【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第三十五話 流転 ①変わる世界
悪の組織エクセリクシス。
ドクター・ワイルドが率い、英雄と謳われた六人を構成員としたそれを、多大な犠牲を払って壊滅させた。
そうした虚偽が真実として世間一般に広まっておおよそ四週間。
世界は『雄也』の思惑通り、少しずつ変わり始めていた。
まずは生命力及び魔力に秀でた存在。いわゆるダブルSに相当する者に、アテウスの塔の力を以って進化の因子が与えられ、成長限界が取り払われた。
それによって彼らは枷が外れたように急激に成長し、結果としてアテウスの塔へと自動的に収集される魔力量が増大する。
そうなれば当然進化の因子の付与範囲が拡大し、やや下位の者も潜在能力が解放される。
そんな彼らもまた大きな力を得、収集される魔力量が……という循環が続き、今ではBクラス相当の者も進化の因子を宿すようになってきている。
ここまで来ると基人の中にも進化の因子を持つ者が現れ始め、この千年の間当たり前のものとなっていた基人評に亀裂が入りつつあった。
基人の上位陣は成長が著しく、極めて少人数ながらも、単体の力量ならば『雄也』やアレスを除いた中では全種族で最上位に位置する程になってしまったのだから。
それを脅威と感じている種族は少なくない。
(……もう少し、か。以前に比べれば、随分と早くなったものだな)
そうした変化を、『雄也』は半ばラディア宅に籠りながら全て把握していた。
七星王国程度ならば、探知魔法で容易に状況を調べることができる。
七種族全てが相応数揃っているこの国ならば、サンプルとしては十分だ。
特に次の段階へ移行する兆候は、基人を見ていれば分かる。
「さて、たまには街の様子を見てくるか」
経験則と分析によれば猶予はまだあるはずだが、念のために己の目でも確かめておこうと『雄也』は腰を上げた。
そうそう予測から外れることはないが、一つ前の繰り返しと比べても、全てのステータスが全く同じという訳ではないのだ。
(少なくとも、この体は前回より強いからな)
僅かな差異が不測の事態を生むことがないとは言えない。
オタクとしてループものを見てきた経験から言わせて貰えば、ループにおいてはバタフライ効果程注意しなければならないものはない。
と言うか、実際何度も調整ミスでここまで辿り着くことすらできずに、その時間軸を諦めて過去に戻らざるを得なくなったこともある。
さすがにこの最終局面にまで至った後では、盤面から重要な駒がほとんどいなくなるので想定外の状況に陥る可能性は限りなく低いが。
(少し早まる可能性はある)
いずれにせよ、この局面では慎重を期して悪いことなど何もない。
そうして『雄也』が久々に街に出ると――。
「最近、何か不穏な感じがするな」
「ああ。あの塔が建ってからだ」
「輪をかけて妖精人の姿を見なくなったりな」
「あの国は元々保守的だからなあ」
早速、道を行く者達のものだろうそんな会話が耳に届く。
『雄也』程の生命力があれば、少し意識するだけで遠くの声も聞き分けることができる。
魔力も合わせれば、更に範囲は拡大できる。
勿論、ただ闇雲に集音しても混乱するだけなのでフィルターをかけて取捨選択しているし、音量も重要度で調整しているが。
「水星王国も水棲人に帰国指示を出してるらしいぞ」
「らしいな。他の国も似たような動きがあるみたいだし……」
「まあ、分からないでもないけどな。何だか急に治安が悪くなったし」
誰も彼も声色は冴えない。
それも、まあ、当たり前と言えば当たり前のことだろう。
彼らが言う通り、確かにキナ臭くなってきているのだから。
この王都ガラクシアスに限らず、世界中で。
どんな鈍感でも気づけるぐらいにハッキリした気配を伴って。
特に王都ガラクシアスからは基人以外の種族が明らかに減ってきており、大通りも、そこに並ぶ店も、全く以って活気がなくなってしまっている。
他の六国にしても、そちらはそちらで帰国した同胞の対応に追われているはずだ。
住む場所が決まるまで、ということで宿泊施設が大変なことになっていた様子を以前の周回で見物に行ったこともある。
しかし、まだ物語で言えば序章。
ここからが本番だ。
