桜が丘学園付属高等学校文芸部
花の妖精
桜が丘学園では、卒業式の前日、在校生である後輩たちが卒業生に卒業のお祝いと、旅立ちを見送ると言う、『さくらまつり』が行われる。
まだ時期は梅が咲き始める頃だが、卒業生は全員シンプルなお揃いのピンクのドレスを着て、後輩たちが男装をしてダンスを踊ったり、食物研究科の生徒たちと調理部が料理やお菓子を作り、他の生徒が会場である体育館を飾ったりすること……。
持田五月(もちださつき)は、先輩たちのドレスを仕立てるハンドメイド部、家政科などの手伝いをしていた。
「持田さん。器用ね!」
「あ、祖母が着物の仕立てとか、服を作ってくれるから……。パッチワークも習ったの」
同級生に声をかけられ答える。
「羨ましい……私はこれよ?どうしたらいいのかしら……」
「上糸が少し強いから、ここで調整したらどうかしら?」
「えっ?そうなの?」
「うん。それに、その部分は曲線が多いから、焦らないでゆっくり縫うといいと思う……」
必死に縫っては失敗している隣の席の同級生に声をかける。
何度もやり直し、焦っている少女は、
「ゆっくりで大丈夫かな?間に合うかしら?」
「大丈夫。それよりも丁寧に仕上げて、先輩に喜んでもらえたら嬉しいと思うの」
五月のほわほわとした声に、昨年も経験している二年生が、
「そうよ〜。先輩に喜んでもらえるものを作りましょうね。よろしくね!焦らなくて大丈夫。応援が来るからね!」
「そうそう。応援を貴方達に頼んで良かったわ。皆ももう少し。頑張りましょうね」
その言葉に五月達は微笑んだ。
その間、若林莉愛(わかばやしりあ)は内心落胆しつつ、何度足を踏まれたか分からない痛みを笑顔で隠し、先輩達とダンスのレッスンをしていた。
長身に運動神経の良さ、そして、飲み込みの早さで当日の男装は決定済みで、当日の先輩達のエスコートと共に、ダンスのレッスンも行なっているのだが……。
「いっ!」
「あ、ごめんなさい!大丈夫?」
先輩の言葉に頷くが、もう、慣れないダンスのため数えきれず足を踏まれており、我慢できず顔をしかめた。
「貴方、若林さんと交代してちょうだい」
生徒会長の言葉に、交代してもらった莉愛だが、足の痛みに、引きずりながら裏に回ると、靴を脱いだ。
靴を履くのをためらうほど……足が腫れている。
どうしようかと考え込む横で、やってきていた生徒会長が、顔をしかめる。
「大丈夫?保健室に行きなさい」
「はい」
足を引きずりながら保健室に向かうが、その途中で、
「いたたっ……血が散っていないといいのだけれど……」
「五月?」
「莉愛ちゃん!どうしたの?」
手を押さえていると言うのに、心配そうに駆け寄る。
「あ、ちょっと、足が……」
「えぇぇ!莉愛ちゃん。足引きずってるの?あ、そうだ」
莉愛の手を自分の肩に回すと、見上げる。
「莉愛ちゃん、支えてあげるから、もたれていいよ?」
「五月も大変でしょう?」
「大丈夫!」
本人は必死だが、周囲からは莉愛にぶら下がっている小動物である。
莉愛は内心可愛いなぁと思いつつ二人で保健室に向かった。
「まぁ、どうしたの?又何かあったの?」
保健室の先生は五月の入学直後の事件から、注意して見守っている。
五月は、
「先生!莉愛ちゃん……若林さんが足を怪我したそうです。見てあげてください」
「あら、今回は若林さんなの?」
「いえ、持田さんもです」
「あ、布を切っていて、ハサミが当たったんです」
二人は見てもらうが、
「若林さんはダンスレッスンに当日もなるべくダンスはしないこと。折れてはいないと思うけれど、腫れが引くまでは運動もダメよ。持田さんも、絆創膏では傷が開くかもしれないから、包帯にしているけれど、注意しなさいね。何なら病院に行ったほうがいいかもしれないわね」
