【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十九話 繰返 ③ネメシス対策

「まず、戦力と味方を作るところから始めるわ」

 五度目の世界。いつもの流れを終え、魔動器で記憶を引き継いだウェーラは言った。

「戦力と味方?」

 対して、それを敢えて区別した理由を視線で問う。

「今、私達にできる対抗策は、ネメシスが現れるまでに耐性のある進化の因子を可能な限り広めるぐらいのもの。けど、戦力として頼れる存在は、敵対したら危険な相手になる」

 ウェーラの返答に、『雄也』は確かにと頷いた。
 戦力として真っ先に思い浮かぶのは、パラエナ、ラケルトゥス、リュカ、コルウス、ビブロス、スケレトスの六人。だが、味方として数えるのは正直躊躇われる。
 他の人間にしても、力を持てばどう変質するか分かったものではない。
 進化の因子の喪失をよしとせず、付与を受け入れる者であれば、さすがにネメシスの問題は優先的に解決すべきものだと考えてくれるだろうが……。
 事態を収拾した後には、再び対立が生じるのは間違いない。

「あるいは、私達にも火の粉が降りかかるかもしれない。そうでなくとも、手に入れた強大な力のままに他の誰かの自由を奪おうとするかもしれない」

 それは十二分に考えられ得る未来だ。だから――。

「その時、力が足りず苦しまないように、信じられる味方も必要だわ」

 彼女が言いたいことは分かる。

「けど、味方って……一人一人思想信条の調査でもするのか?」

 一応、魔法を使えば嘘偽りない本心を探ることは不可能ではない。
 しかし、無論それは、魔法が発動した瞬間までの気持ちに限られる。
 人は心変わりするものだし、そもそも『雄也』やウェーラと同じ考えを持つ人間が都合よく見つかるとも限らない。確実に味方と言える人間を作るのは余りに難しい。

「そんな面倒な方法は取らないわ。自分達で生み出すのよ」
「生み出す? まさか人格を壊して操るとか」
「私がそんなことするとでも? ……まあ、元国王とかあの辺なら構わないかもしれないけど、あんなの手駒として持っていたくないわ。と言うか、制御も大変だし」
「まあ、そりゃそうだな」

 思うがままに動くおっさんおばさんを侍らしても、気持ちが悪いだけだ。
 何より人格を失った状態では逐一指示を出さねばならず、かえって足手纏いになりかねない。よくて囮か自爆役というところだろうが、それは道具であって味方とは言わない。
 洗脳なら一定の自律行動を期待できるが、強化した後では精神干渉から解放されてしまうだろうから洗脳状態を維持することは不可能と思った方がいい。
 あれらを使うのは明らかに不適当だ。

「うん。だから――」

 そうしてウェーラは、その答えを『雄也』の目の前に転移させてくる。
 彼女が味方として連れてきたのは、ライオンのような姿形の動物だった。
 サイズは小さく、柴犬程度のもの。
 だが、ギギと呼ばれているそれは大きさに反して力が強く、割と凶暴で、猛獣として認識されている。元の世界の人間なら、軽くじゃれつかれただけで間違いなく死ぬだろう。
 とは言え、一定の生命力と魔力があれば問題なく耐えられるため、一部ではペットとして飼われており、それが一種のステータスとなっていると聞く。
 犬のように序列意識が強く、しっかりと躾ければ忠誠心が非常に高いそうだ。

「これが、味方?」

 実験動物の一体として見知った個体だが、時間跳躍し立てでは当然まだ慣れていないため、早速唸りながら『雄也』の足に噛みついてきているそれを見下ろしながら問う。
 現時点の身体能力的に傷がつくはずもなく、ダメージらしいダメージは全くない。
 これでは正直、ネメシスとの戦いには役に立ちそうにないが。

「進化の因子を与えて進化させるのよ」
「進化させる…………って、ん? 確か、進化の因子の容量って個々に決まってるんじゃなかったのか? ウェーラが言ってたことだよな?」

 少なくとも人間には己のキャパシティを超える進化の因子を与えても定着しなかったことは、彼女自身が研究を通して明らかにしたことだ。
 勿論、進化の因子の容量は成長速度に関わる話であって生命力や魔力の成長に限界を作るものではないが、それは余談だ。。

