【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

最終話 自由 ④混沌の秩序へ

    ***

 女神アリュシーダの顕現とそれに挑んだ存在との戦いから百有余年。
 世界は大きく変わった。
 女神アリュシーダの祝福は失われ、この百年の間に全人類が進化の因子を取り戻した。

「その結果、世界は混乱の渦に陥りました」

 眼前の少年の言葉に、老いた男は視線で続きを促した。

「そこだけを切り取ると女神アリュシーダを打ち倒した者を邪神などと呼び、祝福が消失したこの状態を邪神の呪いと言いたくなるのも分かります」
「そうだな。では、その上でお前はどう思う?」
「別に邪神の呪いとは言っても、実際に負の影響力を世界に及ぼした訳ではないんでしょう? だったら、全部人間の業って奴じゃないんですか?」

 己の問いかけに問い返すような感じではありながらもそう答えた少年に、老人は僅かに口角を上げて軽く頷いた。

「神様を取り払った結果がこれなら、人間が人間の力で解決してくしかないでしょう」
「ああ。その通りだ、ヘプタ」

 そして少年、ヘプタの結論に満足しながら同意を示す。
 断言する姿にかつての自分よりも賢明だと感心しながら。

「けど、一体どうしたんですか、教官。突然いらっしゃって」
「何、大したことじゃない。俺の最後の教え子に、一つ頼みごとがあっただけだ」

 非番の彼には少し申し訳ないが。

「頼みごと、ですか?」

 訝しげに問うヘプタに「そうだ」と老人は答える。

「俺も年老いた。死ぬまで教官を続けるつもりだったが、体の無理も効かなくなった。日一日と動きが鈍っているのが分かる」

 魔法と魔動器を始めとした技術の進歩によって人間の寿命は大きく延びた。
 具体的に数字で言えば、平均寿命一五〇歳というところだ。
 超越人イヴォルヴァーという肉体の改変技術を基礎とした細胞治療によって老化も抑制され、健康寿命も大幅に改善された。
 とは言え、さすがに一二〇を超えて戦闘技術の教官はきつい。
 故に老人は、最後に教官生活の中でも特に優秀と言えるヘプタを鍛え上げ、それを以って退官したのだ。ヘプタが部隊に正式配属されたのと同時期に。

「まあ、それはいい。俺はやり切ったと思う。だが、友との約束があってな」
「ご友人との約束、ですか」
「ああ。支配や束縛に依らない自由ある平和を目指す。それを人の手だけで作り上げ、長く、永く継続させる」

 もう一つあるが、それはもはや望むべくもないことだ。

「それは、また困難な」

 老人の言葉に眉をひそめるヘプタ。
 現在の世界の状況を鑑みれば、そのような反応になるのも無理もないことだ。
 女神アリュシーダの祝福は失われた結果、千年の平和は脆くも崩れ去り、百年以上にわたって戦乱が続いているのだから。
 故にこそヘプタが言ったように、女神アリュシーダに立ち向かったユウヤ・ロクマとその仲間達を邪神などと総称する者達がいるのだ。
 女神を討つ所業。人間の身には到底不可能だと神などという称号まで押しつけて。

「……未だ水星イクタステリ王国は頑なです。四方を海に囲まれ、中枢は海中という立地も相まって百年以上七星ヘプタステリ王国と同盟国に抗っています」
「それに、女神アリュシーダを信奉する純血派が新興した純星モノアステリ連合国の存在もある」

 懸念を口にするヘプタに、補足するようにつけ足す。
 この百年の世界情勢は正に過渡期の様相を呈している。
 あの日。女神アリュシーダの祝福が消え去った日を境に、千年もの間、疑問に思うこともあり得ない常識として継続していた理が崩れ去った。
 例えば、固定されていた各種族の人口比率。
 例えば、決して混じり合うことのなかった七つの種族。
 特に後者は千年以上前ですらあり得なかったこと。
 この世に女神アリュシーダの祝福が一片たりとも残されていない有力な証拠だ。
 だからこそ純血であることに拘り、それを女神との繋がりと信じる者がいる。

「彼らと分かり合うことは難しいかと」
「それならそれで仕方ないだろう。何が何でも分かり合え、争うな、とは言わない」

 ここ百年の進歩。人間に有益な技術の発展。争いに端を発したものでもある。
 争いの全てが全て悪ではない。
 邪神と呼ばれるに至った彼ら風に言えば、人の自由さえ損なわれなければ。

