ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~
167 一閃の決着
暴走する少女化魔物を補導する時もそうだが、相手を殺さずに確実に無力化するためには、前提として互いの間に相応の実力差がなければならない。
しかし、模擬戦のルールによって互いに能力を制限された結果、本来の不等号の向きはともかくとして、互いの力の差は皆無に近い状態になってしまっており……。
「埒が明かないな」
戦いは、半ば千日手のような状態に陥っていた。
このままでは、いつまで経っても決着がつきそうにない。
やはり、この条件下では取れる選択肢が余りにも少な過ぎるのが問題だ。
威力に任せた攻撃も。急所狙いも。施設に損傷を与えることも厭わぬ広範囲攻撃も。
そのいずれも、ルールに抵触しかねない以上は避けなければならない。
本気ではあるのだが、使用できるのは比較的殺傷力が低い攻撃のみだ。
かと言って、小手先の技術で抑え込める程、技量に圧倒的な差がある訳でもない。
袋小路に追いやられている感がある。
同じ条件で戦うレンリも、程度の差はあるにしても似たような状態だろう。
「それでも……引き分けって訳にはいかないしな」
水の鞭の代わりにレンリが放ってきた無数の大きな水の塊に合わせ、同じサイズの氷の塊をぶつけて相殺しながら。眉間にしわを寄せて呟く。
セト達に危害を加えず、また彼らを自身がホウゲツに滞在する限り守るという約束。
それは、俺が勝利した場合にのみ報酬として与えられるものでしかない。
引き分けとすれば、レンリが俺を下僕にするという契約はなくなるが、彼女がセト達を利用して脅しをかけてくる可能性は依然としてなくならない。不安が残る。
何より――。
「当然です。勝敗が決する以外に決着はあり得ません」
彼女の戦意は些かも衰えていない。
むしろ楽しんでいるかのように、表情に滲む喜色は濃くなっている。
その意味でも、もう引き分けで終わろうとはいかないだろう。
「そして、勝つのは私です」
膠着した状況にも一片たりとも揺らぐことなく告げるレンリは、間違いなく己に僅かながら優位性があると確信している。
何故なら、彼女はこの条件下で勝利条件を満たすことができる方法を少なくとも一つ持ち、尚且つ俺にはその手段を取ることができないからだ。
第六位階の祈望之器アガートラム。謎の複合発露。双方を重ね合わせた身体強化。
最高速度では特性的に俺に確固たるアドバンテージがあるものの、それ以外の身体能力は全てにおいて彼女の方が上だ。
防御面は氷の鎧で誤魔化すことができるが、単純な力比べとなったら確実に負ける。
組み合って抑え込み、締め落とす。
それで彼女は俺に勝利することができる。
とは言え、勿論それはあくまでも、組み合うことができれば、の話。
決定的にスピードで劣っているレンリには、その段階に至ること自体極めて困難であり、故にこそ彼女もまたこの拮抗した状態に甘んじている訳だ。
恐らく俺の集中力が切れ、大きな隙を見せるのを虎視眈々と待っているのだろう。
いずれにせよ、この状態を維持し続けていても俺に優位に働くことはない。
しかし、致命的に攻撃力の足りないこちらに彼女の意識を失わせる手段はない。
ルールを破らずに俺が勝利条件を満たすには――。
「…………仕方がない、か。こうなったら、少し痛い目を見て貰うぞ」
他に選択肢がないと判断し、俺はレンリに傷を負わせる覚悟を決めて告げた。
レンリの強さへの賞賛と、自分の実力不足への自省を声色に交えながら。
同時に影の中から二振りの刀を取り出し、センカを左手にキュウカを右手に構える。
袋小路に追いやられて脱出できないなら、もはや壁を破壊して進むしかない。
「本当に、お優しいことですね。戦いに痛みはつきものでしょうに」
「正直に言えば、調子が狂うんだよ。その子供みたいな外見。傷つけることを躊躇うのは、真っ当な人間として当然のことじゃないか?」
「私はこれでも二十歳と申し上げたでしょうに。全く、そんなことだから貴方は……」
「……そんなことだから?」
