【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第九章 円環への挑戦 第四十一話 幕間 ①昨日の自分よりも

    ***

 雄也達はそうと知らぬ幾度目かの世界。
 時期としては六大英雄が全員復活し、ドクター・ワイルドを名乗る『雄也』が七星ヘプタステリ王国王都ガラクシアスを消し飛ばすと脅し、雄也の最後の強化を促さんとした頃のこと。

    ***

 突如現れた六大英雄の一人真翼人ハイプテラントロープコルウスによって猶予時間を提示されたものの、今更雄也にできることは多くない。
 ひたすら鍛錬するぐらいが精々だ。
 そういう訳で今日もまた準備に取りかかっていると――。

「ユウヤ、あの、ちょっといいかい?」

 フォーティアが少し躊躇いがちに呼び止めてきた。

「ティア? どうしたんだ?」
「あー、うん……」

 頬をかきながら更に逡巡を見せる彼女に、首を傾げながら言葉を待つ。

「……どうしたの?」

 すると、何ごとかとアイリスが傍に来て問いかけてきた。

「何かあったのか?」

 更にラディアを筆頭に、メルクリアやイクティナ、プルトナもやってくる。
 時間的に猶予があるとは言え、半ば宣戦布告を受けたような状態だ。
 おかしな様子を目の当たりにすれば警戒心を抱いて、何かしら問題が発生したのかと心配するのも無理もないことだ。

「ちょ、や、そんな大したことじゃ……」

 そんな感じで全員集合してしまったことに、フォーティアは困ったように言い淀んだ。
 普段は割とハッキリした物言いをする彼女のそんな姿に、尚のこと全員の疑念が強まる。
 そうした気配を感じ取ってか、フォーティアは一つ息を吐くと諦めたように口を開いた。

「ちょっとユウヤにお願いしたいことがあるだけだって」
「お願い?」
「そ。アタシと一対一で戦って欲しいんだよ」
「それは……いつもの組手じゃなく?」

 口振りから何となくそんな感じがして、確認の意味を込めて尋ねる。

「そう。全力で」

 対してフォーティアは真剣な口調と共に答え、真っ直ぐに目を見詰めてきた。

「それって今やるべきことなの?」

 と、横で聞いていたクリアが不可解そうに問う。
 現状を鑑みると彼女の反応は十分理解できるものだが、他に同じような疑問を持っていそうなのは首を傾げたイクティナだけだった。
 もっとも表に出てきていないメルの考えは分からないし、割とマイペースなアイリスは表情を変えていないので曖昧なところだが。
 少なくとも呆れ気味な様子を見せているプルトナとラディアは、フォーティアの意図をしっかりと理解しているようだった。

「今だからこそ、やっておきたいんだ」

 フォーティアは、疑問を抱くメルクリアとイクティナそれぞれに視線をやりながら、その重要性を訴えかけるようにゆっくりハッキリと言う。

「ふむ。コルウスが最後の闘争ゲームなどと抜かしていたからな。これまで以上に厳しい戦いになるだろうし、何か心に引っかかるものがあるのなら解消しておくべきではあるだろう」

 それに応じ、ラディアがそうフォローを口にする。
 殊更最後と強調して言うぐらいだから、実際、これまでのように探せば必ず勝機が見えた戦いとは一線を画すものに違いない。最悪の事態もあり得る。
 そうした極限状態で勝ち筋を探そうという時に、目の前の戦いに集中できないような要素が残っているのは全く以ってよろしくない。
 ラディアの言う通り、後顧の憂いは全て潰しておくべきだ。

「俺は構わないけど」

 だから、雄也はフォーティアのお願いを受け入れ、それからクリアに視線を向けた。

「先生の言うことはもっともだと思うし、それ以前に兄さんが了承したなら私がとやかく言うことじゃないわ」

 一応ラディアの理屈に理解を示したクリアだが、その声には微妙に不満も混じっていた。
 イクティナの方はほぼ納得したようだが。

『クリアちゃん。そこで終わっちゃ駄目だよ』

 と、そこへメルが人格の裏側から〈テレパス〉で口を挟んでくる。

「お兄ちゃん、後でわたし達にもつき合ってね?」

 それから彼女は表に出てくると雄也の傍に来て、そう上目遣いでお願いしてきた。
 彼女達も彼女達で何かあるようだ。もとい、今できたと言うべきか。

「分かった」

 そうした理由がなくとも余程おかしな話でもない限りは、双子の頼みを断るつもりはない。そもそも内容は分からずとも変な頼みをしてくる二人でもないし。
 だから、雄也は若干不安げに言葉を待つメルに、すぐさま頷いて答えた。

