【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第四十一話 幕間 ④両親の記録
「ラディアさん」
「あ、ああ」
呼びかけられ、ラディアは若干躊躇いがちに応じた。
とりあえず約束通り、今日一日空けておいてくれたようではあるが……。
「そ、それで何をしようと言うのだ?」
彼女は何やら警戒するように問うてきた。
「ラディアさんは何かしたいこと、して欲しいことはないんですか?」
「私は……特に、ない」
他の面々とは違い、心の中のわだかまりを解消するのにつき合って欲しいと自ら言うつもりはないらしい。むしろ、そんなものは存在しないと言いたげだ。
学院長という立場故か、あるいは、数字の上では最も年長であることに変に囚われているのか。その両方か。どうしても弱みを見せたくないらしい。
もっとも、結構な頻度で素の部分を見ている気もするが。
光の巫女を前にした時などに。妖精人らしい幼い外見相応の言動を。
そこはともかくとして――。
「本当に、ですか?」
「……ないものはない」
ラディアはそう言うが、視線を逸らす様子を見ても正直信じられない。
しかし、彼女も割と頑固なので問い詰めて折れるとは思えない。
ここは少し強引に踏み込んだ方がいいだろう。
積極的に気持ちを伝えてきた皆に倣って。
「じゃあ、ラディアさん。俺にお節介を焼かせて下さい!」
「お、お節介?」
雄也が少々勢い込んで言うと、ラディアは戸惑い気味に繰り返す。
そんな彼女を雄也は真っ直ぐ見詰めながら、首を縦に振って答えた。
「もし途中で心底嫌だと思ったら、俺を殴って下さい。その時はやめますから」
更に念のためにそう断っておく。
この前提でようやくギリギリ信条に反しないと言うところだろうから。
「あ、でも、ちゃんと本気で殴って下さいね」
今回ばかりは言葉で拒絶しても天の邪鬼的な発言と判断させて貰う。
そのためのこの念押しだ。
「う、うむ?」
そうした前置きに対して彼女は尚のこと困惑したような声を出す。
「殴るとは随分物騒な……いや、それはそれとしても、まずは内容を教えて貰わないことには判断のしようがないのだが」
「そこはおいおい」
「いやいや、待て待て。だから……」
当然ながら、ラディアはまだ納得がいかない様子を見せる。
しかし、雄也は一先ず黙殺し、スッと彼女に近づいてその手を握った。
「な、何を――」
「〈テレポート〉」
そして即座に転移魔法を使用し、目的地付近のポータルルームへと移動する。
「い、一体、どこに転移をしたのだ?」
一度不審そうに雄也を見てから、現在地を確認するために部屋を出ようとするラディア。
「あ、ちょっと待って下さい」
「うお、っと」
握ったままの手を軽く引っ張って止めると、彼女は慌てたように踏ん張った。
どうやら状況把握を優先する余り、まだ手を繋いでいることを失念していたようだ。
「い、一体どうしたのだ」
ラディアは微妙に間抜けな体勢になったことを恥じるように顔を赤くしながら、そうした羞恥を隠そうとするように若干不機嫌な声で問うた。
それからチラッとその原因となった手を一瞥するが、無理に振り解いては感じが悪いと配慮してか複雑な顔をしながら雄也の顔に視線を戻した。
そして、質問の答えを催促するようにジッと見詰めてくる。
「ああ、その……このまま行くと面倒なことになるかもしれないので、一応認識阻害を」
「何故わざわざそんなことを?」
「外に出れば分かります」
不審そうな声を出すラディアに、誤魔化しの言葉を口にしながら認識阻害の魔法を使用して外に出る。促すように彼女の手を引いて。
「む、こ、ここは……」
それから視界に映った光景を見て、ラディアは困惑したように雄也を見上げてきた。
妖星王国聖都アストラプステ。彼女の故郷の街だ。
「な、何をするつもりだ?」
「言ったでしょう。お節介です」
雄也は尚も戸惑うラディアにそう答え、彼女を少々強引に引き連れて事前に場所を調査しておいた目的地へと向かった。
「もう一度言っておきますけど、本気で嫌なら殴って下さいね」
その前にもう一度だけ念を押してから。
少し歩けば、彼女ならどこに向かっているか即座に理解できるはずだ。
「まさか……」
他ならぬラディアの実家に向かっているのだから。
「う……」
と、彼女は躊躇の滲んだ吐息を漏らし、その場で立ち止まった。
