【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十九話 秩序 ④六間繋

 下半身を切り落とされ、MPドライバーとの繋がりもほぼ途絶えた。
 もはや死を待つのみとなったこの身。
 しかし、人類最高峰の生命力はまだ命を繋いでいる。
 だが、それもよし悪しだ。
 結末が変わらないのであれば、無駄に苦しみを長引かせるだけでしかない。
 そして……早々に死んでしまわないから、ツナギにただ単に死へと向かうに過ぎない悪足掻きを決意させてしまう時間を作ってしまった。

「ツナギ、逃げ、ろ」

 彼女のMPドライバー。それが持つ特有の機能、融合を用いた悪足掻き。
 もっとも特有とは言っても、時間が足りずに雄也達のものには備えられなかったというだけのこと。時間跳躍した場合は、皆のMPドライバーに追加することも考えていた。
 だが今。この場では、その機能が起死回生の一手になることはない。
 何と融合したのかは分からないが、女神アリュシーダへの一撃を見た限りでも精々フルパワー時の雄也と同程度の力しか有していない以上は。
 たとえを弾き飛ばすことはできたとしても、それだけだ。
 少なくとも雄也はそう考え――。

「過去、へ、早く」

 可能性を繋ぐために、そしてツナギ自身を生かすために。
 過去への時間跳躍を彼女に指示した。

「い、嫌、です」

 しかし、ツナギは恐怖に震えながらも拒絶する。
 怯えの滲む態度はともかく、その声色には断固たる決意が感じられた。
 アテウスの塔の戦い以来、弱々しい彼女しか見ていなかったから驚く。

(……ツナギの、意思、か)

 自由を尊ぶ信念云々以前に、もはや彼女に強制するだけの力もないこの身。
 その選択を否定する資格はどこにもない。

(なら、仕方が、ないか……)

 極限状態を前にしてツナギが得た一つの答え。彼女なりの成長と言えるだろう。
 このような状況でさえなければ、大いに寿ぐこともできたのだが。
 何にせよ、命を失うその時までツナギの足掻きを見守る以外なさそうだ。
 決着を見届けることはできないだろうが。

(それが最後の光景なら、悪くない)

 覚悟はできている。と言えば、聞こえはいい。
 女神アリュシーダの秩序に命を賭してでも抗ったことに満足し、命を諦めている。
 自覚はある。が、手立てがない以上は是非もない。
 そう己の心の中ながら悔しさを隠すように考え、ツナギの背中を見詰めていると――。

「ユウ、ヤ、これ……」

 隣で雄也と同じくギリギリ命を繋いでいたフォーティアが最初に気づいた。

「これ、は」

 続いて雄也もまたそれを知覚し、しかし、衰弱状態故の誤認ではないかと疑う。
 だが、互いに身を以ってそれが現実であることを確認した。

「沈み込んで、る?」
「いや……」

 霞みつつある目に映ったのは、泥沼にはまったかのように沈んでいく互いの体。
 離れた位置に転がる下半身も、流れ出た血液も同じようになっている。
 腹部に穴を開けて倒れているアイリスも、女神アリュシーダが放った無限色の光によって地面に押しつけられていた他の皆も。
 だが、その状況判断は単に視覚情報から導き出されたものでしかない。

「溶け込んで、いってる。体も、何もかも」

 接触面の感覚を信じるなら、こちらが正しい。
 正しいが、全身が溶けていくなど普通に考えれば余りにもおぞましい状況だ。
 しかし、不思議と雄也も他の皆も取り乱すことはなかった。
 死を覚悟していたからではない。
 悪いものではないという確信があったからだ。

「……まさか、ツナギ?」

 遅れて、それが彼女のMPドライバーが持つ融合の力である可能性に気づく。
 信じられない思いが強いが、それ以外は考えられない。

(痛みが、ない。意識が、ハッキリしてる)

 完全に大地に溶け込むと、死に向かって朦朧としていた思考が急激に明瞭になった。
 体の感覚こそ失われていたが、下半身を切り落とされた事実もなかったことになったかのように不調な部分など一つもないように感じる。
 そんな風に自分の状況を確認しているさ中。

(いや、それより!)

 雄也はハッとして周囲を探った。

(アイリス!)

