桜が丘学園付属高等学校文芸部

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桜ヶ丘学園付属高等学校文芸部……文化祭の章

「えっ……えぇ……」
 ハサミの形の手を見つめ、持田五月(もちださつき)は呟いた。
「何で? ……いつもだったら負けるのに……」
「運がいいのね」
「それに、提出した題材が劇の主題になるかもしれないって、先生や部長も言っていたでしょう? 五月」
 担当教諭と若林莉愛(わかばやしりあ)に言われ、涙目になる。
「あ、あがり症なので……無理です」
「頑張りなさい。あなたの提出した文章を皆気に入って、これを題材にしようってことになったのよ」
「そんな……」
 五月はオロオロとする。
「だって……地域の伝説を調べていただけなのに」
「鶴姫伝説よりも、知られていないでしょう? それなのに、資料にはしっかり残されているし……演劇部と一緒に共同で舞台なのよ。こんなチャンスはないわ!」
 文芸部の部長が目を輝かせる。
「ねっ? お願い。主役は若林さんなのよ。だから娘の八重姫(やえひめ)、九重姫(ここのえひめ)をやって頂戴」
「でも、不器用で……」
「大丈夫よ! 戦いのシーンは削るし、ね?」
「……莉愛ちゃん……」
 半泣きで友人を見る。
「五月。貴方はまだじゃんけんだからいいけれど、私なんて、即『決まりね』よ。本当に、この身長が恨めしいわ」
「勝つなんて思わなかったもの。私、じゃんけん弱いのに……」
 チョキの手を見せる。
「私もう、チョキ出すのやめる……」
「……プッ……」
 落ち込んだ五月の頭にウサギの耳が付いているようで、莉愛は吹き出す。
「莉愛ちゃん、ずるい……笑うなんて……」
「だって、可愛いもの」
「もう、知らない!」
 頰を膨らませ、そっぽを向く。

 ・♪・

 文化祭は数少ない文芸部が学校内で教室を一室借りて今まで発表したり、校外の文学賞などに出品したものを展示するなど常である。
 しかし今年は、二学期になってすぐ、担当教諭が口を開いた。
「皆。今年は展示だけでなく、演劇部と合同で劇をすることになりました。夏休みの間に、一学期貴方達が書いて来た作品をチェックして、数作、演劇部の担当教諭と部長に見て貰いました」
 集まっていた生徒達はざわめく。
「皆さんの作品はそれぞれ、よく出来ていました。その中でも、演劇に向いているかなどを考慮して、選ばれたのが持田五月さんの作品です。歴史からきちんと調べてあり、分かりやすいとの評価でした」
「えぇ?」
 驚き立ち上がる。
「わ、私の作品ですか?」
「えぇ。あちらはとても気に入られていたわ。良かったわ。でも、台本を作らなくてはいけないの。急いで提出だから、皆さん、手伝って頂戴ね。今回は持田さんだけではなく、皆さんで一丸となって作り上げていくものです。文芸部として最高のものをあちらにお渡ししましょう」
「はい!」
 そして、服装は演劇部、台本は五月の書いた論文から調べていき、文芸部が作り上げる。
 そして出来上がったのは……。

 ・♪・

 戦国時代末期、元亀元年(1571年)、伊予の国は、南土佐の国より大男、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が率いる軍勢によって南部地域より攻め込まれつつあった。
 四国征伐の軍である。
 当時は、大洲を中心とする地域は宇都宮氏が治め、その所々に小豪族が点々と小さい山城を構えていた。
 秋、現在の大洲市米津地区(おおずしよなづちく)には山城の米津城(よなづじょう)、別名、滝ノ城(たきのじょう)があり、津々喜行春(つつきゆきはる)が城主として立っていた。
 行春や他の豪族が小さい利権争いをしている間に、それを仲介すると言うことで口を挟み、最後に領地を奪っていく。
 そして、土佐から連れてきた兵士や側近をその地域ごとに置き、荒れた土地を耕し、その地域の女性を娶ることで土着させて行く。
 そういった方法で、長宗我部元親は地域を飲み込んでいったのである。

 ちなみに大洲地域は盆地であり、北西の瀬戸内海に向かって大きな川が一気に流れて行く。
 のちに言う肱川(ひじかわ)である。
 周囲は山深く、険しい山にはいくつもの山城を築き、山と山の上から矢を射かけ合い戦うこともあった。
 肱川の支流の1つには、それを意味するように矢落川(やおちがわ)と言う川の名前も残っている。

