【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十三話 超越 ②踏み台と支え

 金色の鎧を身に纏ったドクター・ワイルド。
 そこから感じる生命力と魔力、その強さは以前見た時と変わらず驚異的だ。
 間違いなく未だに格上だと言っていい。
 敵の手前、まず眼前の障害を排除してからアイリス達を助けに行くと強がったが、客観的に分析すればどう逆立ちしても困難というのが実際のところだ。
 正直、勝利への道筋は全く立てられない。

(ツナギとの戦闘の影響はないけど……)

 心身共にほとんど消耗していないが、酷い劣勢にあると言わざるを得ない。
 しかも退路もない。
 完全に八方塞な状態だ。
 しかし勿論、どれ程絶望的な状況だろうと諦めることなど許されない。
 特撮ヒーローに憧れを持つ者として。
 何よりもそれは、己の死のみならずアイリス達の死をも意味するのだから。

「では、行くぞ」

 その相対する脅威、ドクター・ワイルドは余裕を見せつけるように告げ――。

《Gauntlet Assault》

 それから雄也と同じミトンガントレット、しかし、雄也のものとは違って金色に輝くそれを生成すると、すぐさま右手を大きく引き絞るようにしながら襲いかかってきた。
 その速度は明らかに雄也の認識を超えている。
 一瞬の内に肉薄され、気づいた時には拳が目の前に迫っていた。

「このっ」

 しかし、どういう訳か雄也はそれを回避することができた。
 勿論、と言うのも癪な話ではあるが、目で見て避けた訳ではない。
 直感あるいは予知と言っても過言ではないレベルの無意識の感覚。
 まるで自分ならこう攻撃するという思考が寸分違わず実現し、それに対する避け方をそのまま一瞬先んじて実行した結果こうなったというような感じだ。

(まさか、この期に及んで手を抜いてるのか?)

 その感覚を無視して考えても、全身から滲み出ている気配を以って予測する限り、ドクター・ワイルドの力は確実にまだ上がある。
 攻撃手段にしても、彼ならば遠距離から嬲ることすら可能なはずだ。
 間違いなく余力を残している。
 だが、さすがに戯れでそうしている訳ではないだろう。
 何らかの意図があって然るべきだ。
 しかし、手を抜いているだろうこの状態であろうとも、本来ならば雄也が触れられもせずに回避できるレベルではない。
 にもかかわらず――。

(右かっ!?)

 次の攻撃を何となく読むことができ、最小限の動きで的確に避けることができた。
 当然一撃のみに留まらず、尚も数撃、近接から狙われるが……。
 これも雄也はギリギリながらも切り抜け続けた。

「やはり想定以上の生命力と魔力にはなっているようだが……」

 定められた演武の如く攻撃と回避で均衡する中、ポツリとドクター・ワイルドが呟く。
 ツナギとの戦いの中で感じた理屈の分からない成長。
 それは彼にとっても想定外の事態ではあったようだ。

「補正を込みにしても、まだまだ許容内だな」

 しかし、計画の根幹を揺るがす程のものではないらしい。
 加えて、雄也のこの不可思議な感覚もまた。
 その口振りからすると、こちらは元々考慮に入れられていると見た方がいい。
 即ち、ドクター・ワイルドはその感覚の正体を知っているということになる。
 であれば、この原因不明の底上げに頼り過ぎるのは余りにも危うい。
 この状況では特に。
 下手を打つと事態が悪化するばかりだ。

(今までの闘争ゲームとは違うことを忘れちゃいけない)

 できれば、出どころの不確かな手段には縋りたくないところだ。
 とは言え、そうやって雄也が思考する間も敵の攻撃は止まることがなく、必然的にその感覚を常に利用しなければ均衡を保てない。
 それ以上に、格上相手にそうやって守勢に回っているばかりでは勝機など決して得られようはずがないから……。

「このっ!!」

 結局のところ、正にその感覚に従う形でドクター・ワイルドの動きを予測し、それを活用して打って出るしかなかった。

「それで攻撃しているつもりか?」

 しかし、まるでドクター・ワイルドもまた雄也の次なる手を完全に予測しているとでも言うかのように、雄也が攻撃するより早く彼は狙った軌道上から姿を消す。
 やはりそのスピードは格が違う。それでも――。

(後ろっ!)

