【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第四十六話 混沌 ②外れつつある枷
更に数日の時が過ぎ、しかし、ツナギの症状は改善しないまま。
何度か弱い魔物のところに連れていったが、僅かたりとも好転しない。
むしろ訓練場以外への外出に警戒をし始める有様だった。
微妙に悪化してしまっている。
これではやはり、強硬にショック療法を試みてもマイナスの結果にしかならないだろう。
それこそ一瞬にして信頼関係が崩れ去ってしまいかねない。
ツナギの状態が悪化している事実を前に、そうした予測がより強固なものとなる。
(……こうなるともう――)
結局、地道に日々の生活の中で彼女の心を変えていく以外なさそうだ。
それだけの猶予があるのかは分からないが。
何にせよ、ツナギに関しては大胆な行動に出ることができず、また女神アリュシーダ討伐に向けた準備も地味なもので、大きな変化も確かな成果もないのが現状だった。
そんな雄也達とは裏腹に。
進化の因子がばら撒かれた世界は着々と変容を遂げていた。
「……もう七星王国と呼べなくなりそう」
コミュニケーションを多く取って絆を深めるために、そして、少しでも見識を広げてやるためにとツナギの手を引いて王都ガラクシアスを散策する中。
ツナギを挟んで反対側を、同じく彼女の手を取って歩いているアイリスが、街を行き交う人の流れを軽く見回しながら呟く。
「水棲人と龍人は目に見えて数が減ったし、元々少なかった妖精人に至ってはラディアさんしかいないんじゃないかってぐらいだもんな」
対して雄也も同意の意を込めながら言った。
七星という名の由来たる七つの種族の内のいくつか。
それが欠けては名前負けもいいところだ。
「……獣人も少し減ってる気がする」
「確かに。翼人や魔人も似たような傾向にあるし……」
このまま行くと、千年前のように唯星王国を名乗らざるを得なくなるかもしれない。
あるいは、そのままかつてと同じような種族間の関係性まで転げ落ちる可能性もある。
そこについてはまだ単なる未来予想図だとしても――。
「……何となく寂しい」
気持ちとしては今のところアイリスと同じで、雄也は僅かに頷いた。
そんな二人の交互の言葉に、真ん中にいるツナギは右左右左と見上げる。
表情を見るに彼女は余り話の内容を理解していないようだ。
と言うより、今一興味がないらしく、雄也とアイリス双方と繋いだ手を軽く揺らし、構って欲しいと言いたげなささやかなアピールをしている。
もっと激しく駄々をこねない辺り、まだまだ遠慮があるのだろう。
それでも多少なりとも自己主張が出てきただけマシか。
「……ツナギ、今日の晩御飯は何がいい?」
そんな彼女の気持ちをくみ取って、アイリスが優しく問いかける。
「あ、えと……ハンバーグが、食べたい、です」
それにツナギは少し躊躇いながら答えた。
以前雄也からのリクエストを基に、こちらの世界の食材でそれっぽく作って貰った料理の内の一つ。既に何度かツナギも食べており、好きな食べ物になっているようだ。
「……チーズと卵、どっちがいい?」
「卵がいいです」
アイリスにお願いして色々バリエーションも揃えて貰っているが、その中でもツナギの一番は黄身が半熟な目玉焼きの乗ったハンバーグ。
すんなりと答えているところを見ても、お気に入り具合が分かる。
好物を頭の中で思い描いたのか表情も明るくなっている。
その反応は外見相応で可愛らしく、何となく安堵感が湧く。
「……ん。任せて。とびきりおいしいのを作る」
嬉しげなツナギの様子に、アイリスは表情を柔らかくしながら軽く小さな胸を張った。