「あ、なら私も……」

 そんなメルの姿に触発されたのか、イクティナもおずおずと手を上げる。

「ワタクシもユウヤにつき合って欲しいことがありますわ」

 更にプルトナもまた同調するように前のめりになって言い始めた。

「え、ええと、順番でいいのか?」
「はい」「ええ」

 瞬く間に予定が増えていくが、下手に断ると逆に精神面で悪影響が出かねない。
 いや、別に断るつもりなど毛頭ないが。
 とにかく、ここまで来たら全員と意思疎通を図り、相互理解を深めるべきだろう。

「アイリスはどうする?」
「……私はいい。ユウヤと同じ道を歩めれば、憂慮は何もないから」

 雄也の問いにアイリスはそう答えつつ、「それよりも」と続けた。

「……学院長とはもう少し話した方がいいと思う」
「わ、私か? いや、私は――」
「……今まで見た限り、学院長は意外と脆い。その辺り、どうにかした方がいいと思う」
「う、うぐ」

 思い当たるところが多いのか、ラディアはアイリスの指摘に言葉を詰まらせてしまった。
 両親のことに始まり、故郷のことも。
 確かに昇華し切ったというより、一先ず蓋をしている感が強い。
 カウンセリングの真似事などおこがましいにも程があるが、じっくりと二人で話をしたことも少ないし、いい機会かもしれない。

「じゃあ、とりあえず一日空けておいて下さい。ラディアさん」

 だから、雄也は少しだけ強引な感じで言った。
 勿論、言い方だけで強制するつもりはないが……。

「わ……分かった」

 それに対してラディアは、躊躇いがちに了承した。
 そこで拒絶しない辺り、彼女としても何かしら心に引っかかるものがあったのだろう。
 やはり必要なことだったと改めて思う。
 とは言え、今日のところは一先ずフォーティアからだ。

「話が纏まったところで……お願いできるかい? ユウヤ」

 一段落ついたところを見計らって再び問う彼女に頷く。

「訓練所でも周りに被害が出そうだから、龍星ドラカステリ王国の人気のない場所に行くよ」

 そうして共に〈テレポート〉で転移し、ポータルルームから出ると――。

「あれ、ここは……」

 以前魔獣モルキオラの討伐をしに来た森が見えた。

「何だか、懐かしいな」
「そうだね。初めて会って、一緒に来た場所だね。あの時はここまで深いつき合いになるなんて全く思ってなかったよ」

 もう数ヶ月前のことだ。
 季節も既に変わり、討伐するに足るモルキオラは存在していないだろう。

「ここでやるのか?」
「いや、ラケルトゥスカロルの辺りまで行くよ」

 以前よく狩っていたSクラスの魔物たるそれの居場所は、ここから少し離れたところにある。どうやら何かの意図があって、わざわざ見に来たようだが……。
 既に視線は行く先に向いている。ここで追及しても答えてはくれないだろう。

「ラケルトゥスカロル……魔力淀みか」
「そ。どうせなら鍛錬も兼ねておかないとね」

 頷いて答えるフォーティアと共に再び〈テレポート〉し、そちらのポータルルームに出る。火山の五合目辺りの人気のない場所だ。
 火属性の魔力淀みだけあって、何となく暑い。
 とりあえず、ここなら大暴れしても周囲に被害は余りないだろう。
 サクッとラケルトゥスカロルを倒して、まずは環境を整える。

「じゃあ、始めよっか」

 そして互いに軽く体を解してから、先にフォーティアが構えを取った。

「アサルトオン」
《Evolve High-Drakthrope》

 電子音に合わせて真紅の装甲が彼女の全身を覆う。
 全力でと言っていた通り、組手の時とはまるで威圧感が違う。
 彼女の現時点での力を冷静に分析すると、生命力や魔力では雄也が上。技量ではフォーティアが上というところ。最大火力では雄也に敵わないが、総合力は同等だろう。
 一対一。アサルトレイダーやLinkageSystemデバイス、その他の魔動器を使わない前提なら。

