【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第三十七話 人形 ④事実と違和感
「やった……」
下手なフラグとならないように意識的に疑問形ではなく、断定的に告げる。
実際、手応えは(攻撃は足で行ったが)十二分にあり、決着がついたことを示すように過剰進化した超越人は叫び声を上げることもなく、動きを止めていた。
強大な生命力によって再生を続けていた触手も修復が止まり、それどころか末端から少しずつ崩れ始めている。
この彼女は間違いなく間もなく死ぬ。
そのことに複雑な気持ちを抱きつつも、一先ず今はこれ以上の被害の拡大を防げたことにだけは安堵していると――。
「ぐっ」
限界を超えた身体強化。〈六重強襲過剰強化〉。
その反動が『雄也』の体に襲いかかった。
何とか少し離れたところに降り立つも、着地の僅かな衝撃だけで全身に激痛が走り、思わず膝を突く。
それもまた新たな痛みを作るが、奥歯を噛み締めて耐え、顔を上げる。
崩れ去りゆく彼女の最後の姿を見届けるために。
『ユウヤ!』
と、そこへ上空からウェーラが降下してきた。
誰かに会話を聞かれることを警戒してか、この近距離でも〈テレパス〉を使いながら。
『大丈夫?』
それから彼女は心配そうに、痛みを呼び起こさないように優しく肩に触れてくる。
丁度、崩壊しつつある超越人に背を向けるような形で。
「正直ちょっと、大丈夫じゃ……っ!? ウェーラッ!!」
そんなウェーラの肩越しに異変が見て取れ、『雄也』は咄嗟に彼女の名を呼んだ。
既に体の半分以上が崩れている超越人だが、突如として、最後の力を振り絞るように鋭利な鋏を振り上げてウェーラに叩きつけようとしていた。
「アサルトレイダーッ!!」
その直前、彼女はそう叫びながら振り返る。
すると、鋏の刃の軌道上に何かが躍り出て、瞬間的に形状を変えた。
巨大なラウンドシールドのような形へと。
しかし、それには既に激しい負荷に晒されたかの如く、激しいヒビが走っていたが……。
《Final Shield Assault》
「イリデセントアサルトリペレンス!」
ウェーラは今にも砕けそうな盾型の魔動器を掴んで構えると、そこに強大な魔力を束ねて迫り来る鋏を受け止めんとする。
同時に、盾が砕け散らんばかりの巨大な衝撃音が鳴り響き……。
「くっ、ううううううっ!!」
それでも何とか形を維持し続けるそれを通して伝わる威力を、彼女は全霊を引き出さんとするように呻きながら受け止めて押し留めた。
「ううぅ……」
崩壊しつつある存在とは思えない程の力は、ウェーラの膝を折らんとしてくる。
「たあああっ!!」
彼女はそれに屈することなく、更に気合いの声を捻り出すと盾を押し戻し、何とか超越人の攻撃を弾き返した。
が、直後、当然と言うべきか、魔動器は衝撃に耐え切れずにバラバラに砕けてしまう。
いや、僅か一撃だけだったとしても、防ぐことができただけ御の字か。
「はあ、はあ」
そしてウェーラは息を荒げつつ『雄也』を庇うように超越人の前に立った。
彼女は無手のまま、少しの間そのまま警戒を緩めずに相手を見据え続ける。
だが、今度こそ超越人は完全に力尽きたようだった。
体の崩壊が急速に進んでいく。
やがて、その巨体は全て粒子と化し、風にさらわれていってしまった。
その後には倒壊した建築物の瓦礫と、『雄也』達だけが残る。
『ふぅ、びっくりしたわね』
対象の消滅を見届け、ウェーラは息を整えながら振り返って言った。
『雄也』の心配を取り除かんとするような軽い口調で。
『ウェーラ、大丈夫か?』
そんな態度がかえって心配になって尋ねる。
『うん。問題ないわ』
対して彼女は、頷きながら尚のこと柔らかく答え、消え去った超越人がいた場所へと再び視線を移した。
少なくとも体は本当に大丈夫そうだ。