自信満々な姿はすっかり熟練の主婦といった感じだ。
母親風も吹かせているのかもしれない。
そんなアイリスは、それから雄也へと視線を移し――。
「……お肉と卵、買いに行かないと」
目的地の決定を暗に示し、彼女の知るそれらを売っている店へと進路を修正した。
勿論と言うべきか、一応保存用の冷蔵庫的な魔動器は存在するし、ラディア宅にも相当大きなものがあって多少なり備蓄はある。しかし……。
「こればかりは、強くなった弊害だよな」
「……仕方のないこと」
生命力が更に増した今、食事の量もまたかなり増大している。
それが八人分ともなれば、備蓄などあってないようなものだ。
冷蔵庫も単なる一時的な置き場にしかならない。
もはや都度、食材を店から購入した方がいい。
そういう訳で、雄也達はまずハンバーグ用の肉を買うために精肉店を訪れた。
「……すみません」
店の入口でアイリスが呼びかけても返事はない。
当然、声が小さいからではない。
何度か来ているはずのアイリスが不思議そうに首を傾げているのだから。
それ以前に、一目見て分かる異常がある。
「商品、全く置いてないな」
「……店主の気配もない」
正直、後者は店に近づいている段階で気づいていた。
念のために声をかけて確認していたが、アイリスも同じだろう。
とは言え、そのような状態にある理由は思い至らず、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
改めて店内を見回しても、休業を知らせる張り紙のようなものもない。
かと言って、押し込みにしては荒らされた形跡も全くない。
「お父様? アイリスお母様?」
戸惑いの余り口を噤んだ雄也達を前に、不安そうにそれぞれの顔を見比べるツナギ。
またぞろ、何か自分に非があったのではないかと勘違いしかけているようだ。
だから雄也はそんな彼女を安心させるために、ほんの少しだけ繋いだままの手に力を込めながら、もう一方の手でその頭を撫でた。
すると、アイリスも同じことを考えていたようで、ツナギの頭の上で手が重なる。
そんな自分達にアイリス共々軽く苦笑し、それを見たツナギが安堵で表情を和らげたところで意識を空っぽの店に戻す。
(まあ、改めて見たところで店内は何も変わらない訳だけど)
「……ユウヤ、とりあえず」
アイリスから店の外を視線で示され、軽く頷いて店を出る。
見た感じ空き家のようになっているが、長居するのは好ましくない。
そうして店の前で一度立ち止まり、店内を振り返っていると――。
「そこの店なら一昨日、店主が国に帰ったよ」
と、通りすがりの基人のおばさんに教えられる。
「国に?」
「獣星王国にいる身内が畜産業をやってて、そこから肉を仕入れて売ってたらしいんだけどねえ。どうも輸出に制限がかかったらしくてね」
どうやら、ここの店主は獣人だったらしい。
とは言え、アイリスとしては同族の誼でここを選んだ訳ではないようだ。
「……ここのお肉じゃないとあの味は出せない」
彼女は困ったように言い、微妙に眉をひそめる。
「ホント困ったもんだよ。他の店もいくつかやめちゃってるし、何だかキナ臭いねえ。昨日も異種族同士で喧嘩があったって言うし、変な化物の噂もあるし」
おばさんはそう言うと「嫌だ嫌だ」と続けながら去っていった。
進化の因子とネメシス出現。
それは為政者や騎士、賞金稼ぎなどの当事者だけでなく、もはや一般の人々の生活にまで影響を与えるレベルにまでなってきているようだ。
女神アリュシーダ顕現に、刻一刻と近づいている実感が湧く。
「アイリス、どうする?」
とは言え、ならばと先制攻撃できる訳でもない。