 彼女もまた雄也やフォーティアのように致命傷を受け、同じように命の危機にあった。
 直前まで言葉を交わしていたフォーティアやあの時点ではまだ拘束されていただけの他の皆はともかく、アイリスの生死は不明だ。

「アイリス! 無事か!?」

 だから、それを確かめるために叫ぶように呼びかける。すると……。

「……何とか。よく分からない状態だけれど」

 耳元で囁かれているのとも〈テレパス〉とも違う、心の中から響いてくるかのような不可思議な感覚と共に彼女の声が届き、一先ずホッとする。
 よく分からないのはこちらも同じだが、少なくとも死の淵にある者の反応ではない。

「フォーティアは――」

 それから他の皆もここにいる確証を得るために、雄也は彼女達に呼びかけた。

「いるよ。アタシも問題ない」
「ラディアさん」
「うむ。私も不調はなさそうだ」
「イーナ」
「はい。大丈夫です」
「プルトナ」
「ええ。心配いりませんわ」
「メル、クリア」
「うん」「私もいるわ。何だか、姉さんと体を共有してる時より一体化してるような、それでいて独立してるような……ともかく、変な感じね」

 どういう状態にあるのか未だ明確ではないが、あの場で窮地にあった皆からの応答にとりあえず安堵し、急激な状況の変化に混乱していた思考が落ち着く。
 同時に、女神アリュシーダという最大の問題が何ら解決していないことを思い出した。

「そうだ。ツナギの状況は――」

 視覚も聴覚が正常に機能していないようで、戦況が分からず焦燥感が生じる。

「私もここです」

 と、地表ではなく、大地の中と思しきこの空間においてツナギの声が響いた。

「っ、女神アリュシーダは!?」
「まだ倒れてます。動く気配がありません」
「動く気配がない?」
「はい。時間が止まったみたいに」

 やや困惑したツナギの言葉に「成程」とメルが呟く。

「融合を使ったのなら、わたし達は肉体の束縛から解き放たれた状態です」
「単純に思考するだけなら、瞬く間に膨大な情報を処理できるのかもしれないわね」

 事故に遭った時などに生じるスローモーションな世界が常時続いているようなものか。

「そこに関してはそう悪くない話だが、結局のところ私達は一体何と融合したのだ?」

 メルとクリアの仮説を一先ず置いておき、ラディアが問いかける。

「はい。それは……」

 対してツナギは静かに己と雄也達の状況を説明し始めた。
 それによって、彼女のMPドライバーが持つ融合という機能が、雄也達の想定していなかった規模で使用されたことを知る。
 この星そのものとの融合。
 フィクションでは割と聞く話。特撮でもそれを目指そうとしていた敵組織がいた。
 しかし、さすがに我がこととしては考えられなかった。
 メルやクリアも同様だったようだ。

「アテウスの塔での戦いの時、ドクター・ワイルドが『奴との最終決戦のための力』とか言ってたのは伊達じゃなかったってことか」

 もっとも彼の記憶によると、彼自身もアテウスの塔との融合を主眼に置いており、星との融合は全く想定していなかったようだが。
 つまり、ツナギはドクター・ワイルド創造者の想定を上回る偉業を成し遂げた訳だ。

「ただ、その……」

 感心する雄也を前に、言いにくそうに切り出すツナギ。

「どうした?」
「えっと、融合したはいいんですけど、その、元に戻れないかもしれません。この前の時とも大分違う感覚がして方法も分からなくて……」

 雄也が続きを促すと、ツナギは申し訳なさそうにそう告げた。
 自発的にその機能を使うのは初めてだった上、誰も想定していなかった使い方をしたのだ。不具合の一つや二つ、生じてもおかしくはない。
 アテウスの塔の時も、彼女の意思で戻った訳ではないし。

「まあ……それは別にいいさ。あのままだと死んでた訳だしな」

 命の代償と考えれば、引け目を感じる必要は全くない。
 その気持ちが伝わるように、雄也はそんな彼女に軽く返した。
 皆が一緒なら多少問題があっても何とかなるだろう。
 いずれ解決策が見つかるならよし。そうでなくとも構いはしない。彼女達が相手なら。
 アイリス達から異論もない辺り、彼女達も同じ意見のようだ。

「けど、本当に危なかったです。九死に一生でした。劣勢も劣勢です。こうなると、何はともあれ、過去に戻って体勢を立て直すべきじゃないでしょうか」
「……それ、多分無理です。イーナさん」

