魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

70 ゴーレム3

 ロイドは駆け出しながら上空に風の砲弾を放つ。
 そのままそれを見届ける事なくロイドは走り続け、飛来する岩を前回の接近と同じように斜めに潜り込むように走る事で躱し、距離を詰めていく。

 ゴーレムもやはり同じ動きで両腕を振り回すように両腕を広げてみせた。
 そしてそれを振り回し、やはり同じように下を潜るようにしてロイドはそれを躱す。

(よし、ここまではさっきまでと一緒だ!あとは…)

 先程と同じだと脚部への攻撃を仕掛ける事になる。
 5歳児の肉体であるロイドと4メートル近いゴーレムではどうしても高さ的にそうなるのだ。

 だが、先程は脚を破壊して次に繋げるくらいに考えていたが、今回はその”次”があるかも怪しい。
 
 その為、狙いの場所に叩き込む必要がある。

――ガゴォオオン!

(来い!)
 上空で響く破壊音。
 それにロイドは神頼みにも似た気持ちで内心叫ぶ。

 そんなロイドに構わず、ゴーレムはやはり先程と同じようにゴルフスイングかのように腕を振り下ろそうとする。
 ロイドはそれを防ごうとも躱そうともせず、短剣を両手に握りしめて腰を落として構える。

(頼む!来い!来てくれ!お願いします!)
 半泣きで内心叫ぶロイドにゴーレムの拳が迫り、ロイドの身体をピンポン球のように軽々と吹き飛ばすーー

どごぉん!!

 ――その直前で、上空から落ちてきた岩がゴーレムに当たり、強制的にその体勢を沈められるゴーレム。

 それにより拳は軌道を低くなり、ロイドの手前の地面にめり込む。
 そして、当然ゴーレムの頭部も同じく低い位置になっており、煌めく赤い宝石がロイドの眼前に見えた。

「っしゃ来たおらぁぁああっ!」

 そしてロイドは渾身の魔力を込めて短剣を振りかぶる。
 溢れ出すように迸る魔力は風と同化するように広がっていき、その風を敵を討つ武器へとしていく。

 先程以上に荒れ狂う風はまるで台風を凝縮したかのように莫大なエネルギーを有している。

(こっからこれを…っ!)

 ロイドは風に意識を集中する。
 荒れ狂う風はしかし先程よりは強くても岩を一瞬で破壊するには程遠い。
 ならば、とロイドは風の魔術の魔力を束ねていく。

 振りかぶった短剣を纏うように荒れ狂う風がみるみる内に小さく、そして細くなっていく。
 だがそれは決してエネルギーが小さくなっているのではなく、それを収束させているのだ。

 短剣が赤い宝石に吸い込まれるように振り抜かれる。
 それにつれて風は細く、鋭くなっていく。

 ただエネルギーを垂れ流しにするのではなく、収束する事で力を一点に集めていく。

 赤の宝石に叩き込まれた短剣。
 それに纏う風は先程のような荒れ狂う風は消え去り、代わりに一点に集められた風がまるで刀のように硬く研ぎ澄まされていた。

――パキィィイ……ィィン

 まるでガラスが砕けたかのような甲高い音が広い地下空間に鳴り響いた。

「はぁ、はぁ…」

 木霊するように余韻を残す音の中に、ロイドの荒くなった息遣いが混じる。
 そのロイドの目線の先には、砕けた短剣の刀身。

――がごごんっ

 そして、赤い宝石が砕けて微動だにしないゴーレムの姿があった。

 ロイドは振り抜いた体勢のまま崩れ落ちるように座り込む。
 乱れた呼吸を整える事すら忘れ、ゴーレムをしばし見つめる。

 数秒か、数十秒か、じっと見ていたロイドはそれでも動こうとしないゴーレムについに勝利を確信したのか、後ろに転がるようにして寝転んで大の字に寝そべる。

「はぁ、はぁ……っっしゃあああ!」

 そして残る体力を全て込めたかのような雄叫びを上げるのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 しばし疲労や痛みで動けなかったロイドだが、寝転んだまま残る魔力を使って身体魔術の自己治癒に没頭した事で、左脚も走らなければそこまで痛まない程度まで回復出来た。

 そして立ち上がってゴーレムに目をやる。
 しばし固まっていたゴーレムは思い出したかのように崩れていった。――ちなみにその時はビクっとした。
 大きな岩を無理やり繋ぎ合わせていたかのような体は、今は崩れており岩が無秩序に積み重ねられているようになっている。

(いや、どうにかなってほんと良かった…)

  ロイドはそれを見ながら内心で呟く。思い出すだけで冷や汗が出そうだ。

 質量が足りないなら、掻き集めて圧縮して質量を高める。
 そんなシンプルな答えだったが、どうやら正解だったようだ。

 そんな操作などした事がなかったが、風魔術はだいぶ扱い慣れてきていたしどうにかなると敢行した。
 火事場の馬鹿力もあってかどうにか形になり、そしてこの結果に繋がったのはかなり博打だったが。

(賭けには勝てたか。いやもうほんっと良かった…)

 そして積み重なる岩達の中心付近にあるひとつの岩、赤い宝石がはまっていた岩のへこみの部分。
 そこが薄らと光っていた。

「砕いた瞬間にちらっと見えたけど、やっぱこれか」

 その光を放つのは魔法陣だった。
 おそらくこれがこの遺跡の目的だった魔術の魔法陣だろう。

 ロイドは今も握りしめていた柄に目をやる。

 半ばほどから砕けた刀身。
 刻まれた魔法陣も一緒に砕けており、今はその一部しか残っていない。
 
 自己治癒をしつつも何度か魔力を流していたが反応がなく、今も改めて魔力を流してみるがやはりいつものように風に魔力が溶け込む感覚は返ってこなかった。

 ロイドはしばし短剣――だったものを見つめていた。
 その目には感謝か後悔か、またはいずれともつかない表現し難い感情が浮かぶ。

「ありがとな」

 ロイドは一言だけ呟き、そしてそっと短剣を手放した。
 重力に引かれて地面に落ちたそれは、残っていた刀身もあっさりと砕けてしまった。
 
 まるでお別れの挨拶をする為に必死に残った刀身で踏ん張っていたように感じられ、ロイドは内心でもう一度感謝を述べた。

 ロイドは愛剣を失った寂しさを振り切るように魔法陣に手を翳す。
 残り少ない魔力を流し、そして魔法陣に浸透させていく。

 水をパイプに流し込むかのように、広がっていく魔力に応じるかのように。
 じわじわと淡い碧の輝きが溢れていく。

 そして魔法陣全体が美しい碧に煌き、暗闇の中に神秘的な光景を生み出していた。

 ロイドは身体魔術の時もそうだがその光景に浸ることもなく、あっさりと魔力を回収していった。
 そして全ての魔力が身体に収まり、例の如く魔法陣が体内に刻まれるのを感じた。

(……とりあえず試してはおいた方がいいか?)

 ロイドは試しにその魔法陣を体内で構築し、魔力を流し込む。

「っ、これ…!」

 すると、魔法陣を通り抜けて溶け出す魔力に思わず目を瞠った。

 ふわり、と前髪が靡く。
 あまりに慣れ親しんだ感覚に沈んでいた気持ちが軽くなっていく。

「……こりゃあれか?」

 ロイドはその”風”に視線を向けて口を開いた。

「ーーおかえり、かな」

 ロイドは遺跡に封じられていた魔術――風の魔術を習得したのだ。


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