ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~
AR40 人為的な……
「さて、ここから先の出来事については一度少しだけ遡って、視点をラクラに変えて見ていくとしよう。その時のレンリの視点は、心理的にも物理的にも少しばかり大き過ぎるからね。何より、あの一連の事件はあの子とも切っても切れない関係にあるし。……うん。じゃあ、続けようか」
***
その日もボク達は背筋を伸ばし、静かに講師の講義に耳を傾けていた。
私語がないのは当然として、居眠りをしていたり、集中力が散漫になっていたりする者もいない。聖女に相応しくない行動は、減点の対象になるからだ。
けれど――。
「な、何?」
突如として。地響きと共に何か物凄く巨大な重量物が地面に激突したかのような轟音が響き、何人かの聖女候補は思わずという感じに口を開いた。
そうした人達とは対照的に、ボクを含めて黙ったままでいる子もいたけれど、それは別に動じなかったからじゃない。
ただただ、日常の中で想定し得る事態から大分かけ離れた出来事に驚いて、完全に思考が停止してしまったからだ。少なくともボクはそうだった。
予兆らしい予兆がなかったこともあり、とにかく状況が理解できない。
いずれにせよ、方向性は違っても皆一様に不安を募らせるばかりだった。
「皆さん、落ち着いて下さい。異常事態であれば、学園長トリリス様の力で即座に避難することができます。慌てず騒がず行動しましょう」
しかし、そう注意を促す講師の声が耳に届き、少しだけ冷静さが戻ってくる。
ホウシュン祭の時もそうだったけれど、もし何か火急の事態が起きているようなら学園長の複合発露〈迷宮悪戯〉で地下に作られた避難場所に移される。
勿論、救世の転生者様や、三大特異思念集積体と真性少女契約を結んでいるような人達に直接攻撃でもされたら一溜まりもないだろうけれど……。
それでも、世界で最も安全な場所の一つであることは確かな事実。
一先ず言われた通り落ち着いて、闇雲な行動は控えるように気をつけよう。
もしかすると、これすらも聖女になるための選別試験かもしれないし。
「あ……」
そんな風に自分に言い聞かせていると、いきなり視界が切り替わった。
そして目に映ったのは、どこか雰囲気に覚えのある部屋。
この現象は正にホウシュン祭の時に経験したのと同じだ。
つまり、これは学園長の複合発露によるものであり……。
即ち、彼女がその力でホウゲツ学園内の存在を避難させたということになる。
それが意味するのは、先程の衝撃音が選別の一環などではなく――。
「何者かの襲撃?」
同じ結論に至った誰かがポツリと呟く。
当然ながら、彼女もまたホウシュン祭の時に同じ状況に遭遇している。
他の皆も、一々〈迷宮悪戯〉が使われたら異常事態だと講師が言わなくても、あの時と同じかそれ以上の脅威に晒されている可能性が高いと気づいたはずだ。
動揺が伝播するように、ざわめきが広がっていく。
「で、でも、何があったかは分からないけど、ここなら大丈夫よね」
とは言え、それも誰かの確認するような問いかけで少し和らいだ。
ここが安全地帯であるとの認識から、ボクも周囲を見回す余裕を僅かに得る。
どうやら、この部屋にいるのはボク達聖女候補と教育施設の講師達。
それから、ユニコーンの少女化魔物たるスール様とアーヴァンクの少女化魔物のパロンさんだけのようだ。
施設を警備していた人達の姿はない。
若干特殊な性癖のスール様達のために、別に部屋を用意したのかもしれない。
その彼女は聖女の要たる存在に相応しい(?)大物っぷりを発揮し、この事態にも全く動じることなく、いつもの嘗め回すような視線をボク達に向けていた。
つぶさに観察されているような状態は、状況も相まって非常に居心地が悪い。
学園側が用意した選別試験ではないにしろ、この場での言動も全て、スール様の中では評価の対象になってしまっているのかもしれない。
そうした思考を読んだように、ボクと目が合ったスール様はニヤリと笑う。
対するボクは愛想笑いを返しておくしかなかった。
そんな風に目下の状況から若干意識を逸らしていると、再度巨大な質量が地面にぶつかったかのような衝突音が響き、この小さな部屋を震わせる。
「ひっ、な、何、これ」
直後、また新たな異常が生じ、同時に誰かの声が耳に届いた。
