【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

最終話 自由 ①果てにあるもの

《Gauntlet Assault》
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Convergence》

 RapidConvergenceリングを使用して瞬時に魔力を収束すると共に、両腕にミトンガントレットを作り出し、眼前の女神アリュシーダへと突っ込む。
 速度は、アテウスの塔を失った時のそれと同程度に抑えながら。

「馬鹿の一つ覚えですか」

 対して、女神アリュシーダは呆れ果てたように嘆息気味に言うと、無限色の光を刃の形に収束して正面から振り下ろしてきた。

「っ! はああっ!」

 そのタイミングで一気に加速し、迫る無限色に輝く切っ先を回避して懐に入り込む。

《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」

 そのまま、六色の輝きを帯びる装甲に覆われた拳を女神アリュシーダの腹部に下から抉り、打ち上げるように振り抜く。
 その一撃を受けた女神アリュシーダは、肉体をくの字に折り曲げながら上空遥か高くへと弾き飛ばされ…………。
 一瞬の静寂の後、虹色の強烈な輝きと共に爆散した。

「……戦える。これなら」

 その太陽と見紛うような激しい閃光が収まった後、静かに呟く。
 融合以前の雄也では肉体への負荷を度外視しなければ至れなかった攻撃力。
 それだけの力を、安定的に出すことができている。
 生命力や魔力を利用した速度と言い、身体的なスペックはもはや女神アリュシーダに近い領域にあると言っていいだろう。

(だけど――)

 それだけでは勝利は得られない。

『ユウヤ!』

 ラディアに注意を促され、空を見上げる。
 そこには再び幾何学模様が描かれ始めていた。

「二度もこの体を破壊されるとは思いませんでした。ですが――」

 かと思えば、当たり前の顔をして再び女神アリュシーダが大地に降り立つ。
 この世界が続く限り、決して消えることのない絶対なる存在である
 こうなることは攻撃する前から分かっていた。

「何もかも無意味です。幾度この身を破壊しようとも、世界そのものたる私を滅ぼすことなどできはしないのですから」

 女神アリュシーダはそう告げると、再び無限色の光を束ねて剣を作り出す。

「そして、私は異物人でないものを許しません。どこへ逃げようとも、何度この仮初の肉体が砕かれようとも、必ず貴方を排除します」

 は更に続け、それから剣を両手で構えて再び切りかかってきた。
 その速度は雄也を上回り、尚且つ明らかに技量の改善も進んでしまっている。
 乾いた砂が水を吸うように。
 初めて脅威と言える攻撃に晒されたが故に、戦いに必要な知識を世界そのものから急激に引き出しているのだろう。
 ツナギのMPドライバーの力で星と融合した今、アテウスの塔のバックアップを得ていた時よりも安定して強さを発揮できているため、今のところ回避は難しくないが……。

(また鋭く――)

 絶え間なく技量の差は埋まっていく。
 そして、いずれは逆転され、技の差で敗北してしまうだろう。
 まだ容易く一撃入れられる内に、女神アリュシーダの持つ無限に再生する特性を打ち砕く起死回生の一手を生み出さなければならない。
 その時間を稼ぐため。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Convergence》

 振り下ろされた女神アリュシーダの刃を左の手甲で弾き、雄也は再びRapidConvergenceリングを利用して魔力を収束すると共に右の掌打を顔面に叩き込んだ。
 首から上が千切れ飛び、彼方で爆散する。
 一瞬遅れて、残った肉体が無限色の粒子と化して消え去った。
 すぐに女神アリュシーダの体は再生されるだろうが、それまでは猶予ができるはずだ。

(この状況……)

 そうした己の意図に強い既知感を抱く。

(……よくよく考えれば、ドクター・ワイルドとの最後の戦いの時と似てるんだよな)

 眼前の存在を打ち倒しても、即座に復活してしまう辺り。
 あの時はこちら側に身体能力の優位があり、技量は劣っていたのに対し、今回はこちら側に現時点では技量の優位があり、身体能力はやや劣るなど対照的な部分もあるが。

(異なる道を辿った俺は、薄々感づいていたのか?)

