魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
間話 エミリー救出
『エミリー・ウィンディアは預かった』
その手紙を見たウィンディア一家はどんなお菓子を作ろうかと話していた緩い空気を一瞬で消し去った。
「シルビア!」
「ええ!………っ、見つからない?!」
「…ちっ、俺もだ」
ルーガスが内容もなく名前だけでシルビアに指示を出し、それを過不足なく受け取ったシルビアは魔力探知を発動する。
しかし、シルビアも、指示を出しつつ自分も発動していたルーガスもエミリーを見つけ出す事は出来なかった。
「くそが…!シルビア!ラルフとベル、ディアモンドに連絡!それからフェブル山脈に向かえ!俺は先に行く!」
「分かったわ!」
「フィンク、ロイド!2人はフェブル山脈以外の周囲を手分けして探せ!」
「はい!」
ルーガスの迅速な指示に頷くシルビアとフィンク。
「えと、わ、私も…!」
「…すまんが手を貸してくれ!ロイドと共に行動を」
「っはい!」
「待った父さん」
指示のないクレアが戸惑うようにルーガスに問うと、僅かな逡巡の後に助力を請う。
それに頷くクレアと被るようなタイミングで、ロイドが口を開いた。
「そんな暇はないよロイド」
「俺が見つける」
静止をかけるロイドにフィンクが詰め寄るが、それを意に介していないようにロイドは静かに、されど強く自分の主張だけを口にする。
その静かながらも圧力のある言葉に一瞬生まれた沈黙。
「クレア、悪いけど魔力増幅を頼む」
「え、あ、はいっ!」
その沈黙に滑り込むようにロイドがクレアに言うと、クレアは慌てつつもスキルを発動させる。
彼女のスキルーー『魔力増幅』。
自身の魔力を消費する事で、自分含む対象の魔力を文字通り増幅させるというスキル。
『魔力譲渡』にも似ているように聞こえるが、その効果は桁違いであり、消費した分を上乗せする『魔力譲渡』とは違い、『魔力増幅』は”倍増”させるのだ。
「思い切り頼む」
「っ、はい!」
魔力を消費した分だけ倍増する量も増える。
勿論、無理矢理増幅すればするだけ反動はあるが、それを承知で言ったであろうロイドに、クレアはただ頷く。
最も、反論を許さない程の威圧感がそうさせたのかも知れないが。
「っ!」
直後、ロイドを中心に吹き荒れる魔力の嵐。
もはや物理的な圧力さえ伴って暴れ回る魔力は、その片っ端から風となって文字通り物理的に吹き荒れていく。
その魔力と風の嵐に思わず顔を腕で庇う面々を他所に、ロイドは目を閉じて風を広く展開していく。
「…なるほど」
それを見たルーガスが呟く。
ロイドの風は魔法ではなく魔術。そして風の魔術を会得したロイドは、魔術具の時と違って風の届く範囲の情報を把握出来る術を手に入れた。
その認識能力を『魔力増幅』で更に拡大し、魔力探知では探せなかったエミリーを探し出そうとしている事に気付いたのだ。
ロイドが恥さらしと呼ばれた頃でさえ持っていた莫大な魔力。使い道が無かったそれは、レオンと共に過ごした1年で更なる成長を遂げた。
更にクレアの『魔力増幅』で倍増した魔力を惜しみなく注ぎ込んだ風は、もはや台風にも劣らぬ規模で広がっていく。
もしこの世界に気象衛星があれば、不自然に発生した雲や大気のうねりが容易く見てとれた事だろう。
「…見つけた」
ロイドは目を開きつつ呟くや否や、その馬鹿げた規模の風を身に纏って駆け出す。
駆け出す、という表現では明らかに不足している程の爆発的な加速は、ウィンディア一家の認識でさえ一瞬追いつかない程のもの。
空気抵抗さえも魔術によって軽減したロイドは、凄まじい速度でフェブル山脈麓、ウィンディア領からディンバー帝国側に向かった場所にある盗賊のアジトへと飛行。
その勢いもそのままに、風で探知した建物の壁を圧縮した風で木っ端微塵に吹き飛ばした。
「…………」
そこで見たものは、こちらを見て固まる明らかに盗賊といった風貌の男達。
そして、鎖で拘束されている姉――エミリーの姿。
「な、な、なんだぁてめぇは!」