視界の中。部屋の壁が、床が奇妙に不自然に脈打っている。
かと思えば、急激にその空間が収縮し始め、ボク達が何か行動を起こす間もなく全員迫り来る壁に飲み込まれてしまった。
視界が閉ざされ、真っ暗闇を認識する。が、その時間も僅か。
次の瞬間には、ボク達は何ごともなく地に足をつけて立っていた。
人心地つくけれど、場所が余りにも問題だ。見上げれば広い空が見え……。
「う、あ、あああああああっ!!」
男子生徒の恐れ慄いたような絶叫が場に響き渡った。
彼もボク達と同様にどこかの部屋にして、そこから地上に出されたのだろう。
そして視界に映ったものに戦慄し、恐慌をきたしてしまったようだ。
無理もない。
視線の先には山のように巨大な怪物があり、猛烈な勢いで近づいてきている。
更にその奥には、浮かぶ水球の中に大きさの近い蛇のような竜の姿もある。
ボクは夏の合宿の時に、ラハさんが似た姿になっていたのを記憶しているので少しばかり耐性があるけれども、そうでなければパニックになるのも無理もない。
……いや、その威圧感のある姿形大きさはともかくとして。
あれだけの巨躯が突進してくるのだから、反応としては彼の方が正しいと思う。
けれど、現実感がなさ過ぎるからか、危機的状況に思考だけが研ぎ澄まされて足掻いても無意味だと無意識に理解したのか、ボクはそれを見上げる以外なかった。
だから、彼我の間に生じた光の膜にもすぐに気づく。
「あれって――」
副学園長の複合発露〈破魔揺籃〉による結界。
あれなら巨大な怪物の突進を防いでくれるかもしれない。
その期待は、しかし、一瞬しか持たなかった。
サイの如き巨躯の体当たりを受け、結界は甲高い音を立てて割れてしまい……。
僅かに対象の動きを鈍らせるも、こちらへの接近を許してしまう。
ホウゲツ学園が誇る二人の回避と防御に特化した力。
それが共に破られた事実は、襲撃者の強さを浮き彫りにしていく。
桁違いの力を前に、ただ呆然とすることしかできない。
「頑張りは認めますがー、余りにも弱々しい力なのですー」
そこへ、その傍若無人な存在から間の抜けた少女の声が発せられる。
それはサイの如き怪物の正体が少女化魔物であることを示していた。
あの馬鹿げた巨大な異形は、彼女の複合発露によるものなのだろう。
即ち、この襲撃は魔物による突発的な自然災害という訳ではなく、明確な意思と共に行われた人為的なものということになる。
「さてさてー、ここからが本番なのですー」
その彼女はボク達の目の前に立ち止まると、突如として巨大な口を開けた。
直後、その中から何かの石像が生きているかのように動いて這い出てくる。
その形状は、魔物の図鑑に載っていた姿絵で見覚えがあった。
髪の毛の一本一本が蛇になったような姿は確か、ゴルゴーンと呼ばれる魔物だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
その像は何やら謝罪の言葉を不気味に繰り返していて、これもまた正体が少女化魔物であることが分かる。
複合発露で石を纏って動かしているのだろう。
「あれが要っ!」
直後、レンリさんの声と共に、その存在に対して蛇の竜から水の槍が放たれた。
間違ってボク達に当たりでもしたら、水圧で全身が潰れてなくなりそうな一撃。
しかし、それは石の表面にすら傷をつけることもできず、衝撃の大きさを示すような音と共に弾け飛んだ水が雨のように周囲に降り注ぐのみだった。
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
それでもレンリさんが変化した姿と思われる蛇の竜は、怯えたような声を出す石像に追撃せんと水球を変化させることで道を作って迫ろうとするが……。
相対するサイのような巨躯が大地を踏みつけて揺らすと地面が急激に隆起し、それを以って蛇の竜の巨体を薙ぎ払ってしまった。
その勢いでレンリさんは平野の地面に叩きつけられ、その威力を示すように恐ろしい音と揺れがこちらにまで届く。
もう天上の戦いとしか言いようがない。
ともあれ、襲撃者達の意識は一瞬こちらから逸れ――。
「ラクラちゃん!」
その間に、夏休みも明けて三年生の授業を受け始めていたセト君達がこちらに近寄ってきた。皆も、他の男子生徒と共に地下からここに連れ戻されたのだろう。
「お前達、無闇に動くナ!」
彼らと合流した後で、比較的近くにいた学園長の声が響く。
