【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十四話 継承 ②覚悟の力

「おおおおおっ!!」

 不敵な宣戦布告とは裏腹に、もはやこれまでの余裕も見下すような気配もなく、遮二無二挑みかかってくるドクター・ワイルド。
 その姿は、まるで格上の敵と相対した特撮ヒーローのようだ。
 もっとも、姿形は巨大化した怪人のそれに近いものだが。
 だが、たとえそうだとしても自滅の可能性も厭わずに戦わんとする様は、それこそ特撮ヒーロー番組の主人公を思わせる。

(業腹だけど、その信念の強さは確かだ)

 この過剰強化を加味しても互いの力関係は完全に逆転したままで、単純な生命力と魔力ならば雄也が有利なのは揺るがない事実。
 尚且つ、時間と共に雄也は強化され、ドクター・ワイルドは自壊に近づく。
 それでも退路を失った以上は、内心がどうあれ、不利な戦いに臨まざるを得ない。
 自ら掴み取らんとする未来があるのなら。
 そこに善悪は関係ない。

「来いっ!」

 対する雄也としても求める未来がある。
 故に、そうした姿に手心を加えるつもりは毛頭ない。
 いずれにしても人の自由を侵害してきた存在。
 雄也が討ち果たすべき敵であることに間違いはないのだから。
 そして雄也は力の差に慢心することなく、さりとて勝負を焦ることなく敵を迎え撃つ。

「はあっ!」

 自ら巨躯へと突っ込むように跳躍すると牽制のために殴打を繰り出し、ほぼ同時に空中で体を捻って回し蹴りを放つ。
 ドクター・ワイルドが避けた先を狙って。
 攻撃力や防御力はともかく、肥大化の影響で速度は過剰強化前と然程変わらない。
 的の面積も大きくなったとなれば、常識的に考えて直撃して然るべきだが……。

「く、おおっ!!」

 彼は腕を盾として使い、かつ攻撃を受け流すように振るうことによってダメージを最小限に抑えたようだった。
 やはり互いに予知の如き先読みが働いており、特にドクター・ワイルドは経験によるものか、雄也よりもそれをうまく活用しているのだろう。
 彼は一瞬攻撃のフェイントを入れた上で大きく後方に跳び退り、雄也に追撃の拳を打たせることなく仕切り直すことのできる距離を作った。

「くそっ」

 が、最小限に抑えたはずのダメージで膝を突く。
 その様は、これまで常に優位に立ってきたドクター・ワイルドにとっては屈辱以外の何ものでもないに違いない。
 苛立ちに塗れた悪態がその証拠だ。

「身を削ってこれか」

 更に彼は己に対する怒りすら滲ませるようにしながら続ける。

「俺の命には、積み重ねてきた時には、毛程の価値もないと言うのか」

 様々な感情が綯い交ぜになったかのような言葉。
 この攻防からだけでも想定以上に力の差があることを実感しているのに、ドクター・ワイルドが抱く執念の如き強い意思には恐れすら感じる。

「ならば俺も腹を括ろう。この身を削る極大の負荷も自滅覚悟も事実は事実なれど、いざとなれば回復手段の残る力では壁を破ることなどできはしない」

 彼はそう呟くと、己の巨大化した掌を見詰めた。
 恐らく赤銅の腕輪MPキャンセラーと同じ効果を作り出す手段が、彼にもあるのだろう。
 勿論、戦い続ける中でそれを使うことは結局敗北を意味するが、それでもそうした手段を確保していることは覚悟に一片の曇りを作ることにもなりかねない。

「たった一人、たった一つの命。ここに至っても尚、安全を求め過ぎた。いい加減、真にリスクを負わなければ奴の領域に至れないレベルに来たのだろうよ」

 ドクター・ワイルドは言いながら、両の掌を地面につける。

「させるかっ!」

 その言葉、その行動に言い知れぬ脅威を感じて雄也は間合いを詰めようと床面を蹴った。

「〈アップリフト〉」

 瞬間、ドクター・ワイルドが使用したのは地面を隆起させる低位の魔法。
 そのことに疑問を抱きながらも敵を蹴り抜こうとした瞬間――。

「きゃあああっ!?」

 後方から悲鳴が起こり、雄也はハッとして振り返った。
 そして視界に映ったのは、地面から伸びた土塊が足を引く手の如くツナギを掴む光景。
 ほんの一瞬だけ対応を迷い、それから即座にツナギを救うために踵を返す。
 特撮ヒーローに憧れを抱く者ならば、その選択肢を取る以外にない。
 しかし、結果としてそれは失策だった。
 あるいはドクター・ワイルドは単純な戦い方のみならず、そうした雄也の内面をも読んでいたのかもしれない。

