武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

一人多いが、文殊の知恵か。本当に面白いな

 その後幾つか話をした。


 洛都では、貧民に施しをし、徳行を行い、武林として評判を上げている事や、


 老師自らが禁軍に赴き指南に当たり、武門としての評価を上げている話や、


 黄師範を中心に、女拳士の育成に取り組んでいる話や、


 善順とやらに、拳士の作法を教育すべきと提案したり、(わたしでなかったら、名乗り二回目の無視で、殺されてもおかしくなかった)


 あまり口外したくなかったが、以前未遂に終わった謀反の壊滅にわたし(小姐!)が携わった話など、


 今後の南遨家の武館経営に、役立ちそうな、そうで無さそうな、とりとめの無い話に華が咲いた。


 時刻は申の刻を過ぎた。南遨老師から私邸に滞在を懇願されたが、固辞した。


 明後日には、広州を発つのだ、明日中に支度を済ませたい。








 本当に驚いたが、豪順様が見送りに来られた。
 何と、もう回復されたのか、あり得ない。


 内絡を整えたとはいえ、高師範で半日、わたしなら一日は麻痺する三練経打だ。


「豪順様、本当にもうよろしいのですか?
 流石にここまでの回復は見た事がない」


「それがな、胡殿、何やら気脈、心脈、発経と、全て通りが良くなっている。気を失う前より調子が良い」


 わたしは南遨老師の方を向いた。


「経絡を流すと、ここまで内絡が整うのですね、教え有り難く頂戴します」


「いや、整えるだけで、経絡の通りが良くなるとは儂にも経験が無い。
 胡老師は祈りと共に、絡を地祇に奉納したと聞いた。そのせいではないのか?」


 南遨老師が、わたしに老師の尊号を付けた事で、豪順様と高師範が目を剥いたが、色々と面倒なので、見なかった事とした。


その祈りのやり方を、教えていただけないだろうか?」


 高師範が尋ねてきた、わたしに異論はない。


 尊号については諦めた。グズグズ言うと南遨老師の面子を潰してしまう。


「三拍拍子の兎歩経絡に、節をつけて祝詞を唱えるのです。実際やってみましょう」


 わたしは、強兎歩ではなく、兎歩経絡を踏んだ。
 トンッ
かしこみ畏み、物申す」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「此れは河北は開業の」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「巫祝踊女の末にして」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「名も無き女に御座います」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「この地に居わす、土地神に」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「我の踊りを奉納し」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「この地に生きる、諸々に」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「母なる大地の恩寵を」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「願う仕儀にて御座候」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「我の踊りを笑納し」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「我の願いを聞き届け」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「母なる大地の恩寵を」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「この地に生きる諸々に」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「授け下さる温情を」
 トッ、 トッ、 トンッ。
「感謝多謝にて御座候」
 トンッ、 トンッ、 タンッ。


 最後に強目に発経した、やはりこの地の地祇とは相性が良いみたいだ。


「これは……まるで道法の祝詞。巫祝踊女の末とは誠なのだな」


「いえ、高師範。この祝詞はわたしが勝手に付けた物で、遨家に伝来する訳ではありません」


「なんと!胡老師には、驚かされてばかりいる」


「兄弟子の黄の実家が、出版を生業にしているので、古い資料から祝詞を探してもらったのです」


 昔、老師から“拍子に合わせて歌え”と言われた時、わたしには詩歌が思い浮かばず、黄姐にそれらしい歌を尋ねたのだ。


 三拍拍子に詩歌を乗せる事は、わたしには難しく、そもそも流行歌など知らないので、往生した。


 小姐は音痴で当てにならなかったので、


(最近、悪口が多くない?ねえ、喧嘩売ってるの?ねえ、ねえ、ねえ)


 元々三拍拍子であった祝詞の中で、簡単な物を覚えたのだ。


「祝詞は、別に声に出す必要はありません。拍子に合わせ祝詞を想うだけで、気脈に乗る様です。
 極端な話、祝詞で無くとも、地祇を称える想いでも良いみたいですよ」


「それは面白そうだ。胡老師の祝詞を真似て、想いを兎歩経絡に乗せてみよう」


 南遨老師は、やはり母さまに似ていると思う。


 三者が兎歩経絡を踏むと、反応はすぐだった。


「なんだ?これは?」
「これは?!」
「あ哈哈、そう、これだ!」


 三者三様だ、ただ、豪順様だけ驚きが無い。


 驚きの理由は分かる。


「何とも妙な反復でしょう?そもそも絡を奉納しながら、経絡が反復してくる所からして、妙なのです。
 第一、経は自分の物なのに絡は違う。地祇の絡でしょうか?」


「……地脈だ、聖王は歩みながら、地脈を整えたと伝えられる。
 絡の奉納で、地祇が地脈を返してくるのか、途方もない事を教わったな」


「なるほど、地脈か。内絡の通りが良くなる事も頷ける」


「胡老師!感謝します!南遨家極拳は更に進化する!有り難い」


 瓢箪から駒とはこの事か。


 わたしは地祇への挨拶程度の、軽い気持ちで踏んでいたが、まさか聖王の秘密に迫るとは。


 正に、“三人寄れば文殊の知恵”と云うやつだな。


 わたしは、三者に強く引き留められたが、明後日の出立を理由に、辞去する事にした。


 ただ、洛都での用事が済んだら、再び広州に訪れるので、
 その時は南遨家に逗留する事を約した。


 まあ、命懸けの用事になるので、先の事は分からないが、わたしは南遨老師や豪順様、高師範が気に入った。


 だから、再会出来る様に全力を尽くすつもりだ。


(旱導師を、殺しに戻ると云う用事じゃ無ければ、心打つ宣言だけどねぇ)


 それもそうだが、これも世の為、マルコ君の為だ。


 導師は、少しやり過ぎだ。なあ、小姐。


(仕方ないね、今更体も必要無いし。たまには体を貸してよ大姐)


 するなよ、小姐。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品