ボクの傍に来たセト君達はともかく、他の人達が副学園長の結界から出てしまわないようにするためだろう。
そして再度、ボク達を覆い隠すように結界が張られる。
けれども、結局それは石像が放った石の塊によって容易く砕かれ……。
「え?」
石像とボク達の間を遮蔽するものが完全に取り払われてしまった次の瞬間、視界の中で人々が次々に石に変わっていき、ボクは思わず目を見開いた。
そう驚愕している間に、数百人はいた人々の大半が石化させられていく。
「い、いやあああああっ!」
その様子を目の当たりにして、まだ無事でいた聖女候補の一人が発狂したように叫び声を上げて走り出してしまった。咄嗟に逃げ出そうとしてしまったようだ。
けれど、今この瞬間に逃げ場はない。
その事実をボク達に突きつけるように、彼女もまた石の像と化してしまう。
おかげで、と言っていいのかは分からないけれども、その結果として同じように逃げ出そうとする者はいなくなった。
「学園長、兄さんは……兄さんはいないんですかっ!?」
そんな中でセト君が学園長に詰め寄り、強い口調で問いかけた。
確かに、こんな時。イサクさんがいてくれたら解決してくれそうな気がする。
「イサクは……学園都市トコハ中心部に現れたもう一体に対処しているのだゾ。強さだけで言えば、恐らくアチラの方が強いからナ。助けは期待できないゾ」
けれど、学園長はそう絶望的な答えを口にした。
イサクさんがいないだけならまだしも、アレよりも強い敵がもう一体?
絶望が深くなる。
「そ、そんな……じゃあ、どうするんですか?」
「応援が来るまで、どうにかして耐えるしかないナ。しかし……」
学園長と副学園長。二人の力でも今は時間稼ぎすら難しい。
何より、応援が来たところでどうにかなるかどうか怪しいところだ。
その事実に思い至ったのか、セト君は愕然としたような表情を浮かべる。
彼はそのままボクに顔を向けると、一瞬だけ逡巡したように視線を揺らした。
それから意を決したように悲愴な面持ちで小さく頷くと、セト君はまるでボクをゴルゴーンの石像から隠すように前に出た。
「セ、セト君?」
「誰も何もできないなら、僕がラクラちゃんの盾になる!」
ボクの問い気味の呼びかけに応えるようにセト君はそう告げると、その身を巨大な竜の姿へと変じた。妹であるロナちゃんの複合発露を使用して。
そして次の瞬間。
「セト!?」
「無茶はよすのです……!!」
その制止の声を振り切るように、セト君は石像へと襲いかかった。
「クッ、なまじ力を得てしまったばかりに。ディーム!!」
「分かっているのです……!!」
二人共彼には勝ち目が僅かたりともないと思っているようで、副学園長がセト君の目の前に結界の壁を作る。
彼はそれを越えることができず、押し留められてしまった。
その光景だけで、一片の勝ち目もないことが事実だと分かってしまう。
もはや単なる複合発露が戦力になるような領域の話ではないのだ。
たとえ、そこらの真・複合発露よりも強い特異思念集積体の力であろうとも。
「早く複合発露を解除して戻レ!!」
「嫌です!!」
……だから壁に阻まれたことによる隙も、そのやり取りによる隙も。
あってもなくても関係がなかった。
遅いか早いかの問題でしかなかった。
「ファルンー。その子はー、ズタズタにして構わないのですー」
「うぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
上から聞こえてきた間延びした声に応じ、ゴルゴーンの石像が謝りながら石でできた無数の巨大な刃を生成していく。
かと思えば、次の瞬間。
それらは高速で射出され、身体強化の効果を受けているはずのセト君の巨竜と化した体を一瞬にして容赦なく切り刻んでいった。
「セト君っ!!」
その傷の深さに意識と複合発露を保てなくなってしまったのか。
彼は、人間の姿に戻って落下してくる。
その体は副学園長が結界を応用して何とか受け止めたけれども、ボクの耳にはそれとは別に何かが地面に落ちた音がいくつか届き……。
「え、あ……」
それらが石の刃に切り落とされた彼の四肢だと認識するのに、ボクには短くない時間が必要だった。