今この場においてはそれよりも夕飯が大事だ。
腹が減っては戦ができぬとも言うし。
いずれにしても、次の判断はアイリス次第だ。
「……仕方ない。とりあえず卵だけでも先に買ってから」
そして彼女は雄也の問いかけにそう答えると、先導するように歩き出した。
そんなアイリスの後に続き、今度は彼女がいつも卵を購入している店へと向かう。
道すがら話を聞くと、こちらは翼人がやっている鳥の専門店らしい。
翼星王国直送の鳥肉がメインだが、副産物として卵の販売も行っているとのことだ。
新鮮で味が濃いと評判らしい。
むしろ卵の方が肉よりも需要が大きいぐらいだそうだが、それはそれとして……。
「……正直、そんな予感はしてた」
店舗が視界に入る前から、精肉店と同じく人の気配がないことを雄也達は感じていた。
だから、薄々その先の展開は読めていて、店の真ん前に来たところで確信する。
夜逃げでもしたように店内はすっからかんだ。
それから一応、近くにある営業中の店の人にも尋ねて確認し――。
「……ここの店主まで国に帰ったなんて」
予想通りの結論を得た。
「……ここの卵が一番合うのだけれど」
少し面倒そうに小さく嘆息するアイリス。
「ハンバーグ…………」
と、さすがに期待を裏切られそうになってはもの分かりのいい振りを保つことはできないらしく、ツナギが悲しげな表情と共に俯いて呟く。
そんな娘の姿に、どうにかならないものか、と雄也はアイリスに視線で問うた。
「……ツナギ」
「ご、ごめんなさい。我侭は言いません」
視線を下げていたせいで、自分の呟きに反応して口を開いたと思ったのだろう。
窘められると勘違いしてか、ツナギは慌てたように謝った。
「……大丈夫。我侭はもっと言っていい。それと今日はちゃんとハンバーグを作るから」
「本当、ですか?」
「……勿論」
アイリスはおずおずと見上げてくるツナギに笑顔を向けながら答え、その頭を優しく撫でた。それから雄也へと視線を移す。
「それはいいとして、どうするんだ?」
「……お肉は私が直接獣星王国に行って買ってくる。卵はイーナにお願いして翼星王国から買ってきて貰う」
「それなら俺が…………行くよりは、確かにイーナに頼んだ方がいいか」
途中で改めた言葉にアイリスは肯定するようにコクリと頷く。
情勢を鑑みるに、その国の人間が行った方が無難だ。
以前ならばいざ知らず、現状では異種族の人間が食料を大量に買い込んでいくのは、さすがに不審に思われてしまうだろうし。
別にそれで雄也の身に危険が及ぶ訳ではないが、下手な刺激をするべきではない。
「……ユウヤはツナギと」
「分かった」
雄也の同意を受け、アイリスはツナギの手を離して彼女の前に立った。
「……ツナギ。聞いてた通り、私は買い物に行ってくるから、お父様と街を見て回ってて」
「はい。アイリスお母様」
「……うん。いい子」
そうしてアイリスはツナギの頭にもう一度触れてから、獣星王国へと転移していった。
「さて……どうしようか」
空いた片手が寂しいのか、少し体を寄せてくるツナギに微苦笑しながら問いかける。
しかし、彼女は雄也を見上げながら小首を傾げるだけ。
こればかりは自発性の乏しさと言うよりも、知識の少なさによるものだろう。
人生のほとんどをドクター・ワイルドの下にいた彼女はまだまだ常識が足りないし、加えて王都ガラクシアスにも詳しくないのだから、こればかりは仕方がない。
とは言え、雄也も雄也でドクター・ワイルド絡みの騒動続きで色んなスポットを知っている訳ではないのだが。
(玩具屋にでも行くか)
なので子供連れで無難なところを選ぶことにした。
(……また閉店してたりしないよな?)