驚愕から立ち直った盗賊の1人は、しかし口がうまく回らず詰まりながらもロイドへと詰め寄る。
だが、踏み出した足が地を踏む事すらなく。
「…えっ?」
歩こうと持ち上げた足、その根本から斬り飛ばされていた。
「えっ、え?ぐ、ぐあぁああっ!」
「て、てめぇ!」
一拍遅れて訪れた激痛に叫ぶ盗賊。それを見た仲間がロイドへと迫ろうとして、
「ぎゃあああ!」
「ごべっ!」
ある者は腕を斬り落とされ、ある者は腹を抉り飛ばされ、ある者は地面に叩きつけられた。
ロイドはただ無言で、襲いくる盗賊達を叩き伏せ、逃げようとする盗賊も斬り飛ばしていく。
情け容赦のない冷徹な風が立ち尽くすロイドの周りをまるで死神の鎌のように舞う。
そして一瞬にして死屍累々といった光景に変わるアジト。
「こいつ、あん時のガキ!ロイド・ウィンディアだ!」
「はぁあ?!あの逃げ回ってたガキぃ?!」
「んな訳あるかよ!こんなふざけた魔力のやつが…」
動いた者にしか攻撃しなかったようで、踏み出さなかった、または逃げなかった盗賊達は無傷でその惨状を見ていた。
その異様な光景に混乱しかけながらも、やっと目が慣れた盗賊達は逆光に照らされる男がロイドたと気付く。
そしてそう言っている間に、悪夢のような魔力の威圧がまるで嘘のように霧散した。
混乱する頭で立て続けに起こる事態に理解が追いつかない盗賊達だが、数秒しても無言のまま立ち尽くす魔力を感じさせないロイドに少しずつ冷静になってきた。
「…なんだ、さっきのバケモノみたいな魔力はもう終わりか?」
「そ、そりゃそうだろ…あんなドラゴンどころじゃない魔力が続く訳がねぇ…」
立ち尽くしたまま動かないロイドに、盗賊達は口元を緩めていく。
当然だ。あんな規格外な力を継続出来るはずがない。
それどころか、普通ならその魔力に耐えられず異常をきたすレベルだ。
そう判断した盗賊達は、優位を確信して暴れてくれたお返しにと一歩踏み出す。
「ロイド、にげてっ!」
それを見たエミリーが震える声で叫ぶ。
エミリーにはこれがクレアの『魔力増幅』である事、そしてその反動で魔力が尽きた事が理解出来た。
こうなっては勝ち目はない。ただでさえ腕の立つ盗賊達なのだ。普通に魔力があっても勝つのは難しい程に。
「………」
だが、ロイドは返事すらなく立ち尽くしたまま。
もしかして魔力枯渇で意識を失ったのではないか、とエミリーは焦燥に駆られる。
盗賊に迫られた時でさえ見せなかった涙を目尻に浮かべ、エミリーは渾身の力で叫ぶ。
「ロイドっ、逃げてぇ!」
「やだ」
そのエミリーの必死の声に今度は返事があった。
端的な返事は、いつもなら話を聞けバカと突き返すような内容。だが、その声音はいつもとは全く違う、あまりに冷たい声音。
そしてすっと上げた顔は、まるで能面のように表情が削ぎ落とされたような無表情。
しかしその碧の瞳には深い怒りが湛えられているのは不思議と誰もが理解出来る眼。
「な……そ、その眼は…」
「あの時の…!」
盗賊達が目を瞠る、その視線の先で。
まるで怒りによって染め上げられていくかのように、碧の瞳を金に煌めかせる。
あの時、気絶した盗賊達。その最後に見たロイドの瞳と同じそれに、盗賊達は息を呑む。
「安心しろよ。魔力枯渇なんてさせねぇから」
まるで別人のような異様な圧力を放つロイドに、誰も言葉を返す事さえ出来ない。
ただ蛇に睨まれた蛙のように目を離す事さえ出来ずに固まっていた。
「空間魔術の練習台にでもなれ」
まるで処刑台に立たされた囚人のように、宣告された言葉が己の死に方だと理解してしまった。
抵抗が出来るはずがない。それが無意味だと、彼らは悟ってしまった。
それからは一方的な処刑と化した。
空間を震わせて衝撃を与える魔術、空間を圧縮して押し潰す魔術、空間をずらして切断する魔術など、ひとつずつ言葉通り練習のように行うロイド。
実際、ロイドは空間魔術の制御はまだまだ出来ていない。その為、骨も残さず消し飛ぶ者もいれば、反対に威力不足や狙いがずれたりして中途半端に死ぬ事すら出来ずにいる者もいた。