再び軽く引っ張るが、幼く細い足に力を込めて踏ん張っている。
本人は真面目なのだろうが、体が小さいだけに駄々っ子のようだ。
「私を父と母に会わせるつもりか」
そうしながら非難するように睨みつけてくるラディア。
尚のこと幼い子供に見える。
「ラディアさんも、いつまでもこのままでいいとは思ってないでしょう?」
「そ、それは、そうだが……」
聡明な彼女ならば現状を健全と思っているはずもなく、踏ん張る力が弱まった。
それからラディアが思い悩む間に手を引きながら背中を押し、彼女の実家に辿り着く。
以前見た通り木造建築だが、ログハウスと言った方が正しいかもしれない。
「さ、入りましょう」
「ちょ、待――」
そして、そのままラディアが迷いから覚める前にサッと中に入る。
お国柄か、彼女の両親の世話をしてくれている人のためか、鍵はかかっていない。
「あ……」
木製の家具の中、椅子に力なく座る男女がすぐ目に映る。
「お父さん、お母さん……」
ラディアが零した言葉の通り、この二人が彼女の両親のようだ。
それを前にしてラディアは駆け出すように一歩近寄ったが、すぐに躊躇いを見せて立ち尽くした。そのまま俯き、黙り込んでしまう。
話し方もそうだが、その動きからも以前見たような幼さが感じ取れる。
「わ、私に一体何をしろと言うのだ。謝罪しようにも既に人格は失われ、何も答えてくれない。単なる自己満足に過ぎんし、私もそれでよしとすることなどできん。無論、何もせずにいることも不義理だとは分かっているつもりではあるが……」
動揺を隠すように必死に口調を戻すラディアだが、変に早口になってしまっていた。
「まあ、俺もそんな不毛な真似をさせるつもりで来た訳じゃありませんよ」
失われた人格を取り戻す手段は、少なくとも今の雄也にはない。
見当もつかない。
そこは最初から取り返しようのない話だし、それに関しては本来被害者の一人であるラディアに謝罪させるつもりなど毛頭ない。
そんなことをしても彼女の心を無意味に傷つけるだけだ。
「なら、何のために?」
「はい。記憶を読み取る魔法ってありますよね? それを応用してご両親の思考を模造することで、反応を再現できないものかと思いまして」
中々難しい魔法だが、六属性の力を操るに至った今なら不可能ではないはずだ。
「反応を、再現?」
「ええ。あくまでも擬似的にですが」
つまり人格を修復するという話ではない。
そこはラディアも理解したようで微妙な表情を浮かべる。
「本物のご両親がするであろう受け答えを知ることができる、かもしれません。つまりラディアさんの謝罪や弁解に、答えを得られる可能性があるということです」
雄也が続けてそう言うと、彼女は困惑したように視線を揺らした。
「とりあえず、試してみますね」
その間にラディアの両親に近寄り、それぞれの頭に触れながら魔法を発動する。
第一段階で記憶と思考パターンを読み、第二段階でそれらを基に受け答えのプログラムとでも言うべきものを作る。
これを以って、いわゆる中国語の部屋のような状態とすることができるはずだ。
『あの娘は、素質はあるが甘い。拠所を砕き、不安定な心とした方が進化を促せる』
そうして、まず脳裏に流れ込むラディアの両親達の記憶を整理していくが……。
(ん? な、何だ、これ)
その段階で雄也は強い違和感を抱き、首を傾げた。
とあるタイミングで見覚えのある姿を見、聞き覚えのある声を聞いたから。
「どうした? 何か問題があったのか?」
「あ、はい、その……」
「記憶も思考パターンも失われていたのか?」
「いえ、そういう訳ではないです。記憶も思考パターンも読み取れました。けど……」
「一体どうしたというのだ。ハッキリ言ってくれ」
半ばラディアの意思を抑えて強引に行ったことだけに、彼女は苛立った様子を見せる。
「わ、分かりました。ええと、その、矛盾があるんです。ラディアさんの過去と」
「私の過去と矛盾? 一体どういうことだ」
「はい。まず、ご両親が〈ブレインクラッシュ〉を受けたのは二年程前のことです」
「……何? そ、そんなはずがあるか! 二十年前、父と母が人格を失ったからこそ私は……私は卑怯にも故郷を捨て、七星王国に逃げたのだぞ!」
確かにラディアから聞いた話はそうだ。
「いえ、確かにラディアさんは二十年前、七星王国に来ました。しかし、それはご両親に後押しされ、自らの夢である教師を目指したからです。少なくともご両親の記憶では」
