武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

名入の絡奉納、何かが起こるかな

「あの愚か者!見下げ果てた俗物!
 老師の前で、末子であられる善順を罵倒する事はお詫びします。
 ですが、老師、あの愚者は追放すべきです」


 高師範がお怒りだ、この御仁は案外沸点が低い。
(よりによって、大姐がそれを言うか)


「高、善順と何か有ったのか、何やら頭を丸めておったが、それに関する事か?」


 頭、剃られたんだ。武術家には厳しい仕置きだな。
(受罰中を喧伝する訳だから、恥だよね)


「はい、筆頭殿と胡老師が立合われる、ほんの少し前に、善順の奴が胡老師に絡みまして」


「何と、聞いてはおらぬぞ」


 わたしは口を挟む。


「いえ、わたしが無かった事にしたのです。
 高師範が責任感を感じられて、師範職を辞任されると仰るので。
 善順殿も引き下がり、互いに無かった事にしたのですが……」


「懲罰の意味で剃髪させたのですが、逆恨みをして胡老師を貶めた様です。……もしやこの騒乱も、善順が田とやらをけしかけたのかも」


「高師範、言いにくいが、あり得る。田に寝返った李兄弟だが、善順とつるんでた。
 李兄弟が胡老師に対する恨みから、善順に良からぬ事を吹き込んでいたと考えられる」


「うん?胡老師に対する恨みとは?」


「いや、高師範。商取引上の話だから内容は話せない。だが、胡老師は筋を通してくれたから、李兄弟の完全に逆恨みだ」


 その件には高師範も多少なりとも絡んでいる。
 理解は早かった。


「なるほど、そう云う訳だったのか。
 老師、この件には私も関与しましたが、胡老師に非は有りません。全体図を見るとむしろ胡老師こそ被害者と言えます」


(いや、それは微妙。大姐が武力解決ばかりするから、大事になったとも言える)


「……わかった。お役人、善順は今どこに居ますかの。家長として罰せねばならないので」


「今は、港の警邏局詰所に待機させています。ガセの可能性もあったので」


 つまり、あの馬鹿は公式告発したのか。
 一周回って逆に大したものだ、大概は報復を怖れて密告なんだが。


「お役人殿、善順が何を吹聴したか知らんが、胡老師は儂の姪で、南遨家の恩人だ。
 事実無根の冤罪で胡老師を貶めるなら、遨家、南遨家、は黙ってはいない。
 その上で質問する、この捕方出陣はガセ情報に振り回された結果だね」


 うわっ怖!南遨老師、怖!


(直接的を敢えてするのか、自身の権力を正しく理解してないと出来ない芸当だね)


 可哀想に、張隊長は顔色悪くして息を飲んだ。


「如何にもガセ情報でした。広場でヤクザ者同士の諍いが有っただけで、首謀者の捕縛を高名な胡殿が為して下さっただけです。
 そう報告します」


 南遨老師は好好爺然で微笑んだ。


 だから怖いって
(だから怖いって)


「お役人殿は張殿と云いましたな、感じ入りました、覚えておきましょう。
 では胡老師、老師を貶めた愚か者の懲罰に参りましょう」


 ひょっとして、亮順様激怒してる?
(凄いね、典型的な飴と鞭。これじゃ張隊長、言いなりにしかならないよ。勉強になったわ)






 道々亮順様は、随行する用人に何やら言い付けをしていた。


 内容は聞かぬが華で、特に聞き耳は立てない。


 ん、そうそう。


「時に、南遨老師。周家の末娘の朱華娘々なのですが、老師の末弟子に加えていただいた事、心より感謝致します」


「か呵呵、何の水臭い。姪御の声が掛かり、頼られて儂も嬉しく思う。
そうだ、胡老師に頼みがあるのだが」


「何なりと」


「実は、例の祝詞なのだが、どうも声に出したほうが拍がとりやすい、文言を教えて貰えないだろうか」


「御安い御用です。そうですね、名入ないりで実演してみましょうか、この地の地祇と相性が良いみたいので」


「名入とは?」


「出だしの“名も無き女に御座います”の所に自分の名前を入れるのです。あと、巫祝踊女の所を聖者兎王とするのです」


「うん?違いが現れるものなのか?」


「いえ、わかりません。ですが、こちらが正式だと思います。
今まで試した所では、違いは判りませんでしたが、この地では何か起こりそうです」


「ほう、面白そうだ。胡老師、ここに居るのは高弟だけでなく、南遨家極拳の中核を為す者ばかりだ。
 彼等にも絡奉納舞を見せてほしいのだが、構わないだろうか?」


「ええ、特に秘密にする祝詞でも有りませんので、構いませんよ」


 調べれば、誰にでも知れる文言だしね。


 と、云う訳で急遽、絡奉納舞をする事になった。
 この地の反復経は心地よいのだ、強目に発経絡をしよう。


 手頃な空き地に、高弟一同が円陣を組んだ。遠巻きに、張隊長以下警邏官吏が待機した。


 流石に部外者は不味い。


 タンッ‼
「畏み、畏み、物申す」
 パンッ! パンッ! ダンッ‼


 判りやすく、節を開けてみた。


「此は、河北は、開業の」
 パンッ! パンッ! ダンッ‼


「聖者、兎王の、末にして」
 パンッ! パンッ! ……!!


 ?三拍目が?いや、返しはある。


「名を、小馨と、申します」


 ……!  ……!  ……‼


 意識が吸い込まれる、思考が分離する、小姐に体を替わった時の様に、視界、触覚、聴覚が、他人事の様に感じる。


 だが、小姐に体を替わった訳ではない、


 体は絡奉納舞を続けている、わたしの意思で。


 意識が分離したと云う事が、一番説明的に近いか?


 なあ、小姐。


 そうね、この感じは初対面の時以来かな。


 それに、ここに居られる事が分かる。


 いと尊き存在が降臨された事が。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品