【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十三話 現実 ③収穫の時へ

「こ、のお」

 自分の思い通りにならずムキになって突っ込んでくるツナギを待ち構え、苛立ちと疲労で雑になった攻撃を避けて腕を取る。

「だあっ!!」

 そのまま雄也は彼女の体を投げるような勢いで床に叩きつけた。

「あ、ぐ、う」

 部屋を揺らすような音に重なって、彼女の口から呻き声が漏れる。
 最後まで手を離さず抑え込んでやれば、まともな受け身を取ることはできない。
 その衝撃は体内を駆け廻り、多大なダメージが蓄積していくこととなる。
 それを幾度となく受け続ければ、生物であれば無事で済むことはない。
 たとえ熟練のスタントであろうとも、全身打撲を免れることはないだろう。
 実際、とある特撮の現場では、投げ技を多用する回でそうなった実例があるとも聞く。

「う、うぅ、気持ち悪いよお……」

 衝撃を逃がす術を全く知らないツナギならば尚のことだ。
 痛覚がないことも相まって彼女は苦しみのみを特に感じているようで、胸の辺りの装甲を手で押さえて泣き言を口にし始めた。
 ここまで体の調子を崩した経験などないだろうから、半ばパニックのような状態になって精神的に折れつつあるのも無理もないことではある。
 そうでなくとも消耗も激しく、戦闘力は既に大幅に低下している。
 気を失わせることこそできなかったが、今こそ対話のチャンスだ。

「これでも、遊びだって言えるのか?」

 蹲ってしまったツナギに少し近づいて問いかける。
 なるべく責めるような色が声に滲まないように。子供を諭す感じで。

「貴方が、変な戦い方ばっかり、するから」

 対する彼女は、文句を言いつつも口調に勢いが乏しい。
 それでも不満げな感情が滲み出ており、懲りていないことが分かる。
 いや、その質問の意を正確に理解できていないと言うべきか。

「俺は壊されたくなんかないからな。ツナギもそうじゃないのか?」
「わたし、が?」

 キョトンとしたように顔を少しだけ上げて問い返すツナギ。
 全く以て想定外のことを尋ねられたとでも言いたげだ。
 これまで遊びと称して戦ってきた相手が物言わぬ人形だったせいだろう。
 相手がもし意思を持った存在だったら、という想像が僅かたりとも頭にないのだ。

「今まで壊してきたものを思い浮かべてみろ。そして、自分がそうなった時のことも」
「わ、わたしは、そんなことにならないもん」
「壊し合う遊びだって自分で言ったことじゃないか。だったら、相手よりも弱ければ自分がそうなることだって十分あり得る。何より、今そうなりつつあるんだぞ?」

 今度はわざと脅すように言いながら、手を彼女の首へと伸ばす。
 僅かなりとも凄みのようなものが出るように、ゆっくりと。
 勿論、本当にそうするつもりは全くない。
 しかし、それでも首を圧し折られると勘違いして貰わなければ始まらない。

「ひ、あ、うぅ」

 すると、ようやく眼前の危機を我がこととして実感したのか、ツナギは恐怖に引きつったような小さな悲鳴を上げながら後退りした。

「や、やだ。そんなの、やだ。怖い」

 更に彼女はいやいやをするように首を横に振りながら言う。
 そうしながら再び俯くと、自分を抱き締めるような仕草を見せた。
 金色の装甲を纏った状態では少々シュールだが、生身の姿を思い出して重ねてみればしっくり来る。外見相応の幼い反応だ。
 その縮こまった弱々しい姿と言葉に、雄也は少しだけ安堵の気持ちを抱いた。
 ツナギはあくまでも無知なだけの子供に過ぎない。
 そう確信を持つことができたから。
 生まれつき残虐な人格の持ち主であれば、こうはならない。

(なら――)

 今の状態であれば、説得することも不可能ではないかもしれない。
 そう考えて。雄也は再び口を開いた。

「相手を壊そうとするってことは、今ツナギが抱いたような気持ちを相手に与えるってことだ。今までは意思を持たない相手だったからよかったかもしれないけどな」

 ドクター・ワイルド達のように、人間を人形の如く扱ってはならない。
 それは相手の人格を否定し、自由を奪うことに他ならない。
 そんなことは決して許されることではない。
 そうした普通の感覚を残していることを期待して反応を待つ。

