【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第三十五話 流転 ③顕現の時
今回の周回において最初のネメシスとの交戦から早二ヶ月。
それの発生頻度は急激に増しており、既にその総数は、同時発生することはないにもかかわらず三桁に突入しつつあった。
計算して分かる通り、一日に二度、それどころか三度現れることも当たり前になってきている。時間帯もお構いなしだ。
そして真夜中の今もまた同様に。
場所は妖星王国聖都アストラプステの郊外。
新たに発生したネメシスは、進化の因子を得た妖精人の女性から自由を剥奪せんと家屋に侵入し、眠る彼女に今正に襲いかからんとしていた。
それ以外に、周囲に動く存在はない。
窓から入った月明かりの中、その手はゆっくりと彼女の首筋に近づき――。
「させるか!」
妖精人らしい白い肌に触れる直前、『雄也』はその場に直接転移して乗り込み、ネメシスに対して全力で蹴りを放った。
「ガッ!?」
その一撃は何に妨げられることなく直撃する。
「〈オーバートランスミット〉!」
と同時に『雄也』は、その威力によって家屋を破壊し尽くしかねない勢いで吹き飛ばされたネメシスへと強制転移の魔法を放った。
対してそれは抗うこともせず、遥か上空へと容易く転移させられる。
勿論、〈テレポート〉の気配には気づいていたはずだ。
しかし、この存在は所詮プログラムに従って動くロボットのようなもの。
脅威の判定は単純な魔力の気配だけでは行われない。
敵意と攻撃の意思があって初めて脅威ありと判断するのだ。
名目上は慈悲ある女神の使いだからかもしれない。
その証拠と言うように、脅威と見なした後もギリギリまで命を奪うこともない。
もっとも、その代わりに容易く人格を破壊して意思を奪うのだから、『雄也』にとっては唾棄すべき敵であることに何ら変わりはないが。
いずれにしても、女神アリュシーダによってそう設定された存在であるが故に、たとえ直近に転移しようともそこから不意打ちが可能なのだ。
それだけに、本当なら魔力を収束した決め技を叩き込みたいところだし、現実に初手必殺で終わらせたことは何度かあった。が……。
(少しヒヤッとしたな。危うく家ごと潰すところだった)
もし今回もそうしていたら、その余波で間違いなく家主の女性は死んでいただろう。
故に、この場では自重せざるを得なかった。
進化の因子を得た存在ならば、女神アリュシーダを討伐した暁には庇護すべき対象となる。そうでなくとも――。
(総仕上げにくべる薪の一つ。なるべく失う訳にはいかない)
その存在には利用価値があるのだから。
ここからは、できる限り被害を少なくしていかなければならない。
実際、最初の方こそ何人か見殺しにしたが、七星王国王都ガラクシアスでのネメシスとの遭遇以降に狙われた者は皆、命も意思も保つことができている。
犠牲者について言い訳をさせて貰うと、まずはとにかくネメシス発生を早めるために『雄也』自身の魔力も全て進化の因子の付与に当てており、探知に回していなかったのだ。
そのせいで後手後手になった部分がある。
もっとも、根本的なところは『雄也』が、他者から進化の因子を与えられた者を軽く見ているからに他ならない。
本気で探知をしていれば間違いなく助けられたのだから。
もしネメシスに狙われたのが進化の因子を生来持つ者だったなら、たとえ計画が多少遅延しても優先的に守っていたことだろう。
今はネメシスが既に発生し始めたために優先順位は変動し、それの討伐と標的の庇護が同率で第一番目に来ているが。
(……奴の気配は――)
そして『雄也』は己がなすべきことを果たすため、探知の魔動器を遠隔で使用した。
それは世界規模の探知が可能であり、発生したてのネメシスから今正に『雄也』が転移魔法で強制的に移動させたそれに至るまで位置を把握することができる。
「〈テレポート〉」
と同時に『雄也』もまたネメシスの後を追って転移した。
