ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

040 恐れの感情を向けられ

「サユキッ!!」

 後数歩で手が届く距離。
 その姿をハッキリと認めて再度叫ぶ。

 美しい白銀の髪と瞳。俺と共に作り上げた、雪の結晶の紋様が散りばめられた着物。
 顔立ちは少し成長しているものの、あの日の面影がある。
 しかし、その様子はあの日の彼女とは程遠い。

 父さんに簪を抜き取られたために、綺麗な長い髪は風に乱されるまま舞っている。
 様々な感情が綯い交ぜの表情は似ても似つかなく、胸が掻き毟られるようだ。
 特にフェリトの暴走の時とは違い、怒りや悲しみよりも恐怖の感情が見て取れるから。

「サユキッ!!」

 悲痛な表情の彼女にもう一度呼びかける。

「ひっ」

 しかし、サユキは俺の声が分からないのか小さく短い悲鳴を上げ、それどころか……。

「避けろ!」

 一層攻撃が激化し、父さんが怒鳴るように警鐘を鳴らした。
 空間の凍結が、先程までよりも短いスパンで襲いかかってくる。
 細かく方向転換しなければ、即座に捕らえられてしまうだろう。

 それでも、遠距離から接近を試みていた時よりは、この攻撃に関してはマシだった。
 本来の能力がどの程度のものかは分からないが、少なくとも現時点では視界に映るものを凍りつかせている。故に近距離からだと凍りつく範囲が若干狭い。
 勿論、視界不良や距離があることによって生じる誤差が少なくなっているデメリットはあるが、視線を読める分だけ回避し易い。しかし――。

「イサクよ。長くは持たぬぞ」
「分かってる」

 母さんの忠告に頷き、サユキを見据える。
 彼女の暴走パラ複合発露エクスコンプレックスの真なる脅威。
 それは意図的に対象を凍らせる力ではない。
 そちらはあくまでも付随的なもの。
 本来の力を局所的に集中させただけのものでしかない。
 問題は近づけば近づく程に大きくなるスリップダメージ。

「う、うぅ、寒い、です」

 俺の〈擬竜転身デミドラゴナイズ〉。イリュファの〈呪詛アヴェンジ反転リトリビュート〉。フェリトの〈不協調律ジャマークライ〉。
 これらを模倣するリクルの〈如意フィギュア鋳我トランスファー〉。
 何より、父さんと母さんのアーク複合発露エクスコンプレックス火炎レッド巨竜ギガ転身ドラゴナイズ〉。
 その全てを駆使し、何とかその影響を防いでいるが、ここまで近づくとどうやらサユキの暴走・複合発露の力の方が上回ってしまっているようだ。
 リクルが呟いたように、遠くにいた時には感じなかった寒さが肌を刺す。
 周囲を炎が噴き上がっているにもかかわらず。

「イサク様、急いで下さい!」
「あの子は貴方を待ってたんでしょ!? 早く助けてあげて!」

 イリュファとフェリトもまた寒さに耐えるような声と共に、徐々に厳しくなっていく状況に焦りを滲ませながら発破をかけてくる。
 そんな二人に俺は頷き――。

「サユキッ!! 目を覚ませ!!」

 より彼女に近づこうと試みながら叫び続けた。

「い、いやあああああああああっ!!」

 しかし、サユキは俺に恐怖の視線を向けるばかりで、悲鳴のような絶叫と共に遮二無二周囲を凍りつかせようとする。
 空間にできた氷の塊が乱雑に地に落ち、既に転がっていた別の氷にぶつかって大きな音を立てていく。時間が経つ程に足場が乱れ、動きにくくなるのは必定だ。

「くっ……もっと近づかなきゃ駄目なのか?」

 声だけでは正気に戻せないのなら、ちゃんと彼女の目に俺の姿を映さなければならない。
 ただ、そうなると…………五体無事とはいかないかもしれないな。
 しかし、サユキが自分を取り戻せば、父さんの右手も含めて凍結は解除されるはずだ。
 多少のリスクは許容すべきだろう。
 そう覚悟を決め――。

「行くぞ……火の根源に我は希う。『広域』『炸裂』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈焦熱〉之〈爆裂炎〉!」

 まずサユキの探知能力を潰し、視界を奪うために己をも巻き込むように爆炎を放つ。

「光の根源に我は希う。『纏繞』『同化』『直進』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈日輪〉之〈瞬転光〉」

 同時に、更に連続で祈念魔法を使用し、超高速でサユキの真後ろに回り込む。
 そして背後から彼女に近づき、その肩を掴んでこちらを向かせる。

「サユキ! 俺だ! イサクだ!」
「ひっ、ひい、いやあ」

 対して彼女は嫌々をするように首を横に振り、必死に逃れようとする。
 怯えた子供のように目を閉じて涙を流しながら暴れる。
 これだけしても、僅かたりとも声が届く気配がない。

 何故。何故。何が悪い?
 疑問が脳裏を埋め尽くす。

「やああああああああっ!!」

 その間に彼女は恐怖を敵意に転嫁し、その白銀の瞳を見開いて俺を見た。
 ほんの一瞬だけ視線が合う。
 視覚もまた強化されている俺の目に、サユキの瞳に反射した俺自身の姿が映る。
 次の瞬間、俺は咄嗟に左手を間に挟んで彼女の視界を塞いだ。
 同時に跳び退り、更に俺を氷漬けにしようとしてくる彼女の視線から逃れ続ける。
 完全に凍りついてしまった左手を庇いながら。

「イサクッ!」

 それを影の中から見ていた母さんが悲鳴のような声を上げる。

「お前でも、駄目なのか」

 無意味にダメージだけを負ってしまった。そう考え、それ以上にただただ悪化していく状況に焦燥感を抱いたように呆然と父さんが言う。
 解決の糸口は見えない。
 にもかかわらず、俺は彼女の暴走・複合発露の影響を受けてしまった。
 この状態で、もしサユキの命を奪えば俺の左手は一生このまま。
 その一生もこの状態異常のせいで短くなってしまうかもしれない。
 恐らく父さんと母さんは共に、そんな風に自身の判断は間違いだったと後悔していることだろう。

「は、ははっ」

 しかし、そんな二人とは対照的に、俺は思わず笑ってしまった。

「イ、イサクッ!?」

 気でも狂ったかと言うように呼びかける母さん。
 別におかしくなった訳ではない。
 余りにも馬鹿な己に、ついつい自嘲してしまっただけだ。
 判断ミスをしたのは父さんでも母さんでもない。この俺だ。

「ごめんな、サユキ。怖がらせちゃってさ」
「ひ、ひぃ、ううう、うあああああああああああっ!!」

 俺の謝罪も届かず、泣き喚きながら攻撃を繰り返すサユキ。
 癇癪を起した子供のようだ。
 ……そう。子供なのだ。彼女は。
 たとえ外見は成長しようとも。
 たとえ観測者として魔物に比べて一段も二段も上位の存在になっていたとしても。

 ましてや彼女は当時の俺の姿しか知らない。
 今の俺の少し成長した姿は知らないし、何よりも――。

「そりゃ、怖いよな」

 彼女の白銀の目に映った俺。複合発露〈擬竜転身〉を使用して竜の如き真紅の鱗に覆われた俺の姿など、サユキが知る由もない。
 己に迫って来る見知らぬ異形など、幼い子供なら恐れを抱いて然るべきだ。

「は、ははははっ!!」

 だから、俺は馬鹿な自分自身を嘲笑うように声を上げ、彼女が己の目に映る恐ろしい化け物を寄りつかせまいと繰り返す攻撃を避け続けた。

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