突撃砲兵?キチにはキチの理屈がある!

蟹江カニオ

理屈は泥団子

「成る程な、ある程度は鋼球を形成しとかなければ、手間取り過ぎるからな」


「どっかの武器工厰が作った火砲みたいに、鋳鍛造工法も捨てがたいから、試してみたい」


「いや、アル技官、手間暇掛けて強度の劣る鋼球を造る事はないよ。その金型形成後に研磨した方が強度は高い」


「その金型がな~面倒なんだよ。大金槌で叩いて圧延するから、何個か造るとそのうち破損変形する」


「ここは軍の工房だから、油圧式の圧縮機が有るよ。動圧圧延でなく、静圧圧延が出来るから金型は破損しないよ。後、予算が有るならスペアで金型を作れば良い」


「なに?その油圧式圧縮機って、響からして高そうな機器みたいだけど」


「現物を見た方が早いよ」


 ガリレイ技術少尉とアル技官だ。一通りの挨拶を交わすと、車両を見る流れになり、そのまま工房へ移動した。


 ウンコ三号のイエス、ノー式の製作指示が有るとはいえ、金物部は全て手作りだ。


 うっかり忘れていたが、アルは鍛冶補助士の資格がある、技術少尉との会話は弾んだ。


 名義上所属している工房の親方は、祖父のスケベ友達で、よく連んで女を買っていた。
 それが原因かどうか知らないが、妙な病気を拾い、現在ではすっかりヨイヨイだ。


 だから、特に工房の親方から教えは受けて居らず、工房に無かった機器や工具にアルは疎い。


「うお!凄いなこれ」


 油圧式の圧縮機だ。工房の奥に設置してある。
 直径1㍍程の円筒から、直径30センチ程の鋼柱が上向きに伸びており、門形の金床がそれを受けている。


 上下が逆なら、通常の金台、金敷だ。


「このペダルを踏むと、油圧が掛かってこのシリンダーが上向きに伸びるよ」


「それでこんなにゴツイ門形か、下向きだと油圧が抜けていかないんだろ?」


 加工に当たり、製品を圧縮しっぱなしでは仕事にならない。
 油圧を緩めるに、重力で圧力油を解放するのだ。
 シリンダーがゴツく重量が有るのは、何も強度だけの問題ではない。


「流石に理解が早いね、そこのハンドルを左に回すと油圧が解放されるよ、右回しで解放弁が閉じるから、ペダルを踏んで加圧する。実際やってみよう」


 ガリレイ技術少尉が、鉄の端材を圧縮機のシリンダーに乗せ、ペダルを数回踏む。


 シリンダーは上向きに伸びて、端材を門形金床に押し当てる。


 そのままペダルを踏むと、端材は潰れた。


 ハンドルを回すと、シリンダーはかなりの速度で下がった。


「これは凄いな、実はねガリ少尉、鋼球の一次形成が大変で、研磨自体は楽なんだ。これがあれば量産できる」


 妙な名称をつけるのは何時もの事で、ガリレイ技術少尉も、それを喜んだ様だしと、ダッドは黙っていた。


 この男は、本能的に同類を見抜く。ガリレイ技術少尉も、同類と推察したのだ。


 自分の事は棚に上げて。


 ブブエロとコロンボは、特に工房に興味が無いらしく、そこらを見回してどっかに消えた。


「僕としては、その研磨方法に興味が有るな、その“ベアリング”、精度が命なんだろ、全て同じ大きさに研磨するなんて、無理なんじゃ」


 ガリレイ技術少尉は、技術畑出身だけあり、軍人らしくない。


 一人称は“僕”だし、アルがガリ少尉と命名したように、かなり痩せている。


 ブブエロの様に短縮形命名ではない。


「そうでも無いよ、理屈は泥団子を造るのと同じで、鉄板と鉄板の間に鋼球と研磨剤をいれてゴロゴロするだけ。これで真球になるよ」


「本当に泥団子だ。大きさはどうやって揃えるんだい?」


「鉄板の四隅にゲージを置いて、削り過ぎない様にする。
 逆にゲージに押さえの鉄板が当たらなかったら研磨不足。
 まあ、鉄板自体も磨耗してくから、最終的に、円抜き型枠を通過するかどうかで確認するよ」