 絶体絶命の状況に退路を得ることができたかと安堵の気配を見せたイクティナに、メルが難しい顔をしていそうな口調で否定する。

「姉さんの言う通りよ。今の私達が星と一体化してるなら、そんな質量、存在。一秒だって過去に戻れないわ。無理に戻ったら今の星と過去の星が衝突して皆死ぬでしょうね」

 女神アリュシーダが過去に戻れない理屈と似たようなもののようだ。

「結局、今ここで戦って未来を勝ち取らないといけないって訳ね」
「そういうことになるようだな」
「ですわね。改めて、覚悟を決めましょう」

 そうフォーティアが結論し、ラディアとプルトナが賛同する。

「……それで、具体的にどう戦うの?」
「基本は当初の方針と変わらず、一つの肉体に全員の力を集める形が最善でしょう」
LinkageSystemデバイスを介さず、直接溶け合ってる訳だから効率は段違いのはずよ」

 アイリスの問いにメルとクリアが答える。
 それを受けて雄也は口を開いた。

「ツナギ、アテウスの塔の時のドクター・ワイルドみたいにできるか?」
「あの感覚を再現すれば、多分できると思います」

 対してツナギは自信ななさげに答え、更に弱々しく続ける。

「その、私が戦うのは無理だと思いますけど……」
「心配しなくても、ツナギを戦わせようなんて誰も思ってないわ。多分、貴方は肉体の維持で手一杯になると思うし」
「短いながらも女神アリュシーダとの戦闘経験を持つユウヤが矢面に立ち、私達は補助。敵の戦い方を分析して、必要ならば私達の誰かが表に出て戦うという感じか」

 ツナギの言葉にクリアがフォローを入れ、それからラディアが纏める。

「ごめんなさい。技も覚悟も不十分な私じゃ、これ以上のことはできなくて」
「いや、十分だよ、ツナギ。十分に、可能性を貰った。道を繋いでくれた」

 ついさっきまでやり切ったと諦めていた人間が現金なものだと自分でも思う。
 だが、まだやれることが残っていて、それが己の信条に即するのであれば、やらないなどという選択肢はあり得ない。
 色々と棚に上げて開き直ることができるのも、人間が自由を持つ証だ。

「さあ、もう一足掻きするとしよう。これが俺達の、女神アリュシーダとの最終決戦だ」
「はい、お父様。肉体を、作り出します」

 そして女神アリュシーダと対峙するため、世界へと干渉するために、再び肉体の束縛を受け入れる。時間が進み出す。
 目を開くと雄也は再び大地に立っていた。
 切断された体は元に戻り、しかし、以前よりも大きな力との繋がりを感じる。
 六つの種族、その基礎となる基人アントロープ。そして星に存在する全てとの。

「女神アリュシーダ」

 ツナギに弾き飛ばされていたは進む時間の中で即座に立ち上がり、一瞬の内に雄也の眼前へと戻ってくる。

「その、声は…………どのようにして復活したかは知りませんが、懲りませんね」
「言ったはず。何があろうとお前のあり方は認めない。戦う術が残っているのなら、何度だろうと挑んでやる!」
「何をしようと全て無意味です」

 雄也の言葉に、女神アリュシーダは呆れるように首を横に振る。

「ああ。そうなんだろうな。お前の世界、考え方ではこれも無意味なんだろう。完全な秩序ってのは結局、機械式の世界みたいなものだからな」

 人間の反応すらも一つのイレギュラーもなく、全て秩序立って進み続ける世界だ。
 己の意思も秩序に染まっているから自由はなく、また同時に相手も同じ法則の下に動いているから己に反した行動を取る他人もいない。

「ああ。やっぱり、お前の世界は認められない」

 自由を貫くのに他人が邪魔になることはままあることだ。
 けれども、そうした世界だからこそ、同じ志を持って共に生きることのできる仲間の存在は尊く思える。
 その中でも最も大切な仲間達、共に戦い、こうして女神アリュシーダともう一度対峙する機会を作り出してくれた彼女達との出会いはかけ替えのない宝と言えるだろう。
 それは進化の因子が失われていたこの世界に、まだ自由という遊びが少しだけ残されていたから得られたものだ。だからこそ――。

「今度こそ、お前を乗り越えて人の自由を掴む!」

 雄也は改めて全霊の思いを込めての秩序を認めないと叫び、再び女神アリュシーダに挑みかかったのだった。

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