最後まで目覚めぬままの部屋の住人を残して。
恐らく彼女は、朝には何も気づかぬまま新たな一日を始めることだろう。
今後『雄也』の道と交わることは決してない。
再びネメシスに狙われない限りは。
だが、その時はその時。いずれにせよ、彼女の情報はもう必要ない。
故に『雄也』は即座に頭を切り替え、転移先に待つ憎むべき敵に意識を集中した。
「エアリアルライド」
《Gauntlet Assault》《Convergence》
そうして遥か上空に転移が完了すると共に空力制御で姿勢を整えながら、一撃の下で叩き伏せんと魔力を収束させる。
対してネメシスは、魔法を使用しているような気配もなく、見た目にもそのような機構を持っていないにもかかわらず、当たり前のように空を飛んでいた。
空間的な物理法則に縛られた既知の生物ではないことを、世界を統べる神に遣わされた存在であることを、改めて認識させられる。
「マタシテモ貴様カ」
と、ネメシスは感情の乱れの感じられない声色の言葉を投げてきた。
声を荒げることもなく、抑揚もなく。
まるでAに対してはBと返せと、プログラムされた通りに反応しているかのように。
「何故抗ウ。我ラハ慈悲ヲ以ッテ安寧ナル世界ヘト導カントシテイルトイウノニ」
疑問に思っているという感じもしない。
もしそう感じている者がいるとすれば、女神アリュシーダに他ならない。
「自由意思なき世界など、安寧とは言わない。そんなものは無の世界も同然だ。俺は、お前達には何があろうと恭順しない」
だから、ネメシスの向こう側にいるだろう彼女へと届くように言い放つ。
「安寧ヲ乱ス者、モハヤ我等モ恭順ヲ求メハシナイ。早急ニ滅ブベシ」
どうやら百以上の彼らを破壊し続けたことを以って、ようやく抑圧から排除へと切り替わったようだ。
認識歪曲が消え去り、その代わりに強大な生命力と魔力が噴き上がり始める。
以前『雄也』と交戦したことで変動した強さが、全て発揮された形だ。
(……だが)
ネメシスとて無限に強くなる訳ではない。
既に大分前の周回で、それの限界は経験済みだ。
「死ネ」
だから、殺意を以って突っ込んで来るネメシスの速度も予想の範疇でしかない。
驚きも戸惑いもなく、心静かに待ち構え――。
「〈六重強襲強化〉」
己に身体強化を施すと、敵の動きを完全に上回って背後からそれに迫る。
「〈アンブレイカブルウォール〉」
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」
そして、攻撃の勢いで相手を弾き飛ばして衝撃が逃げてしまわないように堅固な壁を作り、そのまま六色の輝きを湛えた一撃を叩き込んだ。
「グ、ガ、ア…………コ、ココマデ、トハ」
その威力は余すところなくネメシスに伝わり、しかし、曲がりなりにも女神に連なる存在である証明の如く即座に破壊されることなく一瞬エネルギーを留め……。
「コノ脅威、我ラデハモハヤ……」
言葉の途中で力の奔流はネメシスの耐久の限界を超えて解放され、それはその場で爆発四散してしまった。
勿論その前に傍を離れていたので『雄也』に影響はない。
(そうだ。お前らでは力不足だ)
少し遠くから六色の魔力の輝きを伴う爆発の名残を眺めながら、心の中でネメシスの最後の言葉に同意する。
少なくともこの周回では、たとえ複数で来られたとしても、それに負ける気はしない。
ましてや戦力の逐次投入などという、古い特撮に登場する悪の組織を想起させるような愚策を取っていては尚更のことだ。
(とは言え……)
あちら側からすれば、その罵倒は不本意だろうが。
抵抗者と見なせるだけの人間が『雄也』一人だったからこそのその対応だろうし、もし程々の実力の者が数で対抗していれば、ネメシスは複数投入される展開もあり得たはずだ。
しかし、そのいずれもが、賢愚の地平に立つまでもない脅威への対応手段に過ぎない。
何故なら、かの女神アリュシーダが一度脅威と認めたなら――。
「……来たか」
