【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十二話 再戦 ④漆黒と白銀

    ***

「はあっ!!」

 漆黒の装甲に包まれた拳を振り上げながら跳躍し、プルトナは既に巨大な異形と化している真魔人ハイサタナントロープスケレトスの頭部目がけて渾身の力を込めて叩き込もうとした。
 スケレトスの姿は各部位の幅やら比率やらが人間のそれとは全く異なっており、括りとしては異形と言うべき見た目だ。
 しかし、それでも輪郭は一応人型ではある。
 元になったのが真魔人ハイサタナントロープである以上、その全身を覆う漆黒の鎧の中身は闇の集合体のような存在だろうが、意識を司るのは頭部で間違いない。
 実際に脳が存在しているのか、魔人サタナントロープ時代の感覚に引っ張られているのかは分からないが、同じく真魔人ハイサタナントロープとなったプルトナもまたそうなのだから。
 故に頭部は変わらず狙うべき急所。
 当たりさえすれば優位に戦いを進めることができるはずだ。

「甘いっ!」

 それに対する仇敵スケレトス。
 彼は余裕を示すような言葉を、しかし、緊張感を湛えた声色で口にしながらプルトナの殴打に同じく殴打で応じる構えを取る。
 ただし軌道は逆。突き上げるような形だ。
 既に闇属性の特色である精神干渉魔法は無用の長物。
 互いに、そんなものが通用するレベルにはない。
 更にはスケレトス本来の鎌状の武装も異形と化したことによって失われ、結果として互いの攻撃の間合いは超近接と成り果てている。
 元々闇属性の魔法に遠距離攻撃が乏しいこともあり、プルトナとスケレトスの戦いは肉体の強さと技量がどこまでもものを言う肉弾戦と化していた。
 そして幾度目か、ぶつかり合う拳と拳。

「く、ぐ」

 衝撃が体の中を駆け巡り、その余波が広間の漆黒の壁を震わせる。
 もし並の人間がこの戦闘を目の当たりにしていたら、二人の拳の激突が作り出した衝突音に聴覚をやられていたことだろう。
 だが、この領域の戦いにおいて、その音に気を取られる者に勝利はない。

「おおおおおおっ!」

 スケレトスは衝突音をもかき消すように叫ぶと、もう一方の腕を振り下ろしてきた。
 力任せにハンマーで叩き潰さんとするが如く。
 その巨大な異形と化した彼の腕の太さは、樹齢数百年の丸太のようだ。
 威力もそうだが、命中範囲の広さが厄介に感じる。
 特に、今正に空中にあるプルトナにとっては。

「こ、のっ!」

 しかし、そのままそれを容易く食らってしまうようであれば、もっと早い段階で既に決着がついている。敗北という形で。
 迫り来るスケレトスの拳を前にしてもプルトナは冷静な判断力を保ち、その巨躯の胴体を蹴って殴打の軌道上から逃れた。
 直後、その一撃は目標を失い、広間の地面を叩いて砕く。
 互いの攻撃の威力はほぼ互角と言っていい。総合的な戦闘力もまた。
 ただ、体格の差によって攻撃の範囲や周囲への影響はスケレトスの方が大きく、見かけの被害も少々派手に感じられてしまうが。
 その代償であるかのように攻撃を外した際には消すことのできない僅かな隙が生じており、それによって利点が相殺されている感じだ。

「まだまだ、ですわ!」

 それからプルトナは正にその隙に乗じて、相手が体勢を立て直す前に間合いを詰めた。
 突如スケレトスが巨大な異形と化した時には一時的に追い詰められたものの、今では再度均衡を作ることができている。
 ただ、やはり互角であるだけにリーチの差を有効に使われては不利になる。
 プルトナが優位に戦うには敵の懐に入ることが不可欠だ。
 同等の強さを持つ数倍もある巨体だけに圧迫感は強いが。
 それでも退くことなく、強い意思を以ってギリギリまで接近し、その位置を保ち続ける。

「くっ、何故だ。何故、今の俺に肉薄できる!?」

 と、そうしたプルトナの戦い方への苛立ちが限界を超えたのか、スケレトスは余裕を装うことすらせずに声を荒げて疑問を口にする。
 もっと早く、もっと簡単にプルトナを処理できると思っていたのだろう。
 そうでなくとも、異形と化して再び優位に立った時点で勝利を確信していたに違いない。
 にもかかわらず、プルトナ自身も理由の分からない成長によってこの状況だ。
 その理不尽に心乱され、見苦しい反応を示してしまうのも無理もないことだ。