「奴との最終決戦のための力。今ここで!」

《《Unite》》

 雄也がツナギに辿り着く前に、彼女とドクター・ワイルドのMPドライバーから同時に新たな電子音が鳴り響いた。

「ひっ、た、助け――」
「なっ!?」

 かと思えば、ツナギは小さい悲鳴を残し、彼女を掴んだ土塊の腕ごとアテウスの塔の床面に溶け込むように飲み込まれてしまう。

「ドクター・ワイルド、貴様っ!」

 彼女に一体何をした、と問い質さんと強く言いながら振り返ると、彼もまたアテウスの塔に融合していっていた。
 結果、広間に一人取り残される形となる。
 一瞬の静けさ。しかし、嵐の前のそれだと肌にはヒシヒシと感じる。
 そして事実として。

「ぐ、ぐあ、あああああああああああああああっ!!」

 僅かな沈黙の後、それを切り裂く正に嵐のような絶叫が聴覚を揺さぶった。

「な、何だ!?」

 声の主は姿を消したドクター・ワイルド。
 それが塔全体を震わせるように、全ての方向から耳に届く。

(い、一体何が)

「ううう、ぐうううあああああああっ!」

 雄也が戸惑う間にも、彼の苦悶の度合いを示すかのように長く長く続き……。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 やがて最も強く大きな咆哮とでも言うべき声が響いた直後。

《Evolve High-Anthrope Alternative》

 一際歪んだ聞き取り辛い電子音が鳴り、それと共に絶叫はピタリと止まった。
 それから、眼前の空間にアテウスの塔から生えるように人の形が作られていく。
 先程までの過剰強化に伴う肥大化したものではなく、等身大の人間のシルエット。
 それは徐々にハッキリとした形状となっていき、黄金の鎧に六属性の色が散りばめられた新たな姿が完成する。
 その腹部。露出したMPドライバーは、雄也とはまた異なったものに変化していた。

「ふううっ」

 ドクター・ワイルドは耐えに耐えた苦痛を吐き出すように息を吐いた。
 その体に滾る力は、先程までの命を削って作り出した異形の力よりも遥かに大きい。
 にもかかわらず、全身を駆け巡る生命力と魔力は安定していて、恐らく自滅など望めはしないだろうことが容易に分かった。

「……ツナギをどこへやった」
「アレならば、アテウスの塔とこの俺を繋ぐ役目を果たすため、この末端たる塔と融合している。本来は奴に挑む際の切り札として最後の周回で使用するための機能だったが……」

(周回?)

 そのフレーズに引っかかりを覚えるが、今は考えないでおく。
 目の前の驚異的な力への対処が先だ。

「貴様にアテウスの塔からの魔力供給を邪魔されるのならば、是非もない。アテウスの塔そのものと直接繋がり、その力を行使するのみだ」

 己の強化に成功した高揚感からだろう。
 ドクター・ワイルドは物語の悪役のように説明を続ける。

「もっとも身体の急激な変化に伴い、精神が耐えられない可能性はあったがな。質量の大幅な増加に伴い、も今すぐにはできそうにない。だが――」

 彼はそこで一度区切ると、戦闘再開を示すように身構えた。

「貴様を倒し、その力を糧とする。全てその後で調整すればいいだけのことだ」

 そして、そう告げると地面を蹴って突っ込んでくる。
 ドクター・ワイルドと一体化したことで強度が増したのか、床面が砕けることもなく。
 その速度は体の大きさに比例する以上に向上していて、つい先程までとの緩急に一瞬虚を突かれてしまう。
 そこへ勢いを乗せた殴打が飛んでくるが……。

「このっ!!」
《Gauntlet Assault》

 ギリギリのところで手甲を纏わせた右腕を軌道上に出し、直撃だけは避ける。

「くっ」

 しかし、その威力は想定以上に大きく、容易くミトンガントレットを砕かれたばかりか右手全体が痺れてしまった。
 どうやら、もはや互いにMPドライバーが生み出した追加の武装で戦力を調整する段階ではなくなってしまったようだ。
 それこそ素のスペックと、戦い方のアイデアだけが勝負を決めるのだろう。

「ふっ」

 ドクター・ワイルドもまた、その一撃だけでそれに気づいたようだった。
 鈍った雄也の右腕が回復するまでに一気に勝負を決めんとするように、即座に追撃の殴打を放ってくる。蹴撃も交えながら。
 対して雄也はそれを馬鹿正直に受け止めないように気をつけながら、ドクター・ワイルド限定で発動しているらしい予知染みた直感を駆使して回避した。
 それから、敵と同じように小細工無用の近接戦に臨む。
 右腕の痺れを庇いながら。

(それでも、まだ僅かに)

 互いの戦力差は大幅に縮まってしまった。
 アテウスの塔の補正による成長も、ドクター・ワイルドがツナギを介して塔と繋がったからか小さくなってしまっている。
 加えて、その代わりであるかのように彼もまた同程度の成長を得るようになっている。
 これでは時間と共に地力の差が開くということはないだろう。
 しかし、それでも。
 右手の不利がありながらも均衡は生まれていた。
 未だ単純な生命力と魔力は雄也の方が上回っている訳だ。そして、それは即ち……。

