【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十四話 真実 ①各々の役割

《Evolve High-Anthrope》

 電子音と共に雄也の姿が変質していく中、それに呼応するように六大英雄達の体から急速に力が失われていく。

「どういう、つもりだ。貴様っ」

 と、ラケルトゥスが酷く掠れた声で、しかし、正に最後の力を振り絞るように全身全霊を以って強く問うた。
 倒れ伏した状態から、床に手を突いて何とか起き上がろうとしながら。
 その間も彼の体からは命が流れ出すように、生命力と魔力が零れ落ち続けていた。
 見た目でもそれと分かるように、六大英雄全員の体がボロボロと崩れていっている。
 この状態から彼らが生き永らえる可能性は皆無だ。

「わ、私達がいなければ、アリュシーダは――」
「神と戦うのに、単一属性の弱々しい力が必要になるとでも?」

 ドクター・ワイルドはパラエナの言葉を遮り、冷たく突き放した。
 事実を告げるような淡々とした口調で。
 実際、それは否定しようのない事実と言っていい。
 同じ生命力の上、各属性において同じだけの魔力を持つ者が存在するのなら、一つの属性しか持たない者は足手纏いにしかならない。
 効率を考える頭があれば、彼らとて分かっていたはずだ。
 にもかかわらず、ここまで気づかなかったのは、六大英雄としての矜持によって自らはドクター・ワイルドと同じ駒を操る側の存在だと勘違いしていたために違いない。
 結論から言えば、所詮彼らもまた単なる駒でしかなかったというのに。

「まさか……最初、から?」

 各々その事実をようやく自覚したらしい。
 その中でも最初に封印を解かれたスケレトスが、激しい怒りに震えるようにしながらも力なく尋ねかける。
 もはや感情を爆発させるだけの肉体の強さがないのだ。

「その通り。収穫とは何もあの小娘達だけが対象ではない。お前達もまた摘み取られるべき果実に過ぎなかったのだ」

 スケレトスの人生最後の問いかけとなるだろうそれに対し、ドクター・ワイルドは堪え切れなくなったとばかりに一人楽しげに、種明かしをするように答えた。

「空からの脅威を前にMPドライバーとの完全なる繋がりを得たLinkageSystemデバイス。それを備えしMPリングを内包した魔力吸石を吸収したが故に、お前達が最後の餌となった」

 そのまま彼はそう告げると、更に朗々と続ける。

「逆に言えば、もしお前達がリュカと同じように敗北していたら、お前達の魔力吸石を得た小娘達が最後の餌となっていた訳だ」

 その言葉が正しければ、恐らく最初からMPドライバーには時が来たら対象を食らう機能があったと考えた方がいい。
 そして、それはMPドライバーよりも後にメルとクリアによって作り出されたはずの魔動器、LinkageSystemデバイスを想定して組み込まれていた訳だ。
 最初から全てを見越して。今この瞬間のために。

「リュカを、甦らせられるというのも、嘘、だった訳ですか」

 ビブロスは己もまた進退窮まったことにある種の覚悟を抱くようにしながら、それでも尚ドクター・ワイルドを糾弾するように強く問うた。

「それは嘘ではない。ただ、貴様らが考えているような形ではないし、今そうする意味もないというだけの話だ」

 対して彼は自身への非難を軽く受け流し、否定の意を言葉にした。
 六大英雄全員が虫の息となったこの期に及んで嘘を口にすることはないはずだ。
 しかし、だからと言って、この状態からドクター・ワイルドが彼らを甦らせるかと問われれば、可能性はゼロに近いとしか答えようがない。
 そんなことは、六大英雄とて重々承知しているだろう。
 彼らはそれ以上足掻くということをせず、口を閉ざしてしまった。

「……さて、そろそろ冥土の土産は十分か?」

 いや、足掻く以前にいよいよもって命の灯火が消えかかり、まともには言葉を発することもできなくなってしまったらしい。

「く……は」

 耳に届くのは、微かに乱れた息遣いのみだ。
 六大英雄達の中にあって、まだ意識を保つことができているのは、既にビブロスとスケレトスだけのようだった。
 光と闇の属性は生命力に強い補正がかかるためと見て間違いない。
 だが、彼らも既に死に体だ。
 命が失われるのも時間の問題だろう。