「分かり合えないなら分かり合えないなりの秩序を作るしかない。最悪、互いに干渉しない世界でもいい。人間の自由を最大限確保できる社会であれば」

 それが冷戦の如き薄氷の上の平和だったとしても構わない。
 永劫続けば、それもまた平和な状態に間違いないのだから。
 逆にどれだけ平和であっても、支配や束縛で作り出した秩序は容認できない。
 それを認めるなら、あの時彼らを前に引き下がることはなかった。

「……俺には荷が重過ぎます。それは一人でどうにかなる話ではないでしょう」
「別にお前一人でやれとは言わんさ。しかし、お前程、今この世界でそうした動きの中心となるに相応しい人間もいまい」
「それは、種族的な意味合いで?」

 ヘプタの確認するような問いに頷く。
 彼は七種族全ての血を引いている。
 七星ヘプタステリ王国では混血など珍しくもないが、それでもまだ生まれ始めて百年。
 七種族全てとなると少し珍しい。まして相応の強さを持っている者なら尚更のこと。
 ある種、新時代の象徴とも言える存在だ。その名も含めて。

「勿論、お前の時代で完成させろとは言わない。よしんば完成したとしても、長く長く継続していかなければならないものだ。お前もまた誰かに託さなければならないだろう」

 老人の言葉を耳にし、ヘプタは考え込むように俯いた。

「そこまで深刻に捉えなくていい。拒絶しても構わない。強制したところで、それは自由ある平和などとは断じて言えないからな。頭の片隅に置いておくぐらいで構わない」
「……そういうことでしたら」

 続けた老人に消極的な感じながら了承の意を示すヘプタ。
 そんな彼の態度に、老いた男は満足して小さく笑みを浮かべた。
 少々自己評価が低いのが玉に瑕だが、自由を尊く思う気持ちの強さはよく知っている。
 この少年ならば、着実に彼らが望んだ自由へと世界を近づけてくれるだろう。
 たとえ僅かであっても。

「っと、すみません。緊急通信です」

 丁度話が一段落したところを見計らうように入った通信を受け、ヘプタはそう断って通信機を手に取って操作し始める。
 そこから漏れ聞こえるやり取りに老人は目つきを険しくした。

「教官」
「聞こえていた。同時多発的に暴走した真超越人ハイイヴォルヴァーが発生したと」
「はい。純星モノアステリ連合国によるテロでしょう」

 言っては悪いが、テロ自体はいつものことだ。
 七星ヘプタステリ王国の国民が拉致されて人体実験に用いられ、その挙句、破壊工作を目的として超越人イヴォルヴァー真超越人ハイイヴォルヴァーと化した彼らが送り込まれる。
 これに対処するのが、現在の超越人イヴォルヴァー対策班。ヘプタが所属する部隊だ。

「余りにも数が多く、非番の班員も狩り出されています。俺も招集を受けました。折角お越し下さったのに申し訳ありませんが……」
「ああ。構わない。職務を全うしてくれ」
「はい!」

 礼をして超越人イヴォルヴァー対策班の寮舎を飛び出していくヘプタを見送り、それから自身の情報収集用の魔動器を起動させる。

(これは少々数が多過ぎる。…………まずいな)

 しばらく状況を確認していると、何区画か明らかに手が回っていない場所があった。
 急襲と言っていい状態だ。避難も間に合っていないだろう。

(少しでも被害を少なくしなければ)

 老いた身であり、微力ではあるものの、戦う力はある。
 ならば、何もしないなどという選択肢はあり得ない。

「アサルトオン」
《Change Over-Organthrope》

 故に老骨に鞭打ち、老人アレス・スタバーン・カレッジは現場へと駆け出した。
 電子音と共に六色に彩られた鎧、鬼を模したような装甲を纏いながら。
 当然、百年の間に改良され、効率は大幅に向上している。
 もっとも使い手の老いにより、全盛期には程遠い力しか発揮できないが。
 ユウヤと最後に戦った時より弱いかもしれない。

(それでも)

 人々を超越人イヴォルヴァーの脅威から守るのが超越人イヴォルヴァー対策班の役目。
 そこに百年近く身を置いてきた者の矜持。
 故に、手が足りずに暴れるがままになっていた超越人イヴォルヴァーと対峙し、挑みかかる。

