ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

299 陽動?

「あれは、ムート……?」

 山と見紛う程に巨大な、どこかサイに似た怪物。その威容を職員寮の前から遠目に見上げ、俺はそれの正体であろう存在の名を呆然と口にした。
 突然の事態にホウゲツ学園のそこかしこから悲鳴のような声が上がっており、混乱が広がっていることがありありと分かる。
 あんなものが突如として出現し、あまつさえホウゲツ学園を狙うかのように接近してきているのだから当然の反応だろう。
 俺やレンリは同等の力を持つ三大特異思念集積体コンプレックスユニークと対峙したことがあるので、その巨躯に威圧されて心を乱されるといったことはないが……。
 それでも突発的な状況に動揺は否めないのだから、他の者は尚更のことだ。

「ムート、どういうつもりだっ!?」

 その元凶を前にして、俺は即座にアーク複合発露エクスコンプレックス裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を使用して異形の巨大な頭部の前に躍り出ながら、若干苛立ち混じりに問いかけた。
 正直なところ、今は彼らの相手をしていられる余裕などない。
 失踪し、レンリから聞いた限りでは始祖スライムに取り込まれてしまった可能性が高いリクルのことで、いっぱいいっぱいだ。

「どういうつもりも何もー、私は最初から貴方達の味方ではありませんのでー」
「そんなことは分かってる!」

 前に対話した時と同じ、間延びした口調がこの状況では心底苛立たしい。
 今の俺にはその感情を押し殺すことができず、思わず声を荒げてしまった。
 その理由は余裕のなさによるものがほとんどだったが、それだけではない。

「だが、お前達はまだ、こんな考えなしだとは思っていなかった!」

 彼らの目的は未だ判然としていないものの、それでも基本的な方針は比較的穏健であり、もう少し合理的で狡猾な相手だと見なしていた。
 だからこそ、他の人間至上主義者達とは一線を画す厄介さがあった訳だから。
 しかし、力でのゴリ押しに出たのようにしか見えない今回のこれは、ホウシュン祭を襲撃した馬鹿に近い短絡さに思える。

「考えなしはー、貴方の方ですー。何があったかは知りませんがー、どうやら本調子じゃないみたいですねー」
「何だとっ!?」

 彼女の呆れたような言葉と声の色を前にして怒りが瞬間的に湧き上がり、咄嗟に真・複合発露〈万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉を発動させて凍結しようとする。
 だが、それはムートの巨躯の体表を一部凍らせたのみで、彼女が僅かに身じろぎするとそれだけで瞬にして砕かれてしまった。

「旦那様、冷静になって下さい。相手は三大特異思念集積体、ベヒモスの少女化魔物ロリータです。生半可な攻撃は通用しません」

 遅れて俺の傍まで祈念魔法で飛んできたらしいレンリに諭すように言われ、ならばと真・複合発露〈支天神鳥セレスティアルレクス煌翼インカーネイト〉による風の刃でムートの四肢を狙う。
 だが、それも厚い表皮を切り裂くに至らなかった。

「これは……」
アーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックス、ですね。狂化隷属の矢を自ら使用したのでしょう。適切に対処しなければ、いくら旦那様とは言っても危険です」

 レンリに続けて咎めるように強い口調で言われ、それによってようやく少しだけ情緒が安定し、落ち着いた思考が僅かに戻ってくる。
 どうやら自分でもそうと分からなくなる程に、リクルの件で冷静さをなくしていたようだ。いや、過去形ではなく、現在進行形で平常ではない。
 レンリのおかげで、多少なり自己分析できる程度には改善されたが、深いところで眼前の事態に集中できていない部分がある。