事実そうなると知る『雄也』でなくとも、誰もが更なる混乱を予想している。
もっとも『雄也』にとっては、国家の混乱などどうでもいい部分だが。
(正常な状態に戻るだけだからな)
そんなことを考えながら、『雄也』は自分が知る展開との齟齬がないかの確認作業の一環として更に聞き耳を立てた。
不安を吐き出すように彼らの会話は続く。
「三日前だったか? 獣人と龍人の喧嘩があったのは」
「最後には喧嘩って規模じゃなくなってたけどな」
「どっちの種族が強いか、なんて子供みたいな口論が原因だろ? 世も末だよ」
「まあ、そういう口論は前から全くなかった訳じゃないけど……」
「あんな人数が入り乱れたなんて初めてだよなあ。二、三十人はいたんじゃないか?」
この世界では女神の祝福、もとい呪いによって千年もの間、戦争はおろか、そうしたやや大きな集団同士の諍いも発生することはなかった。
精々、個人間での対立ぐらいのものだった。
その常識が崩れたのだ。その衝撃は計り知れないものがあるだろう。
まあ、ドクター・ワイルドによる動乱はあったが、今回の問題は一般人同士の些細な争いから発展したものというところが大きい。
いずれにせよ、それは『雄也』からすれば思惑通りにことが運んでいる証左だ。
進化の因子によって力を増した者達が、女神の呪いから脱却しつつある訳だ。
「全く。何ごともなく過ごしたいよ」
「本当にな。最近、変なことが起き過ぎだって」
「変な組織が暗躍したり、古代の伝説に謳われた塔が聳え立ったり」
「ドクター・ワイルドも六大英雄もいなくなって、少しは落ち着くと思ったのに」
「一体、何がどうなってるのかねえ」
ここで戦々恐々としている彼らは、少なくとも現段階では進化の因子を付与するに相応しい存在ではないことは間違いない。
会話から判断しても、彼らが獣人や龍人であるということもない。
この二つは、他に比べて特に血気盛んな種族なのだから。
(あのアイリスでさえ、割と物騒な思考だったからな)
それはそれとして、一々顔まで確認しなくても、探知魔法を用いれば彼らが力の弱い個体の基人であることはすぐに分かる。
だからこそと言うべきか――。
「まさか千年前みたいなことになるなんてこと、ないよな」
「そんな、まさか」
「だよな。さすがにそれはないよな」
彼らはまだ、現実逃避するように楽観を口にする。
(……よくもこの気持ちの悪い状態を享受できるものだ)
そんな姿に侮蔑と共に心の中で吐き捨て、集音を止める。
一先ず聞くべきことは聞いた。
(とにもかくにも、こうなってくると本当に予定が早まりそうだ。念のため――)
「ユウヤ!」
と、『雄也』の思考を遮るように名を呼ぶ声が耳に届いた。
その主が誰かはすぐに分かる。
今現在、そうする人物は(『雄也』がアイリス達の命を奪ったから)僅かしかいない。
声色で判断せずとも、街中でとなるとほぼアレスで決まりだ。
もっとも、彼が呼んでいるのは『雄也』のことではなく、既にこの世から消え去ったこの時間軸の雄也のことだが。
「アレスか。どうした?」
「どうした? じゃない! ほとんど家から出もしないで。本当に体を壊すぞ!」
どこか怒ったように心配を示すアレス。
それもこの時間軸の雄也との友情故だろうが、アイリス達がいなくなる前よりも気にかけられているような感がある。
喪失感に苛まれ、半ば引きこもっているのだと考えているのだろう。
自身も家族を失ったが故の配慮と言うべきか。
「…………ああ」
わざわざこの時間軸の雄也として過ごしているのに、それを拒絶する意味はない。
とりあえず曖昧な顔を装いながら頷いておく。
「……そう言えば、ドクター・ワイルド達が滅んで超越人対策班はどうなったんだ?」
それから『雄也』は、この時間軸の雄也がこの状況でここに生きていたら投げかけたであろう質問を口にした。
勿論、周回で経験済みなので答えは既に知っているが。
(さて、どちらかな)
返答のパターンは大まかには二つある。
既に次の段階への兆しが表れている場合と、そうでない場合だ。
「この一ヶ月、新たに超越人が出現するようなことは一度もなかったからな。一先ず解散しようかという話が出ていたんだが……」
そしてアレスは、『雄也』の問いかけに答えながら言葉を濁した。
どうたら前者のパターンだったようだ。
(……来たか?)
