魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
127 決着
氷の華に囲まれるように立つ神童は、その異様な光景に言葉を詰まらせつつも疑問を口にする事を堪えられなかった。
1年ぶりに会った弟であるロイド。
見違える程に強くなった彼は、しかし1年前と同じ綺麗な碧の瞳だったはずだ。
「その瞳は…?」
なら何故目の前に立つ弟の瞳は”金”の輝きを放っているのか?
さらにはその身から放つ力は目に見える程の力を備えているのか、白金に光り輝いている。
まるで知らない誰かと対峙しているような気分だった。
それほどまでに、よく見知ったはずの弟からまるで別人のような迫力を感じる。
「…兄さん、こっからは短期決戦でいくわ」
「……ははっ、いいよ、かかっておいで」
だが、フィンクはそれに怖気付くような男ではない。
むしろ堪え切れない喜びにその身を震わせ、普段の彼からは想像出来ないような獰猛な笑みを浮かべる。
「『氷華・剣』」
フィンクは周囲に咲く氷の華に手を伸ばすと、その華が形を変えてその手におさまっていく。
形状は剣だ。氷の剣、と見た目からは切れ味はともかく脆そうな印象を受ける。
「……次から次へとまぁ…器用なもんだなおい」
だが、その剣から発せられる魔力を見てしまえばそのような印象は微塵も残らないだろう。
巨大な華を一振りの剣にまで圧縮させたその密度、そして見るだけで背筋が凍るかのような冷たくも苛烈な魔力による重圧。
「ほら、こっちもこれは長く維持するのキツいからさ、早く来なよ」
「はいはい、分かってるってのー」
2人はまるで普段の会話のようなテンションで話す。
しかし、その眼は真剣そのもの。ロイドは金に染まった瞳を鋭く光らせる。
「ふぅ………」
ロイドは息を深く吐き、目を閉じて集中する。
そして神力を体内の魔法陣へと流し、それを空間に干渉せんと両手をすっと掲げて虚空へと力を注いでいく。
その姿を数秒ほど眺めていたフィンク。
その目の前で、ロイドの目の前の空間がぐにゃりと歪みーー
「――っ!」
それと同時に感じた悪寒に、考えるより早くフィンクは駆け出していた。
「空かーーっだぁ?!」
そしてその歪んだ空間を迂回して目を閉じているロイドを蹴り飛ばす。
それに合わせるかのように歪みを帯びた空間はすっと元の状態に戻り、背筋を凍らせるような悪寒も止んだ。
(……今のは…?!)
フィンクは今の現象や自分のとった行動に戸惑う。
仮にも貴族であり領主の長男でありながら、彼の戦闘経験は豊富だ。
その経験には無い現象と、その経験からもたらされた命の危機に対する防衛本能。
だが今は弟との手合わせ。命の危機も無く、ただ弟の成長を確かめ、そして喜ぶ為の通過儀礼のようなもの。
にも関わらず防衛本能が働いたのは、それ程までに危険な力だからだろうか。
戸惑うフィンクを他所に、ロイドは立ち上がりながら笑う。
「ってぇー……やっぱそこまでは待ってくれんか。まだほいほい使えないんだよなー」
「……ふふ、戦いはそこまで甘くないんだよ?」
「だよなー。まぁ斬られなかっただけありがたい、かね」
フィンクは内心の戸惑いとは違う言葉で微笑む。
後でちゃんと発動した魔術を見せてもらおう、とフィンクは戸惑いと小さく湧いた好奇心を抑えてロイドへと向き直って氷の剣を握りなおす。
「しゃーねぇ、とりあえずやれる範囲でいくぞー」
「早く来なよ」
「はいはい、っと」
だんだん楽しくなってきたフィンクはこみ上げる笑いを我慢する事なく表情に出して『氷華・剣』を構える。
氷を従えるフィンクに向かってロイドはぐっと脚に力を入れる。
「なっ!?」
その瞬間、地面が爆発したかのように弾ける。
しかし驚くべき点はそこではなく、ロイドの速度にあった。
「がっ?!」
フィンクは氷の剣を持った右手、その反対の左側から強烈な衝撃を受けて吹き飛ぶ。
何が起きた?とフィンクは空中に投げ出されながらも自分か居た場所へと目線を向けると、そこにはロイドが拳を突き出した姿が見えた。
(…速い!)