「この場は、これまでの旦那様の印象を信じるべきでしょう。こうも訳の分からない襲撃をする相手ではないとすれば、何らかの策を弄していると見るべきです」

 冷静に考えれば、当然の発想。
 だが、精神的な影響でそんな単純な思考すらできなくなっていたようだ。
 もっと心を落ち着かせなければ。そう己に言い聞かせる。

「悪い、レンリ。助かった」
「旦那様の調子が悪い時にお助けするのは、妻として当然の役目ですから」

 そんなことを大真面目な顔で言う彼女に少しだけ表情を和らげつつ、改めて現在の状況を努めて冷静に頭の中で並べていく。
 陰に隠れて行動していたはずの者が、只でさえ目立つその巨躯を不自然な程に派手に出現させている。
 普通に考るなら――。

「……陽動か」

 余りにも存在感があり過ぎる彼女を利用して、何かから意識を逸らしたい。
 そういった意図があると考えるのが妥当だろう。

「少しはー、調子が出てきましたかー?」

 そんな俺を前に、何故か安堵したように言うムート。
 そこまでは気づいて貰わないと困る、という感じか。

「ではー、あちらを見るのですー」

 彼女はそう続けると、人間以上もある巨大な瞳を動かして別の方向に視線をやった。その先を辿ると、そこには学園都市トコハの繁華街があり――。

「なっ!?」

 ホウゲツ学園近くに出現したムートの存在に気づいて逃げ惑う人々の真上、空中に、彼女と似たサイの如き巨大な存在が突如として転移してきた。
 その巨躯と比較すると、街が相当小さいスケールのミニチュアにしか見えない。
 あれが着地してしまったら繁華街が壊滅する。
 慌てて翔け寄って防ごうと体勢を整えるが、そこまでするつもりはないのか、その巨体は何らかの力で浮遊したままだった。

「テネシス……」

 いずれにしても、ムートの力を彼女以外で使用できるのは、真性少女契約を結んでいる一人だけだ。彼以外にはいない。その名が口をついて出る。
 そのテネシスは浮遊したまま、俺達を挑発するように緩やかに移動し始めた。
 進行方向の先には……特別収容施設ハスノハがある。
 目的は分からないが、あそこが襲撃されるのは危険だ。
 精神的に安定しない多数の少女化魔物が収容されている。
 それだけに一定の警備はされているはずだが、さすがに三大特異思念集積体を相手取ることのできる戦力が常に存在しているとは思えない。

「さてー、どちらが本命でしょうかー」

 俺が頭の中で危機感を募らせていると、ムートが嘲笑うように呑気な声で問いかけてくる。友人とクイズ遊びでもしているかのようだ。
 心が僅かに波立つが、レンリに注意されたように、そうした態度もまた何かしらの意図を持ったものに違いない。
 相手の冷静さを奪おうとしているのだ。

「……選択肢を与えておきながら、どちらも本命、あるいは全く別の場所が本命なんてオチじゃないだろうな」
「いえいえー、二者択一ですよー」

 忌々しく問い返した俺に、一層のこと楽しそうに答えるムート。
 だが、敵であると自ら告げた彼女の言葉を、そのまま信じることはできない。
 第三、第四の選択肢があることも想定しておかなければ。

「旦那様。何にせよ、アレを放置はできません。そして、どちらかと言えば、ベヒモスの少女化魔物の複合発露を含む複数の力を持つテネシスの方が厄介です」

 思考に囚われかけた俺に視線を向け、レンリが告げる。
 彼女はそのまま更に言葉を続けた。

「ですので、旦那様はまずあちらの対処を。こちらは私が抑えます」
「……分かった」

 確かにそれが合理的だろう。
 まず速やかにテネシスを捕らえ、返す刀でムートを捕まえる。
 真・暴走・複合発露状態にあるのなら、循環共鳴を十分に働かせなければ凍結して捕縛することは難しい。
 それまで時間を稼がなければならないが、その間どちらか一人ずつしか対応できないのなら、俺はより危険なテネシスを優先するしかない。

「レンリ、ここは頼んだ」
「頼まれました」

 自ら狂化隷属の矢を使用した三大特異思念集積体。
 いくらレンリでも簡単にはいかないだろう。
 それでも今は手堅く行動して被害を最小限にするために。
 俺はムートを彼女に任せ、テネシスの元へと翔けた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品