改良型MPドライバー開発ばかりで少し緩んでいた気持ちを引き締め直す。
思わず顔に出るが、アレスは不穏な空気を感じたがためと思ったことだろう。
「獣星王国で奇妙な事件が起きた」
彼もまた表情に緊張感を滲ませながら、更にそう続けた。
「奇妙な事件?」
「そうだ。だが、それを話す前に現状を伝えておく必要がある。実は最近、唐突に生命力や魔力の成長限界がなくなるという現象が起きていたんだが……」
引きこもって外の情報に触れていないと考えてか、前提の部分から説明を始めるアレス。
正直に言えば、既知の情報、どころか耳にタコレベルの話だが……。
「どういうことだ? 進化の因子を突然得たってことか?」
一応は驚いた素振りを見せておく。
彼が思う雄也の立ち位置的には、その反応の方が正しい。
「分からない。ドクター・ワイルドと接触してMPリングを得たというようなこともなかった。いつの間にかそうなっていたとしか言えないんだ」
アレスは『雄也』の問いかけに困ったように答えた。
全く手がかりがないかのような口振り。
だが、状況的にアテウスの塔との関連を疑う者が一人もいなかった訳ではない。
何度か会議を盗み見て知っている。
だが、結局は確証を持てず、塔の調査もできなかったこと。
何より、悪の組織エクセリクシスが既に滅び、それと進化の因子の発現にややタイムラグがあることを理由に関連性は乏しいと判断されていた。
「原因は分からないってことか」
「そうなるな」
それに関してアレスから出る情報はいつもそこまでなので、話を戻すことにする。
「……で? 奇妙な事件ってのは?」
「ああ。とにかく事実として進化の因子を持つ人々が次々と現れ出した訳だが、先日その内の一人、獣人の男が突然廃人のようになってしまったんだ」
そのアレスの言葉に『雄也』は内心で確信を抱いた。
間違いなく、あれが現れ始めた。
「廃人?」
惚けるように、問い気味に繰り返す。
この先の話は全て分かっているので切り上げて次の準備をしたいところだが、ここからもまだ少しだけ、この立場でいる必要がある。
余り不信感を持たれるべきではない。
「ああ。まるで〈ブレインクラッシュ〉を受けたようにな。そして、その体を検査したところ、進化の因子が失われ、生命力や魔力も大幅に減退していた」
そうした『雄也』の内心に気づかぬまま、アレスはそう答えた。
「……一体どうして」
「分からない。だが、近隣の住民の話を総合すると、人為的なものなのは確かだ」
「目撃者がいたにしては微妙な口振りだな」
「精神干渉でも受けていたのか、確かに何者かに襲われている姿を見たはずだが、顔も形も全く思い出せないらしい」
さもありなん。
あれは存在からして人間とも人形とも違う。
普通の視覚では理解し得ない存在であるが故に、誰もまともに認識できないのだ。
『雄也』のように意図的に精神干渉を用いて認識を阻害する必要もない。
そして音もなく対象に近づき、進化の因子を剥奪する。
同時に自由意思をも奪い去ってしまう。
あたかも自分達には罰を与える権限を持つと、傲慢にも告げるように。
「……俺に声をかけたのは、その事件があったからか?」
一度奥歯を噛み締め、胸の内に湧いた怒りを抑えてから再び口を開く。
「そういう訳じゃない。友人として心配だったからだ。しかし……」
アレスは少し躊躇うような素振りを見せてから続けた。
「頭の片隅には入れておいて貰えると助かる」
恐らく賞金稼ぎ協会長辺りから、雄也を引っ張り出してくるよう要請があったのだろう。
それを彼は躊躇っているようだ。
この凶兆を前に予想される新たな戦いに、傷ついた雄也を巻き込みたくない、と。
(その配慮は余りにも虚しいがな)
内心では嘲りながら、僅かに感謝を滲ませたような半端な表情を浮かべていると――。
「っ!? これは!」
突然強烈な感覚が背筋を貫き、アレスもまた違和感に気づく。
(来たか)
この王都ガラクシアスにも、あれが。
「ユウヤ!」
「分かってる。行こう」
そして互いに頷き合い、先導するように走り出したアレスの後を追って『雄也』もまた駆け出したのだった。
