桜が丘学園付属高等学校文芸部

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月が綺麗ですね

 春になり、五月(さつき)も莉愛(りあ)も学年が上がり、先生や先輩がいない間に後輩を指導する役目を負うようになった。
 その上、昨年までとはまた違うジャンルをそれぞれがチャレンジしようと言うことになり、担当顧問が集めて来た全国の作文、詩、短歌、はがき歌、俳句などのコンクールに参加することになった。

 莉愛は作文、論文、感想文を中心に選ぶが、なぜか五月は詩や短歌に俳句に、外国の詩などの翻訳に挑戦するという。

「どうして?五月。去年は先生にも感想文や長文に評価が高かったでしょう?」
「えとね?『坊っちゃん』とか『吾輩は猫である』の作者の夏目漱石(なつめそうせき)が、英語教師をしていた時に、『I love you』を、生徒さんが『我君を愛す』と訳したら『日本人はそんな風に言わない。“月が綺麗ですね”としておきなさい』って」
「あぁ、有名な逸話ね。夏目漱石は頑固というか、友人の俳人、正岡子規(まさおかしき)と似たようで、神経質で脆いところもあったそうだから」
「それに、二葉亭四迷(ふたばていしめい)がロシア文学を訳した時に、ロマンチックなシーンに " Ваша(ヴァーシャ)… " =『yours(あなたに委ねます)』と囁いたシーンを“死んでもいいわ”と訳してたって。とても驚いたわ。そして思ったの。私はもっと感性豊かな人になりたい」

 五月は微笑む。

「莉愛ちゃんは去年、いくつか賞を頂いたでしょう?それは莉愛ちゃんの才能だけじゃなく、指導してくれる先生方の尽力もあるけれど、やっぱり莉愛ちゃんの感性だったりすると思うの。私も、もっと知識を増やして、もっと勉強して、莉愛ちゃんみたいになりたいの。それに……と、友達でもいいから……側にいたい……の……」

 モジモジとする五月に、莉愛は頬が赤くなるのを感じる。

 あぁ、五月は強い。
 一年前と違い、俯いて泣いていた仔ウサギは、もういない。
 側にいるのは、まだ恐怖心は完全に消えていないが、生まれてすぐ立ち上がり、生きる為に前に進んでいこうとする子鹿や仔馬。
 自分はそれを捉えたりしてはいけない。
 そうすれば、五月は再び世界から目を背けるだろう。
 自分を見てくれなくなるだろう。
 それだけは絶対に嫌だ……。

 莉愛は思う。
 逆に並んで進んでいける強さが欲しい……。
 微笑む五月を抱きしめたい……。

「ありがとう。五月。でも、去年の賞は、五月のおかげでもあるのよ。五月が指摘してくれて直したところを特に先生方も評価してくれたの」
「そんなことないよ」
「五月のおかげ。ありがとう。五月。これからもずっと一緒にいてね?」
「うん!私は莉愛ちゃん大好きだよ」

 莉愛はその言葉をほろ苦く胸にしまう。

 莉愛の五月に対しての思いと、五月からの好意は同じようでいて違っている。
 自分でももどかしいほど、莉愛は初めてと言ってもいいこの想いに迷っている。
 恋は恋ひ慕う、愛は日本の古語においては『かなし』という音に『愛』の文字を当て、『愛(かな)し』とも書き、相手をいとおしい、かわいい、と思う気持ち、守りたい思いを抱くさま、を意味するという。
 英語『Love』以上に日本語は複雑だ。
 それ以上に莉愛の心も惑う。

 でも、今は告白は出来ない。
 もしかしたら、五月に引かれるかもしれない。
 避けられたりしたら、自分がどうなってしまうだろう……。

「どうしたの?莉愛ちゃん?」
「ううん、去年の作品出品でも頭を悩ませたけど、今年は他にも投稿する作品が増えたから、スケジュール管理が大変だと思って」
「スマホよりもスケジュール帳の方がいいと思うよ?スマホだと私よく忘れちゃうの。スケジュール帳に簡単に日付に内容とかを書いた付箋を貼って、終わったら剥がしてゴミ箱に捨てるの。ほら。可愛いでしょう?」
「……ハリネズミの付箋に四葉のクローバー。意外ね」
「おじいちゃんが買ってくれた、スケジュール帳と一緒なの」

 五月は嬉しそうである。

「そうね。私もスケジュール帳は持っているから、付箋買いに行こうかしら。一緒に行ってくれる?」
「うん!」

 スケジュール帳を仕舞った五月と、いつのまにか当たり前になった、お互いの手を繋いで歩き出したのだった。

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