ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

293 輪転する命

「……よくも、まあ、こんな真似ができたものだね」

 あれから数日後。
 少女祭祀国家ホウゲツとアクエリアル帝国との間にあるいくつかの島の一つ。
 ホウゲツ側の最北端に当たる、居住に適さない小さな無人島の海岸から。
 手でひさしを作りながら、地図の上ではアクエリアル帝国の領海内に浮かぶ巨大な氷の塊を見据えていた少女が、憎悪にも似た激しい怒りを声に滲ませて呟いた。
 詰襟の上から纏った色鮮やかな羽織が、強い海風で激しくはためいている。
 彼女の心の乱れを表しているかのようだ。

「アコさん?」

 その普段とはかけ離れた様子に少し驚きながら、名前を問い気味に呼びかける。
 しかし、反応は返ってこない。
 己の内に生じた激情に耐えるので精一杯という様相で、下手に刺激すると限界まで膨らませた風船が破裂するように感情が弾けて暴走してしまいそうな程だ。
 仕方がないので、彼女が落ち着くまで静かに待つことにする。

 アコさんから海に戻した視線の先にもある氷塊。それは、フレギウス王国の王都バーンデイトで凍結させたフェニックスの少女化魔物ロリータを内包したものだった。
 アコさんの複合発露エクスコンプレックス命歌残響アカシックレコード〉の力で彼女の〈灰燼新生・輪転エターナルリカランス〉について詳しい情報を得るために、一旦ここまで運んできたのだ。
 勿論、それはホウゲツとアクエリアル帝国の上層部の取り決めによるもの。
 俺の独断ではない。念のため。

「…………はあ」

 少しして、瞑目しながら内なる感情を吐き出すように深く息を吐くアコさん。
 やがて再び開かれた目には、一定の落ち着きが見て取れた。

「全く、痛ましいにも程がある」

 それから改めて、彼女は氷塊へと憐れみに目を向けた。
 王都を覆い尽くしていただけあって、遠目にも鳥の形がハッキリ分かる。
 むしろグロテスクな肉塊がぼやける分、間近から見るよりもそれらしい。
 しかし、今正に飛び立つ直前の姿で凍りつき、半分海に浸かっている様は、自由を奪われて引きずり込まれているようで憐憫を誘う。
 だが、アコさんの言う痛ましさは、そうした外見だけの話ではないのだろう。

「どう、でしたか?」
「……聞いていて楽しくなるような話ではないよ? 正直に言って、口にも出したくないぐらいだ。それでも聞きたいかい?」

 この上なく不機嫌そうな顔で俺の問いかけに応じるアコさんだが、今後どのような対処となるにせよ、俺には真実を知る責任があると思う。
 そう伝えると、彼女は再び深く嘆息してから口を開いた。

「彼女は四百年以上もの間、フレギウス王国のあの地下室に監禁されていた。その間、クピドの金の矢で代わる代わる歴代の王達と真性少女契約ロリータコントラクトを結ばされ……」

 アコさんはそこで一度言葉を区切ると、不快そうに眉をひそめながら続ける。

「歴代の王子達を生む母体として扱われていたようだ」
「ぼ、母体?」

 ある程度オブラートに包もうとして、その微妙な言い方になったのだろう。
 しかし、それはそれで道具のようなニュアンスが強くて眉間にしわが寄る。

「そう。全く、見ていて吐き気を催すぐらいだったよ。客観視できなければ、発狂していたかもしれないね」

 そう言いながら、アコさんは一層表情を歪める。
 振り返ると、あの地下室でオルギスもまた似たようなことを口走っていた。
 それは比喩でもなんでもなく、そのままの意味だったらしい。

「フェニックスの少女化魔物の子供が受け継ぐ複合発露は、致命傷を受けた際に体力を消費して復活できるというもの。大幅に弱体化しているとは言え、破格の性能ではある。王族の特権として利用してきたのだろうね」

 一部分だけ切り取って考えれば、合理的ではあるのかもしれない。
 国として王権を安定させるためには、時に非情ま判断も必要だろう。
 しかし、これはいくら何でも……。

「人の道を外れてる」
「正にその通りだね。けれど彼らには、そういった私達には普通の感覚がなかったようだ。罪悪感なんて露程も抱いていないだろう」

 そう言いながら怒りの気配を強めるアコさん。
 フレギウス王国。とことんまでホウゲツとは相反する国だ。
 暴走寸前という感じだったアコさんの様子も頷ける。

「せめてもの救いは、彼女がもう何も感じていないこと…………いや、これもまた痛ましさが増すだけだね。心が死んでしまっている訳だから」
「それは…………助けることはできないんですか? 精神干渉とかで」
「ゼロには何をかけてもゼロだ。たとえ擬似的に人格を与えたところで、不出来な人形ができ上がるだけさ。隷属状態を解いた瞬間、精神に引きずられて死ぬ。現状ではむしろ、隷属の矢が命綱のような状態にあるんだ」

