武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

驚いた、某は本当に旦那なんだな

 蓮葉粽は、まあ美味い部類だった。
 所詮は点心だ、こんな物だろう。


 ただ、値段は安い。二個で七銭だ。
 何も具の無い湯麺がそれくらいだから、値段を加味して上等な美味さと言える。


(大姐。貴女の基準は、本当に独特ね。大体金銭的な上下で、選考基準が変わる)


(高くて美味いのも、安くて不味いのも、当たり前だからね。
 高くて不味ければ無価値だし、安くて美味いなら評価するよ)


「済まないなマルコ君、疲れただろう。
 わたしは駄目だな、黄姐なら細やかに気遣えるのだろうけど、わたしは大雑把過ぎてね。
 美味しいかい、それ?」


 周某がマルコ君用に注文した、何とも妙な麺料理だ。
 均一太さのやや太めの麺に、肉と香菜と葱が、多分黄牛油バターで炒めてあり、油ごと麺に絡めてある。
 簡素な見た目だが、香り高く食欲をそそる。


「はい、故郷で似た料理を食べていました、食材はこちらの方が良いですね」


 ふと思う。マルコ君は言葉使いにしろ、食事方法にしろ、かなり品がある。


 高等な教育を受けていなければ、まず出来ない。
 わたしがそうだった。


 王兄や黄姐にわたわたと話し、箸が使えず、レンゲで食事を済ましていた。


 出自は正しかろう。何故売り飛ばされた?
 ……そのうち聞いてみよう。


「西域の麺料理を、この店で再現したものだよ、口に合うなら良かった」


 某が口を挟んできた。


 わたしは白茶で喉を湿らせると、某に尋ねた。


「所で周兄、その後高師範の具合はどうなった?麻痺は取れたのか?」


 経を打ち込まれると、外部的な打撲や裂傷よりも内部的な被害が大きい。


 内硬功で相殺か、化経で流さないと、内絡ないらく(この場合は体内循環の血脈や気脈)が詰まり、痺れや脱力、倦怠を起こす。
 呼吸困難になる場合もある。


 これは戦闘中において、致命的な隙となる。


「経を受けると、そうなるのか……
 昨日見舞金を持参して挨拶しに出向いたら、ずっと兎歩をしていた。
 動けるみたいだけど、何してたんだ?」


「流石の回復力だ、兎歩が出来るほど回復したなら大丈夫」


 元より恨みなど無いのだ。高師範はわたしの経を受けてのだから、敬意を払える。


 某はよく分からないみたいだ。


 高師範は、まだその必要が無いとして、某に教えていないのだから、わたしが余計をする事もない。


 別に意地悪ではなく、筋の問題だ。


「?どういう事ですか?兎歩とは何です?それをすると、回復するのですか?」


 マルコ君が小首を傾げる。


(でた!あれだよ、あれ!あの首の角度、声の質!
 何気に手にしている麺叉フォークと良い、完璧!
 大姐、何か言ってマル吾子困らせて!お願い!)


(やだよ。小姐、あんた性癖歪んできてるよ、何とかしなよ。
 マルコ君には、教えても良いか)


 盗み聞きされる分には、筋も無いしね。


「兎歩経絡を踏むと、体内の血や気の巡りが整うんだ。内絡を調整しているんだよ。
 兎歩は……やった方が早いな、健康にも良いから、マルコ君に教えるよ」


「はい、ありがと…」
「それなら俺にも教えてください、お願いします」
 某が、マルコ君に被せてきた。はて?


「周兄は南遨家極拳士じゃないの?基本動作だから、今更教わる事も無いよ」


「いや、胡嬢。俺は胡嬢の闘いから歩法の重要性を思い知らされた、俺の経が弱いのも、基本がなっていないからだろう。
 高師範は、そのまま精進しろ、と言うだけで、俺は壁に当たっていた」


「高師範がそう言うなら、わたしには何も言えないな。筋が通らない」


 高師範の人となりが分からないので、何ともいえない。


 某に自発的に習得させたいのか?自力で習得させたいのか?それとも謝礼目的でダラダラ時間を掛けたいのか?


 やはり何とも言えない。わたしの感触では、やや傲慢な気がしたが、あそこまで練経を上げるほどの鍛練を積んできた人物だ、極拳士として究めて誠実だ。
 自負は並大抵ではないだろう。


 なので深い考えが有るように思える。


(傲慢って、大姐が言うか)
(わたしのは戦術だ、わざと挑発するだけだ。老師にそう教わった)


 老師が普段虚言を交えるのも、仕込みだそうだ。


 周囲から老師の人となりが漏れるのは、防ぎようがない。なので虚実を交えて言葉を発するのだそうな。


 虚像に慄くも良し、侮るもなお良し。


 ただ、稚気の部分は天然っぽいので、やはりただ遊んでいるだけにも思える。


 実子扱いの、わたしですら老師の術中なのだから、他人に分かる筈がない。


「そこを何とか、師範には内緒にするから、頼む!」


 差手の上礼をされては仕方ない、世話になっている恩もある。


「分かった。でもマルコ君のついでに見るだけだよ、具体的には、わたしの動きを良く見てて」


 わたし達は店を出ると、なるべく人目がない広場への案内を頼んだ。


 兎歩はぐるぐると同じ所を回る歩様だから、そんなに場所はいらない。


 ただ、兎歩経絡となるとそうもいかなく、広さは兎も角、固い地面が望ましい。


 わたしは某の欠点を、大体見当をつけていた。多分、強兎歩が抜けている。


 広場に出た。だがここでは人目が多い、兎歩は良いとしても、兎歩経絡は見せたくない。


 それは某も承知の上で、広場を抜けて、とある商家の裏庭に案内した。


「胡嬢、ここは周家の商店で、乾物を主に販売しています。名義上では俺の店ですよ」


 ほう、こんな大広場に面した店舗の主とは、見かけによらないものだ。


(本当、大姐と同じ位の歳なのに、大したものね)


 店舗店主なら旦那様だ、物音を聞き付けて手代が駆けてきて挨拶をする。


 某は鷹揚に応対していた。


 本当に旦那なんだな。

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