【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十二話 分断 ②群青と漆黒

    ***

「え?」
『な!?』

 突然移り変わった視界。
 それを前にして、メルとクリアは戸惑いの声を上げた。

「お、お兄ちゃん!? お姉ちゃん!?」

 その動揺の中で、主人格のメルは身内の姿を求めて慌てたように周囲を見回し出す。
 すぐ近くにいたにもかかわらず、唐突に、理由も何も分からないまま離れ離れになったことは彼女にとって衝撃が強かったようだ。

『姉さん……』

 その気持ちを体の内側で痛い程に感じ、クリアは混乱の極みにある姉と、彼女と同じ性質を持つ己自身に少しの情けなさを抱きながら呟いた。
 自分で言うのもなんだが、半ば捨てられるように母親と決別した心的外傷もあり、今ある繋がりには過剰な程に執着がある。
 故に脈絡もなく引き離されると正直辛い。不安だ。
 所在さえ分かっていれば問題ないのだが。

(なんて――)

 自己分析ができるのは、ひとえに姉の狼狽が大きいからだ。
 クリア自身も冷静とは言いがたいが、姉が自分の分まで取り乱してくれているので微妙な落ち着きを取り戻してしまっている。
 あるいは、体の主導権を握っていないことも理由の一つかもしれない。
 いずれにせよ、今は一先ず姉に代わって状況把握に努めるべきだ。
 そう考えて、主人格でなくとも入ってくる情報に意識を向ける。
 無理矢理表に出ることも不可能ではないが、それはなるべくしたくない。
 命に危険が迫っている時でもない限り、互いの意思を尊重する約束だから。
 強制的に主人格を交代するのは、いわゆる最後の手段だ。

(ここは……)

 そうして共有している視覚に意識を移す。
 そこに映っていたのは、広大な部屋だった。
 加えて、これは最初からある程度は認識していたが、改めて観察すると全てが青い。
 床も壁も天井も。
 全てが、水属性の魔力結石や魔力吸石が持つ色の如き群青で染まっていた。
 まるで深い海の中にいるかのようだ。
 水棲人イクトロープとしての本能によってか、しっかりそれを意識すると心が鎮まる気がする。

『姉さん、周り』

 だから、クリアはメルに、ちゃんと外に注意を向けるように言葉で促した。
 すると――。

「え? あ、え? な、何? ここ」

 それによってようやく目に映る光景をまともに認識するに至ったらしく、メルは呆然としながら部屋の各所に視線を飛ばし始めた。

「姉さん、落ち着いた?」
「落ち着くって、こんな状況じゃ無理だよ……」

 彼女はそう言うが、クリアの問いかけを否定することができるのは、むしろ多少なり冷静になった証だろう。
 揺れに揺れていた目線はしっかり定まり、視界も安定している。

『とにかく今は、兄さん達と合流することを考えないと』

 目的があれば、より落ち着くことができるはず。そう考えてクリアは言った。

「…………そう、だね」

 対してメルは、一つ大きく深呼吸してから頷く。
 一先ず平静を取り戻すことができたようだ。

「ありがと、クリアちゃん」
『ううん。私が表に出てたら、多分私が取り乱してたわ』

 半分以上本心で、冗談っぽさも交えながら答える。
 当然のことながら、主人格の方が外界から得られる情報量は多い。
 だからこそ兄との触れ合いの時には率先して主人格になろうとするが、こういう状況では逆に色々と負担が大きいのだ。
 正直、この状況で主人格を任せていることを申し訳なく思う気持ちも強い。

『もしかしたら、もっと酷かったかも』

 だから、フォローの意味も込めて少し真面目に続ける。

『そうなってたら、姉さんがこうしてくれたでしょ?』
「……うん。そうかもね」

 するとメルは少し気が楽になったと言うように、微妙に悪戯っぽく返してきた。
 それから彼女は自分の頬を両手で挟むように軽く叩いてパチンと音を鳴らすと、兄達との合流を目指す手始めに、周りの様子を本格的に探ろうと目を動かし始めた。
 正にその瞬間――。