彼女は道具などに任せず、自ら排除を行わんとこの地に顕現するのだから。
「女神、アリュシーダ」
その予兆が全身を貫き、『雄也』は空を見上げた。
と、神に反逆する傲慢さを糾弾するように、人智を超えた存在が矮小なる人間に力を示すように、空を埋め尽くさんばかりの星の光が緩々と動き始めた。
だが、この現象もまた、覚えがあるもの。
故に、それ自体には恐れなど抱かない。
それでも体は、我知らず震え出してしまう。
幾度となく敗北してきた仇敵との再戦を前に。
「今度こそ、貴様を滅ぼしてやる」
それを抑え込むように、『雄也』はそう口にしながら天の動きを睨みつけた。
やがて星の光は帯の如く纏まり始め、空に幾重にも線を描き始める。
それはまるで世界を、人の自由を束縛する鎖のようだった。
そして、その一部、『雄也』の頭上の部分が更に変化を起こし、ファンタジーの魔法陣のような複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
そこから衣のような光が溢れ、徐々に人の形をした存在が現れ始めた。
ネメシスとは真逆。この世界に現存する人型の種族。
基人、龍人、水棲人、獣人、翼人、妖精人、魔人。
更には真基人、真龍人、真水棲人、真獣人、真翼人、真妖精人、真魔人に至るまで。
そのいかなる存在でもあるかのように見える姿。
しかし、そこに違和感は欠片もない。
認識を歪曲させられている訳でもないのに、自然な形にしか見えないのだ。
無限の色を内包したかのような光を衣服の如く纏ったその姿を含め、それをこの世界の人間が見れば心を奪われて平伏してしまうことだろう。
女神と謳われるだけの神々しさが確かにそこにはある。
事実、『雄也』とて初めて女神アリュシーダを目の当たりにした時には、思わず口を開けて呆けてしまったのだから。
だが、あの瞬間はまだそれが女神アリュシーダそのものだとは知らなかった。
何より、彼女に大切なものを奪われる前だった。
故に今となっては、その姿が美しくあればある程、神々しくあればある程に忌々しい。
まるで、あの犠牲がどこまでも正当なものだったと主張されているかのようで。
「……全ては、この世界に真なる自由を取り戻すために」
だから、もう一度己を鼓舞するように言い、構えを取る。
彼女自身にかける言葉はない。
如何に女神とは言え以前の周回のことまで認識することは不可能だが、以前『雄也』は何度か問答を試み、その度に時間の無駄を痛感してきたのだから。
〈六重強襲過剰強化〉
《Heavysolleret Assault》《Over Convergence》
敵は決して相容れぬ存在。
討ち滅ぼす以外にはない。
だからこそ、相手が完全に顕現を果たす前に、最高火力を食らわせる。
特撮的なフラグがどうとかは、今は言っていられない。
初手だろうが、ここぞというタイミングだろうが、決め技が通じなければ詰むのは同じだ。
それこそ相手によっては、戦いの中では僅かたりとも隙を見つ出すことができない可能性だってある。
事実、彼女にはこの瞬間にしか隙がないのだ。
この一撃に全身全霊以上をかけなければならない。
「オーバーレゾナント……」
そして実際に今正に己が身に収束させた魔力は、『雄也』個人のそれを超えていた。
何故なら、アテウスの塔が全世界から収集している全魔力を、この攻撃に回しているからだ。進化の因子の付与を一旦全停止させてまで。
女神アリュシーダの打倒は、何をおいても果たさなければならない使命だ。
持てるものは全て注ぎ込まなければならない。
もっとも、それでようやく一が二になるかどうかというところだが。
それでもこれが、これこそが今出せる力の全てだ。
「……アサルト、ブレイクッ!!」
そして『雄也』は単なる数値的な限界を超えて力を捻り出そうと叫び、大きく跳躍した。
と同時に、魔法を以って超高速で推進し、空力制御で狙いを定め――。
「うおりゃああああああああああっ!!!」