ドクター・ワイルドが率い、英雄と謳われた六人を構成員としたそれを、多大な犠牲を払って壊滅させた。
そうした虚偽が真実として世間一般に広まっておおよそ四週間。
世界は『雄也』の思惑通り、少しずつ変わり始めていた。
まずは生命力及び魔力に秀でた存在。いわゆるダブルSに相当する者に、アテウスの塔の力を以って進化の因子が与えられ、成長限界が取り払われた。
それによって彼らは枷が外れたように急激に成長し、結果としてアテウスの塔へと自動的に収集される魔力量が増大する。
そうなれば当然進化の因子の付与範囲が拡大し、やや下位の者も潜在能力が解放される。
そんな彼らもまた大きな力を得、収集される魔力量が……という循環が続き、今ではBクラス相当の者も進化の因子を宿すようになってきている。
ここまで来ると基人の中にも進化の因子を持つ者が現れ始め、この千年の間当たり前のものとなっていた基人評に亀裂が入りつつあった。
基人の上位陣は成長が著しく、極めて少人数ながらも、単体の力量ならば『雄也』やアレスを除いた中では全種族で最上位に位置する程になってしまったのだから。
それを脅威と感じている種族は少なくない。
(……もう少し、か。以前に比べれば、随分と早くなったものだな)
そうした変化を、『雄也』は半ばラディア宅に籠りながら全て把握していた。
七星王国程度ならば、探知魔法で容易に状況を調べることができる。
七種族全てが相応数揃っているこの国ならば、サンプルとしては十分だ。
特に次の段階へ移行する兆候は、基人を見ていれば分かる。
「さて、たまには街の様子を見てくるか」
経験則と分析によれば猶予はまだあるはずだが、念のために己の目でも確かめておこうと『雄也』は腰を上げた。
そうそう予測から外れることはないが、一つ前の繰り返しと比べても、全てのステータスが全く同じという訳ではないのだ。
(少なくとも、この体は前回より強いからな)
僅かな差異が不測の事態を生むことがないとは言えない。
オタクとしてループものを見てきた経験から言わせて貰えば、ループにおいてはバタフライ効果程注意しなければならないものはない。
と言うか、実際何度も調整ミスでここまで辿り着くことすらできずに、その時間軸を諦めて過去に戻らざるを得なくなったこともある。
さすがにこの最終局面にまで至った後では、盤面から重要な駒がほとんどいなくなるので想定外の状況に陥る可能性は限りなく低いが。
(少し早まる可能性はある)
いずれにせよ、この局面では慎重を期して悪いことなど何もない。
そうして『雄也』が久々に街に出ると――。
「最近、何か不穏な感じがするな」
「ああ。あの塔が建ってからだ」
「輪をかけて妖精人の姿を見なくなったりな」
「あの国は元々保守的だからなあ」
早速、道を行く者達のものだろうそんな会話が耳に届く。
『雄也』程の生命力があれば、少し意識するだけで遠くの声も聞き分けることができる。
魔力も合わせれば、更に範囲は拡大できる。
勿論、ただ闇雲に集音しても混乱するだけなのでフィルターをかけて取捨選択しているし、音量も重要度で調整しているが。
「水星王国も水棲人に帰国指示を出してるらしいぞ」
「らしいな。他の国も似たような動きがあるみたいだし……」
「まあ、分からないでもないけどな。何だか急に治安が悪くなったし」
誰も彼も声色は冴えない。
それも、まあ、当たり前と言えば当たり前のことだろう。
彼らが言う通り、確かにキナ臭くなってきているのだから。
この王都ガラクシアスに限らず、世界中で。
どんな鈍感でも気づけるぐらいにハッキリした気配を伴って。
特に王都ガラクシアスからは基人以外の種族が明らかに減ってきており、大通りも、そこに並ぶ店も、全く以って活気がなくなってしまっている。
他の六国にしても、そちらはそちらで帰国した同胞の対応に追われているはずだ。
住む場所が決まるまで、ということで宿泊施設が大変なことになっていた様子を以前の周回で見物に行ったこともある。
しかし、まだ物語で言えば序章。
ここからが本番だ。
事実そうなると知る『雄也』でなくとも、誰もが更なる混乱を予想している。
もっとも『雄也』にとっては、国家の混乱などどうでもいい部分だが。