 幾つもの豪族はそれぞれ戦おうとするが、絶大な勢力を誇る長宗我部元親の軍には太刀打ちできず、城跡のみが残るのだった。
 そして、行春たちの住まう断崖絶壁の城にも、その巨大な兵が攻め込もうとしていた。
 戦場に向かう夫の代わりに城を守るのは、美しいと評判で、その上薙刀の名手、それ以外にも吹き矢を得意とする瑠璃の方。
 その傍には娘の八重姫(やえひめ)と九重姫(ここのえひめ)。
 母に負けじと腕を磨いていた2人は、八双手裏剣(はっそうしゅりけん)の名手。
 そして幼い嫡男の、
「『尊雄丸(たかおまる)。こちらに!』」
「『はい! 母上様』」
 トコトコと現れるのは、行春夫妻の待望の嫡男、尊雄丸。
 年はまだ幼くあどけない。
「『よく頑張りましたね。尊雄丸』」
 瑠璃の方は幼い子供を抱きしめる。
「『長宗我部軍ももうすぐそこ……父上はこの先で戦っておられる。我々もできうる限り、戦い抜かねば殿の帰る場所が無くなるでしょう。あと少しです。皆、力を合わせて戦い抜きましょう』」
「『はい! 奥方さま!』」
 4人のそばに侍るのは、少々口の軽い侍女のふねである。
「『ふね。よろしいですか? 私も八重達も女の身。力は劣ります。いくら薙刀があるとはいえ、敵に近づかれてはいけません。吹き矢や手裏剣を用います。ですから、何かあっても静かに冷静に……良いですね?』」
「『分かっておりますとも! 奥方さま!』」
「『しぃーっ! ふね。声おっきいよ!』」
 口に小さい人差し指を当てる。
 まだ幼い尊雄丸は、武器は持たせてもらえない。
 たった2歳である。
 ただ、母と姉達が表情が固く悲壮な顔をしていることに、幼いなりに何かを感じたのか大人しくじっとしている。
「『は、母、上さ……』」

「はい! 持田さん。また、重要な場面でつかえる……本当にあがり症ね……」
 困った顔をする、演劇部の部長。
「ご、ごめんなさい。ど、どうしても……覚えて、いても……」
 涙目になる。
 近づいた莉愛は、五月を覗き込み部長を見る。
「先生、部長。思ったのですが……」
「なあに? 若林さん」
「五月……持田さんは引っ込み思案ですし、頑張り屋ですが、必死に頑張れば頑張るほど余計に緊張するんじゃないでしょうか?」
「そうねぇ……」
 担当教諭達は考え込む。
 莉愛は、提案する。
「あの、今、尊雄丸役を演じておられる先輩ですが、演劇部の方だけあって発声や演技力も磨いていてしっかりされています。先輩と持田さんは身長が変わりませんし、九重姫に比べ、尊雄丸役はセリフが少ないです。先輩の方が戦いのシーンも上手にこなされるかと思います。九重姫は先輩にしていただいたらいかがでしょう? 持田さんはどうかしら?」
「わ、私も、が、頑張れたら……でも、み、皆さんの前でも……」
 震える手を見せる。
「済みません。ほ、本当にあがり症で……このままだと皆さんの邪魔になったらと……せっかく役を頂いたのですが、失敗したら……」
「練習でもこれですから……私からもお願いいたします」
「そうねぇ。そうしましょうか」
 あっさりと決まる。
 五月は普段は地味だが、眼鏡を外し前髪をあげると、幼く愛らしい。
 その為、本当は長身でそれなりに武道をこなす莉愛だけでなく、五月を是非役にと演劇部が頼んできたのだが、演技が出来なければ諦めるしかない……と思っていたのだが、あまり演技をしない、最後に出てくる子供役と提案され、あぁ、と頷く。
「じゃぁ、尊雄丸を持田さん、やって頂戴ね?」
「は、はい……」
 五月は頷く。
 すぐに2人は役を変え、喋る数の少ない尊雄丸の台詞といる位置を確認する。
 そして練習を再開した。

 ・♪・

 舞台上では、真剣な表情の尊雄丸……五月に、カツラにハチマキ姿の胴丸と呼ばれる軽い鎧をまとった瑠璃の方……莉愛が演じている。
 手裏剣を投げる八重姫、九重姫。
「吹き矢を持って来なさい! このまましのぎます!」
「はい!」
 ふねは奥に消える。
 3人は武器を構え、敵軍のいる奥手を睨みつける。
 すると、吹き矢の矢を持って戻って来たふねが、焦った様子で大声をあげた。
「奥方さま! 大変でございます!」
「ふね! 静かに!」
 瑠璃の方が止めようとするが、ふねの声が響き渡る。
「奥方さま! これで、これで吹き矢は終わりにございます!」
 その声に、攻めあぐねていた長宗我部軍は息を吹き返したかのように、攻めて来る。
「ふね!」
「ひ、ひゃぁぁ! 申し訳ございません! 奥方さま!」
「ふね! 下がりなさい!」
 悔しげに八重姫が叫ぶ。
「ここは私たちがなんとかするわ! 下がりなさい!」
「は、はいぃぃぃ!」
 逃げるように去っていく。
 九重姫も数が少なくなる手裏剣を手にし、危なくないように隠れているように念を押した弟を振り返る。
「尊雄丸。貴方も逃げなさい! 私たちがいる間に!」
「嫌でございます! 尊雄丸は母上や姉上とおりまする」
「尊雄丸!」
「八重、九重、ここはこれ以上持たぬ。尊雄丸。母たちと参ろうぞ」
 瑠璃の方は息子の手を引き、娘たちとジリジリと下がっていった。
 反対側から登って来たのは、手傷を負った兵士たち。
「もう逃げたか! 追うぞ!」
「おぉぉ!」