「奴はこれも想定していたのか!?」

 怒りを込めて虚空に問いかけるスケレトスだが、その答えが返ってくることはない。
 無論、プルトナにも答えることはできない。
 当初はこれもまたドクター・ワイルドの闘争ゲームの一環かと疑ったが、このスケレトスの反応を見る限り、やはりそうとも考えにくい。
 あるいは、ドクター・ワイルドすら予想していない状況かもしれない。

(であれば、別に構いませんわ)

 今、重要な事実はユウヤの足手纏いにならずに戦うことができているということ。
 そして、優先すべきは目の前の敵を討ち果たすことだ。
 成長の理由を解き明かすことではない。
 考えても分からないことに拘る意味は、少なくとも今はない。

「純粋に、ワタクシの方が強い意思を持っているということではなくて?」

 だから、スケレトスを倒すための一手として、挑発するように告げる。
 とは言え、それが六大英雄に容易く通用すると考えるのは、さすがに楽観が過ぎる。
 故に、多少なり効果があれば儲けものという感覚で口にした言葉だったが……。

「何を、馬鹿げたことを!」

 余程想定外の状況だからか、思った以上の反応があった。
 スケレトスの声からは明らかな怒りの感情が感じ取れる。

「大義を背負う俺達に勝る意思など、あろうはずがない!」

 千年の時を超えても尚、強く残る信念。
 それが不確かで曖昧なものでないことは、感情に塗れた言葉からしても明らかだ。
 しかし、だからとて認めることはできない。何故なら――。

「義のない大義を口にするなど、単なる自己弁護に過ぎませんわ」

 どれ程高尚な理由を並べようとも。
 どれ程正しい理屈を並べようとも。
 多くの人民の心を踏み躙り、父親の命を奪い去った事実をプルトナは忘れない。

「人形風情が、ほざくな!」

 加えてプルトナを含めた今を生きる人々を現在進行形で侮蔑し続け、蔑ろにしている。
 歴史に残されていない千年前の出来事によって、スケレトスを始めとした六大英雄達がどれ程価値観を揺さぶられ、歪められたかは分からない。
 だが、少なくともプルトナの視点では愚行以外の何ものでもない。
 こんな人間に負ける訳にはいかない。決して。

「後顧の憂いはここで絶ちます」

 父の仇を討つ。それはもはや殊更言う必要のないことだ。
 しかし、それに囚われて生き続けることは、父も望みはしないだろう。
 勿論、成し遂げなければ気持ちは収まらないが。

「そうすれば、後はユウヤの力になるのみですもの」

 そして、本来王族の一員としてなすべきことをするためにも。
 ここで立ち止まっている訳にはいかない。
 だからプルトナは気合を入れ直し、再びスケレトスとの間合いを詰めた。

    ***

「憐れな」

 意思を失い、異形と化した真妖精人ハイテオトロープビブロスと幾度となく攻防を繰り返しながらラディアはドクター・ワイルドへの怒りと共にそう呟いた。
 操り人形の如き様は、両親の姿を想起させられる。
 記憶を弄られていたがために長らく偽りを真実と思い込んでいたが、両親の人格を奪ったのもまたドクター・ワイルドの仕業だった。
 それだけに、ビブロスに対して少しばかり同情心が芽生えていた。
 本当の本当に少しばかりだが。
 そもそも相手は、散々「苦しまないように抵抗せずに死ね」というようなニュアンスの身勝手にも程がある言葉を口にしていた男なのだ。
 自業自得だと罵ってもいいぐらいだ。

(……しかし、まあ、純粋な男ではあったに違いない)

 無論、褒めている訳ではない。
 純粋さが常に美徳になるとは限らないのだから。
 特にビブロスの場合は完全に裏目に出た形だ。
 彼はそうした性根であるだけに、一度定めた使命に対する頑なさがあった。
 それがたとえ誤りを含む道だったとしても。それを誰かに窘められようとも。
 省みるということがなかった。
 いわゆる頑固者。だからこそ思考は単純だ。
 どこに拘りがあるのかさえ分かれば。
 そこをうまくつついてやれば、行動を誘導することは不可能ではない。
 もっとも思想が根本的にずれているラディア達では無理な話だが。
 微妙に噛み合っているドクター・ワイルドならば容易いだろう。