「何を、何を言って……」
ラディアは混乱したように、よろよろと後退りする。
雄也とて困惑しているのだから、当人である彼女は尚更だろう。
「ラディアさん。もしかしたら、ラディアさんも、この国の人々も記憶を操作されてるかもしれません。なので、ラディアさんの記憶も見せて貰っていいですか?」
「……ああ、いいだろう! それでそんなことがある訳ないと分かる!」
プライバシーが丸裸になってしまうが、動揺の余り今のラディアにはそこを懸念する余裕がないようだった。
半ば売り言葉に買い言葉のような形で彼女は頷く。
「では……」
そして記憶を読み取る魔法を用い、彼女の過去を確認する。すると――。
「…………やっぱり、記憶が改竄されてます」
思った通り、両親の人格が失われたのと同時期に記憶が大きく捻じ曲げられていた。
「ば、馬鹿な。そんな、こと。嘘、だろう?」
信じられないと言うように、首を横に振りながら否定を求めて尋ねてくるラディア。
外見は幼い彼女にそんな顔をされると嘘を言って慰めたくなるが、残念ながら本当だ。
雄也は黙って首を横に振って、真実であることを告げた。
「そんな……」
「どう、します? 改竄以前の記憶を戻すことはできますけど……」
それから可能性を提示して、ラディアに判断を仰ぐ。
「くっ……決まっている。やってくれ!」
対して彼女は、やけっぱちになったように叫んだ。
「はい。〈オーバーリマインド〉」
雄也はそれに頷いて、新たな魔法で記憶の改竄を打ち消した。
次の瞬間、ラディアは大きく目を見開く。
「これ、は……こんな、ことが……」
自身が持つ現在の記憶と過去の記憶との間にある齟齬。
容易く受け止められるものではないだろう。
それから短くない時間、彼女は黙したまま俯き……。
「そう、か」
しばらくした後、彼女は落ち着きを取り戻して小さな口を再び開いた。
「元凶は……またしても、ドクター・ワイルドか」
「……はい」
「父と母の人格を奪ったのもまた、あの男だったと言う訳だ」
憤怒と憎悪を滲ませたような低い声で呟くラディア。
どうやら、彼女の両親の記憶を見た限り、ラディアの力を効率よく強化するためなどという身勝手な理由でそれはなされたようだ。
いずれにしても、己の外側に原因として徹底的に追及すべき存在がいたことで、過剰に取り乱さずに済んだようだ。
間違いなく腸は煮え繰り返っているだろうが、表面上は冷静でいる。
「ユウヤ、戻るぞ。何があろうと奴を止めなければならない。それがよく分かった。これからの時間はそのために使わなければならん」
「ご両親と話をしなくていいんですか?」
「……結局それらしい反応をする精密な偽物なのだろう? ならば必要ない。何より――」
色々と納得したように冷静に答え、そのまま続けるラディア。
「答えは……本当の記憶の中にあった。この保守的な妖星王国で、父も母も私が外の国で教師として生きることを許してくれ、応援してくれた。私の意思を尊重してくれた」
彼女は、かつて胸に刻んだはずだった両親の想いを思い出すように目を閉じた。
「ならば、胸を張って生きていくことこそ私が二人のためにできる唯一のことだ」
その言葉に、雄也は同意を込めて深く頷いた。
当初想定していた方法とは全く違う形だったが、今回強引にラディアをここに連れてきたのは正にそうした前向きな結論に至って欲しかったからだ。
結果オーライというところだろうか。
「とは言え、本当なら私自身の手で両親の面倒を見たいところだが……さすがに今の落ち着かない状況でそうするのは現実的ではない」
と、ラディアは両親に視線を移しながら言った。
「それでも、少なくとも世話をしてくれている同族達の負担は軽減しておきたいが……」
「であれば、ご両親に一定の行動パターンを魔法で植えつけましょう。生理的な活動に必要な行動を、単独で取ることができるだけの簡便なものですが」
寝て、起きて、食事をし、排泄をし、再び寝る。
最低限その程度は自らできるように。
虚しい話だが、それでも世話役の人の負担は大幅に減るだろう。
「そして全てが終わったら、迎えに来ましょう」
「ああ……ありがとう。ユウヤ」
頭を下げるラディアに軽く微笑んで頷いてから、彼女の両親に魔法を施す。
その効果に従って動き出した二人をラディアは複雑な表情で少しの間見守り――。
「……行こうか」
それから雄也達はそっと家を出て、妖星王国聖都アストラプステを離れたのだった。
