ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

264 現実と夢を通じた現状認識

「夢、か。……くっ」

 目を覚ました母さんは顔を苦悶に歪ませ、それから怒りを表情に滲ませる。
 が、俺とレンリが傍にいて心配の表情を浮かべていることに気づいた瞬間、母さんはそうした感情を即座に抑え込んでバツが悪そうな苦笑を見せた。
 ……まあ、大分ぎこちなくて、完全には抑え切れていないけれども。

「どうやらミイラ取りがミイラになってしまったようじゃのう」

 言いながら、勢いよく体を起こしてベッドから飛び降りる母さん。
 これもまた何ともわざとらしい。間違いなく空元気だ。
 意図せず俺達も目の当たりにしてしまった、母さん達が見ていた夢。
 その内容を思えば、そんな風になってしまうのも無理もないことだろう。
 バク少女化魔物ロリータ複合発露エクスコンプレックスによってコントロールされた夢は、普通に眠っている時に見るそれとは明晰具合も全く違うはずだしな。

「母さん、大丈夫?」
「何も問題ない。昼寝をしてスッキリしたようなものじゃ」

 それでも、案の定と言うべきか虚勢を張る母さん。
 特に今回は内容が内容だけに、息子である俺には弱みを見せたくないのかもしれない。以前、アロン兄さんのことで生死の境を彷徨った事実も相まって。

「……それより、獏の少女化魔物の補導はどうなったんですかい?」

 と、そこへ同じタイミングで目を覚ましていたシニッドさんも寝床から起き出してきて、声色に母さんへの呆れを微妙に滲ませながらトリリス様達に尋ねた。
 互いの夢の内容を知らなければ、そんな反応をするのも理解できなくはない。
 補導員たる者、まずは受けた仕事の状況を確認すべきだしな。
 客観的に、正しい行動を取っているのはシニッドさんの方ではあるだろう。

「後から夢に入ったイサクが補導に成功したゾ」
「眠っていた人々も目を覚ましているとの報告を受けているのです……」
「そうですかい。そいつはよかった」

 ホッと一息つくシニッドさんと、その奥で胸を撫で下ろすウルさんとルーさん。
 少し離れた位置にいるガイオさん達も安堵の表情を浮かべている。
 結果から見ると被害は少ないと言えるが、世界規模の事件でもあったのだ。
 その解決に従事する重圧は小さくなかったはずだし、解放感も一入だろう。

「それで、獏の少女化魔物はどうなったんですか?」

 しかし、そんな彼らとは対照的に努めて平静を装いながらも、どこか苛立ちを抑え切ることのできていない声で父さんが尋ねる。
 母さん同様、仕事の成否よりもそちらに意識が向いてしまっているようだ。

「既に捕らえ、特別収容施設へと移動させているのです……」

 対してディームさんは淡々と告げる。
 その答えに、父さんとその隣の母さんは不満そうに眉をひそめた。
 気持ちは分かる。
 父さんも母さんも、現実と見紛う幸福な夢にずっと浸っていたかったと思うようなタイプではないにせよ、そう簡単に割り切れるものではないだろう。
 ある意味、酷い詐欺に遭ったようなものだ。
 強い憤りを抱いても何ら不思議ではない。
 家族への愛情が深い母さんならば尚更だ。
 とは言え……。

「母さん。あの子はまだ――」
「………………分かっておる」

 少女祭祀国家と呼ばれるこのホウゲツにおいては、国に管理されていない少女化魔物が犯した罪は余程のことがなければ基本的に免ぜられる。
 それを暗に伝えると、母さんは胸の奥の感情を吐き出すように一つ嘆息した。

「分かっておるとも。……他ならぬ妾もそうじゃったからな。少女契約前の不確かな認識の中でなした所業を責めるのは、酷というものじゃろう」

 それでも今回ばかりは文句の一つも言いたい。そんな顔をする母さん。
 一応はリーメアもよかれと思ってやったことではある。
 だが、これに関してはさすがに俺も擁護することは難しい。
 長年行方不明のままの息子を取り戻した夢を親に見せるなど残酷にも程がある。
 兄さんの目撃証言が得られなくなってしまった現状では特に。

「…………目の前にいなくて逆によかったかもしれないな」

 母さんと同じように、一つ深く息を吐いてから呟く父さん。
 息子の前であること。張本人がこの場にいないこと。
 この二点のおかげで比較的落ち着いていられる部分もあるだろう。
 あるいは、リーメアが残ってたら感情のまま責め立てていたかもしれない。
 何年もの間、押し殺してきた気持ちの蓄積もあるはずだから。

「ファイム、ジャスター。……好ましい話ではないが、人形化魔物ピグマリオンの出現頻度も随分と増したからナ。【ガラテア】が本格的に動き出すのも間もなくのはずだゾ」
「過去の事例から見ても、まだアロンは生きているはずなのです。アロンを救い出すことは不可能ではないはずなのです……」