鉄靴へと一極集中させた魔力を叩きつけんと、今にも動き出さんとしている女神アリュシーダへと突貫したのだった。
それの発生頻度は急激に増しており、既にその総数は、同時発生することはないにもかかわらず三桁に突入しつつあった。
計算して分かる通り、一日に二度、それどころか三度現れることも当たり前になってきている。時間帯もお構いなしだ。
そして真夜中の今もまた同様に。
場所は妖星王国聖都アストラプステの郊外。
新たに発生したネメシスは、進化の因子を得た妖精人の女性から自由を剥奪せんと家屋に侵入し、眠る彼女に今正に襲いかからんとしていた。
それ以外に、周囲に動く存在はない。
窓から入った月明かりの中、その手はゆっくりと彼女の首筋に近づき――。
「させるか!」
妖精人らしい白い肌に触れる直前、『雄也』はその場に直接転移して乗り込み、ネメシスに対して全力で蹴りを放った。
「ガッ!?」
その一撃は何に妨げられることなく直撃する。
「〈オーバートランスミット〉!」
と同時に『雄也』は、その威力によって家屋を破壊し尽くしかねない勢いで吹き飛ばされたネメシスへと強制転移の魔法を放った。
対してそれは抗うこともせず、遥か上空へと容易く転移させられる。
勿論、〈テレポート〉の気配には気づいていたはずだ。
しかし、この存在は所詮プログラムに従って動くロボットのようなもの。
脅威の判定は単純な魔力の気配だけでは行われない。
敵意と攻撃の意思があって初めて脅威ありと判断するのだ。
名目上は慈悲ある女神の使いだからかもしれない。
その証拠と言うように、脅威と見なした後もギリギリまで命を奪うこともない。
もっとも、その代わりに容易く人格を破壊して意思を奪うのだから、『雄也』にとっては唾棄すべき敵であることに何ら変わりはないが。
いずれにしても、女神アリュシーダによってそう設定された存在であるが故に、たとえ直近に転移しようともそこから不意打ちが可能なのだ。
それだけに、本当なら魔力を収束した決め技を叩き込みたいところだし、現実に初手必殺で終わらせたことは何度かあった。が……。
(少しヒヤッとしたな。危うく家ごと潰すところだった)
もし今回もそうしていたら、その余波で間違いなく家主の女性は死んでいただろう。
故に、この場では自重せざるを得なかった。
進化の因子を得た存在ならば、女神アリュシーダを討伐した暁には庇護すべき対象となる。そうでなくとも――。
(総仕上げにくべる薪の一つ。なるべく失う訳にはいかない)
その存在には利用価値があるのだから。
ここからは、できる限り被害を少なくしていかなければならない。
実際、最初の方こそ何人か見殺しにしたが、七星王国王都ガラクシアスでのネメシスとの遭遇以降に狙われた者は皆、命も意思も保つことができている。
犠牲者について言い訳をさせて貰うと、まずはとにかくネメシス発生を早めるために『雄也』自身の魔力も全て進化の因子の付与に当てており、探知に回していなかったのだ。
そのせいで後手後手になった部分がある。
もっとも、根本的なところは『雄也』が、他者から進化の因子を与えられた者を軽く見ているからに他ならない。
本気で探知をしていれば間違いなく助けられたのだから。
もしネメシスに狙われたのが進化の因子を生来持つ者だったなら、たとえ計画が多少遅延しても優先的に守っていたことだろう。
今はネメシスが既に発生し始めたために優先順位は変動し、それの討伐と標的の庇護が同率で第一番目に来ているが。
(……奴の気配は――)
そして『雄也』は己がなすべきことを果たすため、探知の魔動器を遠隔で使用した。
それは世界規模の探知が可能であり、発生したてのネメシスから今正に『雄也』が転移魔法で強制的に移動させたそれに至るまで位置を把握することができる。
「〈テレポート〉」
と同時に『雄也』もまたネメシスの後を追って転移した。
最後まで目覚めぬままの部屋の住人を残して。