二度あることは何とやらとなるのではないかと微妙に心配しながら。
それがむしろフラグになりそうだと適当なことを考えつつ、ツナギの手を引いて歩き出そうとした正にその瞬間。
「ん?」
妙な気配を感じ、雄也は空を見上げた。
すると、そこに何者かが転移してきて――。
「こいつは……」
そして現れた姿は装甲を纏った異形。
元々人型だったものが、別の何かに崩れたかの如く歪な存在だった。
「お、お父様」
それを目の当たりにして縋りついてくるツナギ。
(……過剰進化した真超越人? 何で今になって)
雄也はそんな彼女の肩に手を回しながら、眼前に突如として現れて蠢くそれを戸惑いつつも警戒と共に見据えた。
何度か弱い魔物のところに連れていったが、僅かたりとも好転しない。
むしろ訓練場以外への外出に警戒をし始める有様だった。
微妙に悪化してしまっている。
これではやはり、強硬にショック療法を試みてもマイナスの結果にしかならないだろう。
それこそ一瞬にして信頼関係が崩れ去ってしまいかねない。
ツナギの状態が悪化している事実を前に、そうした予測がより強固なものとなる。
(……こうなるともう――)
結局、地道に日々の生活の中で彼女の心を変えていく以外なさそうだ。
それだけの猶予があるのかは分からないが。
何にせよ、ツナギに関しては大胆な行動に出ることができず、また女神アリュシーダ討伐に向けた準備も地味なもので、大きな変化も確かな成果もないのが現状だった。
そんな雄也達とは裏腹に。
進化の因子がばら撒かれた世界は着々と変容を遂げていた。
「……もう七星王国と呼べなくなりそう」
コミュニケーションを多く取って絆を深めるために、そして、少しでも見識を広げてやるためにとツナギの手を引いて王都ガラクシアスを散策する中。
ツナギを挟んで反対側を、同じく彼女の手を取って歩いているアイリスが、街を行き交う人の流れを軽く見回しながら呟く。
「水棲人と龍人は目に見えて数が減ったし、元々少なかった妖精人に至ってはラディアさんしかいないんじゃないかってぐらいだもんな」
対して雄也も同意の意を込めながら言った。
七星という名の由来たる七つの種族の内のいくつか。
それが欠けては名前負けもいいところだ。
「……獣人も少し減ってる気がする」
「確かに。翼人や魔人も似たような傾向にあるし……」
このまま行くと、千年前のように唯星王国を名乗らざるを得なくなるかもしれない。
あるいは、そのままかつてと同じような種族間の関係性まで転げ落ちる可能性もある。
そこについてはまだ単なる未来予想図だとしても――。
「……何となく寂しい」
気持ちとしては今のところアイリスと同じで、雄也は僅かに頷いた。
そんな二人の交互の言葉に、真ん中にいるツナギは右左右左と見上げる。
表情を見るに彼女は余り話の内容を理解していないようだ。
と言うより、今一興味がないらしく、雄也とアイリス双方と繋いだ手を軽く揺らし、構って欲しいと言いたげなささやかなアピールをしている。
もっと激しく駄々をこねない辺り、まだまだ遠慮があるのだろう。
それでも多少なりとも自己主張が出てきただけマシか。
「……ツナギ、今日の晩御飯は何がいい?」
そんな彼女の気持ちをくみ取って、アイリスが優しく問いかける。
「あ、えと……ハンバーグが、食べたい、です」
それにツナギは少し躊躇いながら答えた。
以前雄也からのリクエストを基に、こちらの世界の食材でそれっぽく作って貰った料理の内の一つ。既に何度かツナギも食べており、好きな食べ物になっているようだ。
「……チーズと卵、どっちがいい?」
「卵がいいです」
アイリスにお願いして色々バリエーションも揃えて貰っているが、その中でもツナギの一番は黄身が半熟な目玉焼きの乗ったハンバーグ。
すんなりと答えているところを見ても、お気に入り具合が分かる。
好物を頭の中で思い描いたのか表情も明るくなっている。
その反応は外見相応で可愛らしく、何となく安堵感が湧く。
「……ん。任せて。とびきりおいしいのを作る」