「最後の贄の完成を見届けることはできんだろうが、目に焼きつけて死ぬがいい。貴様らの命は、確かに女神アリュシーダを殺す一助となった。そのことを誇りながらな」

 そんな六大英雄達を目にしながら、ドクター・ワイルドはどこか労うように言った。
 彼らの限界を感じ取っていたのだろう。
 まるで合図の如く、ドクター・ワイルドの言葉が終ると同時に、千年前の伝説に謳われし英雄達は砂と化して崩れ去ってしまった。
 余りにも呆気なく。余りにも無残に。
 勿論、だからと言って同情するつもりなど毛頭ないが。
 彼らは仲間達の、多くの人々の自由と命を奪ったのだから。

「終わったようだな」

 そして彼は小さく呟くと、雄也に視線を移す。
 今この場において六大英雄の死は、雄也の中のMPドライバーによって彼らの力が全て奪い尽くされた証でもある。
 事実、正にこの瞬間、雄也の体は変質を完全に終えていた。
 白色だった装甲は、ツナギ達が変身した時と同じような金色へと変わり、その形状は寸分違わずドクター・ワイルドと同じものへと変わっている。
 各部が鋭角になり、攻撃的な印象が強い。

(……これだけの力が、最初からあれば)

 そうした変化は単純な外見だけに留まらず、内側から噴き出してくる力の大きさからも確かに感じ取れた。
 ハッキリ言って、先程までの比ではない。
 数値で表せば、最低でも以前の〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉時の三倍というところか。
 いや、その気になれば十倍、数十倍の力を安定的に引き出せそうな感じがある。

(最初から、あれば)

 だが、遅きに失している。
 本当に必要だったのは今ではない。
 もっとも、ドクター・ワイルドの言葉が正しければ、この力は全てアイリス達全員の犠牲の上に成り立ったもの。
 そうである以上、仮定の話に持っていくことすら叶わないが。
 いずれにせよ、この場で後悔しても意味はない。
 そんなことをしていても何かが変わる訳ではないのだから。

「ふ、ようやくここまで来たか。あの者達を使い捨てた甲斐があったというものだ」

 胸の中で煮え立つ感情を抑え込む雄也とは対照的に、ドクター・ワイルドは晴れ晴れとしたような表情を浮かべながら告げた。

「この、外道め」

 そんな仇敵の姿に、絞り出すように呟く。
 たとえ六大英雄達に同情せずとも、散々仲間の如く振る舞った挙句にこれでは目に余る。
 少なくともドクター・ワイルドをそう罵倒することには、何の遠慮もいらないだろう。

「この世界の神を殺そうと言うのだ。奴の定めた道から外れるぐらいでなければ、勝つことなどできはしない」
「……屁理屈を言うな!」

 自身を正当化するかの如き論理に、尚のこと怒りが滲む。
 悲哀に呑み込まれないようにと意識して憤怒を引き出すまでもない。
 これまでの彼の言動を顧みるまでもなく、この僅かな間に交わした言葉だけでも眼前の存在が今この場で滅ぼすべき敵であることが分かる。

「…………他者の人格を手段としてのみ扱う者に断罪を」

 かつて愛した特撮ヒーローの台詞。
 この男はそれを叩きつけるに最も相応しい相手だ。

「今ここで、貴様の目論見を断つ」

 ドクター・ワイルドへと人差し指を突きつけながら宣言し、構えを取る。
 最終回の戦いに挑むヒーロー達のように、己を鼓舞しながら。

「やってみろ。……アサルトオン」
《Evolve High-Anthrope》

 と、電子音と共にドクター・ワイルドもまた金色の装甲を纏い、身構えた。
 全く同じ形状の鎧で、鏡映しのように。
 その状態のまま彼は、挑発するように人差し指と中指だけをクイクイと動かした。

「貴様っ」

 対して雄也は声を荒げ、床を蹴って一気に突っ込もうとした。
 挑発に乗せられた訳ではない。
 あくまでも先手を取り続けた方がいいと判断したが故だ。しかし――。

「くっ」

 かつてと比較するのもおこがましい程の力で行った踏み込み。
 もはやこの床ではその力に耐えられず、砕け、そのせいでバランスを崩してしまう。

「ふ……〈スツール〉〈エアリアルライド〉」

 すると、ドクター・ワイルドはその隙を狙うように、間合いを詰めてきた。
 手本を見せるように作った足場を踏んで。
 空気抵抗を全て魔法で打ち消しながら。
 かつての実力差であれば、この時点で決着はついていただろう。
 だが、仲間達と六大英雄達。十二人分の力を束ね、昇華した強さは想像を超えていた。
 迫る殴打を回避し、続いて放たれた蹴撃を右手でガードして防ぐ。
 更には残る左手の拳を放ち、ドクター・ワイルドの胸部装甲を打って弾き飛ばした。