「いえ……その甘さはいずれ身を滅ぼしかねないと言うことです」
痛ましそうな顔をするレンリに首を傾げて問いかけると、彼女は誤魔化すように言葉を改めた。それでも、その声色には相手を真摯に想っているかの如き気配が滲む。
しかし、その言動の意味に俺が更に疑問を口にしようとするより早く――。
「そこのところ、今この場で証明してみせましょう!」
彼女はそう宣言すると全身の表面から水を生成し始め、かと思えば一気にその量を増大させて訓練施設の広大な空間を埋め尽くしてしまった。
回避しようにもそのためのスペースが失われ、乱れ狂う水の流れに巻き込まれて方向感覚を失いかける。
「くっ、この!」
氷の鎧の中。そこに祈念魔法で維持されて残る空気へと悪態を吐きながら、咄嗟にレンリがやっていたように周囲の水の中に無数の氷の粒子を撒き散らす。
すると、荒れた流れを無視するように急速に迫り来る人型の何かが探知された。
当然、そのような存在はレンリ以外にはいない。
彼女は地上とは比べものにならないスピードと共に、強引に組み合って抑え込もうとするかの如く掴みかかってくる。
俺はその手を、水中故に抵抗を受けながらも〈裂雲雷鳥・不羈〉の力で何とか掻い潜って距離を取った。
「本当に厄介ですね。その複合発露は!」
水の中にありながら、調整されたかのようにクリアに聞こえてくるレンリの声。
その音を追い越すように、彼女は再び水中を自由自在に泳ぐ水生生物の如く滑らかに距離を詰めてくる。ただし、その挙動は慣性諸々から逸脱している。
「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ!」
こちらの声が届くかは不明だが、俺もまたそう叫びながら彼女の接近に応じて水中を行く。当然ながら、空中程に速度は出ない。
レンリは大幅に速くなり、俺は大幅に遅くなった。
それでもまだ俺の方が上だが、速度の優位性はほぼ失われたとしか言いようがない。
ほぼ近距離の間合いが維持され、第六位階上位の力を纏った拳が襲いかかってくる。
「ちっ」
地に足がつかない水中という戦場。
地上での格闘戦の常識など全く通用しない位置、角度からの攻撃が迫る。
時に互いに上下逆となったままレンリから繰り出される殴打を避け、足を引く水中の幽霊の如く真下から伸びる手を間に生成した氷を盾に防ぐ。
そして幾度かの攻防の後。
真上から垂直に振り下ろされた蹴りを、鼻先を守る氷を掠らせながら回避し――。
「はっ!!」
それに合わせ、俺はここで模擬戦の決着をつけるために、正面で向かい合う形になったレンリへと右手のキュウカを薙いだ。
しかし、その軌道上に盾の如く置いた彼女の左腕にぶち当たった瞬間、美しい直刃の刀身は呆気なく砕け散ってしまう。
細かな破片がキラキラと照明の光を反射しながら流されていく。
その光景に動揺してしま…………ったかのように見せかけるため、俺は僅かに目を開いて動きを鈍らせた。
「そのようなナマクラでは、この身は傷一つつきませんよ!!」
それを勝機と見たレンリは、アガートラムで俺の左肩を守る氷の装甲を握り潰すようにしながら砕き、そのまま左の上腕を掴み上げた。
万力で締め上げられたかのような激痛が走る。
が、それを顔には出さないように耐える。
「それは、どうかな」
そして俺はそう不敵に言い放つと、センカを右手に持ち替えて振るった。
逸話に基づいた機能を捨てることで位階だけ第六位階に保ったキュウカ。
対照的に、通常時は第一位階ながら一撃のみオリジナルの力を発揮できるセンカ。
祈望之器の最高峰に位置する印刀ホウゲツと遜色ない威力の一閃は、彼女の右腕、アガートラムのつけ根の生身の部分に確かに命中し……。
「え? ……あがっ! ぐう、くっ」
一瞬遅れてやってきたのだろう痛みに、レンリのくぐもった声が響く中。
アクエリアル帝国の国宝たる第六位階の祈望之器は更に俺の力で氷漬けにされて水中を漂い、断ち切られた彼女の右腕からは血が溢れ出す。
それとほぼ同時に、訓練施設を埋め尽くしていた水は一瞬の内に消え去り――。
「俺の勝ちだ」