フィンクはいつロイドが距離を詰めたかさえ分からなかった。
身体強化魔術、なのだろうが、しかし先程までとは比べ物にならない速度と威力を有していた。
「…っ!?」
しかも、殴られた箇所から魔力が消えたように感じた。
明らかに魔力の残量が減っており、意識してみれば左側面の体内魔力がまるで感じられない。
(あの白金の光か?!魔力の消失と桁違いの能力向上が性質か!)
フィンクは着地をするまでの間に脳をフル回転させて考察する。
そしてあたりをつけた頃には足が地面を捉えていた。
そして、それを追うように迫るロイドがかろうじて視界に映る。
「そうは、いかないよ!」
フィンクは咲き誇る氷華から花弁を飛ばしつつ、手に持つ剣をロイドへと振るう。
全方位から迫る冷たい氷の凶刃。しかしロイドはそれを体を一回転させながら凄まじい速度で腕を振るう事で全てを弾き飛ばす。
そして花弁を捌いてから剣を弾き飛ばさんと硬化させた拳を叩きつけた。
「ぬあっ?!」
「くぅっ!」
だか、どれほどの魔力が込められていたのか、氷の剣を破壊する事は叶わずぶつかり合う衝撃にお互いが弾かれるように吹き飛ばされた。
しかし即座に2人とも体勢を整えてロイドは駆け出し、フィンクは氷を振るう。
「……末恐ろしいな」
その光景に言葉を忘れて見ていた観客の1人、ドラグがぽつりと呟く。
目の前の戦いは本当に成人もしていない子供達によるものなのか、と。
吹き荒れる氷の嵐とその中を鋭く舞う白金の光。
美しさすら感じさせる戦いは、しかし常人が巻き込まれればひとたまりもない、恐ろしい空間を作り出していた。
「そろそろか」
「ですね」
だが、このようなアクセル全開の戦い方で長く保つはずもなく。
それを察したレオンとルーガスが目前に迫った決着を見届けるように真っ直ぐに2人を見据える。
次の瞬間、一際大きな音が鳴り響いた。
――パキィィ…ィィン
白金の光によって砕かれた氷が、その光を乱反射して散っていく。
視界を覆い尽くすかのように咲き乱れていた氷の華は全てその花弁を砕かれていた。
まるで氷と光のアート、そのフィナーレのような美しい一瞬の光景。
その中から姿を現した2人。
1人は膝をつき、1人はそれを見下ろすかのように立っている。
「はっ、はっ、はぁっ……く、そ。相変わらず強えーな…!」
「ふぅ、は、ははっ、はぁ…まだ、弟に負ける訳には、いかないからね…」
息も絶え絶えに話す2人。
その勝者として敗者を見下ろすのは、砕けながらもかろうじて残った刃をロイドの首筋に当てるーーフィンクだった。
ロイドは金の瞳がいつもの碧に戻っており、汗を滝のように流して膝をついていた。
「…参りました…降参、ですわ」
「うん、いい勝負だったね」
ロイドの言葉にフィンクは手に持つ剣をロイドの首から離す。
ぼろぼろだった氷の剣はそのまま空気に溶けるかのように砕け散っていった。
「次は負けねーからな」
「ははっ、そうはさせないよ」
ロイドとフィンクは同時に拳を突き出す。
ゴツン、と音を立てる二つの拳。
兄弟の激しすぎる遊びであり喧嘩でもあるこの戦い、その閉幕を告げる音となって静かな庭に鳴り響いた。
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