「……貴方も、そうなの?」

 と、ツナギはおずおずと上目遣い気味に尋ねてきた。
 雄也の言葉を頑張って理解しようとしているのか、当初あった苛立ちも戦意も、直前の雄也に対する恐れの感情も薄れているようだ。
 その声色は非常に頼りなく、力を失っている。

「ああ、勿論」

 そんな彼女の問いかけに、深く頷いて答える。
 昔に比べたら大分慣れたはずだが、怖いものは怖い。
 臆病者と謗られるかもしれないが、戦わずに済むのならそれに越したことはない。
 敵の首魁があのような男だけに、あり得ないと分かってはいるが。

「そうは見えないけど」
「我慢してるだけだ」

 特に勝ち目の見えない戦いでは、それこそ痩せ我慢の連続だ。
 今回も正しくそうだった。
 命を奪われること。自由を侵害されることは恐ろしい。
 そして、そう実感しているからこそ、相手に暴力を振るうことは間違いなく悪行だと思うし、その事実を決して歪めてはならない。
 こればかりは何があろうと忘れてはいけないし、慣れてもいけないものだ。
 それを破ってしまえば、本当の意味で異形の怪物に成り果ててしまう。
 だから、逆に言えば、戦いを怖いと思えるからこそ自分に戦いを許している。
 一周回って、今やそんな境地にある気がする。

「そっか。そうなんだ……」

 ツナギは雄也の言葉を聞いてそう呟くと、意気消沈してしまったたようにペタンとその場に座り込んでしまった。

「ごめんなさい」

 そして、か細い声で謝るツナギ。
 心の底から悔いている様子が聞いて取れる。
 どうやら説得に成功したようだが、いくら何でもすんなりいき過ぎのような気もする。
 豹変と言っても過言ではない態度の変化に、さすがに戸惑いを隠せない。
 無邪気で無知な子供だとしても、素直過ぎるように感じるが……。

「初めてのお友達だから、わたしが楽しいことを楽しんでくれると思ったの」

 更にツナギはそれらしい理由を口にする。
 ここまで来ると雄也はドクター・ワイルドの精神干渉を疑って、彼を睨みつけた。
 もっとも、ツナギにそんな反応をさせる意図は全く分からないが。

「その娘は人形遊びという歪な娯楽を教え込まされた以外は、ただの優しい子供に過ぎない。他者と喜びを共有したいと願い、己の過ちを認めることができるような」

 雄也の視線を受けて、ドクター・ワイルドは説明文を読み上げるように淡々と告げる。
 だが、それを聞いてもこの男の考えは分からない。
 むしろ謎が深まるばかりだ。

「何の、つもりだ」

 煙に巻いたようなことを言う彼に、雄也は苛立ちを隠さずに問うた。
 闘争ゲームは終わりだと宣言したにもかかわらず、この期に及んでまだ人をからかって遊んでいるだけなのか、と訝しみながら。

「大したことではない。決定的な罪を犯さず、この俺に利用されているだけの存在。貴様には、さぞ殺しにくかろうと設定しただけだ」
「……ツナギとの決着はついた。殺しにくいも何も殺すつもりはない」
「ああ。違う。そうではない」

 雄也の反論に、ドクター・ワイルドは何も分かっていないと言いたげに首を横に振る。

「そもそも、今の戦いに意味はない。いや、貴様が殺されていれば話は別だがな。その場合は、一から仕込み直しになるだけだが……」

 少しばかり面倒臭そうに最後の部分をつけ加えるドクター・ワイルド。
 ここまで大がかりにやってきていても、まだやり直しがきくようだ。
 たとえ雄也が今自らを殺したところで、本当にただ少し困るだけなのだろう。