恐らく彼女は、朝には何も気づかぬまま新たな一日を始めることだろう。
今後『雄也』の道と交わることは決してない。
再びネメシスに狙われない限りは。
だが、その時はその時。いずれにせよ、彼女の情報はもう必要ない。
故に『雄也』は即座に頭を切り替え、転移先に待つ憎むべき敵に意識を集中した。
「エアリアルライド」
《Gauntlet Assault》《Convergence》
そうして遥か上空に転移が完了すると共に空力制御で姿勢を整えながら、一撃の下で叩き伏せんと魔力を収束させる。
対してネメシスは、魔法を使用しているような気配もなく、見た目にもそのような機構を持っていないにもかかわらず、当たり前のように空を飛んでいた。
空間的な物理法則に縛られた既知の生物ではないことを、世界を統べる神に遣わされた存在であることを、改めて認識させられる。
「マタシテモ貴様カ」
と、ネメシスは感情の乱れの感じられない声色の言葉を投げてきた。
声を荒げることもなく、抑揚もなく。
まるでAに対してはBと返せと、プログラムされた通りに反応しているかのように。
「何故抗ウ。我ラハ慈悲ヲ以ッテ安寧ナル世界ヘト導カントシテイルトイウノニ」
疑問に思っているという感じもしない。
もしそう感じている者がいるとすれば、女神アリュシーダに他ならない。
「自由意思なき世界など、安寧とは言わない。そんなものは無の世界も同然だ。俺は、お前達には何があろうと恭順しない」
だから、ネメシスの向こう側にいるだろう彼女へと届くように言い放つ。
「安寧ヲ乱ス者、モハヤ我等モ恭順ヲ求メハシナイ。早急ニ滅ブベシ」
どうやら百以上の彼らを破壊し続けたことを以って、ようやく抑圧から排除へと切り替わったようだ。
認識歪曲が消え去り、その代わりに強大な生命力と魔力が噴き上がり始める。
以前『雄也』と交戦したことで変動した強さが、全て発揮された形だ。
(……だが)
ネメシスとて無限に強くなる訳ではない。
既に大分前の周回で、それの限界は経験済みだ。
「死ネ」
だから、殺意を以って突っ込んで来るネメシスの速度も予想の範疇でしかない。
驚きも戸惑いもなく、心静かに待ち構え――。
「〈六重強襲強化〉」
己に身体強化を施すと、敵の動きを完全に上回って背後からそれに迫る。
「〈アンブレイカブルウォール〉」
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」
そして、攻撃の勢いで相手を弾き飛ばして衝撃が逃げてしまわないように堅固な壁を作り、そのまま六色の輝きを湛えた一撃を叩き込んだ。
「グ、ガ、ア…………コ、ココマデ、トハ」
その威力は余すところなくネメシスに伝わり、しかし、曲がりなりにも女神に連なる存在である証明の如く即座に破壊されることなく一瞬エネルギーを留め……。
「コノ脅威、我ラデハモハヤ……」
言葉の途中で力の奔流はネメシスの耐久の限界を超えて解放され、それはその場で爆発四散してしまった。
勿論その前に傍を離れていたので『雄也』に影響はない。
(そうだ。お前らでは力不足だ)
少し遠くから六色の魔力の輝きを伴う爆発の名残を眺めながら、心の中でネメシスの最後の言葉に同意する。
少なくともこの周回では、たとえ複数で来られたとしても、それに負ける気はしない。
ましてや戦力の逐次投入などという、古い特撮に登場する悪の組織を想起させるような愚策を取っていては尚更のことだ。
(とは言え……)
あちら側からすれば、その罵倒は不本意だろうが。
抵抗者と見なせるだけの人間が『雄也』一人だったからこそのその対応だろうし、もし程々の実力の者が数で対抗していれば、ネメシスは複数投入される展開もあり得たはずだ。
しかし、そのいずれもが、賢愚の地平に立つまでもない脅威への対応手段に過ぎない。
何故なら、かの女神アリュシーダが一度脅威と認めたなら――。
「……来たか」
彼女は道具などに任せず、自ら排除を行わんとこの地に顕現するのだから。