(正常な状態に戻るだけだからな)
そんなことを考えながら、『雄也』は自分が知る展開との齟齬がないかの確認作業の一環として更に聞き耳を立てた。
不安を吐き出すように彼らの会話は続く。
「三日前だったか? 獣人と龍人の喧嘩があったのは」
「最後には喧嘩って規模じゃなくなってたけどな」
「どっちの種族が強いか、なんて子供みたいな口論が原因だろ? 世も末だよ」
「まあ、そういう口論は前から全くなかった訳じゃないけど……」
「あんな人数が入り乱れたなんて初めてだよなあ。二、三十人はいたんじゃないか?」
この世界では女神の祝福、もとい呪いによって千年もの間、戦争はおろか、そうしたやや大きな集団同士の諍いも発生することはなかった。
精々、個人間での対立ぐらいのものだった。
その常識が崩れたのだ。その衝撃は計り知れないものがあるだろう。
まあ、ドクター・ワイルドによる動乱はあったが、今回の問題は一般人同士の些細な争いから発展したものというところが大きい。
いずれにせよ、それは『雄也』からすれば思惑通りにことが運んでいる証左だ。
進化の因子によって力を増した者達が、女神の呪いから脱却しつつある訳だ。
「全く。何ごともなく過ごしたいよ」
「本当にな。最近、変なことが起き過ぎだって」
「変な組織が暗躍したり、古代の伝説に謳われた塔が聳え立ったり」
「ドクター・ワイルドも六大英雄もいなくなって、少しは落ち着くと思ったのに」
「一体、何がどうなってるのかねえ」
ここで戦々恐々としている彼らは、少なくとも現段階では進化の因子を付与するに相応しい存在ではないことは間違いない。
会話から判断しても、彼らが獣人や龍人であるということもない。
この二つは、他に比べて特に血気盛んな種族なのだから。
(あのアイリスでさえ、割と物騒な思考だったからな)
それはそれとして、一々顔まで確認しなくても、探知魔法を用いれば彼らが力の弱い個体の基人であることはすぐに分かる。
だからこそと言うべきか――。
「まさか千年前みたいなことになるなんてこと、ないよな」
「そんな、まさか」
「だよな。さすがにそれはないよな」
彼らはまだ、現実逃避するように楽観を口にする。
(……よくもこの気持ちの悪い状態を享受できるものだ)
そんな姿に侮蔑と共に心の中で吐き捨て、集音を止める。
一先ず聞くべきことは聞いた。
(とにもかくにも、こうなってくると本当に予定が早まりそうだ。念のため――)
「ユウヤ!」
と、『雄也』の思考を遮るように名を呼ぶ声が耳に届いた。
その主が誰かはすぐに分かる。
今現在、そうする人物は(『雄也』がアイリス達の命を奪ったから)僅かしかいない。
声色で判断せずとも、街中でとなるとほぼアレスで決まりだ。
もっとも、彼が呼んでいるのは『雄也』のことではなく、既にこの世から消え去ったこの時間軸の雄也のことだが。
「アレスか。どうした?」
「どうした? じゃない! ほとんど家から出もしないで。本当に体を壊すぞ!」
どこか怒ったように心配を示すアレス。
それもこの時間軸の雄也との友情故だろうが、アイリス達がいなくなる前よりも気にかけられているような感がある。
喪失感に苛まれ、半ば引きこもっているのだと考えているのだろう。
自身も家族を失ったが故の配慮と言うべきか。
「…………ああ」
わざわざこの時間軸の雄也として過ごしているのに、それを拒絶する意味はない。
とりあえず曖昧な顔を装いながら頷いておく。
「……そう言えば、ドクター・ワイルド達が滅んで超越人対策班はどうなったんだ?」
それから『雄也』は、この時間軸の雄也がこの状況でここに生きていたら投げかけたであろう質問を口にした。
勿論、周回で経験済みなので答えは既に知っているが。
(さて、どちらかな)
返答のパターンは大まかには二つある。
既に次の段階への兆しが表れている場合と、そうでない場合だ。
「この一ヶ月、新たに超越人が出現するようなことは一度もなかったからな。一先ず解散しようかという話が出ていたんだが……」
そしてアレスは、『雄也』の問いかけに答えながら言葉を濁した。
どうたら前者のパターンだったようだ。
(……来たか?)