「っ…ちっ、そろそろか」
そうしている内に金の瞳に碧が混じり始める。白金の光も朧げになり、神力が尽きかけていた。
ロイドは最後の魔術をエミリーの鎖に向かって放つ。
散々練習台に向かって練習した甲斐があってか、完璧に鎖だけを破壊したロイド。その鎖が音を立てて落ちた時には、ロイドの瞳は碧に戻っていた。
そして、『魔力増幅』と神力の反動か覚束ない足取りでエミリーへと向かうロイド。
それを邪魔する者はいない。息はあれど、戦闘はおろか今後まともな生活すら送れない程に肉体を破壊された盗賊達はただ呻くしか出来ない。
「っ、このバカ!なんて無茶をしーー」
ふらつくロイドにエミリーが慌てて声を掛けようとする。
誘拐の恐怖も勿論あるが、それよりロイドの無茶に血の気が引いた表情のエミリーは、しかしその声は途中で途切れる。
「良かった…」
ロイドがエミリーに抱きついた事で。
「っと…?!」
崩れ落ちるような抱擁をどうにか受け止めたエミリーは、見てる方が不安になる程顔を青くさせていたが、抱きつかれて固まる事数秒。
息を切らしたロイドの吐息を首筋に受け、その火照った体温に恐怖を溶かされて。
「っっ!!??」
今度は心配になる程赤くなった。
内心はそれはもう暴れ回る感情に、しかし体はロイドを抱きとめたまま硬直する。
「っ……!…っ」
言葉にならずそのまま固まっていたエミリーだが、しかしロイドの呼吸が落ち着き、その体温が熱さから暖かさに変わりーー眠っている事に気付く。
それに気付いたエミリーは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そしてだらんと力の抜けたロイドの体をおもむろにーーしかし何か気持ちを込めるように強く抱きしめた。
「……ん?」
そして暴れる心臓が落ち着くにつれて広がる視界が捉えたのは、
「〜〜っ?!」
こちらを見てニヤニヤとした笑顔のシルビアと、暖かい目でこちらを見るルーガス。
声にならない叫びが至近距離のロイドの鼓膜を貫きながら、フェブル山脈に木霊したのだった。
その手紙を見たウィンディア一家はどんなお菓子を作ろうかと話していた緩い空気を一瞬で消し去った。
「シルビア!」
「ええ!………っ、見つからない?!」
「…ちっ、俺もだ」
ルーガスが内容もなく名前だけでシルビアに指示を出し、それを過不足なく受け取ったシルビアは魔力探知を発動する。
しかし、シルビアも、指示を出しつつ自分も発動していたルーガスもエミリーを見つけ出す事は出来なかった。
「くそが…!シルビア!ラルフとベル、ディアモンドに連絡!それからフェブル山脈に向かえ!俺は先に行く!」
「分かったわ!」
「フィンク、ロイド!2人はフェブル山脈以外の周囲を手分けして探せ!」
「はい!」
ルーガスの迅速な指示に頷くシルビアとフィンク。
「えと、わ、私も…!」
「…すまんが手を貸してくれ!ロイドと共に行動を」
「っはい!」
「待った父さん」
指示のないクレアが戸惑うようにルーガスに問うと、僅かな逡巡の後に助力を請う。
それに頷くクレアと被るようなタイミングで、ロイドが口を開いた。
「そんな暇はないよロイド」
「俺が見つける」
静止をかけるロイドにフィンクが詰め寄るが、それを意に介していないようにロイドは静かに、されど強く自分の主張だけを口にする。
その静かながらも圧力のある言葉に一瞬生まれた沈黙。
「クレア、悪いけど魔力増幅を頼む」
「え、あ、はいっ!」
その沈黙に滑り込むようにロイドがクレアに言うと、クレアは慌てつつもスキルを発動させる。
彼女のスキルーー『魔力増幅』。
自身の魔力を消費する事で、自分含む対象の魔力を文字通り増幅させるというスキル。
『魔力譲渡』にも似ているように聞こえるが、その効果は桁違いであり、消費した分を上乗せする『魔力譲渡』とは違い、『魔力増幅』は”倍増”させるのだ。
「思い切り頼む」
「っ、はい!」
魔力を消費した分だけ倍増する量も増える。
勿論、無理矢理増幅すればするだけ反動はあるが、それを承知で言ったであろうロイドに、クレアはただ頷く。