『執念……ううん。人格は既に崩壊してたから、厳密には違うか。あるいは、体に染みついて残っていた憎悪が、最期の瞬間に体を動かしたのかもしれないわね』
それからウェーラは、どこか複雑そうに呟く。
『憎悪?』
想定にない言葉を聞かされ、『雄也』は問い気味に繰り返した。
『まさか、傀儡勇者召喚されたあの子か?』
人格を失って尚、執念と見紛う程の憎悪を抱くような境遇にあった人物と言えば、『雄也』では彼女ぐらいしか思い浮かべることができないが……。
『いいえ。違うわ』
ウェーラは首を横に振って『雄也』の予想を否定する。
『この子は妖精人だった』
「テ」『妖精人!?』
驚きの余り、思わず少し声を漏らしてしまうが、『雄也』はすぐに口を閉ざした。
恐らく、これもまた大っぴらに言えない話に違いない。
『どうして妖精人が唯星王国? と言うか、何でこんなことに』
『…………冷静に、聞いてね』
ウェーラは自身の中の逡巡に折り合いをつけるように僅かに間を作り、その上で再び〈テレパス〉を用いて言葉を伝えてきた。
『魔動器による分析を行う中で、脳に残されていた記憶を読み取ったんだけど、どうやら彼女は幼い内に連れ去られてきたらしいの』
『な、何で、そんなことを?』
『回復魔法を使える人間を確保するためね。一応妖星王国は同じ大陸だし、成長の遅い妖精人なら洗脳もし易いって理由だと思うわ』
頭の中に響くウェーラの声には不快感が滲む。
『どうも戦争が始まる前段階から拉致してたみたい。……接点がないと思ってたけど、隠れてそんなことをしてたとは想像もしてなかったわ』
口振りからして、彼女もそこまで把握してはいなかったようだ。
何から何まで世話になっている身ということもあり、半ばその能力を盲信していたが、今回の過剰進化した超越人の件と言い、ウェーラも全知ではないのだ。
以前自身の口で語っていた通り、技術に直接関わる情報以外は興味の外にある彼女だ。
むしろ当たり前と言った方がいい。
人は自ら知ろうとするところのものしか、己の力では知ることができないのだから。
(そもそも社会の全て、人々の動向を把握しようなんてウェーラの柄じゃないだろうしな)
そんなことを試みようと思うのは、国を制しようとか、社会を正そうだとか、そういった無駄に大きな野心、野望、大望を持つ者だけだ。
いずれにせよ、技術者の本分ではない。
とりあえず話を戻すことにする。
『……回復魔法を使える人間を確保って、一人二人の話じゃないよな?』
そして、『雄也』はウェーラの情報から導き出される推測を確認気味に口にした。
『そう。彼女だけじゃないわ。そして恐らく、あの映像で見た超越人も妖精人ね』
それを受け、ウェーラは忌々しげに吐き捨てるように言う。
これらが意味するところを思えば、そのような態度も理解できる。
即ち、二人の信条に反した手段が、この国のどこかで罷り通っているということに他ならないのだから。
『……超越人への疑似進化の方向性によっては高度な回復魔法を使えるようにもなる。数を確保できるようになれば妖精人は用済み。だから、人体実験に転用したんでしょうね』
それからウェーラは、そうなった背景に関する予測を伝えてくる。
実際その通りと考えて間違いないだろう。聞いていて十分あり得る展開だと思う。
『本人の意思は……』
故に答えは半ば予測できているが、念のために問いかける。
信じたくない気持ちもある。
『少なくとも、さっきの子は無理矢理妖星王国から連れ去られ、判断能力を奪われて回復魔法を使う装置にされた挙句、過剰進化の実験に使われたみたい』
しかし、『雄也』の気持ちとは裏腹に、事実は容易く予想できるありきたりなもので、ありきたりであるが故に残酷だった。
こちらは超越人の記憶の分析で得た確実な情報だから、否定の余地は欠片もない。
『……ここまで歪んだ国だったとはな』