(この右腕の痺れが取れさえすれば)

 先程までとは別の要因で時間は雄也に味方し、均衡を崩すことができるということ。

(今は慎重に)

 だから一先ず冷静に、回避を主体に時折牽制のために攻撃を混ぜ込みながら立ち回る。
 武装もなく、魔法も使わない完全なる格闘戦。
 雄也はともかくとして、何故かドクター・ワイルドまでもが特撮的な戦い方を採用しているため、もしも映像で残すことができたら特撮ヒーロー番組の一シーンにできそうな光景になっているに違いない。
 とは言え、長々と繰り返していては飽きが来るだろうが。

「ちっ、臆病者め」

 当然と言うべきか、そうした雄也の消極的とも取れる策を前にしてドクター・ワイルドは不愉快そうに告げる。
 だが、敵が嫌がることは選択肢として正解だ。番組作りとして間違えていようと。
 相手の罵倒は黙殺し、右手の調子を取り戻すまでの時間を稼ぐことに専念する。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》

 対して、当然のことながら勝負を急ぎたいだろうドクター・ワイルドは、RapidConvergenceリングと似たような魔動器を起動させた。

《Convergence》
《Final Arts Assault》

 瞬時に魔力が収束し、その右手の一点に集中する。
 そうなれば、雄也もまた応じざるを得ない。
 たとえ万全の状態でなくとも。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Convergence》
《Final Arts Assault》

 形状が変化し、特性が微妙に変化したRapidConvergenceリングを用いて魔力の収束を開始する。
 超越基人オーバーアントロープとなったことで、もはや他の種族の形態を経る必要はなくなったようだ。
 とは言え、魔動器の発動タイミングが一瞬早かったドクター・ワイルドの方が攻撃の始動もまた僅かに早い。

「食らえ、レゾナントアサルトブレイク!」

 先に敵の殴打が繰り出され、強大な魔力を帯びた右の拳が迫る。
 威力の桁違いの高さを示すように、拳の周囲の空間を歪ませながら。
 恐らく直撃せずとも、掠るだけで致命的なダメージを負いかねない。
 そんな一撃を前にして、雄也は大きく避けずに敢えて懐へと一歩踏み出した。
 そして無事な左手の肘を敵の腕にぶつけるようにしながら軌道を無理矢理にずらし――。

「レゾナントアサルトブレイク!」

 そのままクロスカウンターのような形で相手の頬を捉える。

「がっ」

 鈍く発せられるドクター・ワイルドの呻き声はその証。
 雄也の右手が回復する前にと勝負を急いだが故のほんの僅かな隙。粗さ。
 予知染みた直感のおかげでそれを見逃すことなく、綺麗に雄也の攻撃が入った形だ。

(決まったっ!)

 彼の攻撃がこちらに致命傷を与えるだけの威力を有するなら、同等以上の力を持つこちらの攻撃もまた当然相手には致命の一撃となる。
 故に勝負は決した。
 左の拳に感じる確かな手応えから雄也はそう確信した。
 その確信を間違いない現実へとするため、全力を以って拳を振り抜く。
 ドクター・ワイルドはそれによって奥の壁に叩きつけられ…………。

「なっ!?」

 しかし、超越人イヴォルヴァーの系統を倒した時のような体の崩壊は起きず、まるで泥のように全身が溶けて塔の壁に吸収されていった。
 かと思えば、床面から生えてくるように再びドクター・ワイルドの姿が現れる。
 雄也の攻撃の直撃などなかったかの如く万全な状態で。

「貴様、一体……」

 その様に思わず問いかけたが、おおよそ見れば予測がつく。

「ふ、所詮この体は端末に過ぎん。お前を倒すまで何度でも甦る」

 案の定、そういうことらしい。
 特撮ヒーロー番組に限らず存在するシチュエーション。
 大体こういう場合はどこかにある本体か、融合したアテウスの塔そのものを破壊し尽くせば倒すことができるというのが定説だ。

(けど、アテウスの塔を破壊すれば恐らくツナギを救える可能性は……)

 現時点で無事かどうかすら分からないが、後者を選んだ場合はこの段階で完全に不可能となる。少なくとも彼女の生死が判明するまで、その選択肢は取れない。
 実際にアテウスの塔を破壊し尽くせるのか、という問題は度外視にしても。
 ならば本体を、と考えてもその場所は分からない。

「くっ」

 それまで無限に甦る敵をさばきながら、急所を見つけ出さなければならない訳だ。
 中々困難な状況に陥ってしまったと言うしかない。
 勿論、それでもやるしかないが。

「何度でも、何度でも。勝利するまで俺は諦めはしない。そうやって何度も繰り返してきたのだから。さあ、根競べと行こうか」

 そして眼前のドクター・ワイルドは決意を改めるように告げ、再び挑みかかってくる。
 それを前にして、雄也もまた勝利へと繋がる道を探りながら前に出たのだった。

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