 もっとも亡骸を吊るしているようなものだけど、とアコさんはつけ加えた。
 最初から……俺が手を出す前から、既に手遅れな状態だった、という訳か。
 やり切れない思いに奥歯を噛み締め、拳を固く握る。

「このまま自壊させてやった方が、彼女のためになるだろうね」
「ですが……」
「気持ちは分かる。けれど、あの子を解放してやるべきだ」

 複合発露によって彼女の人生を垣間見たアコさんが言うのであれば、それが正しいのだろう。理解はできる。しかし、納得はできない。

「……イサク。フェニックスという魔物は不死の象徴とされているけれど、実のところ不死じゃない。死んで灰になり、甦るだけなんだ」

 黙り込んだ俺に、諭すように言うアコさん。
 逸話によっては、寿命に近づくと自分から炎に飛び込んで死ぬとされている。
 甦るのはそれからで、その循環を不死と見なしているのだ。
 それは俺も理解しているところなので、彼女の言葉に頷く。
 が、それを今持ち出してきた意味は今一分からず、問うように視線を向けた。

「気休めかもしれないけれど、〈命歌残響〉で分かったフェニックスの少女化魔物の特性を教えておこう。どうも、暴走パラ複合発露エクスコンプレックスによって自壊したフェニックスの少女化魔物はすぐさま別のどこかに転生するらしい。記憶を失ってね」

 続いた彼女の言葉に驚いて目を見開く。

「嘘じゃないよ? 彼女を通じて、歴史上最初に現れたフェニックスの少女化魔物の記憶も覗き見ることができたからね。少なくとも〈命歌残響〉においては同一個体ということになる。個体の連続性は保たれているんだ」

 後で見せて上げてもいい、とつけ足すアコさん。
 そこまで言うのであれば真実なのだろう。
 何とも不可思議な複合発露だが、前世の記憶を実際に持つ俺という存在がいる以上、転生という現象について否定することはできない。
 …………そうか。自壊したら、生まれ変わるのか。

「全ての記憶を失って、真っ新な状態でやり直す。このまま死んでいないだけの存在としてあり続けるよりも、その方が彼女にとってもいいんじゃないかな?」

 痛ましい記憶を全て忘れ、一から人格を育み直して。
 確かに、現状の彼女を思えば最良の選択肢と言えるのかもしれない。

「……アコさん。彼女の名前を教えて下さい」
「うん。あの子はイクス。イクス・ロリータ……一応、フレギウスということになるけれど、それはつけ加えない方がいいだろうね」

 それは望まぬ真性少女契約の証だ。
 ただのイクスさんと呼ぶべきだろう。

「イクスさん。すみません。今の貴方を救う方法は、俺にはありません。せめて来世で、幸せになって下さい。…………アスカ」
「承知致しましてございまする」

 影の中から彼女を呼び出し、凍結を解除する。
 それと共に二人で風を操って巨躯を拘束しながら浮かばせ、海面から離す。

「……あ」

 しばらくすると、既に膨張の限界を迎えていた彼女の体が崩れ出した。
 音もなく、ただただ静かに。
 もの悲しさと申し訳なさが募る。

「……イサク。君が罪悪感を抱く必要は全くない。イクスだって君を恨んだりはしないさ。君が行動しなければ、彼女は恐らく今もフレギウス王国の道具として惨い扱いを受けていたのだろうからね」
「………………はい」

 アコさんの慰めの言葉に複雑な思いを抱きながらも頷き、徐々に小さくなっていくイクスさんを見守っていると、やがてその肉体は完全に消滅した。
 その中からクピドの金の矢がこぼれ落ち、風で運んで掴み取る。
 真っ先に取り込まれたおかげか、完全な状態だ。

「後で移送した王族の記憶も覗いて確認するけれど、多分これが最後の一本で間違いないだろう。任務は完了だ。後のことは私達に任せてくれ」

 俺からそれを受け取りながら言ったアコさんは、一度その祈望之器をきつく睨みつけてから己を落ち着かせるように小さく息を吐き、改めて口を開く。

「さて……帰ろうか、イサク」

 いずれにせよ、これで〈灰燼新生・輪転〉の影響下にあった者達は解放される。
 凍結を解除しても、イクスさんのようになることはないだろう。
 心配なのは、戦場で死んだ兵に引きずられて少女化魔物が死ぬことだが……。
 不幸中の幸いと言うべきか。
 オルギスが最前線で使用したそれのおかげで、少なくともあの日については戦死者がいなかったらしく、王城にいた少女化魔物達の命も保たれている。
 イクスさんの力のおかげで、多くの少女化魔物が解放されると言ってもいい。
 その彼女達については素性を調べた後、精神状態を見て、主にアクエリアル帝国で希望者とマッチングしつつ真性少女契約を切り替えていくことになるだろう。
 一人でも多くの少女化魔物が、人生をやり直せることを願うばかりだ。

「……ええ。帰りましょう」

 そう思いながら、俺は一度だけイクスさんが消え去った広い青空に目をやり、それからアコさんと共にその島を離れたのだった。

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