一撃で朽ち果てたセンカの代わりに新たに影の中から出した予備の刀を、左手で右腕を抑えて蹲るレンリの首筋に突きつけ、俺はそう宣言した。
内心その痛々しい姿に罪悪感を抱き、早く認めて治療させてくれ、と焦りながら。
「……ええ。私の負けです」
対してレンリは、数秒の時間を開けてから応じる。
それを受けて俺が刀を離すと、彼女は手を差し伸べる間もなく静かに立ち上がった。
「お、おい。無理するな……って、それ」
その時には傷口は既にほぼ塞がっており、さすがにそれには素で驚いてしまう。
「アガートラムには治癒力の促進効果もあり、左手と両足の銀の四肢にも同様の力がありますから。急に身体強化のレベルが下がったので、少し違和感はありますが」
レンリはそう言いながら柔らかく微笑むと、勝敗が決すると同時に解凍されて床に転がっていたアガートラムを左手で拾い上げ、右腕にくっつけるように押しつけた。
直後、端正な顔を一瞬だけしかめた彼女が左手を離すと、再びアガートラムは彼女の右腕としての役割を取り戻していた。
「……再戦、とか言わないよな?」
「まさか! 指切りの契約は絶対です。そんなことをすれば、いくら私でも喉が裂けて死んでしまいますよ!」
右手の具合を確かめるように掌を握ったり開いたりしていたレンリの姿に不安を覚えて尋ねた俺に、彼女はグイッと顔を寄せながら少し不満そうに返す。
その勢いに、思わず一歩引いてしまう。何だか急に距離感が近い。
何となく頬が紅潮し、瞳も潤んでいるように見える。
「じゃ、じゃあ、セト達にはもう危害を加えないってことでいいな?」
「勿論です。その上で、近くにいる限りは私がこの手で守って差し上げます」
そんなレンリの様子に戸惑いながらも問いを続けると、彼女は自分に任せろと言うように、胸を張って平たいそこの真ん中に右手を置きながら答えた。
微妙に砕けたように感じる態度は一先ず置いておくとして、その言葉に安心を抱く。
最低限の目的は達せられたと言っていい。
しかし、そうやってホッとしたのも束の間。
「と言う訳で、末永くよろしくお願い致します。私の旦那様」
妙な意味合いが含まれていそうな声の調子はともかく、そう確信を持って告げられたレンリの言葉に、俺は心臓が縮み上がる思いをしたのだった。
しかし、模擬戦のルールによって互いに能力を制限された結果、本来の不等号の向きはともかくとして、互いの力の差は皆無に近い状態になってしまっており……。
「埒が明かないな」
戦いは、半ば千日手のような状態に陥っていた。
このままでは、いつまで経っても決着がつきそうにない。
やはり、この条件下では取れる選択肢が余りにも少な過ぎるのが問題だ。
威力に任せた攻撃も。急所狙いも。施設に損傷を与えることも厭わぬ広範囲攻撃も。
そのいずれも、ルールに抵触しかねない以上は避けなければならない。
本気ではあるのだが、使用できるのは比較的殺傷力が低い攻撃のみだ。
かと言って、小手先の技術で抑え込める程、技量に圧倒的な差がある訳でもない。
袋小路に追いやられている感がある。
同じ条件で戦うレンリも、程度の差はあるにしても似たような状態だろう。
「それでも……引き分けって訳にはいかないしな」
水の鞭の代わりにレンリが放ってきた無数の大きな水の塊に合わせ、同じサイズの氷の塊をぶつけて相殺しながら。眉間にしわを寄せて呟く。
セト達に危害を加えず、また彼らを自身がホウゲツに滞在する限り守るという約束。
それは、俺が勝利した場合にのみ報酬として与えられるものでしかない。
引き分けとすれば、レンリが俺を下僕にするという契約はなくなるが、彼女がセト達を利用して脅しをかけてくる可能性は依然としてなくならない。不安が残る。
何より――。
「当然です。勝敗が決する以外に決着はあり得ません」
彼女の戦意は些かも衰えていない。
むしろ楽しんでいるかのように、表情に滲む喜色は濃くなっている。
その意味でも、もう引き分けで終わろうとはいかないだろう。
「そして、勝つのは私です」
膠着した状況にも一片たりとも揺らぐことなく告げるレンリは、間違いなく己に僅かながら優位性があると確信している。