「くっ」

 しかし、敵は百年の進歩の中で強化された真超越人ハイイヴォルヴァー
 老いたアレスには手に余る相手だ。
 とは言え、理性をなくして暴走する真超越人ハイイヴォルヴァー相手ならば、格上が相手でも抑え込むことができる。その程度には年月を重ね、老練さを得た。
 そしてアレスは、無造作な攻撃は最小限の動きで回避し、それと同時に相手のバランスが崩れるように攻撃を繰り出す。

《Rapid Convergence》

 その中で隙を見極め、急速に収束させた魔力で身体能力を一時的に強化して一気に接近。
 そのまま、かつての大剣ではなく、やや小振りの両手剣を相手に打ちつけた。

《Over Magic Absorber》

 瞬間、かつてのMPキャンセラーの機能が自動で起動する。
 それによって真超越人ハイイヴォルヴァーは一時的に無力化され、装甲が消滅して翼人プテラントロープ妖精人テオトロープとのハーフと思しき女性の顔が晒された。
 魔法や魔動器で操られていたとしても、魔力が吸収されれば解除されているだろう。
 そう判断して息を整えつつ、他の場所の状況を確認する。

(この短期間に残る区画が全て収束した?)

 他に誰か駆けつけた人間がいたのだろうか。
 その付近には予備役や退役した者も含め、戦える者はいなかったと記憶しているが。

(偶然通りかかりでもしたのか?)

 訝しみながらも、被害が抑えられたのならと少し緊張を解く。
 実態の調査は超越人イヴォルヴァー対策班の仕事だ。
 ……そこで僅かに気を緩めた辺り、アレス自身自覚した老いがあったのだろう。

《Over Evolve》

 突如として、魔力を散らされて無力化させられたはずの女性から電子音が鳴り響く。
 同時に彼女は、一瞬の内に再び真超越人ハイイヴォルヴァーとなり、更には過剰進化オーバーイヴォルヴしてしまった。

「しまっ――」

 それは変化の途中に間合いを詰めてきて、アレスは咄嗟に迎撃しようとしたが、一瞬の遅れが致命的だった。間に合わないと経験から分かる。
 単なる真超越人ハイイヴォルヴァーの時よりも強大な力。一撃で死に至ると、直感的に認識させられた。
 死の淵にあって感覚が引き伸ばされる中、走馬灯のようにこれまでの出来事が思い出される。激動の百年と、それと同等に色濃いある一年。

(まあ、よくやったか)

 彼らと出会う前の己を思えば、十二分に充実した人生だった。
 そう考え、目を瞑る。
 しかし……衝撃はいつまでもやってこなかった。

《Over Magic Absorber》

 代わりに聞こえてきたのは、改良されたMPキャンセラーとよく似た電子音。
 害意の圧は消え去り、アレスは何が起こったのか確かめるために静かに目を開いた。
 そして視界に映ったのは、建物の壁を背に気を失っている女性の姿と、見覚えのある鎧を身に纏った懐かしい存在。
 百年もの間見ていなかった姿だが、見忘れるはずもない。

「ま、まさか…………ユウヤ、か?」
「ああ。久し振りだな、アレス」

 何でもない普通の再会のように軽く告げる声。
 間違いなくアレスの友人たるユウヤ・ロクマだ。

「お前、今まで何を……」
「いや、女神アリュシーダを抑え込んだはいいけど身動きできなくてさ。百年かけてようやくそこそこの端末を作れるだけの余剰分ができたんだ。皆の弛まぬ努力のおかげで」
「そんな説明じゃ分からないぞ」
「まあ、そうだろうな。実は――」

 簡潔過ぎて理解できないアレスに、ユウヤは一から詳しく説明し始める。
 あの日、彼らは女神アリュシーダを討った訳ではなく、互角の力で抑え込んだだけだったらしい。そして百年。女神アリュシーダを封じながら、どうにか以上の力を得られないものか探ってきたのだと言う。
 その結実が、目の前にある顕現体とでも言うべきものなのだそうだ。
 もっとも、まだ完全ではなく時間制限つきらしいが。