 女神アリュシーダという存在の成り立ちに。
 もしかしたら、それを受けて、同じ方向性での進化によって相手を上回ることも選択肢の一つとして考えていたのかもしれない。
 いや、あるいは千日手に持ち込もうとしていたのか。
 推測の域を出ないが、いずれにしても今必要なのは当時の彼の考えではない。

『皆、ドクター・ワイルドの時と同じ方法は通用すると思うか?』

 融合状態にあって一人煩悶する意味はない。全員に尋ねる。

『核となる部分を見つけて、力を流し込んで破壊するって奴?』

 問い返すフォーティアに『ああ』と肯定の意を伝える。

『多分、不可能だよ』

 それに横からメルが否定を口にし、更にクリアが続ける。

『まず、あれの核は世界そのもの。見つけるも何もないわ。周囲全てがあれなんだから』
『それに、わたし達の方が僅かであれ確実に出力が低い以上、破壊なんて無理だよ。仮に破壊できたとしても、その時は世界も一緒に崩壊すると思う』

 女神アリュシーダのあり方を思えば、確かにそうだろう。
 ドクター・ワイルドの時と似てはいるが、似ているだけだ。本質的には違う。
 あの時は互いの力の根源はあくまでも別にあった。独立していた。
 だが、雄也達の力は世界そのものたる女神アリュシーダの一部。内包されている。

『星と繋がって力を得たと言っても、出どころが女神アリュシーダの力と同じである以上は結局のところ生命力や魔力において上回ることは不可能、か』

 ラディアの言う通りであり、その事実を捻じ曲げることはできない。
 やはりドクター・ワイルドの時と同じ手段では、起死回生の一手にはなり得ない。
 この猶予の間に出た結論はそれだけだった。

「……もう一度告げましょう」

 と、またもや再生を果たした女神アリュシーダが口を開く。

「全て無意味です。貴方の行動は人のためになりません」
「くどいぞ」

 幾度目か繰り返された内容に、思わず舌打ちしながら返す。
 だが、その言葉は少しだけ響きがこれまでと異なっていた。
 最初に攻防を交わした時のような一滴の波紋の如き困惑ではなく、ハッキリとした波のような感情が感じ取れる。

「人は秩序によって縛られなければなりません。それが人の安寧に繋がるのです」
「また問答を繰り返すつもりか? 一欠片たりとも自由のない世界に安寧なんてものはない。そんなものはまやかしだ!」

 苛立ち混じりに吐き捨てる。何度同じことを言わせるつもりなのか。

「人が不幸になるとしても?」
「お前の世界の方が俺達にとっては不幸なんだよ!」
「破滅するとしても?」
「死が避けられないとしても、お前に屈することはない!」

 もう一度、記憶の中のウェーラの如く力強く告げる。
 対して女神アリュシーダは、微妙な気配を滲ませながら一瞬言葉を止める。

「……破滅とは貴方の死のことではありません」

 どうやら、その気配は意図した意味で伝わらなかったことへの苛立ちのようだった。
 勘違いして答えたこと少し恥ずかしさを感じるが、言葉の足らない相手が悪いと転嫁しておく。神ならば、勝手に文句を言われることも慣れているだろう。

「破滅とは人そのものの破滅です。人類全体の自滅です」
「……どういう、意味だ?」

 これまでとは異なる反応に戸惑い、訝しみながら問う。

「貴方が進化の因子と呼ぶそれは、紛うことなき争いの種火。人の、生物の本質。より強く、より優れたものになりたい。何ものにも束縛されることなく」

 その言葉に殊更否定すべきところはない。
 善悪はスタンスによって異なるが。
 争い自体を悪と断じることは、少なくとも雄也はする気はない。
 人の自由が侵害されない限り、それは人の発展を促すものとして必要な要素だ。
 だが、眼前の存在は僅かな争いすらも排除すべき悪と認識しているのだろう。