「あ、ああ」
呼びかけられ、ラディアは若干躊躇いがちに応じた。
とりあえず約束通り、今日一日空けておいてくれたようではあるが……。
「そ、それで何をしようと言うのだ?」
彼女は何やら警戒するように問うてきた。
「ラディアさんは何かしたいこと、して欲しいことはないんですか?」
「私は……特に、ない」
他の面々とは違い、心の中のわだかまりを解消するのにつき合って欲しいと自ら言うつもりはないらしい。むしろ、そんなものは存在しないと言いたげだ。
学院長という立場故か、あるいは、数字の上では最も年長であることに変に囚われているのか。その両方か。どうしても弱みを見せたくないらしい。
もっとも、結構な頻度で素の部分を見ている気もするが。
光の巫女を前にした時などに。妖精人らしい幼い外見相応の言動を。
そこはともかくとして――。
「本当に、ですか?」
「……ないものはない」
ラディアはそう言うが、視線を逸らす様子を見ても正直信じられない。
しかし、彼女も割と頑固なので問い詰めて折れるとは思えない。
ここは少し強引に踏み込んだ方がいいだろう。
積極的に気持ちを伝えてきた皆に倣って。
「じゃあ、ラディアさん。俺にお節介を焼かせて下さい!」
「お、お節介?」
雄也が少々勢い込んで言うと、ラディアは戸惑い気味に繰り返す。
そんな彼女を雄也は真っ直ぐ見詰めながら、首を縦に振って答えた。
「もし途中で心底嫌だと思ったら、俺を殴って下さい。その時はやめますから」
更に念のためにそう断っておく。
この前提でようやくギリギリ信条に反しないと言うところだろうから。
「あ、でも、ちゃんと本気で殴って下さいね」
今回ばかりは言葉で拒絶しても天の邪鬼的な発言と判断させて貰う。
そのためのこの念押しだ。
「う、うむ?」
そうした前置きに対して彼女は尚のこと困惑したような声を出す。
「殴るとは随分物騒な……いや、それはそれとしても、まずは内容を教えて貰わないことには判断のしようがないのだが」
「そこはおいおい」
「いやいや、待て待て。だから……」
当然ながら、ラディアはまだ納得がいかない様子を見せる。
しかし、雄也は一先ず黙殺し、スッと彼女に近づいてその手を握った。
「な、何を――」
「〈テレポート〉」
そして即座に転移魔法を使用し、目的地付近のポータルルームへと移動する。
「い、一体、どこに転移をしたのだ?」
一度不審そうに雄也を見てから、現在地を確認するために部屋を出ようとするラディア。
「あ、ちょっと待って下さい」
「うお、っと」
握ったままの手を軽く引っ張って止めると、彼女は慌てたように踏ん張った。
どうやら状況把握を優先する余り、まだ手を繋いでいることを失念していたようだ。
「い、一体どうしたのだ」
ラディアは微妙に間抜けな体勢になったことを恥じるように顔を赤くしながら、そうした羞恥を隠そうとするように若干不機嫌な声で問うた。
それからチラッとその原因となった手を一瞥するが、無理に振り解いては感じが悪いと配慮してか複雑な顔をしながら雄也の顔に視線を戻した。
そして、質問の答えを催促するようにジッと見詰めてくる。
「ああ、その……このまま行くと面倒なことになるかもしれないので、一応認識阻害を」
「何故わざわざそんなことを?」
「外に出れば分かります」
不審そうな声を出すラディアに、誤魔化しの言葉を口にしながら認識阻害の魔法を使用して外に出る。促すように彼女の手を引いて。
「む、こ、ここは……」
それから視界に映った光景を見て、ラディアは困惑したように雄也を見上げてきた。
妖星王国聖都アストラプステ。彼女の故郷の街だ。
「な、何をするつもりだ?」
「言ったでしょう。お節介です」
雄也は尚も戸惑うラディアにそう答え、彼女を少々強引に引き連れて事前に場所を調査しておいた目的地へと向かった。
「もう一度言っておきますけど、本気で嫌なら殴って下さいね」
その前にもう一度だけ念を押してから。
少し歩けば、彼女ならどこに向かっているか即座に理解できるはずだ。
「まさか……」
他ならぬラディアの実家に向かっているのだから。
「う……」
と、彼女は躊躇の滲んだ吐息を漏らし、その場で立ち止まった。
再び軽く引っ張るが、幼く細い足に力を込めて踏ん張っている。
本人は真面目なのだろうが、体が小さいだけに駄々っ子のようだ。
「私を父と母に会わせるつもりか」