と、それぞれ湿布にガーゼなどを手渡す。
「残念だね……莉愛ちゃん」
「仕方ないよ。と言うか……靴をこんな風に履いたら、父にな……怒られる」
「じゃぁ、おじいちゃんに迎えにきてもらうから、一緒に帰ろう?ね?」
五月は祖父に電話をして、二人は教室で待ち合わせることにして、別れる。
「すみません、会長。腫れがひどく、保健医の先生に病院に行って来いと……」
「行ってきなさい。もう少し早く気が付いていたら良かったわね。ごめんなさい」
「失礼します」
足を引きずりながら去っていくのを見送っていた生徒会長は、ため息をつく。
「先輩方の運動神経に問題があるのか……若林さんの美貌にステップを忘れるのか……どちらかしら」
教室に戻った莉愛は、五月と一人の男性に気がつく。
まだ40代だろうか……本当に若い、五月の祖父である。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。莉愛ちゃん。足を怪我したと聞いたけれど大丈夫かな?」
「ありがとうございます。この通りです。今日、様子を見て、ダメなら明日病院にと思っているのですが……」
「それよりも、今日のうちに行っておいたほうがいいと思うけれどね。五月も診せに行くから」
「莉愛ちゃん行こう?」
その言葉に診察を受けに行ったのだが……。
「……折れてますね。単純骨折ですがしっかりボッキリ……」
「えぇぇ!」
まぁやっぱり……と思っていた莉愛の横で五月がレントゲンと莉愛を見て泣きそうになる。
「痛かったね。どうしよう……」
「三週間は固めておくことで、これからギプス作るので行ってください」
「はい……」
「で、持田さん、消毒のために数日通ってください。傷が開かないようになるべく動かさないようにしてください」
病院を出た莉愛は一時的に松葉杖を借り、五月の祖父は、莉愛を家に送ったのだった。
ギプスを作り、サンダルで通う莉愛は、ダンスメンバーから外れ、他に特技もなかったため、傷がふさがるまで同じく裁縫メンバーから外された五月と他の雑用を手伝い日々を過ごした。
当日、途中で復帰し、ドレスを仕上げた五月はホッとしながら試着室にドレスを届ける。
『さくらまつり』は生徒会が三年生のために行う、卒業前日のパーティ。
在校生もお菓子やジュース、そしてドレスでお祝いをする。
でも、ギリギリまでドレスのサイズ修正に手間取り、ヘロヘロになって戻る自分は、会場に行く気分でもない。
「五月……」
「莉愛ちゃん。どうしたの?会場に行かなかったの?」
ギプスは簡単なもので、サンダルのようなもの。
痛み止めの薬と湿布でまさしくくっつくまで固めておくのがルールである。
松葉杖を返した莉愛は腰痛に悩まされる。
ギプスの高さが腰に負担をかけたのである。
「大丈夫?」
「うん、もうだいぶんね。もう少ししたらギプスも外す予定」
「よかった〜」
「ねぇ、五月」
「ん?なぁに?」
誰もいない教室……体育館では音楽が流され、ダンスを踊っているようである。
「……姫君、私とダンスを踊っていただけませんか?」
「莉愛ちゃん。怪我は?」
「だいぶんいいの。だから」
どうかな?と首を傾げられ、五月は微笑むと、制服のスカートをつまんでお辞儀をする。
「はい、喜んで」
会場から少し離れた教室では、二人が笑いながらダンスを踊っていたのだった。
くるりくるり……
五月のスカートはフワフワと花のように広がり、エスコートする莉愛は、その背を支え、次のステップに誘う……。
そのダンスを用事で本校舎に来ていた生徒が遠目から見て、
「『さくらまつり』に、妖精のカップルが学校のどこかで踊っている」
