ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

071 脱け殻

「こ、この子が……」

 短くない時間の間、頭が回らず、やっとのことで絞り出すように声を発する。
 救世の転生者が最終的に倒すべき敵。言わばラスボス。
 それがこの少女……少なくともその形をした存在だと言うのか。
 俄かには信じられず、つい不躾に彼女の全身をじろじろと見回してしまう。
 しかし、ガラテアと呼ばれた存在はそれを咎めることもなく、意思があるのかどうかも分からないような虚ろな視線を俺に向けていた。
 ぶかぶかな貫頭衣姿であることと言い、到底そんな恐ろしい存在には見えない。

「この子が、ガラテアなんですか?」

 やはり信じがたく、疑いの色を声に滲ませてしまう。
 奉献の巫女ヒメ様の言葉。虚言とは思えないが……。

「正確にはガラテアの体だゾ」

 そんな俺の疑問に対し、横からトリリス様が一つ単語をつけ足して答えてくれる。
 しかし、余計に訳が分からない。

「か、体?」

 むしろ理解から遠ざかり、俺は思わず問い気味に繰り返してしまった。
 そうしながらガラテア(仮)をもう一度観察するが、どうしても告げられた内容と抱いた印象が頭の中で繋がらない。混乱が深まるばかりだ。

「その、どこをどう見ても女の子、ですけど……」

 勿論、これまで人形化魔物ピグマリオンと遭遇したことは一度もないので、確かなことは言えない。
 しかし、以前イリュファから教わった知識によれば、人形化魔物というものは人型なだけで少女化魔物ロリータのような生物的な質感、気配はないらしい。
 RPGに出てくる魔物で言うなら、ゴーレムとかリビングアーマーとかああいう類だ。
 だが、人形化魔物だという彼女は、少なくとも肌が露出した顔は人間のように見える。
 表情が乏し過ぎて人形のように感じられるのは、また別の話として。

「それは当然なのです……」
「ガラテアは、精巧な少女のドールが人形化魔物となったものだからナ。外見に関してだけ言えば、他の人形化魔物とは少々毛色が違うのだゾ」

 一応、その理屈は理解できなくもないか。

「けど、魔物からじゃなく、無生物から直接人形化魔物になるものなんですか?」
「そもそも人形化魔物は生物的でない魔物に起源を持つものが多いのですが、そうした魔物は無生物が変化して生じることもあるのです……」

 俺の問いに、恐らく前提の部分から説明をしてくれるディームさん。
 その系統の魔物に関しては、付喪神みたいなものを思い浮かべればよさそうだ。
 そういうイメージが共通認識としてあれば、そうなっても不思議ではない。

「少女化魔物が思念から直接発生する可能性もある以上、魔物の形態を飛び越えて無生物から人形化魔物が生じることも十分あり得るのです……」

 全ては思念の蓄積具合次第ということだろう。
 余程急激に人の思念が集積すれば、あるいは少女化魔物と同じく、何もないところから直接イメージだけで人形化魔物が生まれることもあるのかもしれない。
 ……まあ、そこは別にいい。

「でも、本当にこの子がドールの人形化魔物なんですか?」
「信じられない? なら……テレサ、イサクに証拠を見せてあげて」

 ヒメ様がそう言うと、テレサさんが素早くガラテア(仮)の背後に回る。
 一体何をするつもりだろうと訝しんでいると――。

「ちょ、な、何やってるんですか!?」

 テレサさんは何を思ったか、ガラテア(仮)の貫頭衣をはぎ取ってしまった。
 一切の躊躇がなく、とめる間もなかった。
 直後、視界に少女的な華奢にも程がある輪郭をした肌色が映る。
 ガラテア(仮)は下着も何もつけていなかったらしい。
 さすがに気まずく、慌てて目を背けようとするが……。

「って、これ――」
「気づいたみたいね」

 その途中で生身の人間ではあり得ない部分が目に留まり、無意識に凝視してしまった。

「球体関節……」

 肩。肘。手首。太腿のつけ根。膝。足首。指の一本一本に至るまで。
 紛うことなき球体関節人形だ。よくよく見ると、肌の質感も違う。
 例外は顔。そこだけは人形ではなく、生きた人間にしか見えない。
 どっちつかずの不可思議な存在だ。
 間違いなく無生物でも、人間でも、少女化魔物でもない。
 これが人形化魔物か。

「本当に、ドールの……」

 もう、そこは信じるとしよう。
 ガラテアの体であるという点についても。
 さすがにこんなところまで来て、国のトップたる人間が嘘を言うとは思えないし。
 とは言え――。

「仮にガラテアの体だとして、どういう経緯でこんなところに?」

 そこを受け入れても、疑問点はまだまだ多い。
 この問いかけもその一つだ。

「何故ガラテアの体を手に入れられたかは分からないの。初代救世の転生者とガラテアとの最終決戦の後、戦いの地に打ち捨てられていたのを回収したのが始まりだから」
「打ち捨てられていた?」
「ガラテアを体ごと葬り去ることができず、中身のみを滅したと思われるのです……」
「推測、なんですか?」
「真性少女契約ロリータコントラクトを結ばないことで、長く救世の転生者達のサポートをすることを選んだワタシ達は帯同していなかったからナ」
「できなかった、と言うべきなのです……」

