武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

…拳士なら死合いの作法くらい知っておけ

「本家から果たし合いに来たそうだな、小娘」


 仕合の前に、武館周辺でこの地の地祇に挨拶をしていると、粗忽者がやって来て安い挑発をしてきた。


「誰だ、貴様は。いや誰でも良いか、わたしに喧嘩を売ってきたのだ、買ってやろう」


(なんで安い挑発と知っていながら、わざわざ買う!)


 わたしは、気が短いのだ、小姐も知っているだろう。


 わたしは


「遨家極拳拳士、胡小馨。貴公の名を伺おう」


 何時でも始動発経を踏める状態だ、地祇に挨拶も済んでいる。


「小娘が調子に乗るな!貴様ごときが遨家極拳の拳士を名乗るな‼」


「拳士として、名乗る事すら出来ないか。なら、死合いは無しだ。躾けてやるか」


 わたしは全力で始動発経を踏んだ。


 “タンッッ”と云う高い足音が鳴る。


 この地の地祇とは相性が良さげだ。


 練歩は勘弁してやるか。


 そもそも黒士が反応していない。
 害意が無い闖入者だろうが、先程から周囲の視線に晒されていて不愉快だった。


(八つ当たり!あんたねぇ……)


 タンッ!


「なんだ!やるのか!」


 遅い、既にわたしの間合いだ。すなわち超近接戦だ。


 この粗忽者は、中位くらいか、近接戦に慌てる事も無く構えた。


 一見すると、背の低いわたしが不利に見える。


 長、中距離の間合いだと、
 突き、払い、いなし、打ち、全てが手足の長さが足りず、攻撃が単純に届かない。


 実は、わたしの手足の届く短距離の間合いでも、不利は変わらない。


 わたしの攻撃前に相手の間合いになり、わたしは後手に回る。


 高位拳士相手では、それは致命的だ。


 だが、張り付く程に近接すれば話は別だ。


 極拳は経打戦だ、長打も短打も経打に変わりはない。


 視界を塞ぎやすく、手数が繋げやすく、相手の攻撃が単調となり読みやすい。


 体格に恵まれた者は、超近接戦はしない、する必要がない。だから超近接戦の闘い方を知らない。




 構えからして、近接戦を齧った事は有るみたいだが、わたしの間合いは更にその内側だ。


 タンッ!


 右掌底を眼前に打ち上げる。視界封じだ。
 粗忽者は払いに出た。


 これは誘い。


 左中段が本命、拳でも掌底でもなくだ。
 わたしは粗忽者の帯を掴む。
 そのまま引き寄せながら、膝経打を粗忽者の利き脚腿に打ち込んだ。


「ウッ!」


 うめき声で済ますとは、まずまずだ。奇声、悲鳴では、経が散るからな。


 そのままわたしは体を交わす。
 粗忽者の体が流れる。


 本来なら腹部か腰下人中を狙う。


 タンッ!


 だが、これは躾けだ。


 背後に回り粗忽者の臀部に、先程と同じく膝経打をくれてやる。


 粗忽者は無様に地に転がる、受け身を取る所はまあまあだ。


「おのれ!」
 痺れが有るのだ、そう簡単に回復はしない。


 浸透経打だ、散打に経は振っていないから、外傷は無い。


「早く立て、芋虫か貴様」


 軽く挑発したら、何とか立ち上がってきた。


 ほう。良い気合いだ、大した物だ。気合いで内絡の乱れを誤魔化したのだ、


 いや、この場合なら、気脈で乱れを整えたと見るべきか。


「もう許せん!死合いだ!小娘‼」


 哈哈哈。死合いとな、受けて立つ。


 わたしは、差手で再び名乗る。


「遨家極拳拳士、胡小馨。これで二度目だ、今度こそ名乗れ、本気で相手してやる」


「小娘が!死ね……」
「この馬鹿者!」


 高師範だ、回復中とは聞いていたが、復帰したのか。


 かなりお怒りの様だ、粗忽な闖入者に容赦なく経打を入れた。


「ガブッ!ウエッ!」
 粗忽者は吹き飛んだ。本当に相当お怒りの様だ。


 高師範はわたしに対し、拱手で深く頭を下げてきた。


「不肖の弟子が、大変無礼を働いた。この通りだ、胡師範」


「高師範、お加減はもうよろしいのですか?流石です」


 わたしは、高師範の謝罪の応礼の意味を兼ねて、拱手で返答した。


「老師の世話になりました、いい勉強になりました。
 それより胡師範、善順の仕置きは我々に任せてはいただけないだろうか」


「善順?ひょっとして、南遨老師の子息ではないだろうか?危うく一族を手に掛ける所でした。高師範、感謝します」


 今度はわたしが頭を下げた。


「何を仰る、途中からなのでいきさつは分からないが、善順が無礼にも胡師範に絡んだと認識しています。
 客人に対して有ってはならない事です」


「耳が痛い、こちらも煽った事は否定しないので。
 わたしはこんな成りなので、軽く見られるのですよ。
 だから、躾けには気をつけています」


「こちらこそ耳が痛い。善順を老師から預りながら、この有り様、本当に恥ずかしい。
 この責任を取り、私は師範を辞任……」


「それには及ばない、わたしは、従兄と極拳の稽古をしていただけで、高師範には何も落ち度は有りません。
 善順とやら、そうだな」


「……ああ、そうだ、稽古だ。師範に責任は無い」


「……胡殿。感謝します。善順下がれ」


 粗忽者は拱手で一礼すると、わたしをひと睨みして下がっていった。


 黒士が反応を見せた、まあ、当然か。


「高師範、師範が見えられたと云う事は、極武館の方の準備が整い、わたしを呼びに来られたのでは?」


「その通りです。武館は一門高弟により、不入布陣が敷かれました。
 私が胡師範を迎え、極武館に案内すれば、何人も武館に立ち入れません」


 わたしは、思いつきを口にする。


「高師範も不入陣に加わるのですか?それは他の者と代わる事が出来ますか?」


「はい?いえ、胡師範の意図が分かりません」


「これから、わたしは南遨老師の立ち合いの元に、豪順様と仕合います。
 三練による練経比べ、相打ちを行います」


「なんと!それでは死合いではないか」


「哈哈哈、死合い大いに結構。高師範とこのように語らえるのも、死合ったからです。
 全身全霊でやりあったからこそ、信頼が生まれる」


「それは、そうですがですが、ですが客人に対して死合いを仕掛けるのは、余りに礼に反する行いです」


「高師範、不遜な言葉に聞こえるだろうが、この死合い、まずわたしが勝つでしょう」


「ムゥ……」


 高師範は、わたしの経の太さを、身をもって知っている。


 負けるのは、久しぶりだと言っていた。


 つまり高師範は、最近の豪順様にも負けないと云う事だから、勝負は見えている。


「この死合い、高師範にこそ見届けて頂きたい。
 南遨老師には、わたしから掛け合います」


「……やはり、胡師範の意図が分からない、何故ですか?」


「南遨家の発展の為です。高師範が居れば、南遨老師は太老師、いや、南遨老師は自身で作った呪縛から開放される。
 その為にも、死合いに立ち会って下さい」


「分かりました。立ち合いましょう」


 高師範は了承してくれた。


 思いつきだが、結果は良い様に運ぶと思う。


 本当に高師範は得難い人材だ、洛都に引き抜きたいくらいだ。


(それじゃ意味無いでしょ)


 ……全くだ。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品