そうしながら非難するように睨みつけてくるラディア。
尚のこと幼い子供に見える。
「ラディアさんも、いつまでもこのままでいいとは思ってないでしょう?」
「そ、それは、そうだが……」
聡明な彼女ならば現状を健全と思っているはずもなく、踏ん張る力が弱まった。
それからラディアが思い悩む間に手を引きながら背中を押し、彼女の実家に辿り着く。
以前見た通り木造建築だが、ログハウスと言った方が正しいかもしれない。
「さ、入りましょう」
「ちょ、待――」
そして、そのままラディアが迷いから覚める前にサッと中に入る。
お国柄か、彼女の両親の世話をしてくれている人のためか、鍵はかかっていない。
「あ……」
木製の家具の中、椅子に力なく座る男女がすぐ目に映る。
「お父さん、お母さん……」
ラディアが零した言葉の通り、この二人が彼女の両親のようだ。
それを前にしてラディアは駆け出すように一歩近寄ったが、すぐに躊躇いを見せて立ち尽くした。そのまま俯き、黙り込んでしまう。
話し方もそうだが、その動きからも以前見たような幼さが感じ取れる。
「わ、私に一体何をしろと言うのだ。謝罪しようにも既に人格は失われ、何も答えてくれない。単なる自己満足に過ぎんし、私もそれでよしとすることなどできん。無論、何もせずにいることも不義理だとは分かっているつもりではあるが……」
動揺を隠すように必死に口調を戻すラディアだが、変に早口になってしまっていた。
「まあ、俺もそんな不毛な真似をさせるつもりで来た訳じゃありませんよ」
失われた人格を取り戻す手段は、少なくとも今の雄也にはない。
見当もつかない。
そこは最初から取り返しようのない話だし、それに関しては本来被害者の一人であるラディアに謝罪させるつもりなど毛頭ない。
そんなことをしても彼女の心を無意味に傷つけるだけだ。
「なら、何のために?」
「はい。記憶を読み取る魔法ってありますよね? それを応用してご両親の思考を模造することで、反応を再現できないものかと思いまして」
中々難しい魔法だが、六属性の力を操るに至った今なら不可能ではないはずだ。
「反応を、再現?」
「ええ。あくまでも擬似的にですが」
つまり人格を修復するという話ではない。
そこはラディアも理解したようで微妙な表情を浮かべる。
「本物のご両親がするであろう受け答えを知ることができる、かもしれません。つまりラディアさんの謝罪や弁解に、答えを得られる可能性があるということです」
雄也が続けてそう言うと、彼女は困惑したように視線を揺らした。
「とりあえず、試してみますね」
その間にラディアの両親に近寄り、それぞれの頭に触れながら魔法を発動する。
第一段階で記憶と思考パターンを読み、第二段階でそれらを基に受け答えのプログラムとでも言うべきものを作る。
これを以って、いわゆる中国語の部屋のような状態とすることができるはずだ。
『あの娘は、素質はあるが甘い。拠所を砕き、不安定な心とした方が進化を促せる』
そうして、まず脳裏に流れ込むラディアの両親達の記憶を整理していくが……。
(ん? な、何だ、これ)
その段階で雄也は強い違和感を抱き、首を傾げた。
とあるタイミングで見覚えのある姿を見、聞き覚えのある声を聞いたから。
「どうした? 何か問題があったのか?」
「あ、はい、その……」
「記憶も思考パターンも失われていたのか?」
「いえ、そういう訳ではないです。記憶も思考パターンも読み取れました。けど……」
「一体どうしたというのだ。ハッキリ言ってくれ」
半ばラディアの意思を抑えて強引に行ったことだけに、彼女は苛立った様子を見せる。
「わ、分かりました。ええと、その、矛盾があるんです。ラディアさんの過去と」
「私の過去と矛盾? 一体どういうことだ」
「はい。まず、ご両親が〈ブレインクラッシュ〉を受けたのは二年程前のことです」
「……何? そ、そんなはずがあるか! 二十年前、父と母が人格を失ったからこそ私は……私は卑怯にも故郷を捨て、七星王国に逃げたのだぞ!」
確かにラディアから聞いた話はそうだ。
「いえ、確かにラディアさんは二十年前、七星王国に来ました。しかし、それはご両親に後押しされ、自らの夢である教師を目指したからです。少なくともご両親の記憶では」
「何を、何を言って……」
ラディアは混乱したように、よろよろと後退りする。
雄也とて困惑しているのだから、当人である彼女は尚更だろう。