(……強く、なってる)

 我がことながら戸惑う程に強化されている。
 だが、ドクター・ワイルドの全力が分からない以上、油断はできない。
 胸元に衝撃を受け、敵が怯んだのを見逃すべきではない。

「〈チェインスツール〉〈エアリアルライド〉!」

 だから、雄也はありがたく真似をさせて貰い、獣人テリオントロープ的な動きを加えて一度背後に回り込んだ後、側面からドクター・ワイルドに襲いかかった。

「はあっ!!」

 そして、そのまま殴りかかる。
 魔法は肉弾戦の補助のみに留めて。

(多分もう、魔法での攻撃は意味がない)

 火も水も風も土も。今の雄也とこの男の前では遅過ぎる。
 闇属性による精神干渉など通用するはずもない。
 唯一光属性の攻撃魔法なら当てることはできるだろうが、単一属性では威力が足りない。
 単純明快なステゴロが最も適しているのだ。

「ぐっ、く」

 横合いから打撃をまともに食らったドクター・ワイルドは、苦しげに呻くと膝を突いた。

(効いてる)

 続けて、雄也はその顎を蹴り上げた。

「がはっ」

 その威力によって吹き飛ばされた彼は、壁に背中から叩きつけられて空気を吐き出す。
 雄也の踏み込みで割れた材質の壁がそれに耐えられるはずもなく、ぶち当たった部分を中心に放射線状に砕けた。

「どうやら、調整に失敗したみたいだな」

 手応えは十分。ダメージも確実に通っている。
 恐らく本来のドクター・ワイルドの計画では、そこそこの強さになった雄也から魔力吸石を奪い取って己を強化する腹積もりだったのだろう。
 が、彼の想定以上にこの体は強くなり過ぎてしまったようだ。

「それとも、やられてる振りか?」

 それでも、その可能性を捨てず、最大限警戒しながら問いかける。

「ふ、ふふふ」

 と、何を思ってかドクター・ワイルドは笑い出した。
 やはり演技かと身構える。

「失敗などしていないさ。お前が今の俺よりも強いのは狙い通りだ」
「何?」

 苦しげな声色で負け惜しみのようなことを言い出す彼に、しかし、不吉な感覚を抱く。
 その言動を見る限り、雄也の力が彼を上回ったのは事実なのだろうが……。

「そう。狙い通りだ。俺がお前の完成度を確かめるまでの間、無用の警戒によって魔力収束を使った攻撃をしてこないだろうこともな」

 更に、あくまでも計画通りだと主張し続けるドクター・ワイルド。
 雄也の性格まで熟知しているが如き言い分は気味が悪い。だが――。

「負け惜しみか」

 これ以上警戒して身動きできなくなっても不利だ。
 今は精神的な揺さ振りと判断しておかざるを得ない。

「そう思いたければそう思えばいい。だが、お前はすべきは全力を以って俺を殺すことだった。選択を誤った。もっとも、特撮なら初手決め技は敗北フラグだがな」

 それでもドクター・ワイルドは、いっそ楽しげに言葉を続けた。
 その姿に言い知れぬ不安が湧き上がる。
 決着を急ぐべきかもしれない。

「だったら、次で終わりだ!」
《Convergence》

 だから、雄也は内心の動揺を吹き飛ばさんと強く言い放ち、魔力の収束を開始させた。

「〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉」

 更に収束完了までの十秒を稼ぐために大きく跳び退る。
 数字以上に引き伸ばされた時間の感覚の中、しかし、ドクター・ワイルドは何のつもりか黙したまま動かず、やがて必要な時が経過した。

《Final Arts Assault》

 即座に全ての力を解放する。
 たとえ策を弄していても、実行できないように。

「レゾナントアサルト――」
「視野は広く持たないと何も成し遂げられないぞ」

 そうして今正に突っ込まんと全身に力を込めた瞬間、突如として今の雄也に勝るとも劣らない魔力がドクター・ワイルドとは別の場所から発生した。

「なっ!?」

 かと思った直後、雄也は横合いから恐ろしい程の衝撃をその身に受けたのだった。

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