「女神、アリュシーダ」
その予兆が全身を貫き、『雄也』は空を見上げた。
と、神に反逆する傲慢さを糾弾するように、人智を超えた存在が矮小なる人間に力を示すように、空を埋め尽くさんばかりの星の光が緩々と動き始めた。
だが、この現象もまた、覚えがあるもの。
故に、それ自体には恐れなど抱かない。
それでも体は、我知らず震え出してしまう。
幾度となく敗北してきた仇敵との再戦を前に。
「今度こそ、貴様を滅ぼしてやる」
それを抑え込むように、『雄也』はそう口にしながら天の動きを睨みつけた。
やがて星の光は帯の如く纏まり始め、空に幾重にも線を描き始める。
それはまるで世界を、人の自由を束縛する鎖のようだった。
そして、その一部、『雄也』の頭上の部分が更に変化を起こし、ファンタジーの魔法陣のような複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
そこから衣のような光が溢れ、徐々に人の形をした存在が現れ始めた。
ネメシスとは真逆。この世界に現存する人型の種族。
基人、龍人、水棲人、獣人、翼人、妖精人、魔人。
更には真基人、真龍人、真水棲人、真獣人、真翼人、真妖精人、真魔人に至るまで。
そのいかなる存在でもあるかのように見える姿。
しかし、そこに違和感は欠片もない。
認識を歪曲させられている訳でもないのに、自然な形にしか見えないのだ。
無限の色を内包したかのような光を衣服の如く纏ったその姿を含め、それをこの世界の人間が見れば心を奪われて平伏してしまうことだろう。
女神と謳われるだけの神々しさが確かにそこにはある。
事実、『雄也』とて初めて女神アリュシーダを目の当たりにした時には、思わず口を開けて呆けてしまったのだから。
だが、あの瞬間はまだそれが女神アリュシーダそのものだとは知らなかった。
何より、彼女に大切なものを奪われる前だった。
故に今となっては、その姿が美しくあればある程、神々しくあればある程に忌々しい。
まるで、あの犠牲がどこまでも正当なものだったと主張されているかのようで。
「……全ては、この世界に真なる自由を取り戻すために」
だから、もう一度己を鼓舞するように言い、構えを取る。
彼女自身にかける言葉はない。
如何に女神とは言え以前の周回のことまで認識することは不可能だが、以前『雄也』は何度か問答を試み、その度に時間の無駄を痛感してきたのだから。
〈六重強襲過剰強化〉
《Heavysolleret Assault》《Over Convergence》
敵は決して相容れぬ存在。
討ち滅ぼす以外にはない。
だからこそ、相手が完全に顕現を果たす前に、最高火力を食らわせる。
特撮的なフラグがどうとかは、今は言っていられない。
初手だろうが、ここぞというタイミングだろうが、決め技が通じなければ詰むのは同じだ。
それこそ相手によっては、戦いの中では僅かたりとも隙を見つ出すことができない可能性だってある。
事実、彼女にはこの瞬間にしか隙がないのだ。
この一撃に全身全霊以上をかけなければならない。
「オーバーレゾナント……」
そして実際に今正に己が身に収束させた魔力は、『雄也』個人のそれを超えていた。
何故なら、アテウスの塔が全世界から収集している全魔力を、この攻撃に回しているからだ。進化の因子の付与を一旦全停止させてまで。
女神アリュシーダの打倒は、何をおいても果たさなければならない使命だ。
持てるものは全て注ぎ込まなければならない。
もっとも、それでようやく一が二になるかどうかというところだが。
それでもこれが、これこそが今出せる力の全てだ。
「……アサルト、ブレイクッ!!」
そして『雄也』は単なる数値的な限界を超えて力を捻り出そうと叫び、大きく跳躍した。
と同時に、魔法を以って超高速で推進し、空力制御で狙いを定め――。
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