武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

南遨老師、そうはいきません。忙しくなりますぞ

 南遨老師は豪順様に歩み寄り、膝を着くと豪順様の手を取った。


「見事であった。豪順……儂の意地に、よくぞ付き合ってくれた」


 おそらく、南遨老師は経絡を流している。
 情の深さに胸にくる物がある。


「小馨、有難う。儂の未練は断ち切れた、隠居し豪順に家督を譲ろう」


 嘘だ、未練を断ち切ったのではなく、未練に敗北し逃げるのだ。


 外部の要因なら、逃げも有りだ。巻き返せば良い。
 だが、内部の要因では、逃げは最悪だ。自身で追い詰めてしまう。


 こうなるで有ろう事は、予測していた。
 だから、高師範に立ち合ってもらったのだ。


 わたしは、母さまの事もあり、南遨老師が気に入っていた。


 だから、廃人の様に余生を生きて欲しくない。




 高師範が医師を連れてきた、助手は外だ。
 やむを得ない事か、口は少ない方が良いのだから。


「兄上……やはりか」


 兄?豪順様の弟か、いや家族構成は聞いてはいないが、この医師は豪順様と同年位に見える。


 全然似ていないから双子の訳はない。
 すると、年後の弟か?


「李殿、豪順は気脈が尽きたようだ、内絡は小馨が整えてくれたから問題ない。
 儂の経絡の反応からしても大事ないだろう」


「その様ですね、水心様」


 医師、李殿は豪順様の脈を図りながら返答した。
 こんな時、わたしは人生経験が足りないと痛感する。豪順様の年齢からして、妻帯しているに決まっている。


 李医師は義弟だろう。


「相打ちでの仕合だ、腹部も診てくれ」


 わたしは場を離れた。女の目があってはやりにくいだろう。


 どうした小姐、何か言わないのか?


(最初からどうでも良いし、わたしの範囲は十歳までだし、毛の生えた腹部なんて見たくもないし)


 正直、次席師範だったわたしも、治療現場には何度も同席しているから、毛の生えた腹部どころか陰部も見慣れている。


 ……痴女ではないぞ、金的は有効的な攻撃部位だ。男子には致命傷を与えられる。


(……?誰に言っているの?)


「内出血は見られ、痣にはなるだろうけど、硬身功ですか?内硬?によって臓器は無事です。
 外傷も見当たらない、安静にしていれば二、三日で本復するでしょう」


「……そうか。ならば、回復後に豪順に家督を譲る事にする」


 この宣言に高師範と李医師は驚いた。


「老師!何を仰る、まだ老師は充分にお若い、五十を僅に越えられた程度ではありませんか」


「水心様、高師範の仰る通りです。兄上では、まだまだ、対外的に心許ない。再考を」


 南遨老師は首を振った。


「儂は間違えた。父上は儂を広州に落とし、一武林として生きる事を望んだと思った。
 ……いや、それほど父上の思惑は外れてはいまいが……」


「では、引責引退は必要ないのでは。勝ち負けは武林の常。
 太老師の思惑が広州に根付く事ならば、これを機に本家と交流を再開し、発展に勤めればよろしいかと」


「本家の、京馨に更に負担を掛けろと。
 禄を頂戴する本家に、武林になる道は無く、京馨は遨家の為、武門と武林を掛け持ちした。
 一門を新たに興した方が楽だったろうに」


 わたしには生き生きとして、楽しげに思えたが、重圧は否定出来ない。


 なにせ、陛下に目通り叶う官位を賜り、軍部の要人を多数門下生に置いている。


 代が代わったから、官位返上、武林転換と云う訳にはいかない。


「儂が武林として生き、極拳を本来の形に戻す事が、父上のお考えだったのだ。
 ただ、官から離れて武館を経営すれば良い物では無かった。
 小馨を見て儂は誤りに気がついた。
 ……済まぬ、京馨」


「老師、本来の形とは?胡師範を見て気がついたとは?」


 わたしが割って入る。


「高師範、わたしの経の太さは如何でしたか?おそらく、高師範が体感したことの無い物と思う。
 豪順様との仕合でもそうでしたが、わたしは全力で練経はしていない」


「なっ!」


「わたしの三練経を受けられるのは、筆頭師範の黄と老師のみ。
 更に老師は、わたしの全力三練を簡単に凌いでしまう」


 高師範の、息を呑む音が聞こえる気がした。


「極拳は女の拳術です。男では経反復増幅率に於いて、絶体に女に及ばない。
 才能や努力には関係無く、体の構造が違う」


「神太祖、聖王兎はたぶん女でしょう。
 伝承にある、“歩みにより地を震わす”とは事実と思われる。
 女の達人による三練経歩とは、それほどの物なのです」


「で、では太老師の言う本来の極拳とは……」


「女人による拳の継承でしょうか。
 男子継承では、やがて他門のの女術者の誕生により衰退するでしょう」


「なんと……」


 わたしの経を受けたのだから、高師範には分かる筈だ。


 極拳は極論すれば、経の太さが全てだ。攻も守も、有り余る経が有れば何とでもなる。


 南遨老師は、それを母さま個人の資質だと、自分に言い聞かせて納得


 しかし、わたしの経を受けた高師範を見て、自己欺瞞は崩れた。


 女人拳は継承されるのだ。


 自分は、三十余年


 自責の想いに決着を着けて、引責引退するしかない。


 それが、南遨老師の出した筋だった。


 ……そして、その想いの決着がついたのだ。






 ……だが、そうはいかない。


 わたしは言葉を繋げる。


「これから、忙しくなります南遨老師。
 楽隠居をされては、豪順様や高師範が体を壊してしまいますよ」


「うん?」


 南遨老師は、わたしの意図が掴みかねた様だ。


「ここ広州に、皆伝した女人の練経を受けた者が三名。
 充分に盗めた筈です。いや、盗めなくとも女人拳の真価を味わったでしょう?」


「………うむ……」


 南遨老師が頷いた。母さまと練経比べに明け暮れていたのだ、一番理解が早い筈だ。


「ならば出来る筈です。
 かつて知順様が京馨様を育て上げた様に、女拳士を育てる事が。
 南遨老師もお若いのですから、後進の育成に尽力出来る筈です。
 第二の京馨様を、亮順様が造り上げる事も一興かと?」


 南遨老師は一瞬真顔になり、直後破顔一笑した。


「か呵呵呵、何と愉快な。小馨よ、本当に京馨にそっくりだ、愛弟子とは性格まで似るのか。第二の京馨を造るのか、か呵呵呵呵!」


 そう言うと、南遨老師は差手をして、わたしに深く頭を下げた。


「蒙があけた、感謝する姪殿。確かに忙しくなるな、隠居は後回しだ」


 目に活力が宿る、もう大丈夫だろう。


「高師範は後進の指導が巧みです、舅々の力になる事でしょう」


 できたら、絡都に引き抜きたい位に買っているのだ。一押しだ。


 横目で見ると、高師範と李医師も差手にて、わたしに礼をしていた。


 わたしは笑顔で、応礼した。

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