嬉しげなツナギの様子に、アイリスは表情を柔らかくしながら軽く小さな胸を張った。
自信満々な姿はすっかり熟練の主婦といった感じだ。
母親風も吹かせているのかもしれない。
そんなアイリスは、それから雄也へと視線を移し――。
「……お肉と卵、買いに行かないと」
目的地の決定を暗に示し、彼女の知るそれらを売っている店へと進路を修正した。
勿論と言うべきか、一応保存用の冷蔵庫的な魔動器は存在するし、ラディア宅にも相当大きなものがあって多少なり備蓄はある。しかし……。
「こればかりは、強くなった弊害だよな」
「……仕方のないこと」
生命力が更に増した今、食事の量もまたかなり増大している。
それが八人分ともなれば、備蓄などあってないようなものだ。
冷蔵庫も単なる一時的な置き場にしかならない。
もはや都度、食材を店から購入した方がいい。
そういう訳で、雄也達はまずハンバーグ用の肉を買うために精肉店を訪れた。
「……すみません」
店の入口でアイリスが呼びかけても返事はない。
当然、声が小さいからではない。
何度か来ているはずのアイリスが不思議そうに首を傾げているのだから。
それ以前に、一目見て分かる異常がある。
「商品、全く置いてないな」
「……店主の気配もない」
正直、後者は店に近づいている段階で気づいていた。
念のために声をかけて確認していたが、アイリスも同じだろう。
とは言え、そのような状態にある理由は思い至らず、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
改めて店内を見回しても、休業を知らせる張り紙のようなものもない。
かと言って、押し込みにしては荒らされた形跡も全くない。
「お父様? アイリスお母様?」
戸惑いの余り口を噤んだ雄也達を前に、不安そうにそれぞれの顔を見比べるツナギ。
またぞろ、何か自分に非があったのではないかと勘違いしかけているようだ。
だから雄也はそんな彼女を安心させるために、ほんの少しだけ繋いだままの手に力を込めながら、もう一方の手でその頭を撫でた。
すると、アイリスも同じことを考えていたようで、ツナギの頭の上で手が重なる。
そんな自分達にアイリス共々軽く苦笑し、それを見たツナギが安堵で表情を和らげたところで意識を空っぽの店に戻す。
(まあ、改めて見たところで店内は何も変わらない訳だけど)
「……ユウヤ、とりあえず」
アイリスから店の外を視線で示され、軽く頷いて店を出る。
見た感じ空き家のようになっているが、長居するのは好ましくない。
そうして店の前で一度立ち止まり、店内を振り返っていると――。
「そこの店なら一昨日、店主が国に帰ったよ」
と、通りすがりの基人のおばさんに教えられる。
「国に?」
「獣星王国にいる身内が畜産業をやってて、そこから肉を仕入れて売ってたらしいんだけどねえ。どうも輸出に制限がかかったらしくてね」
どうやら、ここの店主は獣人だったらしい。
とは言え、アイリスとしては同族の誼でここを選んだ訳ではないようだ。
「……ここのお肉じゃないとあの味は出せない」
彼女は困ったように言い、微妙に眉をひそめる。
「ホント困ったもんだよ。他の店もいくつかやめちゃってるし、何だかキナ臭いねえ。昨日も異種族同士で喧嘩があったって言うし、変な化物の噂もあるし」
おばさんはそう言うと「嫌だ嫌だ」と続けながら去っていった。
進化の因子とネメシス出現。
それは為政者や騎士、賞金稼ぎなどの当事者だけでなく、もはや一般の人々の生活にまで影響を与えるレベルにまでなってきているようだ。
女神アリュシーダ顕現に、刻一刻と近づいている実感が湧く。
「アイリス、どうする?」
とは言え、ならばと先制攻撃できる訳でもない。
今この場においてはそれよりも夕飯が大事だ。
腹が減っては戦ができぬとも言うし。
いずれにしても、次の判断はアイリス次第だ。
「……仕方ない。とりあえず卵だけでも先に買ってから」
そして彼女は雄也の問いかけにそう答えると、先導するように歩き出した。