何故なら、彼女はこの条件下で勝利条件を満たすことができる方法を少なくとも一つ持ち、尚且つ俺にはその手段を取ることができないからだ。
第六位階の祈望之器アガートラム。謎の複合発露。双方を重ね合わせた身体強化。
最高速度では特性的に俺に確固たるアドバンテージがあるものの、それ以外の身体能力は全てにおいて彼女の方が上だ。
防御面は氷の鎧で誤魔化すことができるが、単純な力比べとなったら確実に負ける。
組み合って抑え込み、締め落とす。
それで彼女は俺に勝利することができる。
とは言え、勿論それはあくまでも、組み合うことができれば、の話。
決定的にスピードで劣っているレンリには、その段階に至ること自体極めて困難であり、故にこそ彼女もまたこの拮抗した状態に甘んじている訳だ。
恐らく俺の集中力が切れ、大きな隙を見せるのを虎視眈々と待っているのだろう。
いずれにせよ、この状態を維持し続けていても俺に優位に働くことはない。
しかし、致命的に攻撃力の足りないこちらに彼女の意識を失わせる手段はない。
ルールを破らずに俺が勝利条件を満たすには――。
「…………仕方がない、か。こうなったら、少し痛い目を見て貰うぞ」
他に選択肢がないと判断し、俺はレンリに傷を負わせる覚悟を決めて告げた。
レンリの強さへの賞賛と、自分の実力不足への自省を声色に交えながら。
同時に影の中から二振りの刀を取り出し、センカを左手にキュウカを右手に構える。
袋小路に追いやられて脱出できないなら、もはや壁を破壊して進むしかない。
「本当に、お優しいことですね。戦いに痛みはつきものでしょうに」
「正直に言えば、調子が狂うんだよ。その子供みたいな外見。傷つけることを躊躇うのは、真っ当な人間として当然のことじゃないか?」
「私はこれでも二十歳と申し上げたでしょうに。全く、そんなことだから貴方は……」
「……そんなことだから?」
「いえ……その甘さはいずれ身を滅ぼしかねないと言うことです」
痛ましそうな顔をするレンリに首を傾げて問いかけると、彼女は誤魔化すように言葉を改めた。それでも、その声色には相手を真摯に想っているかの如き気配が滲む。
しかし、その言動の意味に俺が更に疑問を口にしようとするより早く――。
「そこのところ、今この場で証明してみせましょう!」
彼女はそう宣言すると全身の表面から水を生成し始め、かと思えば一気にその量を増大させて訓練施設の広大な空間を埋め尽くしてしまった。
回避しようにもそのためのスペースが失われ、乱れ狂う水の流れに巻き込まれて方向感覚を失いかける。
「くっ、この!」
氷の鎧の中。そこに祈念魔法で維持されて残る空気へと悪態を吐きながら、咄嗟にレンリがやっていたように周囲の水の中に無数の氷の粒子を撒き散らす。
すると、荒れた流れを無視するように急速に迫り来る人型の何かが探知された。
当然、そのような存在はレンリ以外にはいない。
彼女は地上とは比べものにならないスピードと共に、強引に組み合って抑え込もうとするかの如く掴みかかってくる。
俺はその手を、水中故に抵抗を受けながらも〈裂雲雷鳥・不羈〉の力で何とか掻い潜って距離を取った。
「本当に厄介ですね。その複合発露は!」
水の中にありながら、調整されたかのようにクリアに聞こえてくるレンリの声。
その音を追い越すように、彼女は再び水中を自由自在に泳ぐ水生生物の如く滑らかに距離を詰めてくる。ただし、その挙動は慣性諸々から逸脱している。
「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ!」
こちらの声が届くかは不明だが、俺もまたそう叫びながら彼女の接近に応じて水中を行く。当然ながら、空中程に速度は出ない。
レンリは大幅に速くなり、俺は大幅に遅くなった。
それでもまだ俺の方が上だが、速度の優位性はほぼ失われたとしか言いようがない。
ほぼ近距離の間合いが維持され、第六位階上位の力を纏った拳が襲いかかってくる。
「ちっ」
地に足がつかない水中という戦場。
地上での格闘戦の常識など全く通用しない位置、角度からの攻撃が迫る。
