突撃砲兵?キチにはキチの理屈がある!

蟹江カニオ

老婆編3

「修練終わり、吾子励め」
 鼻血を吹き出し、脳震盪を起こして気絶した我が子に終礼を告げた。ここまではただの稽古だ。


(さて、殺すか)


 視界をアルに向ける途中にソロソロと玄関に移動するレオン.パルトが見えた。


(迂闊!なんと未熟‼俺とした事がこやつを失念していた、久しぶりの吾子との稽古が楽し過ぎたわ)


「逃がすか!」


 6㍍程の距離を二歩で詰める、繼歩の中級応用技
 神行歩しんこうほだ。


 径の移動を、ひたすら体幹(丹まで届かなくとも可)~地面を繰り返す歩行術だ、初動繼歩のみの発径を、減衰無しに繰り返す。


 利点は二つ
 一つは疲労の超軽減、熟達者ならば1日中全速で走る事ができるのだ。


 もう一つは超瞬発力、初動繼歩を強く踏み、数歩間の移動に発径を使いきる事で、驚異的な瞬発力を発揮する。戦闘に用いる場合、縮地しゅくちとも呼ばれる。


(奥義の数々を見られた!盗まれたか?どうする、ここが武林であったら、迷わず殺す所だが、こやつは…)


 老婆はレオンの右手首を可動方向に沿ってひねり、そのまま肘関節、肩関節とまるで折り畳む様に背中方向にひねりあげた。


(こやつの父には大恩がある。俺にとってはどうでも良いが、大姐ダージィエは妙な所で義理堅い…殺すと面倒だ…とりあえず縛りあげるか。判断は大姐にまかせよう)


 捕縛方向に、思考を切り替えた老婆の動きは速かった。


 身体の位置を、レオンのひねりあげた腕側に移動し、自身の右手はレオンの首裏に押しあて、同時にレオンの利き足を右足で払いあげた。


腕絡みうでがらみ払い投げはらいなげ


 この技は老婆の流派のものではない。それ所か故国の武術の技でもなかった。


 前記したスモーウの国、豊葦原国とよあしはらこくのアイキなる武術の技だ。


 老婆の亭主が豊葦原国とよあしはらこくの生まれで、老婆の故国、清那チィンナで下級官史の捕縛吏をしていた。


 彼は故郷の武技を捕縛術に応用し、かなり高い検挙率を上げていた。


 それが、どうして大陸交易路の最果て、アルニン半島で、清那出身の二重人格で凶悪な女と、所帯を持つに至ったのか。


 一体どんなドラマがあったのか?


 かなり長くなるので、ここでは割愛する。


 老婆はそんな亭主から、捕縛術を教わっていた。


 この姿勢はかなり苦しい、だからに力を誘導し、逃げるに拘束側の足を払うのだ。


 自ら跳ねたら前方回転を補助するため、首裏に添えた手(右手)を軽く押し込み、前方移動に自身の動きをあわせ、腕の拘束を解除する。


 解除しないと仰向け状態に反転できないからだ。この時フリーになった右手で、拘束する腕をつかみ、仰向け反転と同時に両手で自ら回転しながらひねり上げる。


 こうすると痛みから逃れるために、相手は自分からうつ伏せに回転するのだ。


 うつ伏せになったら、第六、第七頸椎を膝で圧する、これで一次拘束は完了だ。


 懐から数々の暗器あんきと共にしまわれている捕縛縄を出すと、
 まずは拘束している手首にからめ、首に巻いた。暴れれば自分の首が締まる様にだ。


 この状態なら片手は封じたも同然だ。反対の手も拘束にかかった、


 丁度その時。


「おら死ね!ババア‼可及的すみかやに‼‼」


 金玉痛から復帰したアルが殴りかかってきた。
 レオンは視界にその蛮勇をとらえた。


 つまり老婆の視界にも当然入っており、


 奇襲という、当然とるべき戦法を放棄した馬鹿が、奇声を上げて突撃してきた。


 老婆はすがめた目で一瞥すると、


(今しばらく遊んでおれ。ふむ、角度は良いの…暗中脚あんちゅうきゃく


 老婆は軸足を無造作に突きだした。
 利き足は頸椎の抑えに使っていた為だが、老婆にとってはどちらでも同じだろう。


「なんだ?!足が急に出て…ぎゃ‼」


 レオンの視点からだと、アルは自分から老婆の足に突っ込んだ様に見えた。


 アルの視点からだと、衝突寸前に足が表れた様に見えた。


 どちらも正解だ、老婆はアルの視点の盲点域に足を置いたのだ。


 眼球は構造上実際は見えていない空間がある。視神経が眼球壁を貫いた箇所だ、


 左右の目が視界情報から見えていない像を補完しあっているので、見えている様に錯覚しているのだ。


 なので普通なら見えない状態が続く事は無いのだが、これには武技とも言えないテクニックがある。


 老婆は盲点域に足を置く前に、眇に無表情の状態で、をしたのだ。


 考えてもらいたい。奇声を上げるほどの興奮状態で、対象物から理解不能、意味不明の挑発?を受けた時、どんな精神状態ななるだろうか。


 混乱、からの思考硬直、最後に激怒だろうか。混乱し注意力散漫になった所に、盲点と思わしきところに足を置く、


 一瞬でも盲点にかかり視界から足が消えれば成功で、足の存在は意識の外に置かれる。


 思考硬直中に更に気を引く挑発をすれば、実際には見えていても、意識の外にあり続け、ハッと我に帰った時には、連続して見えていなかったと錯覚するのだ。


 簡単に言えば他に注意をひくという、馬鹿みたいに単純なトリックだ。


 ちなみに老婆の場合、追加の挑発は舌を上下にピロピロした。眇、無表情で。



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