「凄いなアル技官は。既存の技術で、よくもまあ考えついたものだ。これなら、やり方を教われば誰でも作れるよ」


「まあ、師匠がうるさいから。正しく理解して作らないと消えてくれないし、何時までも臭いからね」


「はは、良い師匠じゃないか。まあ、僕も人の事は言えないけど、職人は身だしなみに頓着無い人が多いからね、汗臭い体臭はどうしてもね」


 微妙にズレた理解だが、まだ許容範囲内だ。


「まあ、ベアリングは問題無さそうだ、コイルも大丈夫だし。ただ、アル技官。この黒い緩衝材?これはなんだい?見たことが無いよ」


 この工房で、何処までが制作可能か検証中だった。いつの間にかそんな流れになっていた。


「これなんだけど、ガリ少尉、木炭と硫黄は用意出来るよね」


「まあ、火薬の調合もするからね。㌧単位で有るよ、硝石は要らないの?」


「火薬の調合じゃないからね、
 この黒い緩衝材だけど、海草の分泌粘液を固くなるまで煮しめたものに、木炭と硫黄を混ぜて過熱したものなんだ。
 本来は船のメンテナンスに使う」


「いや、海軍の依頼もこなすけど聞いた事がないな。でも良い事聞いた、その海草を教えてくれ、あと配合も」


「さて、漁民は“粘り昆布”と言うけど、昆布じゃないよ。赤紫でとても食えそうにないけど、何とか食える。形は昆布に似てるんだ」


「市販はされてないの?」


「普通に昆布のが高値で売れるからね、でも昆布が取れる所なら、その界隈で取れるよ」


「配合は粘り昆布1、木炭1、硫黄0.5
 ただしこの固さの場合での配合。
 もっと柔らかくしたり、伸び縮みする様にするには、硫黄の配合を変える。
 比率はやった事ないから、知らない。と言うか、その場合は感だね」


「やあ有難う。配合は色々試してみたい、漁師に依頼すれば、その“粘り昆布”を手に入れる事が出来るかな」


「多分。元々はガキのおやつだし。ん?それなら駄菓子屋に煮しめた状態で売っていないか?」


「どういう事?」


「その海草の分泌粘液を煮しめて、切って、砂糖か蜂蜜を掛けて食べるのが本来なんだ。
 元々は駄菓子なんだよ。だから駄菓子問屋で乾燥状態で売っているかも」


「ひょっとして、アレか!
 いや、ガキの時分食べていたけど、歯ごたえだけで、旨くも何ともない妙な菓子」


「それ!店によって毒々しい色付されてたりしてた。ミルク蜂蜜味が一番マシだった」


「あれが、これになるのか。でもよく作ったね、食品を緩衝材にするなんて、発想自体が凄いな」


「いやこれは船乗りだった、じいちゃんから教わった。海軍も知らないなら、じいちゃんも船乗り仲間から教わったのかな」


「そうかもね。取りあえず、食品問屋を当たってみるよ」


「それならガリ少尉、調合時には俺も立ち合いたいな。何かいつも師匠が調合時に言いたげで、気にはなっていた」


「黙って見守るタイプの師匠なのかな?
 アル技官への連絡は、どう取れば良い?」


「軍曹、どうしたら良い?」


「それでしたら少尉、第三砲台には、誰かが往来するから、軍港内関に手紙か伝言を言付ければ、連絡員か所用の誰かが、アル技官に連絡してくれるでしょう」


 これは、第二、第三砲台への普通の連絡手段だ。


 かくして、アルは開発部の工房主任に伝を得た。



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