根本的な部分で間違った社会だとしか言いようがいない。
『許す訳にはいかない。自由を侵害する者は、排除しなければならない』
国民への不自由の強要は、程度の問題もあるし、国が衰退すればそれ以上の不自由を強いられる可能性があるため、国を一つの人格、集合体と考えることで誤魔化した。
だが、よその国の人間をこのような形で利用していたことは擁護のしようがない。
いや、最初から、傀儡勇者召喚などという所業の時点で擁護などできなかったが。
『国民がどうなろうと国の上層部は潰す。もし、それに乗じて他国の人間が戦いを望まない人々を蔑ろにしようというのなら、それとも戦う』
それでいい。それでよかったのだろう。
最初からそうするべきだった、とまでは当時の無力な身の上ではいかなかったに違いないが、いずれにせよ、ようやく覚悟が固まった。
とは言え、それは自分の話であって、ウェーラにまで強要することはできない。
『ウェーラは……』
彼女の意思を確認するように名前を呼ぶ。
『そうね。潮時かしらね』
と、ウェーラはどこか苦笑するように答えた。
『この国との関係を切るいい機会だわ』
更に彼女は平然と続ける。
『時間や人員、資材が足りないからって、近道しようと国を頼るべきじゃなかったわ。他人の思惑が絡むと、不純物が混ざり込んで私自身の目的が遠ざけられる』
それは研究に限らずそうだろう。
人間、三人集まれば対立が生まれるとも言うし。
『ま。今ならMPドライバーもあるし、二人で好きに研究しながら生きてくぐらい何とでもなるわ。……アテウスの塔を遠隔操作する方法も残してるしね』
少し小声で物騒なことをつけ加えるウェーラ。
さすがと言うべきか、その辺は抜かりがないようだ。
『あのお偉方には辟易してたし、最後に、盛大にぶち壊してやりましょ!』
そして彼女は殊更明るく締め括る。
大分シリアス寄りになって強張った『雄也』の態度を和らげんとするように。
『っと、さすがに人が集まって来たみたいね。一応認識阻害はしてるけど、上位の騎士とかが来ると面倒だわ。さっさと帰りましょ』
それからウェーラに周囲を見回すようにしながら言われ、『雄也』もまた周りを確認した。
すると、騒ぎが落ち着いたと見てか、確かに一般市民が様子を見に集まってきていた。
騎士や魔法研究所の研究員と思しき人間もちらほら見られる。が、こちらに意識を向けていないところを見る限り、認識阻害が効く程度の下っ端だろう。
『超越人でもなければ大丈夫だとは思うけどね』
とは言え、その超越人が投入されようとしていた可能性は十分ある。
もっとも、即座に戦いの場に現れなかったことから考えると、他種族との戦場に上位の戦力は全て注いでいたと見て間違いない。
勿論、新たに作られた超越人が来ることはあり得るが。
いずれにせよ、過剰進化した超越人が既に消滅してしまった以上は長居をする意味はない。
できつつある人垣の合間を縫い、この場を離れようとするウェーラの後に続く。
『早く帰って、新しく作った魔動器のフィードバックもしないといけないし』
そうしながら彼女は、群衆には興味ないとばかりに〈テレパス〉を継続する。
『あの腕輪は瞬時に魔力収束させるためのものとして、あの盾は何だったんだ? アサルトレイダーとか言ってたけど』
『ユウヤの言ってたオルタネイトの元ネタ、アサルトブレイブだっけ? に合わせて名づけてみたんだけど、駄目だった?』
『いや、そこは別にいいんだけど……』
『機能のこと? それは腕輪と似たようなものよ。予備魔力収束装置兼武器って感じ?』
と、そんな感じで軽い説明を受けてながら歩いていると――。
「遂に街まで」
「何て酷い。もう戦いも、争いもたくさんだ」
擦れ違う人々の口から漏れ出てくるそんな言葉が『雄也』の耳に届いた。
(まあ、気持ちは分からなくもないけど……っ!?)