「基本的にはそうよ」
「つまり、例外があると?」

 ウェーラの言葉をそう解釈して問いかけると、彼女は「そういうこと」と頷いた。

「その例外を生むのが、ユウヤのおかげでできた液化魔力結石よ。あれは進化の因子との相乗効果で身体構造を変化させる。その際に進化の因子の容量が増大するみたいなの」

 まあ、見た目からしてあれだけ変化しているのだから、それぐらいの効果があっても全く不思議ではない。と言うか、彼女の言葉なのだから実証済みに違いない。

「論より証拠」

 ウェーラはそう言うと、魔動器で液体をギギに注射した。
 恐らく、液化魔力結石と『雄也』から抽出して培養した進化の因子の混合液だろう。
 直後、ギギの体は歪な変化を始めながら、急激に膨張していった。
 背中から何かが盛り上がり、その肉の塊はやがて鷲の羽のような形となる。
 ライオンのようだった顔もまた急激に鷲のそれへと変化し、膨張しただけの下半身と合わせた全体像は元の世界の伝説上の生物、グリフォンそのものだった。

「それから……〈インカルケイション〉」

 更にウェーラはそれの頭部に手を置くと、対象の脳に知識をインストールする魔法を使用した。直後、それは苦しげに唸りながら蹲る。
 恐らく知識の下地もない以上、『雄也』の時よりも遥かに負担は大きいだろう。
 しかしやがて、それは苦痛から解放されたかのように落ち着き――。

「私が分かる?」

 ウェーラはタイミングを見計らっていたように問いかけた。

「無論、主ウェーラ」

 対してグリフォン風に進化したギギは、そう人語で答えた。
 知識を得るに伴い、知能もまた格段に向上したようだ。

「うん。成功ね」

 ウェーラはそれの様子に満足したように頷くと、『雄也』を振り返った。

「差し詰め人工魔獣ゼフュレクス。機動力を重視して風属性を強めに設定してるわ。私達の指示に従うように教え込んだから、裏切りの心配もない」

 元々忠誠心が高いという動物が進化したものだ。
 下手に人間を説得するよりも余程信用できる味方と言えるかもしれない。

「生まれたばかりだから、さすがに私達程の力はまだないけどね。進化の因子を持つから成長の余地は十分あるし、数を揃えれば一先ず『味方』の方は目処が立つわ」

 ウェーラの言葉に頷く。過度に大きな集団を作るのも軋轢を生む要因となるし、後は自分達の力を伸ばすことで対処すべきだろう。
 であれば、次は戦力の方だが……。

「どの辺りから進化の因子を与えるんだ? 今の段階なら行うなら、液化魔力結石と併せて付与しないといけない訳だから、必然的に超越人イヴォルヴァー化させるんだろ?」

 あの症状が出ていない今、進化の因子の容量に空きはない。
 つまり、そういうことになるはずだ。

「そうね。だから、今回は唯星モノアステリ王国を利用させて貰うことにするわ」

 ウェーラは『雄也』の問いを受けて、そう答えて更に続ける。

「本当は、ユウヤが挙げた六人には事情を話して協力して貰いたいところだけど、現状では説明しても信じてくれないだろうし」

 最終的には全ての国、全ての種族に適用しなければならない。
 だが、あの症状が出るまでは、まともに取り合ってなどくれないに違いない。
 特にパラエナなどは聞く耳持たず、戦いを挑んでくるだけだろう。

「けど、技術を提供すれば、また前みたいに――」

 思いもよらぬ方向で悪用されてしまうかもしれない。
 技術の進歩自体は歓迎すべきことだが、こと今回の問題への対応としてはこちらで統制できない方向へ突き進まれるのは困る。

「魔法研究所の所長も、主だった魔法技師も処分したから大丈夫よ。それに今回は特殊型のMPドライバーを渡すだけにするから」
「特殊型?」
「解析されないように保護をかけたり、前の世界だと過剰進化オーバーイヴォルヴしてたぐらいの強化でも異形化が進み過ぎないようにしたり、暴走の危険性が少なくなるように改良したものよ」

『雄也』の懸念を前に、ウェーラはそう言って自慢げに胸を張った。
 確かに、傀儡勇者召喚に関わっていた者達は国の上層部から取り払われた。
 更にセキュリティも強化されたのであれば、想定外の使われ方をする心配は少なそうだ。

「安定的に性能も大幅に向上したことで、より完成された人工真人化が可能となったわ。言わば真超越人ハイイヴォルヴァーってところね」

 得意顔で続けたウェーラに少し考える。
 一回目の時間軸と二回目以降の時間軸を比較する限り、ある程度唯星モノアステリ王国が踏み止まった方が症状発現のタイミングは遅かった事実もある。
 過剰進化オーバーイヴォルヴなしで考えると、超越人イヴォルヴァーを強化してどっこいどっこいというところか。
 いずれにせよ、先に唯星モノアステリ王国の基人アントロープから始めるのは妥当だろう。