「ラディアさん。もしかしたら、ラディアさんも、この国の人々も記憶を操作されてるかもしれません。なので、ラディアさんの記憶も見せて貰っていいですか?」
「……ああ、いいだろう! それでそんなことがある訳ないと分かる!」
プライバシーが丸裸になってしまうが、動揺の余り今のラディアにはそこを懸念する余裕がないようだった。
半ば売り言葉に買い言葉のような形で彼女は頷く。
「では……」
そして記憶を読み取る魔法を用い、彼女の過去を確認する。すると――。
「…………やっぱり、記憶が改竄されてます」
思った通り、両親の人格が失われたのと同時期に記憶が大きく捻じ曲げられていた。
「ば、馬鹿な。そんな、こと。嘘、だろう?」
信じられないと言うように、首を横に振りながら否定を求めて尋ねてくるラディア。
外見は幼い彼女にそんな顔をされると嘘を言って慰めたくなるが、残念ながら本当だ。
雄也は黙って首を横に振って、真実であることを告げた。
「そんな……」
「どう、します? 改竄以前の記憶を戻すことはできますけど……」
それから可能性を提示して、ラディアに判断を仰ぐ。
「くっ……決まっている。やってくれ!」
対して彼女は、やけっぱちになったように叫んだ。
「はい。〈オーバーリマインド〉」
雄也はそれに頷いて、新たな魔法で記憶の改竄を打ち消した。
次の瞬間、ラディアは大きく目を見開く。
「これ、は……こんな、ことが……」
自身が持つ現在の記憶と過去の記憶との間にある齟齬。
容易く受け止められるものではないだろう。
それから短くない時間、彼女は黙したまま俯き……。
「そう、か」
しばらくした後、彼女は落ち着きを取り戻して小さな口を再び開いた。
「元凶は……またしても、ドクター・ワイルドか」
「……はい」
「父と母の人格を奪ったのもまた、あの男だったと言う訳だ」
憤怒と憎悪を滲ませたような低い声で呟くラディア。
どうやら、彼女の両親の記憶を見た限り、ラディアの力を効率よく強化するためなどという身勝手な理由でそれはなされたようだ。
いずれにしても、己の外側に原因として徹底的に追及すべき存在がいたことで、過剰に取り乱さずに済んだようだ。
間違いなく腸は煮え繰り返っているだろうが、表面上は冷静でいる。
「ユウヤ、戻るぞ。何があろうと奴を止めなければならない。それがよく分かった。これからの時間はそのために使わなければならん」
「ご両親と話をしなくていいんですか?」
「……結局それらしい反応をする精密な偽物なのだろう? ならば必要ない。何より――」
色々と納得したように冷静に答え、そのまま続けるラディア。
「答えは……本当の記憶の中にあった。この保守的な妖星王国で、父も母も私が外の国で教師として生きることを許してくれ、応援してくれた。私の意思を尊重してくれた」
彼女は、かつて胸に刻んだはずだった両親の想いを思い出すように目を閉じた。
「ならば、胸を張って生きていくことこそ私が二人のためにできる唯一のことだ」
その言葉に、雄也は同意を込めて深く頷いた。
当初想定していた方法とは全く違う形だったが、今回強引にラディアをここに連れてきたのは正にそうした前向きな結論に至って欲しかったからだ。
結果オーライというところだろうか。
「とは言え、本当なら私自身の手で両親の面倒を見たいところだが……さすがに今の落ち着かない状況でそうするのは現実的ではない」
と、ラディアは両親に視線を移しながら言った。
「それでも、少なくとも世話をしてくれている同族達の負担は軽減しておきたいが……」
「であれば、ご両親に一定の行動パターンを魔法で植えつけましょう。生理的な活動に必要な行動を、単独で取ることができるだけの簡便なものですが」
寝て、起きて、食事をし、排泄をし、再び寝る。
最低限その程度は自らできるように。
虚しい話だが、それでも世話役の人の負担は大幅に減るだろう。
「そして全てが終わったら、迎えに来ましょう」
「ああ……ありがとう。ユウヤ」
頭を下げるラディアに軽く微笑んで頷いてから、彼女の両親に魔法を施す。
その効果に従って動き出した二人をラディアは複雑な表情で少しの間見守り――。
「……行こうか」
それから雄也達はそっと家を出て、妖星王国聖都アストラプステを離れたのだった。
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