改良型MPドライバー開発ばかりで少し緩んでいた気持ちを引き締め直す。
思わず顔に出るが、アレスは不穏な空気を感じたがためと思ったことだろう。
「獣星王国で奇妙な事件が起きた」
彼もまた表情に緊張感を滲ませながら、更にそう続けた。
「奇妙な事件?」
「そうだ。だが、それを話す前に現状を伝えておく必要がある。実は最近、唐突に生命力や魔力の成長限界がなくなるという現象が起きていたんだが……」
引きこもって外の情報に触れていないと考えてか、前提の部分から説明を始めるアレス。
正直に言えば、既知の情報、どころか耳にタコレベルの話だが……。
「どういうことだ? 進化の因子を突然得たってことか?」
一応は驚いた素振りを見せておく。
彼が思う雄也の立ち位置的には、その反応の方が正しい。
「分からない。ドクター・ワイルドと接触してMPリングを得たというようなこともなかった。いつの間にかそうなっていたとしか言えないんだ」
アレスは『雄也』の問いかけに困ったように答えた。
全く手がかりがないかのような口振り。
だが、状況的にアテウスの塔との関連を疑う者が一人もいなかった訳ではない。
何度か会議を盗み見て知っている。
だが、結局は確証を持てず、塔の調査もできなかったこと。
何より、悪の組織エクセリクシスが既に滅び、それと進化の因子の発現にややタイムラグがあることを理由に関連性は乏しいと判断されていた。
「原因は分からないってことか」
「そうなるな」
それに関してアレスから出る情報はいつもそこまでなので、話を戻すことにする。
「……で? 奇妙な事件ってのは?」
「ああ。とにかく事実として進化の因子を持つ人々が次々と現れ出した訳だが、先日その内の一人、獣人の男が突然廃人のようになってしまったんだ」
そのアレスの言葉に『雄也』は内心で確信を抱いた。
間違いなく、あれが現れ始めた。
「廃人?」
惚けるように、問い気味に繰り返す。
この先の話は全て分かっているので切り上げて次の準備をしたいところだが、ここからもまだ少しだけ、この立場でいる必要がある。
余り不信感を持たれるべきではない。
「ああ。まるで〈ブレインクラッシュ〉を受けたようにな。そして、その体を検査したところ、進化の因子が失われ、生命力や魔力も大幅に減退していた」
そうした『雄也』の内心に気づかぬまま、アレスはそう答えた。
「……一体どうして」
「分からない。だが、近隣の住民の話を総合すると、人為的なものなのは確かだ」
「目撃者がいたにしては微妙な口振りだな」
「精神干渉でも受けていたのか、確かに何者かに襲われている姿を見たはずだが、顔も形も全く思い出せないらしい」
さもありなん。
あれは存在からして人間とも人形とも違う。
普通の視覚では理解し得ない存在であるが故に、誰もまともに認識できないのだ。
『雄也』のように意図的に精神干渉を用いて認識を阻害する必要もない。
そして音もなく対象に近づき、進化の因子を剥奪する。
同時に自由意思をも奪い去ってしまう。
あたかも自分達には罰を与える権限を持つと、傲慢にも告げるように。
「……俺に声をかけたのは、その事件があったからか?」
一度奥歯を噛み締め、胸の内に湧いた怒りを抑えてから再び口を開く。
「そういう訳じゃない。友人として心配だったからだ。しかし……」
アレスは少し躊躇うような素振りを見せてから続けた。
「頭の片隅には入れておいて貰えると助かる」
恐らく賞金稼ぎ協会長辺りから、雄也を引っ張り出してくるよう要請があったのだろう。
それを彼は躊躇っているようだ。
この凶兆を前に予想される新たな戦いに、傷ついた雄也を巻き込みたくない、と。
(その配慮は余りにも虚しいがな)
内心では嘲りながら、僅かに感謝を滲ませたような半端な表情を浮かべていると――。
「っ!? これは!」
突然強烈な感覚が背筋を貫き、アレスもまた違和感に気づく。
(来たか)
この王都ガラクシアスにも、あれが。
「ユウヤ!」
「分かってる。行こう」
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