と噂になるのだった。
まだ時期は梅が咲き始める頃だが、卒業生は全員シンプルなお揃いのピンクのドレスを着て、後輩たちが男装をしてダンスを踊ったり、食物研究科の生徒たちと調理部が料理やお菓子を作り、他の生徒が会場である体育館を飾ったりすること……。
持田五月(もちださつき)は、先輩たちのドレスを仕立てるハンドメイド部、家政科などの手伝いをしていた。
「持田さん。器用ね!」
「あ、祖母が着物の仕立てとか、服を作ってくれるから……。パッチワークも習ったの」
同級生に声をかけられ答える。
「羨ましい……私はこれよ?どうしたらいいのかしら……」
「上糸が少し強いから、ここで調整したらどうかしら?」
「えっ?そうなの?」
「うん。それに、その部分は曲線が多いから、焦らないでゆっくり縫うといいと思う……」
必死に縫っては失敗している隣の席の同級生に声をかける。
何度もやり直し、焦っている少女は、
「ゆっくりで大丈夫かな?間に合うかしら?」
「大丈夫。それよりも丁寧に仕上げて、先輩に喜んでもらえたら嬉しいと思うの」
五月のほわほわとした声に、昨年も経験している二年生が、
「そうよ〜。先輩に喜んでもらえるものを作りましょうね。よろしくね!焦らなくて大丈夫。応援が来るからね!」
「そうそう。応援を貴方達に頼んで良かったわ。皆ももう少し。頑張りましょうね」
その言葉に五月達は微笑んだ。
その間、若林莉愛(わかばやしりあ)は内心落胆しつつ、何度足を踏まれたか分からない痛みを笑顔で隠し、先輩達とダンスのレッスンをしていた。
長身に運動神経の良さ、そして、飲み込みの早さで当日の男装は決定済みで、当日の先輩達のエスコートと共に、ダンスのレッスンも行なっているのだが……。
「いっ!」
「あ、ごめんなさい!大丈夫?」
先輩の言葉に頷くが、もう、慣れないダンスのため数えきれず足を踏まれており、我慢できず顔をしかめた。
「貴方、若林さんと交代してちょうだい」
生徒会長の言葉に、交代してもらった莉愛だが、足の痛みに、引きずりながら裏に回ると、靴を脱いだ。
靴を履くのをためらうほど……足が腫れている。
どうしようかと考え込む横で、やってきていた生徒会長が、顔をしかめる。
「大丈夫?保健室に行きなさい」
「はい」
足を引きずりながら保健室に向かうが、その途中で、
「いたたっ……血が散っていないといいのだけれど……」
「五月?」
「莉愛ちゃん!どうしたの?」
手を押さえていると言うのに、心配そうに駆け寄る。
「あ、ちょっと、足が……」
「えぇぇ!莉愛ちゃん。足引きずってるの?あ、そうだ」
莉愛の手を自分の肩に回すと、見上げる。
「莉愛ちゃん、支えてあげるから、もたれていいよ?」
「五月も大変でしょう?」
「大丈夫!」
本人は必死だが、周囲からは莉愛にぶら下がっている小動物である。
莉愛は内心可愛いなぁと思いつつ二人で保健室に向かった。
「まぁ、どうしたの?又何かあったの?」
保健室の先生は五月の入学直後の事件から、注意して見守っている。
五月は、
「先生!莉愛ちゃん……若林さんが足を怪我したそうです。見てあげてください」
「あら、今回は若林さんなの?」
「いえ、持田さんもです」
「あ、布を切っていて、ハサミが当たったんです」
二人は見てもらうが、
「若林さんはダンスレッスンに当日もなるべくダンスはしないこと。折れてはいないと思うけれど、腫れが引くまでは運動もダメよ。持田さんも、絆創膏では傷が開くかもしれないから、包帯にしているけれど、注意しなさいね。何なら病院に行ったほうがいいかもしれないわね」
と、それぞれ湿布にガーゼなどを手渡す。
「残念だね……莉愛ちゃん」