最も、反論を許さない程の威圧感がそうさせたのかも知れないが。
「っ!」
直後、ロイドを中心に吹き荒れる魔力の嵐。
もはや物理的な圧力さえ伴って暴れ回る魔力は、その片っ端から風となって文字通り物理的に吹き荒れていく。
その魔力と風の嵐に思わず顔を腕で庇う面々を他所に、ロイドは目を閉じて風を広く展開していく。
「…なるほど」
それを見たルーガスが呟く。
ロイドの風は魔法ではなく魔術。そして風の魔術を会得したロイドは、魔術具の時と違って風の届く範囲の情報を把握出来る術を手に入れた。
その認識能力を『魔力増幅』で更に拡大し、魔力探知では探せなかったエミリーを探し出そうとしている事に気付いたのだ。
ロイドが恥さらしと呼ばれた頃でさえ持っていた莫大な魔力。使い道が無かったそれは、レオンと共に過ごした1年で更なる成長を遂げた。
更にクレアの『魔力増幅』で倍増した魔力を惜しみなく注ぎ込んだ風は、もはや台風にも劣らぬ規模で広がっていく。
もしこの世界に気象衛星があれば、不自然に発生した雲や大気のうねりが容易く見てとれた事だろう。
「…見つけた」
ロイドは目を開きつつ呟くや否や、その馬鹿げた規模の風を身に纏って駆け出す。
駆け出す、という表現では明らかに不足している程の爆発的な加速は、ウィンディア一家の認識でさえ一瞬追いつかない程のもの。
空気抵抗さえも魔術によって軽減したロイドは、凄まじい速度でフェブル山脈麓、ウィンディア領からディンバー帝国側に向かった場所にある盗賊のアジトへと飛行。
その勢いもそのままに、風で探知した建物の壁を圧縮した風で木っ端微塵に吹き飛ばした。
「…………」
そこで見たものは、こちらを見て固まる明らかに盗賊といった風貌の男達。
そして、鎖で拘束されている姉――エミリーの姿。
「な、な、なんだぁてめぇは!」
驚愕から立ち直った盗賊の1人は、しかし口がうまく回らず詰まりながらもロイドへと詰め寄る。
だが、踏み出した足が地を踏む事すらなく。
「…えっ?」
歩こうと持ち上げた足、その根本から斬り飛ばされていた。
「えっ、え?ぐ、ぐあぁああっ!」
「て、てめぇ!」
一拍遅れて訪れた激痛に叫ぶ盗賊。それを見た仲間がロイドへと迫ろうとして、
「ぎゃあああ!」
「ごべっ!」
ある者は腕を斬り落とされ、ある者は腹を抉り飛ばされ、ある者は地面に叩きつけられた。
ロイドはただ無言で、襲いくる盗賊達を叩き伏せ、逃げようとする盗賊も斬り飛ばしていく。
情け容赦のない冷徹な風が立ち尽くすロイドの周りをまるで死神の鎌のように舞う。
そして一瞬にして死屍累々といった光景に変わるアジト。
「こいつ、あん時のガキ!ロイド・ウィンディアだ!」
「はぁあ?!あの逃げ回ってたガキぃ?!」
「んな訳あるかよ!こんなふざけた魔力のやつが…」
動いた者にしか攻撃しなかったようで、踏み出さなかった、または逃げなかった盗賊達は無傷でその惨状を見ていた。
その異様な光景に混乱しかけながらも、やっと目が慣れた盗賊達は逆光に照らされる男がロイドたと気付く。
そしてそう言っている間に、悪夢のような魔力の威圧がまるで嘘のように霧散した。
混乱する頭で立て続けに起こる事態に理解が追いつかない盗賊達だが、数秒しても無言のまま立ち尽くす魔力を感じさせないロイドに少しずつ冷静になってきた。
「…なんだ、さっきのバケモノみたいな魔力はもう終わりか?」
「そ、そりゃそうだろ…あんなドラゴンどころじゃない魔力が続く訳がねぇ…」
立ち尽くしたまま動かないロイドに、盗賊達は口元を緩めていく。
当然だ。あんな規格外な力を継続出来るはずがない。
それどころか、普通ならその魔力に耐えられず異常をきたすレベルだ。
そう判断した盗賊達は、優位を確信して暴れてくれたお返しにと一歩踏み出す。
「ロイド、にげてっ!」
それを見たエミリーが震える声で叫ぶ。
エミリーにはこれがクレアの『魔力増幅』である事、そしてその反動で魔力が尽きた事が理解出来た。
こうなっては勝ち目はない。ただでさえ腕の立つ盗賊達なのだ。普通に魔力があっても勝つのは難しい程に。
