ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

AR24 ルエットという少女化魔物

「ドッペルゲンガーの少女化魔物ロリータという存在は、それ自体が脅威になるようなものじゃない。けれど、彼女が実に厄介な相手だったことは、実際に対峙した君はよく覚えていることだろう。何せ、本体の強さよりも今までにどれだけの者をコピーしてきたかが、かの少女化魔物の強さを決定づける訳だからね。しかし――」

***

 私が私という個体を認識したのは、いつのことだったか。
 その頃の記憶は特に曖昧で不明瞭極まりないが、だからと言って今の私が明瞭な存在になったのかと言えば全くそんなことはない。
 ハッキリするようになった記憶もまた単なる記録の如きもの。
 そう考えている私もまた一種の模倣に過ぎない。
 故に私は、未だに確かな私というものを自らの内側に有していなかった。
 ルエットという名前こそ生まれ持っていたようだったが、これこそ自分自身だと言えるような確固たるアイデンティティが欠片も己の中に存在していないのだ。
 元々どのような性格だったのか、どのような趣味嗜好を本来持っていたのか。
 いつどこで生まれたのかも、何一つとして分からない。
 ドッペルゲンガーの魔物として発生し、長い年月を経て少女化魔物となったらしいことは己の現状から推察することが何とか可能だったが……。

お前は誰なんだ」

 己の根源的な部分には、決して届くことがなかった。
 ドッペルゲンガーという存在は、魔物の時分から特性がそう大きく変わらない。
 そもそもが形さえ不確かな種族であり、敵に出くわしてしまったら相手に擬態することによってどうにかやり過ごす。
 自我が乏しく、少女化魔物となることも本来ならば稀。
 あるいは己の意思を殺し、相手に合わせて鏡の如く生きているような類の人間の思念が蓄積し、私のようなレアなケースを生んだのかもしれないが……。
 それが事実であろうとなかろうと、虚ろな私の現状に変化はない。

 魔物、人間、少女化魔物。
 その姿形、表層の思考、記憶、身体能力に至るまでドッペルゲンガーは完全にコピーでき、少女化魔物となってからは複合発露エクスコンプレックスをも模倣することができる。
 しかし、この空っぽの心に多種多様の記憶や思考形態がぶち込まれた結果、本来の私が一体どういったものだったのか私には全く分からなくなっていた。
 今や巷では正体不明の怪盗などと噂されている私だが、何のことはない。
 私自身もまた私の正体を知らないまま生きているに過ぎないのだ。
 もしくは、最初から私などという実体は存在しないのか。

お前は、誰なんだ……」

 いずれにしても、そうやって自分自身にどれだけ問いかけたところで、溶け合った人格の坩堝の中から本来の自分自身を掬い上げることなどできるはずもない。
 だからこそ、私は他者からの認知を強く欲していた。
 形なき水が、容器に入って形をなすが如く。
 内側に何もないのであれば、外側に己と呼べる殻を作り出せばいい、と。
 そして――。

「私は……そう。私は、怪盗。怪盗ルエットだ」

 たとえ後天的なものであれ、その殻を他の誰とも異なる自分のアイデンティティとして保ち続けるために、私は怪盗ルエットなどと名乗り続けている。
 勿論、他の誰かの中に埋没さえしなければ、世に二つとないような存在になることができれるのであれば、どのようなものであってもよかった。
 だが、私が既にコピーしていた者達の力と人格から判断する限り、最も容易かつ効率よく、更には比較的安全に名を高める方法としては義賊が最も適していた。
 とは言え、実際は己のためなのだから、義賊の振りをするのは偽善甚だしいが。
 わざわざ予告状を送って盗みの難易度を上げ、怪盗を名乗ることもまた。
 その名の認知度を高めることで、私の殻をより強固なものとするためだ。

 今日も。明日も。明後日も。
 名を高め続け、噂に形作られた私を私として虚ろな中身の外側に纏い続ける。
 それだけが、それこそが、私の命を繋ぐ細い糸。
 故にそれを失ってしまったら、私は今度こそ曖昧な靄のような自分すらも保つことができなくなり、この命もまた儚く消え失せてしまうことだろう。
 だから……。

「君には、ウインテート連邦共和国大博物館のどこかに安置されている第六位階の祈望之器ディザイアードアスクレピオスを盗み出して貰いたい。勿論、報酬は弾む」

 今日もまた。
 私は怪盗ルエットという存在をより鮮烈に人々の脳裏に焼きつかせるために、新たな依頼を持ってきた人間と対峙していた。
 その相手とは、人間至上主義組織スプレマシー代表テネシス・コンヴェルト。
 少女化魔物にとっては危険極まりない肩書きを持つ男だが、私が指定した手順で繋ぎを取ってきた以上は会わざるを得ない。
 無法者にも無法者なりのルールというものがある。
 それを反故にしては最低限の信用というものが失われてしまう。
 無論、罠だった場合もあったが、私と繋ぎを取る過程で複合発露〈写躯真影イミテイトユアイデア〉を用いて対象の情報を得れば、危険な状況に陥ることはない。
 十二分に警戒しつつも、今回もまたテネシスという存在を丸ごとコピーして安全を確認した私はその姿を用いて彼と対面し――。

「では、果報を待っているがいい。ロト・フェ…………いや、人間至上主義組織スプレマシー代表テネシス・コンヴェルト」

 テネシスを名乗る彼の目的と本心、その真の名と出自に至るまで。全てを理解した上で、今回の依頼を受けることにしたのだった。
 ウインテート連邦共和国首都リベランジェに存在する世界最大級の博物館。
 そこに保管されているウインテートの国宝アスクレピオス。
 数少ない癒しの力を持つそれを盗み出して欲しいという依頼を。

 今回の依頼は依頼主が依頼主だけに、これまでのように弱者や貧者に施しを与える義賊的行為として見なされることはないだろう。
 あるいは、怪盗ルエットの義賊としての名声は揺らぐことになるかもしれない。
 しかし、それ以上に。
 警備が極めて厳重であり、祈望之器を利用した防犯設備すらも構築している大博物館から国宝を盗み出すことができれば、怪盗としてのそれは一層高まるはずだ。
 加えて、いずれ彼の真なる目的が成就した暁には、それに手を貸した存在として一度揺らいだ分だけ逆に名が大きく広まることは間違いない。
 だから……

「今回も必ず成功させてみせる。怪盗ルエットの名に懸けて」

 それこそがまた、私というあやふやな存在を一つの形に留めてくれる怪盗ルエットという殻を更に補強してくれるものになることを信じて。
 今までに比べて極めて難易度が高いと見て間違いないこの依頼を恙なく遂行するために、私は早速行動を開始したのだった。

***

「彼女が本当に厄介だったのは、己の内側に確かな自分というものを持っていなかったが故に、外側に貼りつけて作り上げた大衆の考える自分怪盗ルエットというものにどこまでも縋っていた点だ。もしも己を支えるそれを崩されてしまったなら、一体どういった状態に陥ってしまうのか。それは想像に容易いことだし、実際にその通りになったことは君も知るところだろう」

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