きく上回る耐久力に2人は驚愕と感嘆の声を上げた。

「なるほどな……『森の番人』の異名は伊達じゃないようだな」
「固いなこいつ…めんどくせーな。邪魔だわこれ」

 反撃された事で警戒してか、それともこの2人に標的を絞ったのか、様子を見るようにこちらを伺うグリフォン。
 そのグリフォンの様子に火が着いたのか鋭い眼光で睨み付ける彼と、溜息混じりに風の魔術を発動させてルースドを遠くへと吹き飛ばすロイド。
 
 地面をバウンドして最後には顔面からスライディングして吹き飛ばされるルースドは、しかし見向きもされずに横たわる。

「おいお前。今ので分かったろうが。危ないからどいてな」
「こっちのセリフだわ。てかお前じゃなくてロイドだっての」

 グリフォンから目を離さずに退避を促す彼に、しかしやはりと言うべきかロイドは聞く耳持たない。

「あぁ?ロイドって……まさかお前あの『恥さらし』かよ?んじゃ尚更逃げろよ、危ねぇだろ?」
「いやまぁ…そーなんだけど、大丈夫なんだよ」

 彼はロイドに困惑したような、心配そうな口調で再度告げる。
 それは見下した様子すらなく紛れもない心配から来る言葉。だからだろうか、ロイドは曖昧に返すしか出来なかった。
 
「魔物の相手には慣れてるしな。お前こそ危ないし、恥さらしを囮に逃げても誰も文句言わんだろーし早く行けって」
「はぁ?」

 ロイドの言葉に今度は顔ごと向けて彼はロイドを睨みつける。

「俺が誰かを囮に?ふざけんな。俺はカインだぜ?」
「カインだかパインだか知らんけど、まぁそこまで言うならもー知らん。せめて邪魔すんなよ」
「生意気なやつだな!お前こそ邪魔すんじゃねぇぞ!」

 彼――カインはその髪の色にも負けない真っ赤な炎を体の周りに漂わせ、剣を構えてグリフォンを見据える。
 ロイドは身体魔術を発動し、真っ直ぐにグリフォンへと駆け出した。

「クォオオッ!」

 それにグリフォンは様子見を辞めて、体勢を低くして雄叫びをあけた。
 それに弾かれるようにグリフォンの周りに吹き荒れる風に、カインの炎が揺らぐ。

「…ちっ!おいロイド、大丈夫か!」

 カインはその暴力的な風に顔をしかめ、至近距離で風を受けたロイドに声をかける。
 が、その返事は予想とは違う形で返ってきた。

――ガァアン!
「ギャォオッ?!」

 鳴り響く轟音と、グリフォンの困惑混じりの叫び声。
 見ると、地面に顔を押し付けるようにしているグリフォン。
 その頭上、かなりの高度にまるで浮かぶように見えるロイドが。

「おー、大丈夫よー」
「……お前…一体何者だよ……?」

 心底驚くカインを他所に、ロイドはへらりと笑ってカインへの手を振っていた。

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