ふと声の方に視線をやった瞬間、目が合ったかと思って一瞬焦る。
だが、単純にこちらの方向に目線を向けていただけのようだ。
(……な、何か、違和感があるな)
その目の感じが。
会話をしている相手を見てはおらず、勿論『雄也』を見ている訳でもない。
九割九分九厘おかしくないのに、ほんの僅かだけ焦点がずれているような変な歪みと言うか、妙な無機質さがあるような気がしてしまう。
『ユウヤ? どうしたの?』
『あ、い、いや、何でもない。行こう』
首を傾げながら振り返ったウェーラにそう告げ、意識しないように前を向く。
「全てなくなれ。戦いも、争いも」
「そして平和を。秩序を。安寧を」
それでも尚、耳に届いた言葉。
その響きは、まるで人形が発したかのように無味乾燥に聞こえた。
下手なフラグとならないように意識的に疑問形ではなく、断定的に告げる。
実際、手応えは(攻撃は足で行ったが)十二分にあり、決着がついたことを示すように過剰進化した超越人は叫び声を上げることもなく、動きを止めていた。
強大な生命力によって再生を続けていた触手も修復が止まり、それどころか末端から少しずつ崩れ始めている。
この彼女は間違いなく間もなく死ぬ。
そのことに複雑な気持ちを抱きつつも、一先ず今はこれ以上の被害の拡大を防げたことにだけは安堵していると――。
「ぐっ」
限界を超えた身体強化。〈六重強襲過剰強化〉。
その反動が『雄也』の体に襲いかかった。
何とか少し離れたところに降り立つも、着地の僅かな衝撃だけで全身に激痛が走り、思わず膝を突く。
それもまた新たな痛みを作るが、奥歯を噛み締めて耐え、顔を上げる。
崩れ去りゆく彼女の最後の姿を見届けるために。
『ユウヤ!』
と、そこへ上空からウェーラが降下してきた。
誰かに会話を聞かれることを警戒してか、この近距離でも〈テレパス〉を使いながら。
『大丈夫?』
それから彼女は心配そうに、痛みを呼び起こさないように優しく肩に触れてくる。
丁度、崩壊しつつある超越人に背を向けるような形で。
「正直ちょっと、大丈夫じゃ……っ!? ウェーラッ!!」
そんなウェーラの肩越しに異変が見て取れ、『雄也』は咄嗟に彼女の名を呼んだ。
既に体の半分以上が崩れている超越人だが、突如として、最後の力を振り絞るように鋭利な鋏を振り上げてウェーラに叩きつけようとしていた。
「アサルトレイダーッ!!」
その直前、彼女はそう叫びながら振り返る。
すると、鋏の刃の軌道上に何かが躍り出て、瞬間的に形状を変えた。
巨大なラウンドシールドのような形へと。
しかし、それには既に激しい負荷に晒されたかの如く、激しいヒビが走っていたが……。
《Final Shield Assault》
「イリデセントアサルトリペレンス!」
ウェーラは今にも砕けそうな盾型の魔動器を掴んで構えると、そこに強大な魔力を束ねて迫り来る鋏を受け止めんとする。
同時に、盾が砕け散らんばかりの巨大な衝撃音が鳴り響き……。
「くっ、ううううううっ!!」
それでも何とか形を維持し続けるそれを通して伝わる威力を、彼女は全霊を引き出さんとするように呻きながら受け止めて押し留めた。
「ううぅ……」
崩壊しつつある存在とは思えない程の力は、ウェーラの膝を折らんとしてくる。
「たあああっ!!」
彼女はそれに屈することなく、更に気合いの声を捻り出すと盾を押し戻し、何とか超越人の攻撃を弾き返した。
が、直後、当然と言うべきか、魔動器は衝撃に耐え切れずにバラバラに砕けてしまう。
いや、僅か一撃だけだったとしても、防ぐことができただけ御の字か。
「はあ、はあ」
そしてウェーラは息を荒げつつ『雄也』を庇うように超越人の前に立った。
彼女は無手のまま、少しの間そのまま警戒を緩めずに相手を見据え続ける。
だが、今度こそ超越人は完全に力尽きたようだった。
体の崩壊が急速に進んでいく。
やがて、その巨体は全て粒子と化し、風にさらわれていってしまった。
その後には倒壊した建築物の瓦礫と、『雄也』達だけが残る。
『ふぅ、びっくりしたわね』
対象の消滅を見届け、ウェーラは息を整えながら振り返って言った。
『雄也』の心配を取り除かんとするような軽い口調で。
『ウェーラ、大丈夫か?』
そんな態度がかえって心配になって尋ねる。
『うん。問題ないわ』
対して彼女は、頷きながら尚のこと柔らかく答え、消え去った超越人がいた場所へと再び視線を移した。