「仕方ないよ。と言うか……靴をこんな風に履いたら、父にな……怒られる」
「じゃぁ、おじいちゃんに迎えにきてもらうから、一緒に帰ろう?ね?」
五月は祖父に電話をして、二人は教室で待ち合わせることにして、別れる。
「すみません、会長。腫れがひどく、保健医の先生に病院に行って来いと……」
「行ってきなさい。もう少し早く気が付いていたら良かったわね。ごめんなさい」
「失礼します」
足を引きずりながら去っていくのを見送っていた生徒会長は、ため息をつく。
「先輩方の運動神経に問題があるのか……若林さんの美貌にステップを忘れるのか……どちらかしら」
教室に戻った莉愛は、五月と一人の男性に気がつく。
まだ40代だろうか……本当に若い、五月の祖父である。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。莉愛ちゃん。足を怪我したと聞いたけれど大丈夫かな?」
「ありがとうございます。この通りです。今日、様子を見て、ダメなら明日病院にと思っているのですが……」
「それよりも、今日のうちに行っておいたほうがいいと思うけれどね。五月も診せに行くから」
「莉愛ちゃん行こう?」
その言葉に診察を受けに行ったのだが……。
「……折れてますね。単純骨折ですがしっかりボッキリ……」
「えぇぇ!」
まぁやっぱり……と思っていた莉愛の横で五月がレントゲンと莉愛を見て泣きそうになる。
「痛かったね。どうしよう……」
「三週間は固めておくことで、これからギプス作るので行ってください」
「はい……」
「で、持田さん、消毒のために数日通ってください。傷が開かないようになるべく動かさないようにしてください」
病院を出た莉愛は一時的に松葉杖を借り、五月の祖父は、莉愛を家に送ったのだった。
ギプスを作り、サンダルで通う莉愛は、ダンスメンバーから外れ、他に特技もなかったため、傷がふさがるまで同じく裁縫メンバーから外された五月と他の雑用を手伝い日々を過ごした。
当日、途中で復帰し、ドレスを仕上げた五月はホッとしながら試着室にドレスを届ける。
『さくらまつり』は生徒会が三年生のために行う、卒業前日のパーティ。
在校生もお菓子やジュース、そしてドレスでお祝いをする。
でも、ギリギリまでドレスのサイズ修正に手間取り、ヘロヘロになって戻る自分は、会場に行く気分でもない。
「五月……」
「莉愛ちゃん。どうしたの?会場に行かなかったの?」
ギプスは簡単なもので、サンダルのようなもの。
痛み止めの薬と湿布でまさしくくっつくまで固めておくのがルールである。
松葉杖を返した莉愛は腰痛に悩まされる。
ギプスの高さが腰に負担をかけたのである。
「大丈夫?」
「うん、もうだいぶんね。もう少ししたらギプスも外す予定」
「よかった〜」
「ねぇ、五月」
「ん?なぁに?」
誰もいない教室……体育館では音楽が流され、ダンスを踊っているようである。
「……姫君、私とダンスを踊っていただけませんか?」
「莉愛ちゃん。怪我は?」
「だいぶんいいの。だから」
どうかな?と首を傾げられ、五月は微笑むと、制服のスカートをつまんでお辞儀をする。
「はい、喜んで」
会場から少し離れた教室では、二人が笑いながらダンスを踊っていたのだった。
くるりくるり……
五月のスカートはフワフワと花のように広がり、エスコートする莉愛は、その背を支え、次のステップに誘う……。
そのダンスを用事で本校舎に来ていた生徒が遠目から見て、
「『さくらまつり』に、妖精のカップルが学校のどこかで踊っている」
と噂になるのだった。
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