 第六位階の複合発露エクスコンプレックスが吹き荒れる場には、さすがに第五位階の複合発露のみで突っ込むことはできないか。俺も御免被りたい。

「目撃者は?」
「初代は、恐らく相討ち。真性少女契約した少女化魔物達も……」

 帰ってこなかったという訳か。
 まあ、ガラテアの体だけが残された理由は不明瞭だが、経緯は理解した。
 重要なのは次の疑問だ。

「そのガラテアの体があれば、必ず不完全な状態のガラテアと対峙できるというのは?」
「元々これはガラテアの体だからナ。中身、本体は取り戻そうとするのだゾ」
「ガラテアはこの体でなければ完全な力を発揮できないのです。そういう逸話を世界全体に流すことによって、その事実を付与した上で補強しているのです……」

 成程。そういうことか。
 その利点を保つため、救世のフローチャートを確かなものとするために、恐らく歴代の救世の転生者達も中身だけを討ち果たし、この存在を後世に残し続けてきたに違いない。
 一先ず、そういうこととして理解する。しかし――。

「そんな逸話、俺は聞いたことありませんけど……」
「先入観なくことに当たって欲しいから、ガラテアの情報には一部触れさせないようにイリュファに指示してたの。ごめんね」

 ソファに埋まったまま、悪びれずにサラッと言うヒメ様。
 まあ、彼女はいい。いや、よくはないが、トリリス様と同じように諦めるしかない。
 問題はイリュファだ。
 恨みがましく影を睨むが、こちらはだんまりを決め込んでいる。
 後で問い詰めるとしよう。

「まあ、そういう訳。だから…………これはイサクにあげるね」
「……はあ!?」

 と、突然ヒメ様が突拍子もないことを言い放ち、俺は無礼にも程がある感じで大きな声を上げてしまった。一体何を言ってるんだ、この人は。

「だって、さっき授けるって言ったじゃん」
「い、言いましたけども!」

 そんな、ものみたいに。

「これはこちら側の切り札。ただし、弱点でもある」
「奪われてしまえばガラテアは完全体となるのだからナ」
「第五位階が精々の私達が持つより、イサクが持っていた方がいいのです……」
「そろそろガラテアも動き出してるし、所有者は危険に対応できないとね」

 三人が立て続けに、反論の間を潰すように言う。
 確かにそれはそうかもしれないけれども。
 この子の扱いが少々目に余る。人外ロリコンたる俺からすると。

「返品はなしだよ」
「……さっきから、何だか扱いが雑じゃないですか? いくら人形化魔物だとしても、この子自体は無害で罪もないんでしょう?」
「ん………………さすが、救世の転生者様ね」

 俺が険のある声で指摘すると、ヒメ様はだらけた様子を一変させ、感嘆や憧憬、苦痛などが混じったような複雑な感情を表情に湛えながら小さく呟く。
 その様子は、何故かイリュファが時折見せる顔に似ているように感じられた。

「どういうことですか?」

 その反応の理由を問うように視線を向けるが、彼女は「ううん、何でもない」と誤魔化すように言うと再び弛緩したような顔になってしまった。
 ……これも演技か。
 いずれにしても、色々な意味で追及が躊躇われる姿だ。本当に困った人だと思う。
 そのヒメ様は、そんな状態のまま続けて口を開く。

「……まあ、これの扱いについては勘弁して欲しいな。いくら脱け殻とは言っても、わたし達からすれば不倶戴天の敵そのものなんだから」

 何がさすが救世の転生者なのかは結局分からなかったが、言い分は理解できなくもない。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはまた少し違う状況だろうし。
 納得はしないが。

「わたし達の扱いが気に入らないなら、イサクが大事にしてあげて」

 そんなヒメ様の言葉に合わせるように、テレサさんが無言で俺に貫頭衣を渡してくる。
 俺は軽く彼女を睨みながら受け取り、すぐさまガラテアの体に着せた。

「……この子は俺の好きにさせて貰います。いいですね」
「問題ないよ。ガラテアの手に渡らないようにさえしてくれれば」
「渡しませんよ」

 そうヒメ様に言い、ガラテアの少し冷たくも柔らかな手を取って隣に立たせる。
 しかし、そう啖呵を切ったものの、胸の内には不安が渦巻いていた。
 いつかの懸念が現実になってしまった訳だから。
 少女の人形なんて人外ロリの筆頭みたいなものだ。
 そのガラテアを倒し、世界を救済するのが救世の転生者たる俺の役目。
 人外ロリコンである俺に本当にそんな真似ができるのか心配になる。
 しかし、それでも。

「この子は庇護すべき対象です。俺にとっては」

 ぼんやりと俺の横顔を見詰め続けている無垢な存在。
 この子を奪うために何者かが襲いかかってくるのなら、それがどのようなものからであろうとも必ず守り抜こう。そう俺は心に固く誓誓い、彼女の手を握る力を少し強めた。

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