***
「……そうだね。私もそこに君がいなくて本当によかったと思う。弟のあんな姿を目にしていたら、きっと君は人質のことなど考えずに、問答無用でテネシスもムートもズタズタに引き裂いていたことだろうからね。もっとも、彼らもその辺りは理解していたからこそ、ああして君を引き離した訳だけれどもさ」
***
その日もボク達は背筋を伸ばし、静かに講師の講義に耳を傾けていた。
私語がないのは当然として、居眠りをしていたり、集中力が散漫になっていたりする者もいない。聖女に相応しくない行動は、減点の対象になるからだ。
けれど――。
「な、何?」
突如として。地響きと共に何か物凄く巨大な重量物が地面に激突したかのような轟音が響き、何人かの聖女候補は思わずという感じに口を開いた。
そうした人達とは対照的に、ボクを含めて黙ったままでいる子もいたけれど、それは別に動じなかったからじゃない。
ただただ、日常の中で想定し得る事態から大分かけ離れた出来事に驚いて、完全に思考が停止してしまったからだ。少なくともボクはそうだった。
予兆らしい予兆がなかったこともあり、とにかく状況が理解できない。
いずれにせよ、方向性は違っても皆一様に不安を募らせるばかりだった。
「皆さん、落ち着いて下さい。異常事態であれば、学園長トリリス様の力で即座に避難することができます。慌てず騒がず行動しましょう」
しかし、そう注意を促す講師の声が耳に届き、少しだけ冷静さが戻ってくる。
ホウシュン祭の時もそうだったけれど、もし何か火急の事態が起きているようなら学園長の複合発露〈迷宮悪戯〉で地下に作られた避難場所に移される。
勿論、救世の転生者様や、三大特異思念集積体と真性少女契約を結んでいるような人達に直接攻撃でもされたら一溜まりもないだろうけれど……。
それでも、世界で最も安全な場所の一つであることは確かな事実。
一先ず言われた通り落ち着いて、闇雲な行動は控えるように気をつけよう。
もしかすると、これすらも聖女になるための選別試験かもしれないし。
「あ……」
そんな風に自分に言い聞かせていると、いきなり視界が切り替わった。
そして目に映ったのは、どこか雰囲気に覚えのある部屋。
この現象は正にホウシュン祭の時に経験したのと同じだ。
つまり、これは学園長の複合発露によるものであり……。
即ち、彼女がその力でホウゲツ学園内の存在を避難させたということになる。
それが意味するのは、先程の衝撃音が選別の一環などではなく――。
「何者かの襲撃?」
同じ結論に至った誰かがポツリと呟く。
当然ながら、彼女もまたホウシュン祭の時に同じ状況に遭遇している。
他の皆も、一々〈迷宮悪戯〉が使われたら異常事態だと講師が言わなくても、あの時と同じかそれ以上の脅威に晒されている可能性が高いと気づいたはずだ。
動揺が伝播するように、ざわめきが広がっていく。
「で、でも、何があったかは分からないけど、ここなら大丈夫よね」
とは言え、それも誰かの確認するような問いかけで少し和らいだ。
ここが安全地帯であるとの認識から、ボクも周囲を見回す余裕を僅かに得る。
どうやら、この部屋にいるのはボク達聖女候補と教育施設の講師達。
それから、ユニコーンの少女化魔物たるスール様とアーヴァンクの少女化魔物のパロンさんだけのようだ。
施設を警備していた人達の姿はない。
若干特殊な性癖のスール様達のために、別に部屋を用意したのかもしれない。
その彼女は聖女の要たる存在に相応しい(?)大物っぷりを発揮し、この事態にも全く動じることなく、いつもの嘗め回すような視線をボク達に向けていた。
つぶさに観察されているような状態は、状況も相まって非常に居心地が悪い。
学園側が用意した選別試験ではないにしろ、この場での言動も全て、スール様の中では評価の対象になってしまっているのかもしれない。
そうした思考を読んだように、ボクと目が合ったスール様はニヤリと笑う。
対するボクは愛想笑いを返しておくしかなかった。
そんな風に目下の状況から若干意識を逸らしていると、再度巨大な質量が地面にぶつかったかのような衝突音が響き、この小さな部屋を震わせる。
「ひっ、な、何、これ」
直後、また新たな異常が生じ、同時に誰かの声が耳に届いた。
視界の中。部屋の壁が、床が奇妙に不自然に脈打っている。
かと思えば、急激にその空間が収縮し始め、ボク達が何か行動を起こす間もなく全員迫り来る壁に飲み込まれてしまった。
視界が閉ざされ、真っ暗闇を認識する。が、その時間も僅か。
次の瞬間には、ボク達は何ごともなく地に足をつけて立っていた。