少なくとも体は本当に大丈夫そうだ。
『執念……ううん。人格は既に崩壊してたから、厳密には違うか。あるいは、体に染みついて残っていた憎悪が、最期の瞬間に体を動かしたのかもしれないわね』
それからウェーラは、どこか複雑そうに呟く。
『憎悪?』
想定にない言葉を聞かされ、『雄也』は問い気味に繰り返した。
『まさか、傀儡勇者召喚されたあの子か?』
人格を失って尚、執念と見紛う程の憎悪を抱くような境遇にあった人物と言えば、『雄也』では彼女ぐらいしか思い浮かべることができないが……。
『いいえ。違うわ』
ウェーラは首を横に振って『雄也』の予想を否定する。
『この子は妖精人だった』
「テ」『妖精人!?』
驚きの余り、思わず少し声を漏らしてしまうが、『雄也』はすぐに口を閉ざした。
恐らく、これもまた大っぴらに言えない話に違いない。
『どうして妖精人が唯星王国? と言うか、何でこんなことに』
『…………冷静に、聞いてね』
ウェーラは自身の中の逡巡に折り合いをつけるように僅かに間を作り、その上で再び〈テレパス〉を用いて言葉を伝えてきた。
『魔動器による分析を行う中で、脳に残されていた記憶を読み取ったんだけど、どうやら彼女は幼い内に連れ去られてきたらしいの』
『な、何で、そんなことを?』
『回復魔法を使える人間を確保するためね。一応妖星王国は同じ大陸だし、成長の遅い妖精人なら洗脳もし易いって理由だと思うわ』
頭の中に響くウェーラの声には不快感が滲む。
『どうも戦争が始まる前段階から拉致してたみたい。……接点がないと思ってたけど、隠れてそんなことをしてたとは想像もしてなかったわ』
口振りからして、彼女もそこまで把握してはいなかったようだ。
何から何まで世話になっている身ということもあり、半ばその能力を盲信していたが、今回の過剰進化した超越人の件と言い、ウェーラも全知ではないのだ。
以前自身の口で語っていた通り、技術に直接関わる情報以外は興味の外にある彼女だ。
むしろ当たり前と言った方がいい。
人は自ら知ろうとするところのものしか、己の力では知ることができないのだから。
(そもそも社会の全て、人々の動向を把握しようなんてウェーラの柄じゃないだろうしな)
そんなことを試みようと思うのは、国を制しようとか、社会を正そうだとか、そういった無駄に大きな野心、野望、大望を持つ者だけだ。
いずれにせよ、技術者の本分ではない。
とりあえず話を戻すことにする。
『……回復魔法を使える人間を確保って、一人二人の話じゃないよな?』
そして、『雄也』はウェーラの情報から導き出される推測を確認気味に口にした。
『そう。彼女だけじゃないわ。そして恐らく、あの映像で見た超越人も妖精人ね』
それを受け、ウェーラは忌々しげに吐き捨てるように言う。
これらが意味するところを思えば、そのような態度も理解できる。
即ち、二人の信条に反した手段が、この国のどこかで罷り通っているということに他ならないのだから。
『……超越人への疑似進化の方向性によっては高度な回復魔法を使えるようにもなる。数を確保できるようになれば妖精人は用済み。だから、人体実験に転用したんでしょうね』
それからウェーラは、そうなった背景に関する予測を伝えてくる。
実際その通りと考えて間違いないだろう。聞いていて十分あり得る展開だと思う。
『本人の意思は……』
故に答えは半ば予測できているが、念のために問いかける。
信じたくない気持ちもある。
『少なくとも、さっきの子は無理矢理妖星王国から連れ去られ、判断能力を奪われて回復魔法を使う装置にされた挙句、過剰進化の実験に使われたみたい』
しかし、『雄也』の気持ちとは裏腹に、事実は容易く予想できるありきたりなもので、ありきたりであるが故に残酷だった。
こちらは超越人の記憶の分析で得た確実な情報だから、否定の余地は欠片もない。
『……ここまで歪んだ国だったとはな』
根本的な部分で間違った社会だとしか言いようがいない。
『許す訳にはいかない。自由を侵害する者は、排除しなければならない』
国民への不自由の強要は、程度の問題もあるし、国が衰退すればそれ以上の不自由を強いられる可能性があるため、国を一つの人格、集合体と考えることで誤魔化した。
だが、よその国の人間をこのような形で利用していたことは擁護のしようがない。
