武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

一箭だの赤華だの、流石にわたしも照れる

「なんと!」


 私は絶句した。


 高師範は私のつてで頼れる人間の中で、最高の武人だ。


 倅も師事している。


 それが、倅と同年輩の娘に倒された。


 それが、拳士同士でどの様な意味合いの闘いだったのか、素人の私では分からない。


 およそ小柄な小娘が、立てられるものではない足音と共に、
 目にも止まらない動きで、高師範を廊下に追い詰めると、一撃で倒した。


 まるで放たれた矢の様だ。


 早く、鋭く、力強く。


 私は驚愕と感嘆から思わず呟いた。


胡嬢一箭こじょういっせん




「高師範!」


 周某こと勇が、高師範を介抱した。


「無理に起こさない方がいい、高師範は一拍もの間、私の三練打の相殺に努めた。安静にして休ませるしか回復の手段がない」


「私の、負けだ。練経比べで、敗れる、事は、久しくない、な」


 南遨家では、三練比べを練経比べと言うようだ。
 恐らく、三練歩では危険なので、次練歩まででの勝負なのだろう。


 してみると、老師の鍛練は鬼だ。


 黄姐と、三練比べに明け暮れた日々を思い出す。


「高師範、でここまでの高練経の持ち主を、わたしは知らない。
 わたしの奇襲に、即座に対応した手腕と良い、
 お見事でした」


 わたしはで礼を送る。
 闘争は終わったのだ。拳士の一般礼で無礼ではない。


 拱手とは右拳を左掌で包む、武人礼だ。


 高師範も答礼しようとして、失敗した。
 無理もない、手も上げられない筈だ、経験が有る。


「担架を」


 周某が、慌てて家人を呼びつけ高師範を運び出した。


 自身は成り行き上部屋に残る。


 話はまだ済んでいないのだ。
 わたしは周とやらに向き直る


「周大人、次の人を」


 黒士が反応していないのだ。
 次の闘者が居ない事は分かっている。


 周とやらの応答次第で、“ガブッ”だ。


(……ねぇ、その“ガブッ”て表現が気に入ったの?)
(割りと)


 周とやらは差手で答えた。


「胡殿、貴女は私の力を武力で捩じ伏せられた。だから貴女が侠を口にするに、私は異論を挟めない。
 お見事でした」


 どうやら、侠者と認められたようだ。
 それどころか、周とやらは膝を地に着くと、最上礼をした。


 流石に驚いた。倅の方も驚いた様で声を上げる。


「親父!それは格上に対する最上礼!」


 知っている、だから驚いた。
 だが、驚いてばかりはいられない、無視は絶対に出来ないのだ。


 だから、わたしは格上として、礼を受けた。


 わたしが立ち姿のままで、差手を返す事が、上位者としての答礼だ。


「胡殿、私の礼を受けて頂いた事、有り難く存じます。
 私こと周厳は、ここ広州は香湊の産にして、節操も無く、幾多の品物を取り扱う事を生業としてくおります。
 また、ここら一帯の顔役として、地域の安寧に一役立っているものと、自負しております。
 胡殿におかれまして、何とぞお見知り置かれます事、お願い申し上げます」


 立派な口上だ、わたしも答えねばならない。


「周殿、丁寧なる挨拶痛み入ります。
 わたしは胡小馨。
 開業府は洛都所在の遨家極拳、極武館において次席師範を勤めておりました。
 若輩の未熟者故、至らぬ所も多々有る事と存じますが、お引き立ての程を」


「なっ!」
 某が驚いた様だ。高師範の時には、ただ、遨家極拳拳士とのみ名乗ったのだ。


 別に嘘ではない、わたしは勘当と共に師範も退いたのだから。


 最も今回は、わたしを侮らせる為にわざと名乗らなかったのだが。


奇襲の仕込みと云うやつだ。


手の内を、初見の人間に晒す必要もないのだ。


「やはりそうでしたか、高師範も南遨家では、五本の指に入る実力者。
その高師範を降すのです、お見逸れ致しました」




「……聞いた事がある。洛都の本家に二華有りと、胡嬢の事か?」


それは初耳だ、少し興味が出た。
「詳しく聞かせて」


「あ、ああ。洛都の本家に二華有り、片方は黄色の華で、もう片方は赤い華。遨老師の秘蔵子弟と、俺はここまでしか知らない」


「あは哈哈哈哈哈!それ黄姐だ。黄色の華って、そのまま姓じゃない。
黄姐は極武館の筆頭師範よ」


「それだと、赤い華と言うのは?
胡嬢以外にも、そんな達人がいるのか?
いや、胡嬢は次席師範だったと言うし?」


わたしは、道中頭巾を少しずらす。赤髪が覗ける。


「多分この髪の事ね、子供の頃は赤毛娘々と師兄門弟達に呼ばれていたから」


胡娘フゥニャンともね、私はこちらを推してたけどね)


「俺とした事が、胡嬢の姓で気付けないとは。西域の血が入っているのか、でも赤髪は珍しい」


「わたしもは知らないね」


(険が有るね、らしくない)
(ほっといて、母は老師だけだから)


そんな会話をしていると、わたしの腹が鳴った。


師兄門弟に揉まれてきたわたしは、この程度で恥じる神経はしていない。


(……何か卑猥な喩えだね、いやらしい)


こんな時の小姐は、無視するに限る。


朝食に招かれた。上位者として遇されたのだ、遺恨はない。


無いがマルコ君が心配だ、謝辞するべきだろう。


「折角ですが、宿に連れがいる。わたしが遅くなっては心配するだろう」


鍛練に出ると宿を出て、一刻程だ。
先程近くの寺院から、辰の刻鐘が聞こえた。


「いえ、胡嬢。それならば連れの、胡人の子供でしたね、その子を迎えに行きますよ」


そう言うと、某は周とやらをチラ見した。


(……ねえ、大姐。なんでずっと“某”と“周とやら”で通しているの?)


(深い意味はない、覚え直す、言い直す、のが面倒なだけだよ)


(……本気で言っている所が、大姐だわ)


「胡殿、急ぎの用が有るのですか?
無ければ当家に逗留して頂けたら幸いなのですが、如何ですか?」




わたしは、逗留する事にした。


どのみち広州から開業まで、陸路だと一月程かかるのだ。


船便が有れば乗船したい、そのつては周とやらに有るのだ。


それに、慌てて外道を殺しに戻るほど、わたしは、血に餓えている訳でもないのだ。


(広州料理を堪能したい事だしね♪)


心が繋がっていると、嘘や建前が通用しなくて困る。

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