「人は争うように強大な力を得、そしてそれを同じ人に向ける。やがて、その身に余る力を作り出し、己が身も世界すらも滅ぼしかねません」

 そして女神アリュシーダは、その思想の根底にある考えを口にした。

「そのような存在を自由にさせる訳にはいきません。決して。自由の果てにあるものは破滅なのですから。秩序によって縛ることこそ人を守り、存続させる唯一の道なのです」

 これこそが、の言う慈悲を形作る理屈らしい。

「分かるでしょう。千年前の記憶を持つ貴方ならば。かつて人々は争いを続け、一つの種族が滅亡の危機に立たされていました」
「何を言って――」

 突然の言葉に思わず惚けるが、それもまた過去の事実ではある。
 ドクター・ワイルド異なる自分がウェーラと出会わなければ、いくら彼女が天才的な頭脳を持っていたとしても早晩基人アントロープは滅ぼされていただろうから。
 しかし、何故それを知っているのかと疑問に思っていると――。

「星との繋がりを得た者の記憶ならば、読み取るぐらいは可能です。この星もまた私の一部なのですから」

 女神アリュシーダは言外の問いに答えるように告げた。
 洗脳などの精神干渉を懸念するが、今現在なされていないことを考えると現状の雄也達の力ならばそれに侵されてしまうことはないようだ。
 そう判断する間にも女神アリュシーダは言葉を続ける。

「貴方自身の可能性の一つ。あの者は自由であることを追い求める余り、数々の混乱をこの時代に、この世界にもたらしました。多くの矛盾を孕みながら」

 雄也がこの世界に来てからのドクター・ワイルド。その所業。

「貴方を都合のよい人形に作り上げるため、一人の少女を呪うことによって戦いへと駆り立てた。一人の少女の父親を化物へと作り替え、彼女の手によって殺させた」

 の言葉に誤りはない。

「二人の少女の母親を唆し、己が子をすら進歩のためにと容易く犠牲にする狂気を生み出した。一人の少女の引け目を利用し、操り、彼女の大切な者達と争わせた」

 彼の行為については、たとえ由来を同じくしていようとも擁護するつもりはない。

「一人の少女の一族を己が目的のための奴隷とし、異なる道を望んだ彼女を両親に否定させた。一人の少女を両親の心を破壊することで孤独とし、祖国から放逐した」

 進化の因子を失った者は人ではないと言い訳し、その自由を蔑ろにしたことは邪悪としか言いようがない。そんなもの、容認できない。
 だからこそ、あのアテウスの塔での決戦に至るまで戦い続けてきたのだ。

「一人の少女の尊厳を穢してまで生み出した罪なき少女に、その犠牲を前提とした計画の中で大きな痛みを与え続けた」

 自由を信条としたはずの男のなしたこと。
 引き合いに出されるのは当然だろう。

「自由を求めることで多くの悲しみが生まれました。そして、その悲しみは自由を求めたはずの存在が他者に不自由を強いた矛盾に起因するものでもあります」
「だから、全員に不自由を強いるってのか」
「所詮、自由など強者にしか与えられないもの。弱者が得るとすれば、それは強者の施しに過ぎません。そして、そこに生じる格差もまた争いを加速させる要因でしょう」

 皆で仲よく貧乏になれば平等みたいな話だ。正直、気に入らない。

「誰もが強者たらんと足掻き、誰かの上に立てば別の強者を探して挑んでいく。人類いう種全体でもそうです。生命の頂点に立てば次は自然を。自然を支配すれば次は法則を」

 女神アリュシーダは、お前が今やっていることだと言うように見据えてきた。

「僅かな力にすら振り回されて争い合い、多くの不幸を生み出す人間がそれ程の力を得たならば、自らの力に耐え切れず自滅するのは必定です」

 恒星が己の質量に負けて自壊するように、人間もそうなると言いたいようだ。

「故に秩序によって縛り、自由を抑制しなければならない。それこそが人の心、生存の本能に求められし女神アリュシーダの結論。人間を守るにはこれ以外に方法はありません」

 成程と女神アリュシーダの理屈を少しだけ理解できた。

「星と繋がって得た力、その視点の高さがあれば、私の話が分かるはずです」

 更に続いた言葉に、の態度の違和感と今更な主張に納得する。
 一方的な通告ではなく、対話。
 女神アリュシーダの高みに近づくことができた証と言えるだろう。

「理解はした。もっとも、俺のやることは変わらないけどな」
「……そうですか。ですが、貴方以外の者はどうでしょう」

 アイリス達に向けて問う女神アリュシーダ。
 雄也に対しては最初から期待していなかったのだろう。
 記憶を覗き、この雄也とドクター・ワイルドとを同一視しているのかもしれない。