 そんな両親を前に、フォローするようにトリリス様とディームさんが言う。
 その内容に傍で聞いていたシニッドさんは一瞬首を傾げ、それから二人が見た夢の内容に思い至ったのか、気まずげな表情を浮かべた。
 兄さんの幼馴染でもあるライムさんもまた。

「とりあえず今は事件解決を喜ぼう、母さん。セトも目を覚ましたはずだし」

 微妙な雰囲気を変えようと俺が言うと、両親はハッとしたように顔を上げた。
 残酷な夢に気を取られる余り、状況を失念していたようだ。
 二人は、そんな自分達を責めるような表情を浮かべている。
 一応、命に別条がないことは分かっていた訳だし、二人の精神状態的に仕方がないことだと俺は思う。
 けれども、そんな風に擁護されても両親は喜ぶまい。
 そう判断した俺は見て見ぬ振りをし、トリリス様に顔を向けて口を開いた。

「あちらはこれからどういう対応を?」
「目を覚ました者にいくつかの問診をして、体調面で特に問題がなさそうなら順次帰らせる予定のはずだゾ。感染症などではないしナ」
「そう時間が経っていないので、セトはまだ体育館にいるはずなのです……」

 そして、そのやり取りで間を置いてから再び母さんへと視線を戻し――。

「…………イサクよ。セトの様子を見てきてくれるか?」
「勿論」

 俺は、一先ず気持ちを切り替えて尋ねてきた母さんに笑顔と共に頷いた。
 そのまま視線を隣へ。

「レンリはどうする?」
「私は御義母様達とお話ししています」
「分かった。……では、トリリス様。お願いできますか?」
「了解したのだゾ」

 それからトリリス様の複合発露〈迷宮悪戯メイズプランク〉の応用でホウゲツ学園地下の空間から外に出て、それと同時に俺は、アーク複合発露エクスコンプレックス裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を使用して特別医療施設保有の体育館を目指した。
 その敷地手前で地上に降り、まだ人の出てくる様子のない入口から中に入る。
 と、前回の寝息しかない静けさとは対照的な人の喧騒がすぐに感じられた。
 中から届いてくる声を聞く限り、これから問診が開始されるようだ。
 ならばまだ待機中だろう、とセトが寝かされていたベッドの場所に向かう。
 すると案の定、簡素なベッドに腰かけて手持ち無沙汰になっている弟の姿が視界に映り、俺はその様子に安堵を抱きながら近づいた。

「セト」
「え? あ、兄さん」

 呼びかけた俺に振り返ったセトは、ホッとしたような表情を浮かべる。
 被害者全員が一斉に起きた際にある程度説明は聞いているはずだが、それでも状況についていくことができずにいたのだろう。
 見知った顔を目にして安心したようだ。

「一体、何だったの? これ」

 ……どうやら、説明も漠然としたものだったらしい。
 とりあえずセトの問診はまだまだのようなので、詳しいところを一つ一つ説明していく。勿論、セトの夢を覗き見たことについては内緒だが――。

「ま、そういう訳だけど……どうだ? いい夢を見られたか? 何でも、自分が今一番望んでいる夢だったそうだぞ?」

 身内の色恋沙汰だけに、ついつい突っついてしまう。
 一応、今回の件も少女化魔物の被害であるだけに、トラウマが変に刺激されないように意識を逸らす意図もあるけれども。

「え……っと、その」

 そんな俺の問いにセトは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いてしまった。
 どうやら夢の意味を聞いて、彼女を意識する気持ちが更に強くなったようだ。
 青春だな。

「あ、問診の順番が来たみたいだから行くね」

 とは言え、まだ幼く経験に乏しい弟。
 結局、セトはそう誤魔化すように言い、ベッドから降りて逃げ出してしまった。
 実際はまだ順番ではないのは明らかだが……まあ、これ以上ちょっかいをかけるのはやめておこう。弟に嫌われたくはないし。
 何にせよ、元気な姿を見ることができれば目的は果たせたと言える。

「じゃあ、施設の入口で待ってるからな」
「分かった」

 背中に声をかけ、返事と共に廊下に出ていく姿を見送ってから体育館の外へ。
 そして、少しずつ家路につく人々の流れを視界に入れながら一息つき……。

「破滅欲求の塊、か」

 俺は改めて夢の世界で目の当たりにしたものを思い出した。
 あの赤黒く、人に忌避させながらも人を魅了をもするような歪な思念の蓄積。
 それこそが、いずれはこの現実で対峙しなければならないもの、即ち最凶の人形化魔物【ガラテア】の根幹である事実に少しばかり恐れのような感情も抱く。

「……ま、やれる限りのことをするしかないけどな」

 救世の転生者として祀り上げられて十数年。
 その辺りの覚悟はしているつもりだ。
 しかし、ここしばらくの多岐にわたった様々な問題に、俺はいくつもの歯車が複雑に絡み合って全てが急激に加速していっているような感覚を抱いていた。

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