武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

老師はとても強かった

 老師は揺らいだのではなく、あまりに滑らかに早く動いたので、体の輪郭がぶれて見えたのだ。


 ダンッ!ダンッ!ダンッ!


 小柄な老師らしからぬ足音だ、それにやけに響く。
 黒導師は即座に反応する。


「くっ、黒靈コクリョウ防げ」


 驚いた、黒導師も老師と同じような歩法で距離をとり、妙な呪符を複数取り出した。


 呪符から黒い塊が現れる、塊は人の形を取る。
 老師はそれを認識し、さらに踏み込んだ。
 “ズダン”
 床の石材が砕けた音だ、老師の踏み込みでだ。


 素人のわたしにはそれが、なんと言う技なのか分からない、


 黒い人形ひとがたを一撃で倒すというか霧散させていった。


 ただ、一撃を入れる前に一際大きな足音がして、床を砕いていった。


「一撃だと!時間も稼げんのか!なんで生身の拳で黒靈が霧散する!何をした京馨‼」


「か呵呵呵、余裕がないな、旱導師。
 貴様も道法家の端くれならば、分かるだろうが。
 先程俺と同じく、縮地の歩法を使ったのだから」


「……兎歩経絡うほけいらく


「我等は経歩経打けいほけいだというがな。
 道法から武に特化し分派したのが、極拳だ。
 聖王兎が産み出した経絡打、左道の使い魔ごときに耐えられるか、戯けが」


 ダンッ!
 老師が踏み込んだ。


 バンッ‼…ガンッ‼‼


 まるで、大きな鎚で石床を殴った様な足音だ。


「まて!可馨の魂はこのなかガボッエッッッ……」


 苦し紛れに、可馨様の魂が入った瓶をかざした、時間稼ぎ、人質のつもりだろう。


 しかし、老師は微塵の躊躇も無く、


 可馨様の魂が入った瓶ごと、


 外道導師を打ち抜いた!


 口から血と黒い霧?を撒き散らして導師は吹き飛んだ。


 瓶は微塵に破壊され、砕け散った。


 ……うん?……なんだ?……あれ


「ほう、たいしたものだな、内硬功ないこうこうか」


 外道導師は、なんとか上体を起こした。


「ふ、ふざけるな、貴様何をしたか分かっているのかッウゲェッッグボッ」


「何だか老けたな導師。その黒い霧が若さの正体か?下らない」


「ウゲェッッきっ貴様!可馨の魂は散ったぞ!愚か者が!不老不死に至る秘術が!実験が!実験体が!貴様の…」


「黙れ外道!薄々そんな気はしていたわ!
 それでも良しとした、大馬鹿者の俺の蒙を、小馨が晴らしてくれたわ!」


「何を!戯けた事を!何を!ほざく!何て事を……」


「最早話しもできぬか。
 まあ良い、貴様には小馨を引き合わせてくれた恩がある。
 貴様から教わり、我物とした“金丹”の絶刹技ぜつさつぎにて楽に殺してやろう」








 砕け散った瓶から、黒い塊が飛んできて、スルリとわたしの鼻と口に入り込んだ。


 パッと、落雷の光を見た時みたいに、目の前が発光したかと思うと、


 わたしは意識を失った。






「むっ小馨!」


 背後で倒れる気配を感じた。


 急ぎ小馨を抱え起こしたが、意識がない。何があった?


 旱が何かをする間は無かったぞ?


 呼吸はある、心音は正常、毒か?毒だとしたなら解毒を旱が持っている筈だ。


 俺は小馨を抱え、ブツブツほざく旱の元に赴いた


「おい導師、貴様小馨に何をした、返答次第では楽に殺さん」


「なんだと京馨…ッッなんだと!どうした事だ!なぜだ!何故反魂が成功している?!何が起こった?!」


「なんだと?可馨の魂の瓶は俺が砕いて、魂は散った筈だ」


「知るか!だが、成功している、糞!京馨!貴様に殴り倒されてる間に、一番の見せ場を逃したか」


「つまり、可馨が小馨の中にいると」


「間違いない、貴様には見えないだろうが黒靈の残滓が小娘に纏わり付いている。
 黒靈はいわば魂の仮の器だ。
 中味の魂が抜け、カラがそこにあるということは、小娘に魂が入り込んでいるという事だ!」


「では、小馨に大事はないのか?」


「小娘にも話したが、分からん。だが一つの体に二つの魂、無事である筈もない」


「導師、貴様なら助けられるか?」


「分からんが、ここ洛都で儂以上の術者は居ないであろうよ。当主殿、取引だ」


「分かった、導師殿は俺にとって入り用になった、その命を一時預けよう。来い」


 そう言うと、小馨を抱えたまま祖廟を後にした。




「旦那様!一体何が?老師の発経はつけい音にただ事ではないと思いましたが、許しも無く祖廟内に立ち入る訳にも行かず」


「落ち着け王、予定が大幅に変更になっただけだ。小馨の意識がない、館に運べ、揺らさない様に大人数で運べ」


「小馨様!」


「案ずるな黄、意識が無いだけで、呼吸、心音共に異常ない。後ろの陰気な導師は専門家だ、導師の指示に従え」


「担架を用意しなさい、御当主殿の言われる通り、なるべく揺らさない様にして運びなさい。黄といったね、小馨さまの侍女か?
 小馨様にずっと語り続けなさい、反応があったら直ぐに知らせる様に」


「諸君、心配はいらない、小生はこの手の事案の専門家だ。小馨様は今は意識を失なっているが、直ぐに回復する」


 中々の役者だ、さっきまで俺と殺し合いをしていたとは思えない。
 だが、全く信用は出来ない。


 俺はほぼ全てを伝えている王に近づくと、耳打ちした。


(中でヤツと殺りあった、小馨が意識を失って一時休戦した。ヤツが妙な事をしたり逃げ出そうとしたら、即殺せ。もし小馨が死んだらヤツを拘束しろ、俺が殺す)


 旱導師は小馨を回復させる以外に助かる術が無くなった。


 ここは、自身と相性の悪い極拳使いの巣窟なのだ。


 いささか、舐めすぎた様だ。



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