「やっと落ち着いたみたいねえ」

 どこかで聞いた覚えのある声が、群青に囲まれた広間に響き渡る。

「体は大きくても、まだまだ子供ということかしらあ」

 ハッとしてその方向へと体を向けたメルとクリアが共有する目に映ったのは、いつだったか二人を単なる甘えん坊のお子ちゃまとなじった真水棲人ハイイクトロープパラエナだった。
 あの時は、最後の最後で秘密兵器の一撃によって一泡吹かせてやったが……。

「道具に頼らず強くなれたかしらあ?」

 シャチのような特徴を持つ異形の顔を歪めて笑う彼女から受ける威圧感は、以前の比ではない。明らかに素の魔力自体が向上している。
 あるいは、あの時は本気ではなかったのか。

『姉さん!』
「うん! アサルトオン!」
《Evolve High-Ichthrope》

 いずれにせよ、もはやドクター・ワイルドの言う闘争ゲームではないのだ。
 相手のペースに乗る意味は欠片もない。
 だから、クリア達は即座に真水棲人ハイイクトロープ形態へと変身し、群青の装甲を身に纏った。

《Twinbullet Assault》

 更に間髪容れずに武装を両手に生成する。
 色々と試した結果、体術に乏しいメルとクリアには飛び道具が一番しっくり来た。
 もう一つ理由もあり、手にしているのは二丁の銃だ。
 そして、それらをそのまま両手で構える。

「あらあら、つれないわねえ」
《Evolve High-Ichthrope》

 パラエナもまた、それに即座に応じて同じく群青の鎧で全身を覆う。

「クリアちゃん!」

 それを前にメルは、一々反応する間などもはや存在しないとばかりに妹に呼びかけ――。

『分かってるわ』

 クリアはその意図をくんで、事前に自分達のMPリングに組み込んでおいた魔動器を体の内側から遠隔で起動させた。と同時に、メルが銃口をパラエナへと向ける。

《Final Twinbullet Assault》

 瞬間、魔力収束を行っていないが、それを用いた攻撃の発動を知らせる電子音が鳴った。
 魔動器が想定通りに機能した証だ。

「食らえ!」
「『クリムゾンアサルトシュート!』」

 そして揃えた声に合わせて放たれたのは、紅蓮に彩られた火属性の魔力の塊。
 これは、魔力結石から魔力を抽出、圧縮する魔動器から直接武装に供給されたものだ。
 メルとクリアが自ら収束した魔力には決して及ばないものの、それに迫る密度がある。
 水属性たるパラエナには相性的に有利な攻撃になるはずだ。

「これが私の質問に対する答えなのお? つまらないわあ」

 しかし、彼女は心底失望したとばかりに嘆息すると、魔力の弾丸を無防備に受け止めた。
 瞬間、火属性の魔力の塊は炸裂し、大きな爆発を起こす。

(余裕ぶってるけど、これだけの威力なら――)

 傷の一つや二つはつくかもしれない。
 侮っている内に、有利な状態に持っていけるかもしれない。
 クリアはそう期待したが……。
 爆炎が晴れると無傷のパラエナが姿を現した。

「魔力無効化?」

 それを見てメルが呟き、クリアは心の中で小さく溜息をついた。
 やっぱりか、というのが正直なところだった。
 結局、心の中で抱いていたのは確信ではなく、期待に過ぎなかったのだから。

「しょうもない小細工なんてされても、私達の踏み台になり得ないじゃないのお」
《Archery Assault》
「ちゃんと力で抗って貰わないと困るわあ」

 群青の弓を構え、勝手なことを口にするパラエナ。
 そんな彼女を前に、姉が機嫌を損ねる気配をクリアは感じた。
 と言うか、自分自身酷く腹が立った。
 クリア達の自分らしさを否定されたようで。

「工夫で戦う。それが私達のやり方だよ!」
『そっちの指図なんか受けないわ!』

 だから、双子らしい連携で二人続けて叫ぶ。
 対してパラエナは、即座には言葉で応じなかった。
 無言のまま、一つ二つ三つ四つと連続で魔力の矢を放ってくる。

「クリアちゃん、左!」

 直後、メルの声と同時に左半身の主導権がクリアへと譲渡された。
 以前パラエナと戦った時に彼女に言われたこと。
 一つの体に二つの心を持つことを生かしていない。
 これはそれに対する返答だ。
 視覚を共有しつつ、左側から迫る攻撃をクリアが左手の銃を操って全て撃ち落とす。
 右側は全て姉の担当だ。