 視覚こそ追いついていないが、やはり感覚的に位置を把握することはできる。
 故に、雄也は直感染みたそれによって、背後から振り下ろされたドクター・ワイルドの拳を最小限の動きで避けながら一旦距離を取った。
 それを傍から見れば、格上に食い下がっているように感じられるかもしれない。
 だが、考えれば考える程に状況は絶望的だ。
 この不可思議な感覚の理由を把握しているだろうドクター・ワイルドならば、いつでもそれを逆手にとった攻撃を仕かけてくることもできる。
 敵の胸三寸で、一瞬後にこの身がどうなっているか分からない。

「はあっ!!」

 それでも今は攻撃を仕かけながら、起死回生の手立てを考え続ける以外になかった。

(消極的だが、アイリス達が耐えてくれれば少なくとも六大英雄は自滅する)

 そうして彼女達が魔力の断絶の内側に来てくれれば、僅かではあれドクター・ワイルドとの力の差を埋めることができるはずだ。
 一つの現実的な手段として、時間稼ぎは頭に入れておくべきだろう。
 勿論その場合であっても、ドクター・ワイルドにそうと気取られないように攻めの姿勢は崩さないようにしなければならない。

「などと詰まらない真似をしようと考えているのなら、それがどれ程浅はかで愚かな考えか教えてやろう」

 と、彼は初っ端から雄也の心を読んだかのように口を開いた。

「散々苦労させられた挙句、半端な結果に終わりそうなこの状況。貴様にも少しは苦しんで貰わなければ余りにも割に合わないからな」

 更に続いた発言に、何を勝手なことを、と思う。
 しかし、次の一手の手がかりとなる情報があるかもしれない。
 古い特撮の悪役は、大抵余計なことを言って計画を台なしにするものだ。
 当然、現実においてそれを前提として期待するのは間違っているし、この敵がそうした無能な敵役と同じとは全く思えないが。

「六大英雄が間もなく自滅することは事実だ。だが、それまで貴様の仲間達が耐えられると思うことがまず楽観が過ぎる」
「何かと思えば、お前こそアイリス達を見縊り過ぎだ。本来の六大英雄ならともかく、同属性の理性もない化物相手なら格上だろうと遅れは取らない」

 彼女達は雄也より余程強い。
 ドクター・ワイルドの闘争ゲームに巻き込まれ、不愉快ながら事実として六大英雄達の踏み台とするために様々な試練を課せられてきた。
 それでも、その全てを乗り越えてきたのだ。
 無論、雄也とてこの異世界アリュシーダに来て何もなかった訳ではない。
 だが、彼女達のそうした姿、あり方に、直接的にせよ間接的にせよ、何度励まされたか知れない。
 心の底から信頼できる仲間達だ。

「成程、あの者達と最も近しい貴様の評価ならば、それは正しいのかもしれない。仲間を信ずる貴様の姿は尊いものなのだろう。だが……無意味だ」
「何だと?」

 ドクター・ワイルドは雄也の問いに対し、わざわざ攻撃の手を止めて再び口を開く。

「言っただろう。闘争ゲームは既に終わったと。よしんば時間稼ぎに成功し、あの場を生き長らえたとしてもコンティニューはない」

 そして彼は声に少し苛立ちを含ませつつも、それを嘲りで隠すようにしながら続ける。

「多少腐っていようとも、時が来れば収穫しなければならない。故にあの者達は、この俺が手ずから殺す。死ぬ運命にある者を信じたところで何にもなりはしない」
「ぐ、貴様っ!」

 その様子を見る限り、一応それは望んだ展開ではないのだろう。
 最初の闘争ゲーム以来、徹頭徹尾絶対的な戦力差があったことを考えれば、それだけでも金星の相当する話なのかもしれない。
 だが、未だ覆しようのない力の差はあり、このままではドクター・ワイルドの言葉は間違いなく実現する。それでは本当に無意味だ。
 多少なり意趣返しできたものの死んでしまいました、では話にならない。

(今度こそ、万策尽きた、のか?)

 これまでご都合主義、いや、ドクター・ワイルド主導の茶番の中でなあなあにしてきた全てのシワ寄せが、今ここに集約された形だ。

「所詮あの者達はどこまでいっても餌に過ぎん。その力も、命もな」

 と、ドクター・ワイルドは何度となく口にしていた主張を繰り返す。
 どこまで行こうとお前達は籠の中の鳥でしかないと言うように。
 ある種のシナリオがあることを承知で足掻いてきたつもりだったが、それで僅かな想定外を作り出すことができても雄也達の勝利には程遠いもの。
 結局、籠の外には出ることができていない。

「人間を餌扱いなど――」
「今更だろう? まさか、この期に及んで俺がそういった糾弾で考えを変えるような存在だと思っている訳でもなかろうに」

 それはその通りだ。
 人を人と思わぬ所業。何度、目にしたか知れない。
 袋小路の如き状況を前にして冷静さを欠き、余りにも無価値な言葉を発してしまった。

「しかし、この時点で貴様が俺に勝つ目が全くなかった訳ではない。ヒントもあった」
「ヒント、だと?」
「そう。正に餌。踏み台。幾度となく言ってきたそれだ」
「何が、言いたい」
「お前がどう思おうと、お前の仲間達は言わば経験値の塊。アテウスの塔に突入する直前に、お前自身があの者達の命と力を奪えば俺に届き得た」