人心地つくけれど、場所が余りにも問題だ。見上げれば広い空が見え……。
「う、あ、あああああああっ!!」
男子生徒の恐れ慄いたような絶叫が場に響き渡った。
彼もボク達と同様にどこかの部屋にして、そこから地上に出されたのだろう。
そして視界に映ったものに戦慄し、恐慌をきたしてしまったようだ。
無理もない。
視線の先には山のように巨大な怪物があり、猛烈な勢いで近づいてきている。
更にその奥には、浮かぶ水球の中に大きさの近い蛇のような竜の姿もある。
ボクは夏の合宿の時に、ラハさんが似た姿になっていたのを記憶しているので少しばかり耐性があるけれども、そうでなければパニックになるのも無理もない。
……いや、その威圧感のある姿形大きさはともかくとして。
あれだけの巨躯が突進してくるのだから、反応としては彼の方が正しいと思う。
けれど、現実感がなさ過ぎるからか、危機的状況に思考だけが研ぎ澄まされて足掻いても無意味だと無意識に理解したのか、ボクはそれを見上げる以外なかった。
だから、彼我の間に生じた光の膜にもすぐに気づく。
「あれって――」
副学園長の複合発露〈破魔揺籃〉による結界。
あれなら巨大な怪物の突進を防いでくれるかもしれない。
その期待は、しかし、一瞬しか持たなかった。
サイの如き巨躯の体当たりを受け、結界は甲高い音を立てて割れてしまい……。
僅かに対象の動きを鈍らせるも、こちらへの接近を許してしまう。
ホウゲツ学園が誇る二人の回避と防御に特化した力。
それが共に破られた事実は、襲撃者の強さを浮き彫りにしていく。
桁違いの力を前に、ただ呆然とすることしかできない。
「頑張りは認めますがー、余りにも弱々しい力なのですー」
そこへ、その傍若無人な存在から間の抜けた少女の声が発せられる。
それはサイの如き怪物の正体が少女化魔物であることを示していた。
あの馬鹿げた巨大な異形は、彼女の複合発露によるものなのだろう。
即ち、この襲撃は魔物による突発的な自然災害という訳ではなく、明確な意思と共に行われた人為的なものということになる。
「さてさてー、ここからが本番なのですー」
その彼女はボク達の目の前に立ち止まると、突如として巨大な口を開けた。
直後、その中から何かの石像が生きているかのように動いて這い出てくる。
その形状は、魔物の図鑑に載っていた姿絵で見覚えがあった。
髪の毛の一本一本が蛇になったような姿は確か、ゴルゴーンと呼ばれる魔物だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
その像は何やら謝罪の言葉を不気味に繰り返していて、これもまた正体が少女化魔物であることが分かる。
複合発露で石を纏って動かしているのだろう。
「あれが要っ!」
直後、レンリさんの声と共に、その存在に対して蛇の竜から水の槍が放たれた。
間違ってボク達に当たりでもしたら、水圧で全身が潰れてなくなりそうな一撃。
しかし、それは石の表面にすら傷をつけることもできず、衝撃の大きさを示すような音と共に弾け飛んだ水が雨のように周囲に降り注ぐのみだった。
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
それでもレンリさんが変化した姿と思われる蛇の竜は、怯えたような声を出す石像に追撃せんと水球を変化させることで道を作って迫ろうとするが……。
相対するサイのような巨躯が大地を踏みつけて揺らすと地面が急激に隆起し、それを以って蛇の竜の巨体を薙ぎ払ってしまった。
その勢いでレンリさんは平野の地面に叩きつけられ、その威力を示すように恐ろしい音と揺れがこちらにまで届く。
もう天上の戦いとしか言いようがない。
ともあれ、襲撃者達の意識は一瞬こちらから逸れ――。
「ラクラちゃん!」
その間に、夏休みも明けて三年生の授業を受け始めていたセト君達がこちらに近寄ってきた。皆も、他の男子生徒と共に地下からここに連れ戻されたのだろう。
「お前達、無闇に動くナ!」
彼らと合流した後で、比較的近くにいた学園長の声が響く。
ボクの傍に来たセト君達はともかく、他の人達が副学園長の結界から出てしまわないようにするためだろう。
そして再度、ボク達を覆い隠すように結界が張られる。
けれども、結局それは石像が放った石の塊によって容易く砕かれ……。
「え?」