「アサルトオン」
《Change Drakthrope》

 そんな彼女を前にして、雄也は龍人ドラクトロープ形態を選択した。
 同じ属性ならば、殺し合いにならずに全力を出し合える。

「行くよ」

 そしてフォーティアは律義に声をかけてから、地面を蹴る。
 言葉通り全力であることを力で示すように、大地を砕きながら。
 対して雄也は彼女を待ち構え、その動きを注視した。
 生半可な攻撃魔法は、もはや意味をなさない領域。
 故に互いに自分自身の補助にのみそれを使う。
 フォーティアは一つフェイントを入れると左側面に回り、上段に蹴りを放つと共に踵の辺りで爆発を起こした。この程度なら魔法の名を告げる必要もない。
 その一撃は瞬間的に最高速度に達し、雄也の頭部に襲いかかってくる。

「くっ、お」

 攻撃の見極めに注力していた雄也は、ギリギリのところで身を躱し――。

「はあっ!!」

 即座に右の拳をカウンター気味に打ち込もうとした。
 が、フォーティアはその攻撃よりも早くその場で回転し、更に蹴りを繰り出してくる。
 雄也は咄嗟に後方に跳び、互いの間に爆風を発生させて加速と目眩ましに使った。
 それによってフォーティアの攻撃が空を切ったと同時に、今度は背後で爆発を連続で起こすと共に再度彼女に近づいて殴打を放つ。
 しかし、その拳は彼女の左の掌に受け止められてしまった。

「……ユウヤ、強くなったね。本当に強くなった」

 次の攻撃を警戒する雄也に、フォーティアはしみじみと話しかけてくる。

「最初は戦いとは無縁な暮らしをしてたんだろうなって思ったもんだけど。何か変な癖みたいな動きもあったし。いや、今も結構残ってるけどさ」

 それは特撮ヒーローの動きを真似していたからだ。
 さすがに実戦向きではないので大分変化したが、それでも名残りは残っている。
 とは言え、その辺りは余談だ。この場では。

「もう満足したのか?」

 だろうに、一対一を中断して言葉を発するフォーティアに雄也はそう尋ねた。

「まさかっ!」

 対して彼女はそう答えると、掴んだ雄也の手はそのままに空いた手で殴りかかってきた。
 雄也はすぐさま掴まれた手を振り解こうとするが、それが叶った時には彼女の攻撃を回避できないタイミングになっていた。
 だから、残る片手を盾に何とかガードする。
 しかし、威力を殺し切れず、弾き飛ばされてしまった。

(くっ、さすが、接近戦は分が悪いな)

 雄也は痺れる腕を意識しながら、体勢を立て直して着地する。

《Bullet Assault》

 同時に右手に銃を作り出し、即座に引き金を連続で引いた。

《Glaive Assault》

 しかし、フォーティアは飛来する真紅の弾丸を前に薙刀状の武装を生成し、全て叩き落としてしまった。それなりの数を撃ったはずだが、一つ残らず。

《Gauntlet Assault》

 元々左手の痺れを取るための時間稼ぎ。
 何より、この戦いの意味合い的に遠距離戦は適当ではない。
 そう判断してミトンガントレットへと武装を変更する。

《Convergence》

 それを見てフォーティアは、真紅の薙刀に魔力を収束し始めた。
 本当に、全力を出し切るつもりのようだ。

(フォーティア……)

 それもまた彼女にとって意味のあることなのだろう。

《Convergence》

 ならば、と雄也も魔力の収束を開始する。
 そして十秒。構えを取りながら向かい合い――。

《Final Glaive Assault》
《Final Arts Assault》
「クリムゾンアサルトスラッシュ!」
「クリムゾンアサルトクラッシュ!」

 雄也達は互いに真正面から決め技を放った。
 直後、圧縮された真紅の魔力光を帯びた刃と手甲は交錯し、耳をつんざくような衝撃音を発する。加えて、その余波によって周囲の地面が削り取られていった。

「く、う」

 攻撃は重く、思わず呻き声を上げてしまう。

「はああああああああっ!!」

 そこへ更にフォーティアは裂帛の気合と共に力を振り絞り、薙刀を振り抜いた。
 雄也の拳はそれに負け、ミトンガントレットは砕かれてしまう。
 それと共に先程以上の勢いで弾き飛ばされ、大地に小さなクレーターを作る程の勢いで雄也は背中から山の斜面に叩きつけられた。

「い、たたた……」

 仰向けに倒れながら、腕に走る痛みを逃がそうとするように軽く振る。
 属性の相性的に打ち身という程度で済んだようだ。
 もし水棲人イクトロープ形態だったら命も危うかっただろうが。