「本当に、ただ見ているばかりで干渉も何もできなかったからなあ。ほぼ全ての力を女神アリュシーダの封印に割いていたから」

 しみじみ言うユウヤに、アレスは少し呆れて苦笑してしまった。
 正直とんでもないスケールの話だが、あの時期はそんな感じだったことを思い出す。
 昔と変わらぬ雰囲気。
 それを肌で実感すると気持ちが若くなった気分になる。

「っと、時間がないな」

 自分の体を確認しながら呟くユウヤ。

「今日はアレスに礼を言いたかったんだ」

 彼は仮面の中からアレスを真っ直ぐに見据え、そう続けた。

「礼?」

 まだユウヤと約束し、目指した世界は程遠い。
 そうされる理由が思いつかず、首を傾げる。

「多分アレスは気づいてないだろうけど、お前も今は亡きランドさんやオヤッさんも。この百年で何度も破滅の芽を摘んでくれた。自由が損なわれないようにしてくれた」

 その意味をユウヤに告げられ、それから続いた彼の「ありがとう」にアレスは小さくない安堵の気持ちを抱いた。
 後悔はなく充実した人生だったが、そこに間違いなく価値があったと誰かに保証されて嬉しくないことなどない。とは言え――。

「まあ、俺達の行動が役に立ったならよかったが……礼には及ばないさ。俺達の誰もが自分の自由な意思に従ってやっただけのことだからな」

 対価を求めてやってきた訳ではない。

「ああ。そうだな」

 そうした気持ちを込めて言うと、ユウヤはどことなく嬉しそうに頷いた。
 その答え方は、彼にとって最も望ましいものだったのだろう。
 勿論、ご機嫌取りで言っている訳ではない。今では本心からそう思っている。

「さて、そろそろ俺は行くよ。体、崩れてきたからな」
「……また、会えるか?」
「体を維持するのに必要な力が集まれば。ゆっくり飯を食うって約束もあったしな」
「覚えていたか」

 果たせずに終わると思っていた約束を果たせること。相手もまた忘れずにいてくれたこと。この再会。全てが吉兆に思え、喜ばしく表情が緩む。

「だったら……またな、でいいな?」
「ああ。またな、アレス」

 そしてユウヤはそう答えると、光の粒子と化して消え去った。
 最後まで視界に残っていた一つの粒子を目で追う。

「自由ある秩序。まだまだ道半ばだな。いや、終わりなどないのかもしれない」

 それからアレスは瞑目し、己の人生を振り返りながら呟いた。

「……だが、アイツらはそれを目指し続けるんだろうな。己の存在が続く限り」

 何せ、あのような状態になっても尚、抗い続けているのだから。
 無意識に笑みが浮かぶ。何やら活力のようなものが湧いてくるのを感じる。

(……教え子に託したら、もう何もできない訳でもない)

 余生を穏やかにというのも一つの選択肢ではある。
 だが、アレスにとって老いたからやれることはないと思うことは、それこそユウヤと出会う以前、生まれの潜在生命力と潜在魔力に壁を感じていた時と同じことだ。
 老いて尚、人は自由。
 何かを始めることはいくらでもできる。
 己にとって好ましい方を選び続けるとしよう。

(少しでも、自由ある秩序に近づくために)

 かつて世界に戦乱を呼び起こしかねないとして、それを本当に追及していいものか迷ったこともあった。
 この百年、実際に争いは続き、多くの怒りや悲しみがあった。
 それでも――。

(俺は最後まで生き切ろう)

 苦難に満ちた道のりには、生の実感があった。
 ユウヤと出会う以前にはなかったもの。
 それを決して失わず、ユウヤ達に顔向けできるような歩みを最後まで続けていきたい。
 勿論、誰かがその後を辿る時のため、少しでも苦痛のない道へと舗装していきながら。
 そう萎れつつあった心を奮い立たせ…………アレスは被害者の女性を連れてその場を立ち去ったのだった。

    ***

 これ以後、歴史の中に、オルタネイトと名乗る謎の戦士が出現した記録が散見されるようになる。
 後から振り返って人類の破滅に繋がりかねない危機だったと分かる事態を前に、その場その場の人々が精一杯の力を発揮して尚足りない時に現れ、少しの手助けだけをして去っていく。
 そんな人類の守護者の如き何者かが存在していても、人の世に人間の自由を奪う邪悪はなくならず、混沌の中から生まれる秩序の完成は程遠い。
 それでも……今日もまだ、この世界は確かに人の自由意思と共に存在し続けていた。

    ***

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