石像とボク達の間を遮蔽するものが完全に取り払われてしまった次の瞬間、視界の中で人々が次々に石に変わっていき、ボクは思わず目を見開いた。
そう驚愕している間に、数百人はいた人々の大半が石化させられていく。
「い、いやあああああっ!」
その様子を目の当たりにして、まだ無事でいた聖女候補の一人が発狂したように叫び声を上げて走り出してしまった。咄嗟に逃げ出そうとしてしまったようだ。
けれど、今この瞬間に逃げ場はない。
その事実をボク達に突きつけるように、彼女もまた石の像と化してしまう。
おかげで、と言っていいのかは分からないけれども、その結果として同じように逃げ出そうとする者はいなくなった。
「学園長、兄さんは……兄さんはいないんですかっ!?」
そんな中でセト君が学園長に詰め寄り、強い口調で問いかけた。
確かに、こんな時。イサクさんがいてくれたら解決してくれそうな気がする。
「イサクは……学園都市トコハ中心部に現れたもう一体に対処しているのだゾ。強さだけで言えば、恐らくアチラの方が強いからナ。助けは期待できないゾ」
けれど、学園長はそう絶望的な答えを口にした。
イサクさんがいないだけならまだしも、アレよりも強い敵がもう一体?
絶望が深くなる。
「そ、そんな……じゃあ、どうするんですか?」
「応援が来るまで、どうにかして耐えるしかないナ。しかし……」
学園長と副学園長。二人の力でも今は時間稼ぎすら難しい。
何より、応援が来たところでどうにかなるかどうか怪しいところだ。
その事実に思い至ったのか、セト君は愕然としたような表情を浮かべる。
彼はそのままボクに顔を向けると、一瞬だけ逡巡したように視線を揺らした。
それから意を決したように悲愴な面持ちで小さく頷くと、セト君はまるでボクをゴルゴーンの石像から隠すように前に出た。
「セ、セト君?」
「誰も何もできないなら、僕がラクラちゃんの盾になる!」
ボクの問い気味の呼びかけに応えるようにセト君はそう告げると、その身を巨大な竜の姿へと変じた。妹であるロナちゃんの複合発露を使用して。
そして次の瞬間。
「セト!?」
「無茶はよすのです……!!」
その制止の声を振り切るように、セト君は石像へと襲いかかった。
「クッ、なまじ力を得てしまったばかりに。ディーム!!」
「分かっているのです……!!」
二人共彼には勝ち目が僅かたりともないと思っているようで、副学園長がセト君の目の前に結界の壁を作る。
彼はそれを越えることができず、押し留められてしまった。
その光景だけで、一片の勝ち目もないことが事実だと分かってしまう。
もはや単なる複合発露が戦力になるような領域の話ではないのだ。
たとえ、そこらの真・複合発露よりも強い特異思念集積体の力であろうとも。
「早く複合発露を解除して戻レ!!」
「嫌です!!」
……だから壁に阻まれたことによる隙も、そのやり取りによる隙も。
あってもなくても関係がなかった。
遅いか早いかの問題でしかなかった。
「ファルンー。その子はー、ズタズタにして構わないのですー」
「うぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
上から聞こえてきた間延びした声に応じ、ゴルゴーンの石像が謝りながら石でできた無数の巨大な刃を生成していく。
かと思えば、次の瞬間。
それらは高速で射出され、身体強化の効果を受けているはずのセト君の巨竜と化した体を一瞬にして容赦なく切り刻んでいった。
「セト君っ!!」
その傷の深さに意識と複合発露を保てなくなってしまったのか。
彼は、人間の姿に戻って落下してくる。
その体は副学園長が結界を応用して何とか受け止めたけれども、ボクの耳にはそれとは別に何かが地面に落ちた音がいくつか届き……。
「え、あ……」
それらが石の刃に切り落とされた彼の四肢だと認識するのに、ボクには短くない時間が必要だった。
***
「……そうだね。私もそこに君がいなくて本当によかったと思う。弟のあんな姿を目にしていたら、きっと君は人質のことなど考えずに、問答無用でテネシスもムートもズタズタに引き裂いていたことだろうからね。もっとも、彼らもその辺りは理解していたからこそ、ああして君を引き離した訳だけれどもさ」
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