いや、最初から、傀儡勇者召喚などという所業の時点で擁護などできなかったが。
『国民がどうなろうと国の上層部は潰す。もし、それに乗じて他国の人間が戦いを望まない人々を蔑ろにしようというのなら、それとも戦う』
それでいい。それでよかったのだろう。
最初からそうするべきだった、とまでは当時の無力な身の上ではいかなかったに違いないが、いずれにせよ、ようやく覚悟が固まった。
とは言え、それは自分の話であって、ウェーラにまで強要することはできない。
『ウェーラは……』
彼女の意思を確認するように名前を呼ぶ。
『そうね。潮時かしらね』
と、ウェーラはどこか苦笑するように答えた。
『この国との関係を切るいい機会だわ』
更に彼女は平然と続ける。
『時間や人員、資材が足りないからって、近道しようと国を頼るべきじゃなかったわ。他人の思惑が絡むと、不純物が混ざり込んで私自身の目的が遠ざけられる』
それは研究に限らずそうだろう。
人間、三人集まれば対立が生まれるとも言うし。
『ま。今ならMPドライバーもあるし、二人で好きに研究しながら生きてくぐらい何とでもなるわ。……アテウスの塔を遠隔操作する方法も残してるしね』
少し小声で物騒なことをつけ加えるウェーラ。
さすがと言うべきか、その辺は抜かりがないようだ。
『あのお偉方には辟易してたし、最後に、盛大にぶち壊してやりましょ!』
そして彼女は殊更明るく締め括る。
大分シリアス寄りになって強張った『雄也』の態度を和らげんとするように。
『っと、さすがに人が集まって来たみたいね。一応認識阻害はしてるけど、上位の騎士とかが来ると面倒だわ。さっさと帰りましょ』
それからウェーラに周囲を見回すようにしながら言われ、『雄也』もまた周りを確認した。
すると、騒ぎが落ち着いたと見てか、確かに一般市民が様子を見に集まってきていた。
騎士や魔法研究所の研究員と思しき人間もちらほら見られる。が、こちらに意識を向けていないところを見る限り、認識阻害が効く程度の下っ端だろう。
『超越人でもなければ大丈夫だとは思うけどね』
とは言え、その超越人が投入されようとしていた可能性は十分ある。
もっとも、即座に戦いの場に現れなかったことから考えると、他種族との戦場に上位の戦力は全て注いでいたと見て間違いない。
勿論、新たに作られた超越人が来ることはあり得るが。
いずれにせよ、過剰進化した超越人が既に消滅してしまった以上は長居をする意味はない。
できつつある人垣の合間を縫い、この場を離れようとするウェーラの後に続く。
『早く帰って、新しく作った魔動器のフィードバックもしないといけないし』
そうしながら彼女は、群衆には興味ないとばかりに〈テレパス〉を継続する。
『あの腕輪は瞬時に魔力収束させるためのものとして、あの盾は何だったんだ? アサルトレイダーとか言ってたけど』
『ユウヤの言ってたオルタネイトの元ネタ、アサルトブレイブだっけ? に合わせて名づけてみたんだけど、駄目だった?』
『いや、そこは別にいいんだけど……』
『機能のこと? それは腕輪と似たようなものよ。予備魔力収束装置兼武器って感じ?』
と、そんな感じで軽い説明を受けてながら歩いていると――。
「遂に街まで」
「何て酷い。もう戦いも、争いもたくさんだ」
擦れ違う人々の口から漏れ出てくるそんな言葉が『雄也』の耳に届いた。
(まあ、気持ちは分からなくもないけど……っ!?)
ふと声の方に視線をやった瞬間、目が合ったかと思って一瞬焦る。
だが、単純にこちらの方向に目線を向けていただけのようだ。
(……な、何か、違和感があるな)
その目の感じが。
会話をしている相手を見てはおらず、勿論『雄也』を見ている訳でもない。
九割九分九厘おかしくないのに、ほんの僅かだけ焦点がずれているような変な歪みと言うか、妙な無機質さがあるような気がしてしまう。
『ユウヤ? どうしたの?』
『あ、い、いや、何でもない。行こう』
首を傾げながら振り返ったウェーラにそう告げ、意識しないように前を向く。
「全てなくなれ。戦いも、争いも」
「そして平和を。秩序を。安寧を」
それでも尚、耳に届いた言葉。
その響きは、まるで人形が発したかのように無味乾燥に聞こえた。
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