そんなアイリスの後に続き、今度は彼女がいつも卵を購入している店へと向かう。
道すがら話を聞くと、こちらは翼人がやっている鳥の専門店らしい。
翼星王国直送の鳥肉がメインだが、副産物として卵の販売も行っているとのことだ。
新鮮で味が濃いと評判らしい。
むしろ卵の方が肉よりも需要が大きいぐらいだそうだが、それはそれとして……。
「……正直、そんな予感はしてた」
店舗が視界に入る前から、精肉店と同じく人の気配がないことを雄也達は感じていた。
だから、薄々その先の展開は読めていて、店の真ん前に来たところで確信する。
夜逃げでもしたように店内はすっからかんだ。
それから一応、近くにある営業中の店の人にも尋ねて確認し――。
「……ここの店主まで国に帰ったなんて」
予想通りの結論を得た。
「……ここの卵が一番合うのだけれど」
少し面倒そうに小さく嘆息するアイリス。
「ハンバーグ…………」
と、さすがに期待を裏切られそうになってはもの分かりのいい振りを保つことはできないらしく、ツナギが悲しげな表情と共に俯いて呟く。
そんな娘の姿に、どうにかならないものか、と雄也はアイリスに視線で問うた。
「……ツナギ」
「ご、ごめんなさい。我侭は言いません」
視線を下げていたせいで、自分の呟きに反応して口を開いたと思ったのだろう。
窘められると勘違いしてか、ツナギは慌てたように謝った。
「……大丈夫。我侭はもっと言っていい。それと今日はちゃんとハンバーグを作るから」
「本当、ですか?」
「……勿論」
アイリスはおずおずと見上げてくるツナギに笑顔を向けながら答え、その頭を優しく撫でた。それから雄也へと視線を移す。
「それはいいとして、どうするんだ?」
「……お肉は私が直接獣星王国に行って買ってくる。卵はイーナにお願いして翼星王国から買ってきて貰う」
「それなら俺が…………行くよりは、確かにイーナに頼んだ方がいいか」
途中で改めた言葉にアイリスは肯定するようにコクリと頷く。
情勢を鑑みるに、その国の人間が行った方が無難だ。
以前ならばいざ知らず、現状では異種族の人間が食料を大量に買い込んでいくのは、さすがに不審に思われてしまうだろうし。
別にそれで雄也の身に危険が及ぶ訳ではないが、下手な刺激をするべきではない。
「……ユウヤはツナギと」
「分かった」
雄也の同意を受け、アイリスはツナギの手を離して彼女の前に立った。
「……ツナギ。聞いてた通り、私は買い物に行ってくるから、お父様と街を見て回ってて」
「はい。アイリスお母様」
「……うん。いい子」
そうしてアイリスはツナギの頭にもう一度触れてから、獣星王国へと転移していった。
「さて……どうしようか」
空いた片手が寂しいのか、少し体を寄せてくるツナギに微苦笑しながら問いかける。
しかし、彼女は雄也を見上げながら小首を傾げるだけ。
こればかりは自発性の乏しさと言うよりも、知識の少なさによるものだろう。
人生のほとんどをドクター・ワイルドの下にいた彼女はまだまだ常識が足りないし、加えて王都ガラクシアスにも詳しくないのだから、こればかりは仕方がない。
とは言え、雄也も雄也でドクター・ワイルド絡みの騒動続きで色んなスポットを知っている訳ではないのだが。
(玩具屋にでも行くか)
なので子供連れで無難なところを選ぶことにした。
(……また閉店してたりしないよな?)
二度あることは何とやらとなるのではないかと微妙に心配しながら。
それがむしろフラグになりそうだと適当なことを考えつつ、ツナギの手を引いて歩き出そうとした正にその瞬間。
「ん?」
妙な気配を感じ、雄也は空を見上げた。
すると、そこに何者かが転移してきて――。
「こいつは……」
そして現れた姿は装甲を纏った異形。
元々人型だったものが、別の何かに崩れたかの如く歪な存在だった。
「お、お父様」
それを目の当たりにして縋りついてくるツナギ。
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