 告げられた全く頭にない選択肢に一瞬言葉を失う。

「な、何を馬鹿げたことを!」

 思わず我を忘れて殴りかかろうとしかけたが、必死に思い留まりながら叫ぶ。
 ことこの敵に対し、冷静さを失って届く拳などありはしない。

「いずれにしても、あの者達の死は避けられない。それが現実として最も合理的な手段だっただけのことだ。所詮、俺達の高みには至ることのできない木偶人形なのだから」

 進化の因子がある限り、成長に限界はない。
 だが、属性の兼ね合いから同じ生命力と魔力なら基人アントロープが有利なのは客観的な事実だ。
 それは否定できない。否定はできないが――。

「踏み台としての価値があるだけマシというものだ」
「……ふざけるな!」

 それ以外の暴言をいつまでも黙って聞いてはいられない。
 たとえ勝ち目のない状況だったとしても、それ以上は許せない。

「アイリス達は踏み台なんかじゃない!」

 ここで全てが終わるとしても、それだけは否定する。

「ふん。ならば何だと言う?」
「これまでの全てを見ていて、それでも尚踏み台などと言うお前には理解できないことだろう。それでも、ああ、言わせて貰う!」

 雄也は今も宙に浮かぶ映像の中で苦しみながらも戦い続けているアイリス達へと僅かに視線を向け、それから再び口を開いた。

「今日この日まで、俺一人だけでは生きてこれなかった! どの戦いでも彼女達がいなければ、勝つことなんてできやしなかった!」

 全てドクター・ワイルドに仕組まれたことだったとしても、その時々に助けられたと感じたこと、彼女達が助けようとしてくれたことは嘘ではない。
 勿論、雄也が最後に決めなければならない、雄也でなければならない状況はあった。
 だが、だからと言って「全部雄也一人でいい」とは決してならない。
 彼女達が後ろにいてくれなければ踏ん張れなかった戦いがほとんどなのだから。

「俺がこれまで戦ってこれたのは、アイリス達を踏みつけにしたからじゃない! アイリス達が俺を支えてくれたからだ!」

 心の奥底から発した雄也の強い言葉。
 それを前にしてドクター・ワイルドは、しかし、嘲るでもなく何か思うところでもあったかのように黙り込んだ。

「……だが、その支えは折れる定めにあるもの。見ろ。お前の仲間達は劣勢にある」

 少しの後、彼は淡々と事実を述べるような口調で告げる。
 どういう感情の変化があったのかは分からない。だが――。

「このまま殺されるもよし。たとえ六大英雄が自滅するまで耐え切っても、この俺の手で命は終わる。その事実は覆らない」

 少なくとも、それが今この瞬間に局面を打開する鍵となることはなさそうだ。
 その声色からは確固たる信念とでも言うべき何かが感じられる。
 逆に意思を強めてしまったらしい。
 いずれにしても、敵は頑なにも程があるドクター・ワイルド。
 こちらが主張すべきことを主張したからと言って、当然のことながら容易く状況が好転するはずがない。
 むしろ、それに時間を費やした分だけ猶予が少なくなってしまっていた。
 こればかりは分かっていても言わずにはいられないことだったが……。

(どうすればいい)

 結局ドクター・ワイルドの言葉通りになるのなら、全て自己満足にしかならない。
 しかし、この身に手立てはなく、雄也は縋るように映像の中の仲間達を見た。
 正にその直後。

「うおっ!?」

 その内の一つ。
 アイリスと過剰進化オーバーイヴォルヴして暴走した真獣人ハイテリオントロープリュカとの戦いにおいて、彼女はやけくそ気味に全力の攻撃を放ち、その一撃は広間の床を広範囲に砕いた。
 と同時に、その衝撃がアテウスの塔を揺らし、振動が雄也の広間にまで伝わってくる。
 それは僅かなものではあったが、塔全体に影響を及ぼしたらしく、他の仲間達もまた映像の中で揺れに気づいたように警戒と共に視線を変化させていた。

(……ラディアさん?)

 その中でも、特にラディアはハッとしたような素振りを見せていて――。

「いつまで余所見をしている?」

 そんな彼女に雄也が目を凝らそうとした瞬間、余計な会話はもはや終わりだと言わんばかりにドクター・ワイルドが再び攻撃を仕かけてきた。
 必然的にその対応に追われ、映像から視線を外さざるを得なくなる。
 結果、当然ながら眼前の敵との攻防に集中しなければならなくなり、雄也はラディアの反応の理由について思考を巡らすことはできなかった。

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