『……呪いを受けて縛られるのも、貴方の秩序とやらに縛られるのも同じこと。私はユウヤと共に生きる。何ものにも束縛されないくらいに強く』

 そんな神の問いに、最初に槍玉に挙げられたアイリスが答え――。

『秩序と言っても所詮は支配の形の一つ。民の理解なく強いるのは暴君の所業。ワタクシは暴君を容認するつもりはありませんわ』
『お母さんが歪んだ元々の原因は、秩序という名の抑圧』『勿論、最初から自由が与えられてたらどうなってたかなんて分かんないけど……まあ、だから好みの問題よ』『『私達は自由に進歩を目指すのが好き。だから、貴方の秩序には従わない』』
『まあ、アタシのは単にアタシが弱かったせいだからねえ。とにかく、アタシは昨日の自分よりも強くなることを目指すだけさ』
『私の両親は束縛から解放された時、空っぽになってしまいました。あれがきっと貴方の世界に生きる人の上辺を取り払った本質なんでしょう。私はそんな世界は嫌です!』

 プルトナ、メルとクリア、フォーティア、イクティナと続き、それらを受けてラディアが口を開く。

『自由が生んだ不自由を理由に説得しようと無駄なことだ。それは結局、不自由の亜種でしかない。たとえ自由によって生じたものであれ、おぞましい不自由を経験した私達がお前の言う秩序を認めることはない』

 各々揺らぐことなく告げる声に、雄也は無意識に口元が緩んだ。

『私はお父様達との今が幸せ。それを壊して欲しくない』

 ハッキリとした言葉で締め括ったツナギに更に力を貰う。

「そういうことだ。俺は、俺達は抗い続ける」
「世界が、人間が滅ぶとしても、ですか」
「そもそも、人間が滅ぶと誰が決めた。その結末を実際に見たのか?」
「多くの人間が、そう予測しています。故に、この意思を持った私がここにある」

 人が求めた神。
 確かに多くの人間がそう未来を思い描いたのだろう。
 しかし、それは絶対的な証拠にはなり得ない。

「そうか。なら俺は、人間は滅ばないと予測しよう」

 人間が善か悪かなど判断できないが、その理性を信じているから。

「貴方の言う自由を容認し、世界が滅びたらどう責任を取るつもりですか」
「滅びるかどうかは自由に生きた人々の選択だ。責任を取るも何もない」
「……無責任な!」

 憤怒の感情をハッキリと乗せて女神アリュシーダは糾弾するが、滅びた後では責任の取りようがないし、かと言って滅びの可能性を消すために行動をする訳にもいかない。
 自由を信条とする身にもかかわらず自ら束縛しては、本末転倒もいいところだ。
 何より――。

「自由の果てに世界が滅びるのなら、それも一つの正しいあり方だ。自滅すらできてこその自由だからな。たとえ滅びを回避できても、死んだように生きる世界なら必要ない」

 そう雄也が言い放つと女神アリュシーダは激情を消し去り、雰囲気を一変させた。

「蒙昧故に欲動に従っているのではなく、全て理解した上でのことですか。紛うことなき邪悪としか言いようがありません。……私の存在に懸け、貴方を討ちます」

 今度こそ問答は終わりと淡々と言い、無限色の光を励起させる女神アリュシーダ。
 語るべきことはもはやない。後は決着まで突き進むのみだ。

「自由の果てに人が滅ぶことはないと俺は信じる。それが邪悪と言うのなら、喜んで汚名を被ろう。慈悲ある神から人の自由を奪い取ってやる」

 そして雄也は指を突きつけながら告げ、自らもまた全身の力を解放させたのだった。

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