「……ふうん。まあ、悪くないわねえ。下手な小細工でなければ、それは構わないわあ」

 クリア達が全ての攻撃を凌ぎ切ると、パラエナはほんの少しだけ見直したとでも言うように、しかし、やはり酷い上から目線で告げる。

「後は結果で示し続けなさあい」
「『言われなくても!』」

 更に命令調で続けられた言葉にメルとクリアは声をピッタリ揃えて応じ、それから二人は再び自分達の方から積極的に攻撃を仕かけ始めたのだった。

    ***

「貴方は……」

 闇の染まったかのように上下左右黒一色の部屋の中心。
 そこに立つ、視界に映る壁面よりも濃い漆黒の人型。

真魔人ハイサタナントロープ、スケレトス」

 六大英雄の一人たる彼の名を、プルトナは憎悪を込めて口にした。
 父親の命を楔に封じられていた男を前に、冷静ではいられない。
 一対一という状況では尚のこと。
 仲間の目がないことで感情の抑制が緩んでいる。
 しかし、今はユウヤ達のためにも無理矢理にでも落ち着かなければならないと、プルトナは必死に憎しみで暴走しないように自分に言い聞かせた。
 とは言え、そうした考えは隠そうとしても隠し切れていないに違いない。
 表情に出てしまっている自覚がある。

「さて、始めようか」

 が、スケレトスはそんな相手を前にしながらも、まるで自分がプルトナにとって父親の仇のような立場にある自覚など全くないかのようにあっさりと告げる。
 否、彼らにとっては、あの程度のことは些事としか認識していないのだろう。
 勿論、今更罪悪感に駆られた姿を見せられても困るが、父親の存在を路傍の石の如く扱われたことは心底腹立たしい。

「……ええ。お望み通り、早速やりましょう」

 だから、プルトナは極力感情を表には出さないように努めつつも、その全てを余すところなく物理的に彼にぶつけてやるために好戦的に言葉を返した。

「アサルトオン」
《Evolve High-Satananthrope》
《Gauntlet Assault》

 そして漆黒の装甲を纏うと共に、その上から腕に尚黒が濃い手甲を備えて構えを取る。

「積極的なのは助かるな」

 プルトナがそうなる理由など分かり切っているはずなのに、スケレトスはとぼけたように言う。より戦意を駆り立てんと挑発しているのだろう。
 が、そんなことをするまでもなく、既にプルトナはもはや殺意に近いそれを抱いている。
 だから、正々堂々とか考える余裕もなく、戦闘態勢に入っていないスケレトスへと襲いかからんと黒に覆われた地面を蹴った。
 そのままスケレトスに手甲で殴りかかるが――。

「これはっ!?」

 直撃の瞬間、彼の姿は部屋に溶け込むように消え去ってしまった。

「視覚に作用する精神干渉!?」

 勿論、今のプルトナの力ならば、完全に精神を侵されることはない。
 それでも相手は六大英雄。
 人影ぐらいならばプルトナの目に映すことは不可能ではない。
 加えて真魔人ハイサタナントロープの外見は人の形をした影のようなもの。
 尚且つ黒一色の部屋の中だったこともあり、スケレトスと誤認してしまっていた訳だ。

《Scythe Assault》

 そうと気づいた正に次の瞬間、歪んだ電子音が部屋全体に鳴り響くと共に、頭上から刃が振り下ろされる。

「くっ!」

 それを前にプルトナは咄嗟に手甲を掲げ、それを受け止めた。
 必然的に敵を見上げる形になり、視界に漆黒の鎧が映る。

「ほう」

 その存在、本物の真魔人ハイサタナントロープスケレトスは感嘆するように息を吐いた。

「どうやら俺達の踏み台に見合うだけの力は得たようだな。後はどこまで食い下がってくれるものか。楽しみだ」

 更に彼は、愉悦を滲ませるようにしながら、あくまでもプルトナを単なる踏み台、娯楽の道具であるかの如く見下すように告げる。

「抜かしなさい。お父様の仇、討たせて頂きますわ」

 対してプルトナは強い意思を示さんと敵を真っ直ぐ見据えて返した。

「やってみろ。できるものならな」

 そして、尚のこと上からの高慢な言葉を合図に、本格的に戦端は開かれた。

    ***

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