武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

極拳士は常に、体の中で何かが跳ねているのだよ

 早速手本を見せてあげた、マルコ君用だ。


 右足、左足、右足揃え。
 左足、右足、左足揃え。
 右足、左足、右足揃え。


 上体は、何もしない、してはいけない。


 導引吐納が納まると、自然と上体は下半身の活脈に釣られる、最適動作に納まるから変な動きは要らないのだ。


「やってみてマルコ君、最初は動作を覚える所からだよ」


「はい」と言う返事と共に、兎歩を踏み出した。やはり三歩、三歩の動きになるが、最初はこれで良い。


(可愛いねぇ♪ヒヨコがちょこちょこしているみたい)
(最初はそんなものだよ。……ヒヨコって、あんたねぇ…)


 マルコ君は弟子になる訳だから、雑言はねぇ。


「胡嬢、いや胡老師。私の兎歩を見て下さい」


 某が言葉を改めてきた。いや、指導はしてやるけど、弟子にした訳ではないから、老師は要らない。


(大姐は、昔から老師と呼ばれる事に困惑するね)


「いや、周兄。胡嬢で良い、老師と呼ばれる訳にはいかない。
 そう呼ばれるには、遨老師と南遨老師、高師範の許可が必要になる。
 それに極武館で指導していた時も、師兄で通してきた」


 建前だ。わたしにとって、老師とは一人であって、重い意味を持つ。


 ただ、某にとっては礼の作法上で尊称を付けただけのようで、素直に従った。


 兎歩を見る、特に変な癖はない。


 動きも滑らかで、かつて黄姐に見本として見せてもらった動きを彷彿させる。


「強兎歩をやってみて」


 某は妙な顔つきだ、やはりな。


「いや、それなら経歩を」


 右足、左足揃え、左足。
 右足揃え、右足、左足揃え。
 左足、左足揃え、右足。


 やはりか、経歩の歩様で兎歩をやっている。
 発経はしているが、反復していない。


 地祇の返しを受け取っておらず、反射経を地表に流している。


 吸気が雑なのだ。


 これでは、兎歩経絡の方がマシだろう。
 強兎歩とは、経寄りの兎歩経絡なのだから。


 ただ、発経に至っている所からして、鍛練は足りているだろう。体幹深部の丹の鍛練が出来てないだけだ。


 実際上、体の器官に丹なる臓器は無い。
 体の正重心の位置を、丹と呼称している。


 個人差、と言うより、個人個人の感覚で変わるが、大体、臍下三寸の背骨側の体幹が丹の位置とされる。


 わたしの経反射も、大体その辺りだ。


「そこまで、マルコ君も。二人とも、わたしの歩様を見ていて、あと吐気と吸気も」


 わたしは強兎歩をする。歩様は兎歩だが、経歩同様に発経する。


 経を載せた歩様、某に違いが分かるだろうか?


 タッ!タッ!タンッッ‼タッ!タッ!タンッッ‼


 分かりやすく三歩目に追加発経をする。


 武技に繋げる訳では無いので、余剰経は地表に捨てる。


 マルコ君は足音に驚いた様子だ。某はと云うと。


「経歩!でも歩様は兎歩?どうして?どうやる?どうやって?」


 大体分かった、高師範の方針も。やはり教えない方が良いかも知れない。


「高師範は素晴らしい指導者だ、わたしも見習いたい」


 そう思った、短気なわたしには無理だ。


 高師範は、歩様を徹底して教え込んだのだ。


 結果、某は発経は経歩でしか出来ないと、心、体、が覚えてしまった。錯覚してしまった。


 だが、それは織り込み済み。
 妙な癖が付くより余程良い。


 何より三拍動作を、体に染み込ませた利点はとても大きい。命に関わるのだ。


 多分、高師範はこれから某を矯正して行こうと考えていたのだろう。


 先日も、ひょっとして高位極拳士の歩様を、盗ませる思惑が有っての事かも知れない。


 ……好意的に解釈しすぎか。


 かつて老師がしたように、簡単な助言に止めよう。


「周兄、上位極拳士は経で動く、常日頃からだ。
 “体の中で何かが跳ねる”状態で過ごしている。わたしも高師範もだ。
 周兄は、ようやく修行の入り口に立った所だよ」


「……そうか。そうだったのか!息するように経を繋げるとは、そう云う意味か、あの感覚を繋げていくのか!有り難い!」


 周兄は膝を着き差手をする、最上位礼で感謝した。余程苦悩が深かったのだろう。


 わたしは、反復発経を初めて成功させた時の黄姐を思い出した。


「息するように経を繋げるか、その意味が理解出来るほどには、鍛練が足りていたんだよ。
 高師範は本当に素晴らしい指導者だ」


「最初の内は、ひたすら経歩。始動発経を最低でも百歩は繋げる所からだ。
 あと、吸気に気をつけて、反復経を吸い上げる気で早く強く短くね」


 他にも幾つかあるけれど、これ以上の助言は、わたしの癖が某に付いてしまう。


 それは、高師範に失礼だ。


 それから夕刻に近い、申の正刻まで某は歩き続けた。


 マルコ君もそれに習う。


 命に関わるかも知れないので、目を離せない。


 某は、わたしと高師範の戦闘を間近で見ているのだ、興味半分に練歩の真似事を始めるかも知れない。


 まず成功はしないだろうが、念のためだ。


 三練歩で、反復経は始動発経の八倍になり、それは丹の受けきれる負荷の上限だ。


 だが、上限だが反射は出来るのだ。何人も挑んだ事がある有名な話だ。


 結果は最悪だ。


 地祇から返される反復経は、恐らく十六倍になっており、挑んだ拳士は全員骨盤を粉砕している。無論助からない。


 余分な知識を、最初から付けない為にも練歩のれの字も言わない。


 その知識の伝授する時期は、高師範が判断するからだ。強いだけでは、師範は勤まらない。


(大姐は強いだけ、だけれどね)


(失礼な、教える事が不向きなだけだ。黄姐みたいに上手に伝えられない、実践に傾いてしまうだけだ)


(で、実践に傾く大姐に提案♪)


(却下、どうせ録でも無い)


(まあ、聞くだけでも。そこで周勇と一緒に頑張っているマル吾子だけどね♪)


(……結局、マル吾子で落ち着いたのか。小姐も良い歳なんだから、何時までも黄姐みた……)


(お黙り!私は享年十才だから、大姐よりも七つも年下なの!)


(どこにこんな女孩がいる!よりによって、公子に対し、夜ば……)


(だからお黙り!それより今はマル吾子よ、
 大姐の内弟子にして、手取り足取り、組んず解れずで、ね♪)


「何が、ね♪ だ戯けぇ‼」


 二人共、驚いて跳び跳ねた。悪い事をした。


 二人共鍛練に収穫が有った様で、切り上げる事にし、周家に戻る事にした。


 この店舗は。住み込み店員の居住設備は有っても、店主や客を泊める設備はない。


 来客は本店で迎える事だし、当たり前だ。


 四半刻の更に半分程の時間で、周家本店に着いた。
 某は、どうやら経歩を繋げて歩く鍛練をしながら来たようで、たまに奇声を出していた。


 初めの内は、丹周辺がムズムズするのだ。


 反復経の、応、送、に失敗すれば、ムズムズから解放されるのだから、悩ましい。


 まあ、頑張りたまえ。


 周家に着くと、わたし宛に手紙が届いていた。


 南遨家からの招待状だった。

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