魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
30 決闘 後編
さらに言えば風を纏う彼がまるで知らない誰かのようにさえ思え、認識の差に軽いパニックを起こしていた。
そんな静かな空間で誰もが注目しているロイドはと言うと、火魔法とか使えるのかよ!と内心で悪態をつきつつ、躊躇している場合ではないと決心して魔力を短剣に注ぐ。
実は結構慌てていた。
注いだ魔力は短剣を通して風へと伝わり、風の魔術として体現される。
その風をほとんど短剣に纏わせ、残り僅かを足元で破裂させて再び高速移動を行いゼームズに迫る。
「くっそが…!」
呆けていたゼームズだが、高速で向かって短剣を振り上げているくるロイドに、躱すには距離や速度から考えて厳しそうだと判断し、防御の選択をとった。
剣を体の前に構える。だが、その表情は確かに怯えのようなものが見えていた。
これ以上火魔法を撃たせてたまるか!と焦るロイドの表情が、今のゼームズにはとても威圧感のある表情に見えてしまう。
ゼームズは確実に気圧されていた。
 そして、ロイドはその防御に構わず短剣を剣に思い切り叩きつけた。
剣に当たる瞬間に纏った風を前方に指向性を持たせて解放、炸裂させる。
「うわあぁっ?!」
その予想外に大きな衝撃に耐えられず、ゼームズは剣を手放しつつ後方に投げ出された。
受け身もとれず背中でスライディングするようにして吹き飛ぶ。
「ってぇ…!な、なんなんだ今の…?!」
何が起きたか分からず混乱する頭でどうにか体を起こすゼームズだが、起き上がった瞬間に目の前にある刃に体を硬直させた。
ロイドはゼームズを吹き飛ばした後すぐについ追駆し短剣を突きつけていたのだ。
「はぁ、はぁ…」
「ひっ…!」
高速移動による身体への負担により顔を微かに歪めるロイド。
それを見たゼームズはどう捉えたのか、とうとう誰が見ても分かる程に怯えたような表情を見せた。 
ゼームズはいつもいじめたいた弱いはずのロイドが何故こんなに強くなったのか、魔法は何故使えるのか、なぜこんなことをになっているのか、と色々な思いが入り乱れて完全に混乱していた。
一方、ロイド的にはよくある勝負あった!の状態だと思っていたのだが、誰も止めようとしない事でどうすれば良いか迷っていた。
実際、ロイドの認識は正しく勝負はついたと捉えても良いのだが、観客達も驚きから声を掛ける事を忘れていたのだ。
しばし悩んだロイドは、とりあえずトドメを刺しときゃ勝ちかな、と短剣に再び風を纏わせ始める。
短剣の周りが空気の密度が増し、さらにそこに込められた魔力により短剣の周りの景色が歪んで見えた。
ロイドは戦闘中だと意外と短慮だった。
「うぇっ?!え、あ、ひ、火よっ、う、撃てっ」
勝負がつき、負けてしまったと思っていたゼームズ。
だがトドメを刺そうとしてくる様子にマジかこいつ?!と大慌てで火球を放とうと詠唱しようとするが、慌てすぎて上手く口も回らず、また属性魔力への変換も遅々としたものでしかない。
「やらせるか!」
「ひぃっ!」
しかしロイドは火魔法を撃たれるのではと慌てる。
だが、よし、あとはぶん殴るだけだ、と短剣を振りかざしたロイド。
もはやゼームズは反撃を諦めて身体を小さくし、腕で頭を庇うように丸くなった。
なんとも情けない姿ととれる状態だが、恐怖心からそこまで考える余裕はないようである。
そして、ここに来て呆けていた冒険者がはっとして動き出す。
冒険者達もまさか追撃するとは思ってもおらず、あいつ意外ととんでもねえやつだ!と慄きつつも、さすがに大怪我の予感に慌てて止めようと何人かが駆け出そうとする。
が、さすがに間に合わない。
「そこまでっ!!」
あわやスプラッタかと思われたが、短剣が振り下ろされる事はなかった。 ロイドからしてもゼームズからしてもーーそれぞれ違う意味でーー待っていた言葉が鋭く訓練所に響き渡る。
  慌てていた冒険者達も冷水を浴びせられたように一瞬で落ち着いた。
その聞き慣れた声に嫌な予感を覚えつつ、声の方向に目を向け、一様にうげっ!という表情を浮かべた。
 
そんな中、ラピスだけは嬉しそうな表情を浮かべて、思わずといった感じに声を上げる。
「お、お父さんっ!」
「おうラピス。来てたのか、珍しいな」
  そう、声の主はウィンディア領冒険者ギルド長だった。
「おめぇら、さっさと止めてやれよ。あのガキがスプラッタになっちまうだろーが」
「す、すんません、ディアモンドさん…」
ラピスと話していた時とは一転してギロっと冒険者達を睨みつけつつ説教をするギルド長ディアモンド。
睨まれた冒険者達は小さくなって謝罪を口にする。
ロイドはというと、短剣に纏わせた風を散らして鞘にしまい、ディアモンドを見ていた。
ルーガスに負けず劣らずな大柄な体格、ラピスと同じ金髪は彼女と比べると少しくすんでいるが、彼にはむしろ似合っているように思えた。
蒼い瞳は鋭い目つきによりやはりラピスとは逆の印象を与えている。
まさに歴戦の将といった風格を感じさせる男だ。そこにいるだけで空気が引き締まるような感覚を覚える。
そして視線に気付いてかそれとも用事があってか、ディアモンドの視線がこちらへと向く。
「おい、ゼームズ。それとロイド。ちょっと来い」
「は、はいっ!」
「え?あ、すぐに」
 緊張した様子で返事をするゼームズと、なんで名前知ってんの?と疑問に思いつつも返事をするロイド。
 
駆け寄ってきた2人は怒られるのか?と戦々恐々と高い位置にあるディアモンドの顔を見上げようとして、ふと視界が陰っていることに気付きーー
――ごごんっ!!
「いっ?!」
「ってぇっ!?」
 
まぁもちろん怒られた。
視界に星が飛び、衝撃は頭のみならず腰や足にまで響くほどだ。
緊張も礼儀もなくその場に頭を押さえて蹲る2人。
「喧嘩両成敗だ。まぁ子供の喧嘩という事でこれで許してやる」
前世ならパワハラや虐待、モンスターペアレントやらがどうたらだぞ!とか俺は一方的な喧嘩売られただけなのに!と未だ星が飛びまくる視界で痛みで言葉が纏まらない悪態を心の中でつくロイド。 しかし言葉にして反撃する余裕と度胸は勿論ない。
「まぁともあれーー」
 そんな言葉に蹲るロイドは痛みを堪えながらディアモンドを見上げる。
すると、どこか優しげに口元を綻ばせたディアモンドがロイドを真っ直ぐに見ていた。
  目を合わせて数拍、ディアモンドは全体を見渡すように顔を上げ、言葉を繋ぐ。
「この勝負、ロイドの勝ちとするっ!!」
 ロイドのトドメを静止した時の声を上回る声が訓練所に響き、一呼吸。
ディアモンドの声に負けないほどの歓声が訓練所に湧き上がった。
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