「殺しにくかろうというのは、これからの話だ」
「何を――」

 更に続けた彼の口調と内容に不吉な予感がして、背中の辺りがざわつく。
 その感覚に一瞬言葉が詰まるが、雄也は意識して再度口を開いた。

「何を言ってる?」
「ツナギの使い道は別にある、ということだ」

 具体的なことは結局答えないまま、ドクター・ワイルドは視線を床にへたり込んだままでいるツナギへと向けた。
 促されるように雄也の視線も彼女に向く。

「お父様?」

 不穏な空気を読み取ってか、恐る恐るという風に父親に呼びかけるツナギ。
 彼の言葉の端々から滲む事実を受け入れられないのだろう。
 自分が本当は娘として愛されておらず、道具扱いされているということを。
 ドクター・ワイルドの言う通り、彼女がほんの一部分価値観を歪まされただけの無垢で無知な少女ならば、それを信じることができないのも当然だ。
 その証明のように、彼女は酷く心細そうに身を縮めている。不憫な程に。

「さあ、収穫を始めるとしようか」

 そんな娘を完全に無視して、ドクター・ワイルドは告げる。

「貴様!」

 曲がりなりにも親子だろうに。そう憤りを抱いて雄也は詰め寄ろうとした。

「ツナギにかまけている場合ではないだろうに。滑稽だな」

 と、ドクター・ワイルドは嘲りの言葉を、しかし、どこか憐れむように静かに言う。

「滑稽、だと?」
「ああ。既に勝負の決まった戦場で喚く間抜けを見ている気分だ」
「まだ俺は生きている。何も終わっちゃいない!」
「いいや、既に終わっている。ルートの分岐は済んだ。後は定められた未来へと進むだけのこと。貴様にとってはバッドエンドの未来へとな」

 ただ淡々と事実を事実として伝えるだけの口調。
 そこには言い知れぬ威圧感があり、思わず気圧されて言葉を失ってしまう。

「とは言え、お前にはバッドエンド以外の道など最初から存在していなかったがな」

 彼は雄也の状態など意に介さず、更に続ける。
 その姿はさながら己の成果を発表する科学者のようだ。
 しかし、その内容が内容だけに、あるいは以前のマッドサイエンティストのテンプレ的な言動をしていた時よりも強い狂気を感じる。

「いつ、どこで、どういう死に方をするかだけの問題に過ぎなかった」

 対峙しているだけで屈服してしまいそうになる感覚。
 単純な力量差によるものではない。
 これは信念の差、いや、怨念の強さとでも言うべきものを肌に感じているせいだ。

「ただ、ここまで到達してくれたことにだけは感謝しよう。よく、数多の無意味なデッドエンドを回避してくれた。これで俺も次のステップに進むことができる」
「…………ルートだのバッドエンドだの、ゲームでもやってるつもりか?」

 己を奮い立たせ、わざとらしく小馬鹿にするように問うてやる。
 気持ちで負けていては、戦う以前の問題だ。

「ゲームか。久しくやっていないな」

 対して彼は挑発に乗らず、どことなく懐かしそうに小さく呟いた。
 遠く遥か過去を思い描くように虚空を見上げながら。

「何? 貴様――」
「言ったはずだ。既に闘争ゲームも終わっている」

 その意味を問う前に、ドクター・ワイルドは強い口調で言い直した。
 そして雄也がそこに追及する前に、彼は更に続ける。

「どうやら、あちらも終わったようだ」
「あちら?」

 一瞬意味が分からず、問い気味に繰り返す。

「そう。あちらだ」
「…………まさか!」

 ツナギと眼前の敵首魁を前に、余裕を失って頭から抜け落ちてしまった。
 このアテウスの塔のどこかで、アイリス達もまた六大英雄と対峙していたことを。

「終わったって、どういう意味だ」
「言葉通り。それ以上でもそれ以下でもない」

 先程抱いた不吉な予感が、更に強くなって全身を襲う。

「決着はついた」

 その感覚が現実だと示すように、ドクター・ワイルドはハッキリと告げ――。

「そうだろう?」

 彼はそう続けながら、雄也の視線を誘導するように目線を動かした。
 促されるまま、その方向に顔を向ける。

「あ……」

 するとそこには、いつの間にか六大英雄達の姿があった。

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