(信念に殉じようとする姿。傍から見ているだけならば、嫌いではないが……)

 当事者として矛先を向けられると、正直迷惑以外の何ものでもない。
 とは言え、それももはや失われ、過去の儚い幻影も同然だが。
 彼だった存在は既に死んでしまったと考えた方がいい。

「アアアアアアアアアァッ!」

 そのビブロスだったものは今正に、声と言うよりも雑音とでも言うべき不快な響きを発しながら空中を高速で移動している。
 思考の間も決して絶やすことのなかったラディアの遠距離攻撃を回避しながら。
 加えて、反撃として無数の光の弾を撒き散らしている。
 それをなす現在のビブロスの姿は、正直に言えば気持ちが悪い。
 今後は地に足をつけて戦うことはないと主張するように足が消えてなくなり、左右非対称の不自然な位置に白銀の翼が生えている。
 いや、翼という表現は正確ではない。
 正しくは船の帆のようなものだ。
 ラディアが持つ知識では理屈が分からないが、その付近に光属性の魔力と白銀の粒子が集中して発生していることから、光の魔法を推進力として利用しているようだ。

(ユウヤならば、異世界の知識で仕組みを理解できるかもしれないが……)

 それの解明は後回しでいい。
 今、優先すべきはそれではない。

《Multiple-Wired-Artillery Assault》
《Multiple-Satellite Mirror Shield Assault》

 有線操作の砲台と己を中心に衛星のように浮遊する盾。
 それらを敵の光弾によって撃ち落とされた分だけ補充して、今も尚周囲を飛び回り続けているビブロスを見据える。
 盾の方は彼の武装を真似たものだが、当の彼はもはや使用していない。
 異形となったビブロスはドクター・ワイルドが操っているものと思われるが、ビブロス自身の武装を使う程に高度な操作はできないようだ。
 あるいは現在のラディアの両親と同じく一定の行動方針の下、自律的に動いているのか。
 勿論、そこだけ切り取るから同じように見えるだけで、その背景はまるで違うが。
 少なくともユウヤがそうしたのは善意からだし、彼が両親の人格を奪った訳ではない。
 だが、ドクター・ワイルドのそれは、仲間を人形として都合よく使うためのものだ。
 不愉快極まりない。

「アアアアアアアアッ!!」

 そして、人形と成り下がったビブロスは不快な音を発しながら無作為な軌道での飛行を保ちつつ、ラディアを倒さんと光弾を尚ばら撒き続ける。
 四方八方から迫り来る攻撃。
 生身で回避するのは困難だ。
 それに対してラディアは、ランダムに動き続ける敵とは対照的にその場から動かず、周囲に展開した二つの武装を巧みに操って対応した。
 旋回する盾で防ぎ、砲台から放つ白銀の弾丸で敵を狙う。

(己を失ったコルウスが十全に武装を使えないところを見ても、恐らくドクター・ワイルドは他の何かに囚われているということ。つまり――)

 恐らくユウヤと交戦状態にあるか、それに近い状態にあるはずだ。
 そして、それは他の六大英雄も同じはず。

(ここで時間を食っている訳にはいかない)

 ビブロスへの僅かな同情心は、今は考えない。
 いや、むしろ早々に討ち果たすことが彼に対する慈悲というものだろう。

「そこだ!」

 そしてラディアはビブロスの進行方向に牽制を撃ち込み、それによって動きを変えた異形の敵を狙い撃った。

「ガ、アアアアアツ!?」

 その一撃は確実に直撃し、装甲を砕く。
 更にはダメージが確かに通ったようで、僅かに動きを鈍らせることができた。
 明らかに出力が上がっている。

(やはりか)

 向上する生命力と魔力。
 その根本的な原因は分からないままだ。
 しかし、何をすればそうなるかはラディアには薄々予測ができていた。

(ユウヤや皆を想い、己のなすべきことを想うことで力が湧いてくる)

 気持ちの問題だけではなく、実際に戦う力として。

(このまま押し切る!)

 そうした理屈を利用するのは何か不純な気もしなくはない。
 だが、皆への想いが偽りではないことは自信を持って言えること。
 だから、ラディアはそれを改めて強く心に抱き、ビブロスへと撃ち放つ攻撃を更に強く、激しくしたのだった。

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