「そもそも進化の因子の培養時間もあるから、どう足掻いても全員一気にとはいかないからね。唯星モノアステリ王国が強くなった方が、他の種族の基本的な生命力や魔力は向上して全体的な平均値は上がるだろうし」

 基本的に生命力や魔力が低い基人アントロープでさえ、液化魔力結石の力で大幅に強化されたのだ。
 万遍なく強化するより、一度真超越人ハイイヴォルヴァーをぶつけて成長させた他種族の人間達を更に強化した方が最終的に戦力を大きくできるかもしれない。

「そうだな。とりあえず、それで行こう」

 色々と考えて『雄也』はウェーラに同意を示した。
 が、ふと疑問が浮かんで続けて口を開く。

「…………けど、そう言えば基人アントロープは自然に真人に進化できないのか?」

 超越人イヴォルヴァーがなければ劣勢だった基人アントロープだ。進化するに足る負荷はかかっていると思うが。

「多分、魔動器作りが比較的得意な分、環境の変化に肉体的な部分で対応する能力が若干低いんだと思うわ。だから、もっと環境が激変するか、あるいは真超越人ハイイヴォルヴァーの一つの形として真基人ハイアントロープは生まれてくるんじゃないかしら」

 そこが一つの目標でもあるウェーラは腕を組みながら、その未来を見据えるように(瞼は閉じているが)空を見上げる。
 しかし、彼女は気持ちを切り替えるように息を吐くと、『雄也』へと顔を向け直した。

「ただ、さすがにネメシスとの戦いの中でそれを期待するのは博打が過ぎるわ。今は、入念に下準備をしてその時を待ちましょ?」

 そんな彼女のもっともな結論に頷き、そうして『雄也』達は実際に準備を開始した。
 そこから症状発現までの先の大まかな流れは、一度目の世界と大きく変わらない。
 比較すれば細かなところは違うが、新たな力を得た唯星モノアステリ王国、基人アントロープが盛り返し、それに応じて力を増した他種族によって均衡が作られる。
 戦闘の激しさだけが増し、いつ終わるとも知れない戦争を前に戦意の乏しい者達の間に厭戦的な空気が蔓延し……。

「始まったか」

 その中からあの症状が生まれ、力の弱い者達から急激に意思が歪まされていく。
 そうした世界の様子を目にしていると、可能なら全人類に進化の因子を付与したいとも思う。が、ウェーラの言う通り、生産能力に限度がある以上は選別が不可欠だ。
 加えて、世界有数の実力者達に種族間の対立よりもネメシスへの対処を優先させるためにも、症状に対する忌避が十分に芽生えるのを待たなければならない。
 だから、症状が発現してもしばらくは様子を見――。

「主ウェーラ。主ユウヤ。頃合いではないだろうか」

 あの六人でも結構な頻度で認識を歪まされるぐらいに症状が進行したのを見計らい、数十体と数を増したゼフュレクスの内、最初に進化した一体が進言した。

「そうね。そろそろ始めましょうか」

 それに従い、あの六人の中で最も話が通じ易いだろうスケレトスとの接触を目指す。
 魔星サタナステリ王国の王たる彼と話がつけば、他国とも交渉がし易くなるはずだ。
 そうして王都メサニュクタ近郊に転移し、スケレトスが一人になる時間帯を狙って認識阻害を利用しながら彼の元へと向かう。

「……誰だ?」

 スケレトスの自室の前、阻害された認識の中にあって尚、何かしらの違和感を抱いたのか扉越しに声をかけてくる。が、『雄也』とウェーラは答えずに中に入った。
 扉の開閉も認識できなかったようだが、スケレトスは違和感を強めたのか『雄也』達の方へと体を向けながら構えを取って警戒を顕にする。
 それに応じて『雄也』達は認識阻害を解き――。

「怪しい者じゃないとは言えないけど、少なくとも敵じゃないわ」

 ウェーラがそう答えた。
 実際、念のために全身に装甲を纏っているので、どこからどう見ても怪しい者だ。

「何の用だ?」

 しかし、スケレトスはその返答で僅かながら警戒を和らげ、そう尋ねてきた。
 認識阻害が効果を発揮するだけの実力差があることは理解しているはずだし、危害を加える気なら問答をする間もなく行っていると判断してのことに違いない。