「………」
だが、ロイドは返事すらなく立ち尽くしたまま。
もしかして魔力枯渇で意識を失ったのではないか、とエミリーは焦燥に駆られる。
盗賊に迫られた時でさえ見せなかった涙を目尻に浮かべ、エミリーは渾身の力で叫ぶ。
「ロイドっ、逃げてぇ!」
「やだ」
そのエミリーの必死の声に今度は返事があった。
端的な返事は、いつもなら話を聞けバカと突き返すような内容。だが、その声音はいつもとは全く違う、あまりに冷たい声音。
そしてすっと上げた顔は、まるで能面のように表情が削ぎ落とされたような無表情。
しかしその碧の瞳には深い怒りが湛えられているのは不思議と誰もが理解出来る眼。
「な……そ、その眼は…」
「あの時の…!」
盗賊達が目を瞠る、その視線の先で。
まるで怒りによって染め上げられていくかのように、碧の瞳を金に煌めかせる。
あの時、気絶した盗賊達。その最後に見たロイドの瞳と同じそれに、盗賊達は息を呑む。
「安心しろよ。魔力枯渇なんてさせねぇから」
まるで別人のような異様な圧力を放つロイドに、誰も言葉を返す事さえ出来ない。
ただ蛇に睨まれた蛙のように目を離す事さえ出来ずに固まっていた。
「空間魔術の練習台にでもなれ」
まるで処刑台に立たされた囚人のように、宣告された言葉が己の死に方だと理解してしまった。
抵抗が出来るはずがない。それが無意味だと、彼らは悟ってしまった。
それからは一方的な処刑と化した。
空間を震わせて衝撃を与える魔術、空間を圧縮して押し潰す魔術、空間をずらして切断する魔術など、ひとつずつ言葉通り練習のように行うロイド。
実際、ロイドは空間魔術の制御はまだまだ出来ていない。その為、骨も残さず消し飛ぶ者もいれば、反対に威力不足や狙いがずれたりして中途半端に死ぬ事すら出来ずにいる者もいた。
「っ…ちっ、そろそろか」
そうしている内に金の瞳に碧が混じり始める。白金の光も朧げになり、神力が尽きかけていた。
ロイドは最後の魔術をエミリーの鎖に向かって放つ。
散々練習台に向かって練習した甲斐があってか、完璧に鎖だけを破壊したロイド。その鎖が音を立てて落ちた時には、ロイドの瞳は碧に戻っていた。
そして、『魔力増幅』と神力の反動か覚束ない足取りでエミリーへと向かうロイド。
それを邪魔する者はいない。息はあれど、戦闘はおろか今後まともな生活すら送れない程に肉体を破壊された盗賊達はただ呻くしか出来ない。
「っ、このバカ!なんて無茶をしーー」
ふらつくロイドにエミリーが慌てて声を掛けようとする。
誘拐の恐怖も勿論あるが、それよりロイドの無茶に血の気が引いた表情のエミリーは、しかしその声は途中で途切れる。
「良かった…」
ロイドがエミリーに抱きついた事で。
「っと…?!」
崩れ落ちるような抱擁をどうにか受け止めたエミリーは、見てる方が不安になる程顔を青くさせていたが、抱きつかれて固まる事数秒。
息を切らしたロイドの吐息を首筋に受け、その火照った体温に恐怖を溶かされて。
「っっ!!??」
今度は心配になる程赤くなった。
内心はそれはもう暴れ回る感情に、しかし体はロイドを抱きとめたまま硬直する。
「っ……!…っ」
言葉にならずそのまま固まっていたエミリーだが、しかしロイドの呼吸が落ち着き、その体温が熱さから暖かさに変わりーー眠っている事に気付く。
それに気付いたエミリーは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そしてだらんと力の抜けたロイドの体をおもむろにーーしかし何か気持ちを込めるように強く抱きしめた。
「……ん?」
そして暴れる心臓が落ち着くにつれて広がる視界が捉えたのは、
「〜〜っ?!」
こちらを見てニヤニヤとした笑顔のシルビアと、暖かい目でこちらを見るルーガス。
声にならない叫びが至近距離のロイドの鼓膜を貫きながら、フェブル山脈に木霊したのだった。
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