「ユウヤ、大丈夫かい?」

 と、フォーティアが若干焦り気味に近寄ってきて心配そうに覗き込んできた。

「大丈夫。問題ない」

 対して、ゆっくりと上半身を起こしながら答える。
 とりあえず回復魔法はかけておいた方がよさそうだが。

「……ありがとね。アタシのわがままにつき合ってくれて」
「もう、いいのか?」
「うん」
《Return to Drakthrope》《Armor Release》

 その問いにフォーティアは真紅の装甲を取り払いながら頷いた。

《Change Anthrope》《Armor Release》

 それと見て、雄也もまた基人アントロープに戻って立ち上がる。

「どうして急にこんなことを?」
「うん。少し自分を見詰め直したかったんだ。全力を出すことで」
「見詰め直す、か」

 魔獣モルキオラの森を見に行ったのも、それが理由のようだ。

「そう。龍星ドラカステリ王国でのこととか、大分迷惑かけたからね」

 力なく申し訳なさそうにフォーティアは答える。
 暴走したキニスを倒すため、ドクター・ワイルドから魔力吸石を受け取って真龍人ハイドラクトロープに変身したものの彼に操られてしまったことを言っているようだ。

「それに、リュカとの戦いでも役に立てなかったし」
「あれは突然だったし、仕方がないさ」

 アイリスにかけられていた呪いに関連して、恐らくドクター・ワイルドがそういうイベントとして仕組んでいたのだろうから。

「……前に『人生これ挑戦。昨日の自分より強くなる』がウチの家訓だって言ったよね?」
「うん」
「そんな風に偉そうに言ってたけど、本当はずっと焦ってた。限界は目に見えてたから」

 進化の因子がなければ成長限界が事前に分かる世界。
 様々な要因で結局それぞれに実質的な限界があるにしても、生まれながらにして定められているのはまた話が違うだろう。気持ちは分かる。

「だからユウヤと出会う前は、その家訓を必死に自分に言い聞かせて誤魔化してきたんだ」

 恥じ入るように言うフォーティアに、黙って言葉の続きを待つ。

「それが進化の因子を得て、限界が取り払われて……本当に嬉しかった。ようやく胸を張ってそう言い続けられると思った。だけど――」

 俯きながら少し躊躇うように間を開け、彼女は再び口を開いた。

「ユウヤ達はどんどん強くなって、なのに、アタシはついていけなくて、本当にもどかしかった。人間って一つ満たされると、また別の欲が出てくるもんだね」

 体には限界があるのに。欲には限りがない。
 それもまた心の自由の証でもあるから悪とは言えないが、弊害もない訳ではない。

「その挙句、そこをつけ込まれて操られて……ホント、馬鹿みたいだった」
「ティア……」

 どんどん落ち込んだような口調になっていく彼女に、雄也は気遣うように名を呼んだ。

「結局さ。アタシは強さってものを履き違えてたんだと思う」

 と、フォーティアは一転してさばさばした感じで言い、顔を上げた。

「誰かより、何かより。他人と力の強さを比較して。多分、アタシが欲しかったのはそうじゃない。ウチの家訓が言ってたこともそうじゃなかったんだ」

 その表情は色々なことに納得したように穏やかだった。

「誰かと比較して焦って嫉妬して。そんなことに囚われるのも不自由な話だな」
「そうだね。昨日の自分より強くなる。力も心も含めて、自分の中でよりよいと思える自分を目指すことができれば、それでよかったんだ。本当は」

 ドクター・ワイルドとの戦いがあり、どうしても敵に勝たなければならない事実があるせいで、いらぬ考えに囚われてしまったのだろう。
 勿論、そういった比較の中でこそ力を発揮する人間もいるが、フォーティアの場合は実際のところそのタイプではなかった訳だ。

「そういうとこに気づけたんだから、ああいう無様な姿を晒したことにも意味があったのかなって。今となってはだけど」

 それからフォーティアは苦笑気味に言った。

「人生これ挑戦。全てのことが修行ってことなんだろうな」

 それこそ日々の暮らしもまた。

「うん」

 雄也の言葉を噛み締めるように、深く頷くフォーティア。

「さて、と。じゃあ、普段通りの鍛錬をしよっか。折角魔力淀みに来たことだしね」

 彼女は少しの沈黙の後、切り替えるように明るい声で言った。
 それに頷き、今度は互いに装甲を纏わずに向かい合う。

「本当に、ユウヤと出会えてよかった」

 そうして彼女はポツリとそんなことを呟き……。

「……まあ、それはそこに限った話じゃないけどね」

 しかし、それに対して雄也が何か反応する前に、組手の開始を告げるように地面を蹴ったのだった。

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