「自分が自分でなくなる感覚」

 スケレトスの問いにウェーラは簡潔に返す。
 すると、当然自覚症状がある彼は顔色(真魔人ハイサタナントロープであるが故に人型の影という風貌であるため、正確には雰囲気)を変える。

「貴様らの仕業か!?」

 その症状に激しい苛立ちがあったのだろう。
 スケレトスは掴みかからんばかりにいきり立った。

「いいえ。ただ、原因は知ってるわ。そして、それを治療する方法も」

 そんな彼を前にして、ウェーラは冷静に告げて淡々と説明を始める。
 ただし、正確な情報ではない。未だ根本的な原因は分かっていないのだから。
 伝えた情報は三つ。ネメシスという存在が元凶であるという虚偽。
 それから事実として、症状がどのように進行していくか。
 そして治療薬となる進化の因子について。

「ネメシスは生きとし生ける者の可能性を奪う存在。だから、それに対抗するために手助けをして欲しいの。協力してくれるなら治療薬を提供するわ」

 ウェーラは最後に助力を要請して言葉を結んだ。
 対するスケレトスは、落ち着きを取り戻しながらも腕を組んで深く考え込んでいた。

「その治療薬に副作用は?」

 少しして、確認すべきことが纏まったのか彼は口を開く。

「生命力や魔力が成長し易くなるってところかしらね。敵も味方も」

 他種族用の治療薬には同属性の液化魔力結石を含むため、姿形こそ変わらないものの(真人化すれば変わるだろうが、いずれにせよ)生命力や魔力も強化されるはずだ。

「……敵戦力の規模は?」
「不明よ。特殊な魔物と予想されるけど、いつ、どこに現れるかも分からないわ」

 ウェーラの答えを受けて彼は再度思案し、間を置いてから「分かった」と頷いた。
 恐らくは己の陣営にのみ利する形にしたかったのだろうが、あの症状が世界的に蔓延しつつある現状を鑑みて不可能と判断したようだ。

「しかし、俺に他国への説明をさせるなら、説得力のある証拠が欲しい」
「それはそうね。一先ず治療薬をいくつか渡すわ。〈トランスミット〉」

 スケレトスの提示した条件を受け、ウェーラは進化の因子を自動で適切な位置に注入する魔動器を六個程、彼の前に転移させた。
 一つはスケレトス用、残りは他国の説得用だ。
 彼はその内の一つを手に取って即座に使用し――。

「む、く……」

 僅かに表情を歪めた後、確かめるように己の両手を見詰めながら握ったり開いたりした。
 警戒のない素早い行動に少し驚くが、これもまた認識阻害が可能なレベルの人間が毒などの搦め手を使ってくるはずがない、というある種の力への信頼によるものに違いない。

「確かに……認識が明瞭になったな」

 そしてスケレトスはその実感を抱き、隠し切れず安堵を示した。
 やはり症状進行のストレスは相当なものだったのだろう。

「三日時間をくれ。同じ時刻に各国の代表者を集める。場所は……」
「どこでもいいわ。集まっているところに行くから」
「…………分かった」

 暗に動向はお見通しだと告げて力を誇示するようなウェーラの言葉に、スケレトスが圧され気味に頷いて話は纏まり、それから『雄也』達は転移してその場を去ったのだった。



 そしてスケレトスと取り決めた三日の後。
 唯星モノアステリ王国のある大陸の片隅。前線基地の一つで。
 六国の代表者が集結したのをゼフュレクスの内の一体が確認し、『雄也』達は再び近郊に転移してから認識阻害を使用しつつ天幕の一つに入った。

「来たようだな」

 治療薬のおかげで『雄也』達の認識阻害が余り効かなくなる程度に能力が強化されたらしく、スケレトスが『雄也』達の方をしっかりと見ながら言う。
 それに合わせて認識阻害を解きながら、「雄也」は集まった面々を見回した。
 そこにいたのは印象深い六人。
 パラエナ、ラケルトゥス、リュカ、コルウス、ビブロス、そしてスケレトスだった。