時に互いに上下逆となったままレンリから繰り出される殴打を避け、足を引く水中の幽霊の如く真下から伸びる手を間に生成した氷を盾に防ぐ。
そして幾度かの攻防の後。
真上から垂直に振り下ろされた蹴りを、鼻先を守る氷を掠らせながら回避し――。
「はっ!!」
それに合わせ、俺はここで模擬戦の決着をつけるために、正面で向かい合う形になったレンリへと右手のキュウカを薙いだ。
しかし、その軌道上に盾の如く置いた彼女の左腕にぶち当たった瞬間、美しい直刃の刀身は呆気なく砕け散ってしまう。
細かな破片がキラキラと照明の光を反射しながら流されていく。
その光景に動揺してしま…………ったかのように見せかけるため、俺は僅かに目を開いて動きを鈍らせた。
「そのようなナマクラでは、この身は傷一つつきませんよ!!」
それを勝機と見たレンリは、アガートラムで俺の左肩を守る氷の装甲を握り潰すようにしながら砕き、そのまま左の上腕を掴み上げた。
万力で締め上げられたかのような激痛が走る。
が、それを顔には出さないように耐える。
「それは、どうかな」
そして俺はそう不敵に言い放つと、センカを右手に持ち替えて振るった。
逸話に基づいた機能を捨てることで位階だけ第六位階に保ったキュウカ。
対照的に、通常時は第一位階ながら一撃のみオリジナルの力を発揮できるセンカ。
祈望之器の最高峰に位置する印刀ホウゲツと遜色ない威力の一閃は、彼女の右腕、アガートラムのつけ根の生身の部分に確かに命中し……。
「え? ……あがっ! ぐう、くっ」
一瞬遅れてやってきたのだろう痛みに、レンリのくぐもった声が響く中。
アクエリアル帝国の国宝たる第六位階の祈望之器は更に俺の力で氷漬けにされて水中を漂い、断ち切られた彼女の右腕からは血が溢れ出す。
それとほぼ同時に、訓練施設を埋め尽くしていた水は一瞬の内に消え去り――。
「俺の勝ちだ」
一撃で朽ち果てたセンカの代わりに新たに影の中から出した予備の刀を、左手で右腕を抑えて蹲るレンリの首筋に突きつけ、俺はそう宣言した。
内心その痛々しい姿に罪悪感を抱き、早く認めて治療させてくれ、と焦りながら。
「……ええ。私の負けです」
対してレンリは、数秒の時間を開けてから応じる。
それを受けて俺が刀を離すと、彼女は手を差し伸べる間もなく静かに立ち上がった。
「お、おい。無理するな……って、それ」
その時には傷口は既にほぼ塞がっており、さすがにそれには素で驚いてしまう。
「アガートラムには治癒力の促進効果もあり、左手と両足の銀の四肢にも同様の力がありますから。急に身体強化のレベルが下がったので、少し違和感はありますが」
レンリはそう言いながら柔らかく微笑むと、勝敗が決すると同時に解凍されて床に転がっていたアガートラムを左手で拾い上げ、右腕にくっつけるように押しつけた。
直後、端正な顔を一瞬だけしかめた彼女が左手を離すと、再びアガートラムは彼女の右腕としての役割を取り戻していた。
「……再戦、とか言わないよな?」
「まさか! 指切りの契約は絶対です。そんなことをすれば、いくら私でも喉が裂けて死んでしまいますよ!」
右手の具合を確かめるように掌を握ったり開いたりしていたレンリの姿に不安を覚えて尋ねた俺に、彼女はグイッと顔を寄せながら少し不満そうに返す。
その勢いに、思わず一歩引いてしまう。何だか急に距離感が近い。
何となく頬が紅潮し、瞳も潤んでいるように見える。
「じゃ、じゃあ、セト達にはもう危害を加えないってことでいいな?」
「勿論です。その上で、近くにいる限りは私がこの手で守って差し上げます」
そんなレンリの様子に戸惑いながらも問いを続けると、彼女は自分に任せろと言うように、胸を張って平たいそこの真ん中に右手を置きながら答えた。
微妙に砕けたように感じる態度は一先ず置いておくとして、その言葉に安心を抱く。
最低限の目的は達せられたと言っていい。
しかし、そうやってホッとしたのも束の間。
「と言う訳で、末永くよろしくお願い致します。私の旦那様」
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