魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

64 空間魔術

 室内に響く美しい声。
 聞く者の心を落ち着かせるような澄んだ声音に思わずロイドは魔術の発動中にも関わらず聞き入ってしまった。

“こら、集中しないといけませんよ”

 そんなロイドに気付いたようで、まるで聖女のような声に叱られてしまう。
 尻を叩かれる、というよりまるで導かれるようにロイドは無意識に魔術へと集中した。

「…っていうか、何これ?幻聴?」

 思わず独りごちるロイド。
 俺だけ聞こえてるのか?とレオンに目線を向けるが、どうやら聞こえているらしく虚空へと視線を投げている。

 が、誰のものか分かっているのか、どこか納得したような表情に見えた。

“失礼ですね!忘れてしまうなんてひどいです、涼さん”

 ーーりょうさん。涼さん?

 ロイドは一瞬あまりに懐かしい名前に理解が追いつかなかったが、すぐに気付く。
 そして、前世の自分を知っていつつこちらの世界にも関わりがある相手は1人しかいない。

「え?!駄女神っ?!」
“だから女神じゃありませんっ!そして今更ですが『駄』をつけないで下さいっ!”

 当たりらしい。
 転生の際に見送ってくれた美女アリア。その容姿や言葉遣いに反した残念さを併せ持つ残念美人、もとい駄女神だ。
 
 なんだか一気に声から神聖さが消え去った気がするが、それも彼女らしいと言っていいのかも知れない。

「悪かったよ駄女神。んでいきなりどしたよ?」

“謝罪した意味を即座に無駄にしましたね……いや空間魔術の気配があったので様子を見に来ました。……涼さんでしたか、驚きました”

「こっちが驚いたわ。魔術が失敗して変なもん呼んでしまったかと思ったっての。てかそれより魔力がきつくなってきたんだけど」

“全く、無駄話してるからですよ、何やってるんですか涼さん”

「これ怒っていいとこだよな?……それよりどーすんのこれ?発動まであとちょっとんとこから進まないんだけど」

“まずは認識してください。これは空間魔術です”

「空間…魔術?」

“はい。そして空間の範囲指定をします。でないと無秩序に範囲が広がってしまうので”

「範囲指定って…イメージすりゃいいんか?」

“そうです。ではとりあえず目の前に円球の空間指定をして魔力を満たしてください”
 円球。ロイドはイメージしやすいよう無意識に両手を前に出して掌を向かい合わせにする。
 その掌の間の空間に丸いバスケットボール大の円球の空間をイメージ。
 そこに垂れ流しだった魔力をかき集めるようにして流し込む。

「………!」

 すでに放出していた魔力を出来る限り集めたにも関わらず発動には至らない。
 しかも魔力の残量はかなり厳しい状況だった。

 だがそれよりも、円球状の空間が魔力を流し込むにつれ歪み、膨らみそうになる。それを制御するのが難しく、ロイドは顔を歪める。

“あと少しです。頑張って下さい”
「ほんとかよこんちくしょーが!」

 アリアの言葉にロイドは思い切り魔力を流す力を上げた。
 だがそれにより、イメージした空間指定の円球が大きく歪み、肥大化していく。

 まるでホースに限界まで詰まらせた水が解放されて暴れるかのように、空間から魔力が溢れて出そうと暴れる。

「ッオラァボケェ!」

 ロイドがかなりヤケクソな感じに吠える。

 残り魔力は1割を切っている。
 さらに力強さと繊細さを要する制御に集中力もそろそろ限界に近い。

 それらの焦りが苛立ちになったのか、ロイドは鬱憤を晴らすかのような声を張り上げた。

 無理矢理に空間に魔力を押し込む。脳が焼けんばかりの集中を持ってそれを行い、そしてついに。

――キィンッ

 短く、澄んだ音。それがまるでカチリと魔力と空間がかみあう合図であったかのように、今まで暴れていたのが嘘のように魔力は安定していた。

“おめでとうございます。これが空間魔術の発動。そして空間魔術を使う基礎にあたる空間指定です”

「はぁ、はぁ…」

 澄んだ音に負けない澄んだ声がロイドに掛けられる。
 もっとも、大量の魔力放出により体力を消耗したロイドは息を整えるのに精一杯で返事はない。
 
 だが、ロイドとしては実に聞き捨てならない言葉があった。
 まだ整ってない息のまま、アリアにそれを投げかける。

「って待った…これだけ、やって、ただ、発動、しただけ…?」

“ええ、そうです。そこから空間を操り、空間魔術を行使するんです。例えば、空間を繋げてワープしたり、自分の空間を作成して物を収納したり、空間をずらしてその空間にあるものを斬ったりと、制御の困難さと使用する魔力量の多さを除けば使い勝手の良い魔術ですよ”

 まるで営業か通販のように空間魔術の説明をするアリア。どうですか?お得なこの空間魔術、ぜひあなたもお試し下さい!

 だが、ロイドの反応は実に辟易としたものだ。
 まるでたまの休日にチャイムで叩き起こされて要らない物を営業されているサラリーマンのよう。いらないです、それより寝かせて…え、まだ続くのこの話?

「ふ、ざけんな!出来るかそんなもん!発動だけで魔力がすっからかんだぞこれ!」

 そう、それが理由である。
 如何に便利で強力だろうと、そもそも魔力が足りないし、足りたとしても燃費が悪すぎて使い物にならない。
 ここから魔術を行使する事でさらに魔力を消費するなら、一体どれ程の魔力が必要となるのかーーロイドは頭を抱えたくなる。

“むしろ魔力だけでここまで発動させた方が驚きですけどね…”

 呆れたような声が響く。
 ロイドはその内容が気になり、問いかけようとするが、それより先にレオンの吹き出す声が耳を叩いた。

「くっ、くく…限界だ…アリアお前、その話し方…」

“ちょ、ちょっと待ってレオン!こらぁ!余計な事言わないでよ?!”

「…んん?」

 神聖さの欠片もない慌てた様子の声に、思わずロイドは問いかけようとした言葉を忘れてしまうのだった。

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