 先ほどとは違い、矢傷を負ったり、髪の毛が乱れている、疲れ果てた一行……。
 逃げ惑い、城から逃れ、白滝(しらたき)まで来ていた。
 この時期は紅葉の時期……ここは紅葉の名所として知られていた。
 しかし、その美しい景色を見る余裕はなく、追っ手はすぐそこまで来ている。
「もはや、これまでです」
 尊雄丸を抱きしめ、瑠璃の方は周囲を見回す。
「敵に捕らえられ、辱しめを受けることは妾……尊雄丸も望んではおらぬであろう?」
「はい、母上様」
「覚悟は出来ております」
 2人の娘の頰を撫で、
「そなたたちは逃げよ。逃げて逃げて……妾や尊雄丸を弔って欲しい」
「母上様!」
「そんな!」
「早く行け! 早う!」
 娘たちは数人の兵士と侍女に守られ、去っていく。
「尊雄丸」
「はい!」
「共に参ろうか……尊雄丸」
「はい、母上! 父上も、いらっしゃるのですか?」
 母親を見上げる。
 その幼い表情に胸を打たれるものの、そっと額に口づけをし、涙をこらえ告げる。
「待っておられる。母と共に参りますよ」
「はい! 共に参ります!」
 瑠璃の方は子供を抱き、躊躇いなく滝壺に飛び込む。
 続いて、順番に侍女や兵士も飛び込んでいったのだった。
 その後、姿を見せた兵士が、躊躇っていた為に数人残っていた侍女を捕らえ、声を上げる。
「米津城主、津々喜行春。横松山西禅寺にて自刃!」
「津々喜行春の奥方、瑠璃の方と嫡男、尊雄丸、他滝壺に身を投げ自害!」
「やった! 勝利だ!」
 その声を聞きながら、八重姫と九重姫は泣きながらその場を後にしたのだった。

 その後、身をやつした2人の姫は母と弟の霊を弔う観音様を奉り、手を合わせた。
「婦人の病や子供の生まれぬ女人に子を授け……幸せな世に……」
「……生きていたら、尊雄丸も成人……見られなかったのが悲しい……ただ、母上様と尊雄丸が幸せでありますように……」
 祈りの声は静かに紅葉の木立の中に響いたのだった。

 ・♪・

 鼻をすする音が聞こえる。
 登場人物たちが集まり、一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
 手を叩く音が響く。
 そして舞台の幕が下りた。
 その声に音に、ホッとしたように五月はしゃがみこむ。
 莉愛は膝をつく。
「どうしたの?五月」
「えっ……えへへ……最後のシーンで飛び降りた時、足ひねっちゃった」
「大丈夫?」
 周囲の演劇部や文芸部のメンバーも集まって来る。
「大丈夫です。片付けしてから保健室に行きます」
「そんな暇はないでしょう」
 莉愛は、五月を抱き上げると、
「先生、保健室に行って来ます」
「はい。ちゃんと手当てをしてもらうのよ? 持田さん」
「莉愛ちゃん。歩けるよ」
「ダメよ。悪化したら大変だわ」
 保健室で手当てをしてもらい、一週間は湿布をしておくようにと言われ、再び戻っていく。
「ねぇ……莉愛ちゃん」
「何?」
 くすぐったそうに笑う五月。
 行きは抱っこだったが、帰りは肩を貸して貰って歩いている。
「……最初はね……自信もないし、本当に嫌だなぁって思ったの」
「うん……」
「でもね、みんなと頑張って良かった。感動してくれて良かった……自分はできないって、逃げなくて良かった……莉愛ちゃんのおかげだね」
 五月は見上げる。
「私だけじゃないわ。五月が本当に頑張ったじゃないの」
「一番頑張ったのは、莉愛ちゃんだよ」
 五月は背伸びをして、莉愛の頰に唇を寄せた。
「ありがとう、大好き。莉愛ちゃん」
「……今度は、王子様役をやろうかしら……」
「えっ? なぁに?」
 振り返った五月に微笑み、ゆっくり歩く。

 校庭の紅葉の葉が舞い散っていた。

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