「話は聞いてるわあ」

 口火を切ったのはパラエナの間延びした声。
 しかし、戦闘狂の彼女は国の代表としては相応しくない気がするが……。

「ふ、どうやら貴様の噂は耳に届いているようだぞ、パラエナ」

 そうした『雄也』の感想を見抜いてか、ラケルトゥスが彼女に嘲笑を向ける。

「お前のような者が代表とは、水星イクタステリ王国は余程人材がいないと見える」
「私の国はあの話を完全には信用してないのよお。スケレトスが見せた治療薬も試さなかったぐらいだしい。討論を重ねた結果、目の上の瘤でもある私を治療薬の被験体として遣わせたって訳ねえ」

 対してパラエナは気に障った様子もなく淡々と反論する。
 成程と思うが、しかし、自国での評価も似たようなものであることに少し呆れてしまう。
 ぶれないと言うべきか。

「あの胸糞悪い症状をすぐにでも治して欲しいから、自分でも望んで来たんだけどお」

 以前の世界では症状が進行した結果、最後には自滅を望むぐらいだったのだ。
 治せるとなれば、何を置いてもそうしたいと思うのも当然だ。
 国への愛着が乏しいことも、彼女がそう考える一つの要因だろう。

「あの症状から解放されたい気持ちは分かるがな」

 同じ戦闘狂ではあるものの愛国心の強いラケルトゥスは、しかし、何だかんだで本音のところではパラエナと似た考えのようだ。
 こちらはある程度情報を信用した国の意向と合致した形か。
 発言せずに状況を見守っているリュカとコルウスについては、己の意思よりも国に従っている割合の方が大きそうだ。
 いずれにしても彼ら自身は、『雄也』達に対して特に不審を抱いていないようだが……。

「特異な魔動器を使う者。忌々しき基人アントロープ

 一人真妖精人ハイテオトロープビブロスは強い敵意を発していた。
 この時間軸においても拉致された妖精人テオトロープ妖星テアステリ王国に帰している。
 あの妖精人テオトロープ達を思えば、彼の反応は当然だろう。

「しかし……………今は、目を瞑りましょう。よりおぞましい邪悪から民を守るために」

 それでもビブロスは、明確な不満を声に表しながらも己の激情に耐えていた。
 彼も実際に症状を経験したが故に、この場は感情に蓋をして妥協してくれたのだろう。
 以前の世界でパラエナから聞いた話では、あの症状が進行して己の義憤を否定するかのように許容を強要されたことで心に矛盾が生じ、発狂してしまったというのだ。
 症状の改善を優先させても全くおかしくはない。

「いずれにせよ、俺達は俺達の誇りを汚す輩を許さない。お前達に協力する」

 そこでスケレトスは一旦話を区切り、既に出ていたのだろう結論を口にする。

「だから――」
「分かってるわ。……これが治療薬よ。まずは貴方達の分」

 続く言葉は対価を要求と分かり切っているのでスケレトスの言葉を遮ってウェーラが応じ、とりあえずスケレトス以外の五人分だけ携帯してきたそれを渡す。

「それぞれの国の人民の分は、人口比率で均等に分配するわ。さすがに全員に行き渡る程には生産できてないから。……異論はある?」

 これもまた事前に予想して結論を出していたのだろう。
 異論は出ず、ウェーラはそんな彼らに頷いて転移魔法で多量の治療薬を用意した。

「色々思うところはあるでしょうけど、一先ず事態が収拾するまでは手伝って欲しい。その後、その力で何をするかは貴方達の自由よ」
「だったら、全てが終わったら真っ先に私と戦ってくれるかしらあ?」
「挑むことを止める権利は私達にはないわ。応じるかは分からないけどね」

 ウェーラの返答にパラエナは「それは楽しみだわあ」とどこか嬉しげに頷いた。
 相変わらず彼女はぶれない。

「何にせよ、異種族ならば敵対することもあるだろうよ」

 続くラケルトゥスも好戦的な雰囲気がある。
 他もそうだと見た方がいい。

(必要なこととは言え、リスキーだな)

 それこそ事態が収束したと判断された瞬間、治療薬によって強化された全員が敵となることも考えておかなければならない。
 自分自身もゼフュレクスも、個々の力をより充実させる必要がありそうだ。

(それでも、一先ずネメシス対策は一定の目処がついたか)

 その先に懸念は色々あれど、今は目の前に迫る問題に集中すべきだ。
 一段落ついた僅かな安堵も振り払い、次にやるべきことに思考を巡らせる。
 後はネメシスに対抗できる人間の数をどれだけ用意できるか、というところだろう。
 そうして、この会合の後『雄也』とウェーラは残された僅かな猶予をそれに費やし……。
 それから数日後、この時間軸においても遂にネメシスが生じ始めたのだった。

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